「まず、我々が預かっている伝言を伝えよう」
そう切り出したのはアンデルセン。ソファーにすっぽりと収まり、お茶請けの菓子に手を伸ばした。
「“私はひとつの計画の存在を突き止めた。名は『魔霧計画』。実態は、未だ不明なままだが計画主導者は『P』『B』『M』の三名。いずれも人智を超えた魔術を操る、おそらくは英霊だ”」
「『M』ってのはさっきのやつか?」
「恐らくはそうだろう。あとは『P』『B』が、何処かに潜んでいるはずだ」
ジキルの家はそれなりに広いが、流石に八人もいれば狭い。
その一画に佇む姿は、まるで一枚の絵画。
360度どの角度から見ても美しさが損なわれない佳人が、優雅に足を組んで話を続けた。
「それともう一つ――――ぼくたち、魔術協会にも行ったんだ」
「魔術協会に?・・・そういえば、貴女の真名を聞いていないな。キャスターとは聞いたけど」
「ぼくはね・・・自分で言うのもなんだけど、結構マイナーな英霊なんだ。円卓の騎士までいる場で、名乗るほどの者じゃないよ。キャスターと呼んでくれ」
○ウルフ どでけえ嘘
○海の男 博士!?これは!?
「うーん、それなら無理に聞くのも・・・」
「そうですね、先輩。ではキャスターさん、魔術協会ではなにか異変はありましたか?」
「建物がめためたに壊されてたくらいかな。博物館もぐちゃぐちゃだったよ」
「えっ」
ジキルとモードレッドが声を上げた。
二人が様子を見に行ったときは、まだ塔は健在だったらしい。
「しかし代わりに興味深い情報を得ることが出来た。“英霊”と“サーヴァント”の関係についてだ」
『・・・と、言うと?是非、聞かせてほしいわ』
「英霊とは人類史における記録、成果だ。それが実在のものであろうとなかろうと、人類があるかぎり常に在り続けるものだ。一方、サーヴァントは違う。これは英霊を現実に“在る”ものとして扱うもの・・・・・・もともと在るのか無いのか判らないものに、クラスという器を与えて“現実のもの”にした使い魔だ」
オルガマリーもロマニも興味深そうに聞いている。
紅茶で喉を潤して、アンデルセンは続けた。
「だがジキル、そしてオルガマリーとやら。そんなことが人間の、魔術師の力で可能なのか?英霊を使い魔にする――なるほど、これは強力だ。最強の召喚術だろう。だがそれは人間だけの力で扱える術式ではない」
可能だとしたらそれは、人間以上の存在。世界、あるいは神と呼ばれる、超自然的な存在が行う権能だ。
「英霊召喚は人間だけの力では行えない。他の後押しが必要なのでは、と俺は考えた」
「・・・・・・あの、それが聖杯なのではないでしょうか?事実、これまで聖杯によって多くのサーヴァントが召喚されました」
「そうだ、おまえたちは七つの特異点と言った。七つの聖杯が時代を狂わせていると。俺はそこで、魔術協会の資料を調べた」
英霊召喚を可能にする聖杯戦争とは何なのか。
それはどういう経緯で作り上げられたものなのかと。
・・・・・・本当はリンクに聞いたのだが。
「発端は日本の地方都市。そうだな?オルガマリー」
「ええ。立香、貴女が訪れたあの炎上都市のことです。その都市では聖杯の器を作り上げ、聖杯の力で英霊を召喚し、サーヴァントとして競わせたと伝わっています」
「俺が妙な引っかかりを覚えたのはそこだ。英霊同士に戦わせる、というコンセプトに
そして、結果は読み通りだった。
「降霊儀式・英霊召喚とは、もともと七つの力を一つにぶつける儀式らしい。決して、呼び出した七騎の英霊同士で競い合わせるものじゃない」
『儀式・英霊召喚』と『儀式・聖杯戦争』は同じシステムだが、違うジャンルのものだと言えるだろう。
「『聖杯戦争』は元にあった魔術を、人間が利己的に使用できるようにアレンジしたものなのだろう。一方、その元になった『英霊召喚』は“一つの巨大な敵”に対して、“人類最強の七騎”を投入する用途の儀式だった。それがフユキの聖杯戦争でねじ曲げられた部分だ」
「・・・・・・じゃあ、アンデルセンたちも?」
「ああ。もともと七つしかいないモノを参考にして召喚された、それ以後の英霊――まあ、安価で使いやすい、何にでも使える使い魔というコトさ」
『・・・興味深い考察ね。カルデアも、一から英霊召喚システムを作り上げることはできませんでした』
フユキの儀式を解読、改良して安定させたが、そのオリジナルがある事までは考慮していなかった。
オルガマリーは感心して相槌を打つ。
「はい、所長。これまでになかった観点からの指摘でした。これが世界に名を残すほどの作家に備わった、研ぎ澄まされた観察眼、というものなのでしょうか」
「俯瞰した視点っていうものかな」
「そんなご大層なもんかね。まー・・・そりゃいいんだが、なんつーかさ」
行儀悪く足を揺らしたモードレッドが口を挟む。
「その考察、今の状況で何の役に立つんだ?」
『そ、それは・・・・・・そうですが・・・・・・』
「俺は英霊召喚のシステムに引っかかりを覚えて調べに行っただけだ。役に立つもなにも無い。仮に、我々が一つのシステムによって呼び出された通常の
そしてどうやら、似たようなことを考えた奴が他にもいたらしい。
「この辺りの情報が、散逸して然るべき部分まで、ご丁寧に一カ所に集めてあったのは偶然とは思えん。我々の訪れを予期して、そうしておいた
「何者か・・・?」
『魔術師?それともサーヴァントでしょうか?』
「考えてもわからん。これは棚上げ事項だな」
霧の向こうで、徐々に夜が更けていく。
鴉の声も、今は聞こえない。
「モードレッド、マシュ君、立香君。そのままでいい。聞いてくれ」
小休止の終わりを告げたのは、ジキルの一言だった。
「
「あいつか!!やっとでてきやがったか、あの野郎!」
椅子から飛び起きてモードレッドが叫んだ。
立香とマシュも、即座に立ち上がる。
「モードレッド、知ってるの?」
「ああ、あいつはサーヴァントだ。クラスはアサシン。霧の中で何度かやり合ったんだが・・・毎度、逃げられちまう。仕留めきれねぇ。霧の中に逃げられる!」
おまけに顔も姿形も具体的能力も、なにも思い出せやしない!
「あーもう、苛つくぜ・・・!切り裂きジャック、って名前を聞けばああそうかあのアサシンか、とか思うので精一杯だ!ああ、くそ、もやもやしやがる!」
「サーヴァントなら、宝具かスキルかな」
「はい、先輩。そのどちらかに依るものでしょう」
「奴は逃げ足が速い。急がないと逃げられるな、行くぞ!」
ガシガシと頭を掻きながら、モードレッドが玄関に走って行く。
その背中に声が掛けられた。
「外出か?土産はスコーンでいいぞ」
「いってらっしゃい、マスター」
「ウゥー・・・」
「相手がアサシンなら、ぼくも行こうかな。ジキル、留守をよろしくね」
「えっ、う、うん。いってらっしゃい・・・」
ぱっちりとした瞳の佳人に微笑まれ、ドキマギしながらジキルは答えた。
「全速力で行くぞ。マシュ、立香を抱えてやれ。時間との勝負だ。人間の力に合わせる暇が惜しい」
「は、はい。・・・先輩、すみません。少しだけ失礼しますね」
「うん。お願いね、マシュ」
横抱き――――もとい、いわゆるお姫様抱っこ。
マシュよりも立香の方が背が高いため、顔がちょっとだけ上にくる。
ぎゅっと密着して、落ちないように手を肩に回した。
「チッ、敵が湧いてきたぞ!」
『敵性反応多数!四方八方から寄ってくるわよ!囲まれる前に突破して!』
「モードレッド、マシュ、GO!ぼくが露払いをするから」
「了解!行くぞ!」
キャスターが手を翻せば、炎が走って左右に広がる。
道を開けぬ不届き者は、モードレッドが走る勢いのまま切り捨てていく。
ロンドンの街を駆けていく影。重なる足音は行進曲。
『しかし、すごい戦いっぷりだね、カレは。流石は叛逆の騎士といったところだ』
「はい、そうですね。伝説に違わない戦闘能力であると思います。空を疾る雷電のように迅速に、正確に、その剣先にはおよそ迷いというものがありません」
「叛逆の騎士?」
舌を噛まないように気を付けながら、立香が疑問を零した。
『そうだよ。叛逆の騎士モードレッド。五世紀から六世紀におけるアーサー王伝説、その終焉を語った人物だ。文字通り、アーサー王に叛逆してね』
『・・・・・・ただの叛逆ではありません。外敵を初めとして、存在していた反アーサー勢力のすべてを纏め上げて、いわば叛逆の王として立った人物です』
パーシヴァルの、感情の交ざった声が聞こえる。
心が二つも三つもあるようだ。過ぎ去ったことを、もうとやかくは言わないけれど。
『言わば叛逆の王として立った人物です。平時であれば、王になり得たかもしれません』
「多くの武勇の伝説を持つ人物でもあります。元は、円卓の騎士であり――――」
『アーサー王の
だからこそ、反旗を翻したとも。
何故、モードレッドはアーサー王に逆らったのか?
『本当のところは彼――、彼女本人にしかわからないことだ』
「・・・・・・叛逆は成功したの?」
「・・・・・・はい。騎士モードレッドは、カムランの丘の戦いで命を落としました。事実上の相打ちです。魔剣クラレントを以て彼女はアーサー王と戦って、アーサー王は聖なる槍で戦い彼女を貫きました」
「なーにをごちゃごちゃ喋ってやがる!さっさと先を急ぐぞ!」
「あっ、は、はい!」
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
幼い少女の、無垢で無邪気な声。
「そっちから来てくれたんだ。それじゃあ、ふふ、わたしたち・・・・・・どうしようかな・・・・・・?」
「殺してあげようか。ひとり、ふたり、さんにん、よにん。いっぱい、いっぱい」
「ふふ。もう、わたしたちはいっぱい殺したけど、まだお腹が空いてるの。ぺこぺこ。だって、おまわりさんたちじゃあ、あんまり魔力がないから。だから、ありがとう。あなたたちの魔力を食べてお腹いっぱいにする」
「間に合った――訳じゃ、ねぇみてえだな。この血の匂い・・・ヤードは全滅ってことか」
○Silver bow ・・・? 小さな女の子・・・
○ファイ アサシンとして顕現した切り裂きジャック、と推定します。召喚される度に姿を変貌させる英霊かと
○いーくん ああ、正体がわかってないからか・・・
『動体反応は貴方たち以外には二体だけです。そこにいるジャック・ザ・リッパーともう一体』
「はい。私は、キャスターのサーヴァント。貴方たちの知る『魔霧計画』を主導するひとりです」
白色のローブを纏った、黒い長髪の青年。
理知的で物静かな口調とは裏腹に、拭いきれない血の気配がする。
「ああ、私のことは『P』とでもお呼びください。残念ながら、貴方たちは遅かった。既にスコットランドヤードは全滅しています」
男は憂うように瞳を伏せ、穏やかに語る。
「すべてが惨たらしい死にざまでした。あの子には、慈悲の心は備わっていないのです。ですが、必要なことでした。やむなき犠牲。そう表現することがせめてもの手向け。人は、慈しまれるべきです。愛も想いも、どちらも尊く眩いものに違いない」
○騎士 そうだな
「ですが――――哀しいかな、時に大義はそれさえ上回ってしまう。スコットランドヤード内部には、私たちの必要とするものが保管されていました。流石、魔術協会、時計塔が座す大英帝国ではある」
「・・・・・・」
「魔術的にも厳重な封印が施されていました。ですので。残念ですが彼らは皆、大義の障害となってしまったのです」
「なにをわかった風な口を叩きやがる。愛も想いも知ったことか!」
モードレッドが吠える。
獣のように、騎士のように。
「おまえたちはオレのものに手を出した。王ならざるものが、王のものに手を出しやがって」
「・・・・・・英霊が、無辜の人を殺すの?」
「ええ、ですから。私には、どうしようもない程に哀しみを禁じ得ない。想い持つ、尊く在るはずの人々を。愛を持つ、眩く在るはずの人々を。私の力では、救うことができない」
○災厄ハンター ああん・・・?
○銀河鉄道123 フウン・・・?
「いいえ。この結果を鑑みるに、できなかったのです。時代のすべては焼却されつつある。人類のすべては焼却されつつある。文明の歩みも、想いも、愛も潰えて、世界に残された特異点は、既に、たった四つのみ。何という哀しさでしょうか。けれど、それを私も貴方たちも止められない。いいえ、
「・・・・・・矛盾を、感じます」
すらすらと淀みなく、Pは語る。
愛は尊いものだと、心の底から思っている。
想いは眩いものだと、心底信じている。
「想いを語るあなたの言葉には矛盾を感じます。キャスター。いえP、あなたは一体何なのです?」
理解できなくて、噛み砕けなくて、マシュが心底困惑した声を出す。
「
「ええ、そうかもしれませんね。美しいお嬢さん。私は非道にして悪逆の魔術師に他ならないのでしょう。今も、こうして、あどけない少女にいうのです」
マシュに詰められても顔色一つ変えず、Pは少女に言うのだ。
「ジャック。彼女たちを任せます。好きにしなさい。彼女たちは、
「え。そう・・・・・・なの・・・・・・?」
ジャックの声色が変わる。ぴりぴりと空気が揺れる。
「なんだ。そうなの。ふうん。それじゃあ・・・・・・おかあさんにするみたいに、するね。
「駄目だ。おまえは座へ直行だ。ここで殺す」
「・・・・・・立香。きみが前に出てると危ないかも、マシュの後ろにいるんだよ」
「・・・うん、わかった。お願い、みんな」
霧に紛れてジャックが動く。
アサシンの気配遮断は、この近距離でも発動する。立香は一瞬で姿を見失い、慌てて周りを見渡した。
「こっちだよっ!」
「残念、見えてるよ」
立香の背後に現れたジャックに、リンクの早撃ちがぶち当たる。
衝撃ではじき飛ばされた小さな体を、モードレッドの袈裟斬りが襲った。
「危ないっ。ひどいなぁ、もう……!」
ジャックは咄嗟にナイフを握った手を動かし、紙一重で剣を受け止めた。
くるくると猫のように身軽に着地した瞬間、また姿が消える。
「
「ぐっ!速ぇな・・・!」
ナイフによる乱撃。死角から不意に殺意がくる。
縦横無尽に駆け回り、モードレッドとマシュを攪乱した。
飛び交うナイフは一本、二本、三本。四本。
甲高い音が響く。モードレッドは直感で弾き落とし、だが反撃には至らない。
ナイフと盾がぶつかる。マシュは防御で精一杯だ。
リンクはマシュの後で立香を守りながら、タイミングを窺った。
「
「マシュ、そのまま。モードレッド、立香を狙ってくるよ!」
「っ、了解!」
「イシスの雨。モードレッド、受け取って!」
霧が濃くなる。
闇が深くなる。
「おかあさん───おかあさん、おかあさんおかあさんっ! うう・・・・・・うあああっ! 無残に潰えて!」
「モードレッド、
「ようし任せな!」
リンクがモードレッドにスキルをかける。
二人の援護を受け取って、モードレッドが踏み込んだ。
「
「Take That, You Fiend!」
ジャックの宝具は立香にもリンクにも当たらなかった。
モードレッドの攻撃が一手速く当たったように見えるが、純粋に不発に終わっている。
解体聖母。ジャック・ザ・リッパーの殺人を再現する宝具だ。
しかし条件が三つ必要である。「時間帯が夜である」「相手が女性である」「霧が出ている」。
立香の後ろにリンクが立って庇った時点で、宝具の条件は成立しなくなった。
「おか・・・・・・あ、さん・・・・・・。やだ・・・・・・やだ、やだ、やだ・・・いたい、よ・・・・・・」
倒れた子供が泣いている。
何にも愛されなかった子供が。
「どうして・・・どうして・・・」
「ジャック」
キャスターがそばにしゃがみ込む。
アサシンに手を伸ばすのを、立香は黙って見守った。
「愛を知らぬのではなく、教えてもらえなかった子。慈悲を知らぬのではなく、与えてもらえなかった子。いつか君という子供を満たす、深い温もりがありますように」
「・・・・・・おかあさん?」
「どうだろう。君にはどう見える?」
子供の手を握って、頭を撫でた。
涙のにじむ瞳に、眩しいきんいろが映る。
日向で、おかあさんに抱きしめられてるみたい――――・・・・・・。
「ここで私も、貴方たちの刃に掛かるべきでしょうね。悪逆の魔術師は英雄に倒される。それは、私の望む回答のひとつでもある」
「ごちゃごちゃうるせえな。おまえも座に帰してやる」
「さようなら、眩き道を歩まんとする英雄たち。・・・・・・願わくば、いつまでも貴方が、悪逆を倒す
Pは消えた。アサシンも。
それでもまだ、ロンドンの霧は晴れず。
ワタリガラスは何処へ。