魔術協会――時計塔。
西暦以後の魔術師達にとって、中心とも言える巨大学院だ。
大英帝国の象徴のひとつたる大英博物館に、その入り口はある。・・・あったのだ。
「哀しいわ。酷い人がいるものね」
「・・・徹底的に壊されているね。恨みすらも感じる」
リンク、アンデルセン、ナーサリーが辿り着いた時、そこにあったのは瓦礫だけ。
廃墟と化した博物館。詰め込まれた歴史も、記録も、至高の数々も、すべて踏みにじられて泥だらけ。
○騎士 ・・・気分が悪いな
○奏者のお兄さん 確か、地下にも広がってるんじゃなかったっけ
魔霧が支配するこのロンドンでは、リンクの索敵能力もいまいち働かない。
敵の尻尾を掴めなければダウジングも使えないため、まずは手がかりを探す必要がある。
カルデアと合流する前に、訪れる可能性が高い場所に寄っていこう――――。
などと言いつつただ来たかっただけ感も否めない、時計塔に到着したはいいが・・・ご覧の有様だ。
「取りあえず掘り返そう。時計塔は地下もあったはず」
「そっ・・・!それはまほうのツボか!?」
「まあ!嵐の子供が産まれたみたい!すごいわ!勇者様!」
まほうのツボが瓦礫を吹き飛ばす。
巨人が息を吹いたかのように円状に露出した地面から、魔力の気配が漂った。
「地下階層発見~。さあ2人とも、足下には気を付けてね」
「楽しみだな。どんな稀覯本が眠っているのやら」
見るからにわくわくとしたアンデルセンを伴いながら、ナーサリーと手を繋ぎ、暗い世界に降りていく。
じめじめとした空気がぶつかっては消えた。人の気配は無く、敵性反応が出迎える。
「魔本?魔術本が変質したのかな。えい」
本を燃やすのはちょっと・・・。まほうのツボがあってよかった。
吹っ飛ばして道を開ける。武器を構えた重そうな機械兵は、遠慮無く魔力の弾丸でぶち壊した。
スカウォの時代にはなかった、拳銃。そこから発想を借りた魔法による
ガンド、と呼ぶ者もいるだろう、
「・・・本が群れを成して襲ってくるとは、な」
「みんな、静かには眠ってはいられなかったのね」
迷宮のような地下通路を進み、やがて1つの扉に辿り着く。
魔術に守られた書庫への入り口だ。指先1つでロックを外し、部屋の中にお邪魔する。
「これは・・・・・・」
「む・・・?」
「あら?」
○小さきもの ガッチガチですわ
○守銭奴 カッチカチやぞ
○うさぎちゃん(光) パワー!
○いーくん ちゃうねん。違う人のネタやねん
中の蔵書には特殊な、しかも厳重な魔術が仕掛けられていた。
この部屋の外には持ち出せぬようにと、きっちり魔術書を守っている。
「しかも外にも敵が集まってきたぞ。どうする?勇者」
「んー・・・。ファイ」
「イエス、マスター。書庫の魔術を解析します」
「剣の精霊!?!?!?」
「外の敵はぼくが片づけるよ。ナーサリー、先生も、中にいてね」
びょっ!と飛び上がって驚いているアンデルセンと、ファイを見て好奇心に目を輝かせたナーサリーに声をかける。
1分もあればいいだろうか。
建物が壊れないように、やり過ぎてしまわないように。
「さあ、おいで。ちょっとぼくと遊ぼうか」
○いーくん あのへんの書籍、興味あるかも
○海の男 あとで読むから持って来て
「マスター、解析が完了しました。ファイの指示通りに魔術を展開してください」
「うん。ありがとう」
「・・・凄まじいな。これが剣の精霊、これがハイラルの魔術力・・・!!」
ドレープのように広がる魔力。美しい光の綾は細波。
あまりにも幻想的な輝きに、アンデルセンは目を奪われた。
優美で細微な、リンクの魔術。
「――よし、解除」
「お疲れ様です、マスター」
各々、興味のある本を抱えて地上に戻った。
第四特異点の敵は、破壊の跡しか残していかなかったようだ。アテが外れてしまった。
これからどうしようか。
「マスター、宜しいですか?あの機械兵についてなのですが」
「うん?」
「帰還中に解析したところ、魔力で形成された機械である確率90%。サーヴァントの宝具であると推定します。ダウジングで捜索しますか?」
「んー・・・」
○Silver bow それはそれでいろいろと活躍の機会を奪ってしまうのではないのでしょうか
○りっちゃん ここに来てダウジングが猛威を振るい始めましたね
○奏者のお兄さん まあいざとなればいくらでも見た目は誤魔化せるし・・・
「ファイ、カルデアのマスターをダウジング」
「イエス・マスター」
「カルデア?」
「そうか、先生達は知らなかったね。向かいながら説明しよう」
次の目的地が決まった。
ご機嫌なナーサリーと手を繋ぎなおし、ファイを質問攻めしたくてうずうずしているアンデルセンに苦笑する。
昼か夜かも分からない、灰色の空を仰ぎ見て。大空の勇者はそっと息を吐いた。
「・・・・・・ああ、もう。セイバー。見知らぬ人にすぐ真名を明かしちゃうんだ、君は」
「いいだろ、別に。あっちにパーシヴァルが居るんなら、隠しててもしょうがねぇし。なあ、シードルないか?のど渇いたぞ」
「あっ、それは僕お気に入りの個人用ソファ・・・・・・。いいけどね。シードルはもう冷やしてあるよ」
見るからに気弱そうなターコイズグリーン。レモンイエローの柔らかそうな髪。
家主と思われる紳士然とした青年は、モードレッドにふわふわとした返事を返した。
「・・・・・・ん、ん。ぷはっ。あー、生き返る。魔霧から上がったらコレにかぎる!――ん?なんだおまえら。ぼーっとしてないで適当にくつろげよ」
「あっ、はい・・・」
「お邪魔しまーす」
「ま、自分の家だと思っていいぜ。ここはオレの当座の拠点だ」
我が物顔でソファに陣取るモードレッドに、戸惑いながらも部屋に上がる。
青年は会釈で少女達を受け入れた。お言葉に甘えて、2人がけのソファに座る。
「自己紹介がまだだったね。僕はヘンリー・ジキルという」
ロンドンで
霧が魔力を含んでいるところまでは突き止めたが、どうにも出来ずに困っていたところ、モードレッドと出会ったそうだ。
「こいつ魔術師としちゃ頼りないが、まあ一応それなりに役に立つからな。だから、主に実働はオレ。調査と解析がこいつ」
「そういうこと」
「あの――――すみません。ミスター・ヘンリー・ジキル?その名前は、ええと・・・・・・」
『小説の登場人物と同じね。偶然かしら。それとも、モデルになった人物だったり?マシュ、サーヴァントの気配はわかる?』
「いいえ、所長。気配では人間と区別が付きません」
怪奇小説「ジキル博士とハイド氏」の主人公と同じ名前だ。
この年代から少し後に出版された、善と悪を語る物語。
「小説?覚えがないな。僕、小説は読む方なんだけど・・・。主人公と名前も同じ?本当に?うーん、それなら忘れるはずないんだけどな」
「ただの偶然かな?」
「そうかもね。まあ僕の名前は置いておこう。どこにでもある名前だしね。僕はただ、故郷の都市が荒らされるのを止めたいだけの男さ」
『・・・・・・』
「それよりも、今は君たちだ。君たちは僕らとは少し違うようだね?」
「はい、私達は――――」
聖杯、特異点、カルデア。
世界に打ち込まれた七つのボルトのひとつ。それがこの時代のロンドンである。
「そちらの事情はおおむね理解したよ。では、僕らの知るかぎりでの、都市の状況を教えよう」
そして語られる悪夢の日々。
およそ三日前から毎夜に、生物の命を奪うほどの霧が都市に満ちている。
薄い場所ならマスクをすればなんとかなるが、濃い場所は駄目だ。吸い込んだだけで、通常の生物は魔力に侵されてしまう。ひどければ一時間もすれば死に至るだろう。
正確な数はわからないが、すでに数十万単位で死亡者が出ているはずだ、と。
「既に、完全な廃墟と化した地区もある。イーストエンドはほぼ全滅している」
都市の全てが完全な廃墟と化すのも、もう時間の問題だろう。
「死の霧に覆われるロンドン・・・。二十世紀に発生するはずの事件に少し似ていますね」
『一世紀ずれてる・・・?それが特異点になっているんでしょうけど・・・こちらでも調査しておきます』
「魔霧だけではないよ。君たちもいずれ遭遇、戦闘するだろう脅威。魔霧に隠れて凶行を繰り返すもの」
魔術で作られた
「そして、連続殺人鬼。
「報道・・・ですか?」
「ああ、魔霧発生の初日はまだ新聞が発行されていたから・・・もう、届かないが。実質的には、既に政府機関も麻痺しつつある。外からの救援も魔霧に阻まれ、ロンドンは孤立状態だ」
『・・・酷いわね。事態は急を要するようです。では、ミスター・ジキル。モードレッド。事態の発生源と思わしき聖杯の探索に、協力してくれませんか?』
「こちらとしては願ったり叶ったりだ。なあ、セイバー?」
「いいぜ。それが最善、みたいだしな」
ここに協定は結ばれた。
幸いにも、ジキルのアパルトメントは霊脈の上にあったようだ。
ターミナルポイントを設置し、召喚サークルを確立させることができる。
「フォウ!フォーウ!」
「・・・ん?こいつどっかで見覚えあるな。幻想種か?」
「フォ、フォウウゥ・・・」
「フォウさん?」
「アフリカ辺りの稀少動物じゃないのかい?それよりもセイバー、マシュ、立香。早速だけど――君たちに頼みたいことがある」
パンパン、と手を叩いて視線を集めたジキルが、真剣な顔をして切り出した。
「――――すみません、案内を頼んでしまって。わたしたち、ロンドン市街にはまだ不慣れで」
「あーいいって、気にすんな。おまえらが来なければ、オレの仕事だったんだ」
霧を横切る騎士達は、曇天の下でも華やかだ。
ジキルが言うには、協力者の1人であるスイス人碩学、フランケンシュタイン氏と今朝から連絡が取れないらしい。
「都市のあちこちに協力者がいて、そいつらとしょっちゅう無線でやり取りしてるぜ。ヴィクターのじいさんは、昨日までは少なくとも無事だったんだけどな」
「ヴィクター・フランケンシュタイン・・・。また小説の人かと思ったら、孫なんだね」
「はい、先輩。あの小説になった魔術師の孫、というのがミスター・ジキルのお話でした」
メアリ・シェリーの小説の描写では、フランケンシュタイン博士は科学者だった。
けれど、モデルになった人物は実在の魔術師だったらしい。
「科学者と魔術師って、そんなに違うの?」
「はい。本来であれば、魔術は科学とは相反する技術ですから。カルデアの存在はきわめて例外的ですし」
『そうね。でも、ある時代では、科学と魔術はほぼ同義だった。たとえば、錬金術は科学の源流であるというし』
高名な科学者、化学者、学者として知られる人物が、魔術師であった例は少なくない。
『そもそも、ダ・ヴィンチだってそうでしょう』
「ナルホド」
「おまえたち。ソーホーあたりはもうすぐだ。気を抜くなよ」
モードレッドの声に会話を中断する。
戦闘の予感だ。立香は意識を切り替えた。
「行くよ、マシュ」
「はい、マスター。指示を!」
チクタクチクタクチクタク。鳴っているぞ聞こえるか?
チクタクチクタクチクタク。道化が笑うぞ気づくかな?
チクタクチクタクチクタク。チクタクチクタクチクタク。