星も月も太陽も一緒くた
東雲。夜明けは美しく。
窓から見える空はあいも変わらず凍りついているけれど、きっと遠い世界では、茜色に染まっているのだろう。
「こんな時間に呼び付けてすまない。立香ちゃん。マシュも」
「大丈夫です。レム睡眠の達人なので」
「流石です。先輩の覚醒時の快適さは、わたしの脳内ベストショットのトップ3に入る程です」
管制室の冷えていた空気が、歓談とともに溶けていく。
ブリーフィングは柔らかに始まる。椅子に腰をかけたオルガマリーが、ロマニに続きを促した。
「この特異点は以前君たちに調査してもらった特異点Fよりも10年過去にあたる。まだ聖杯そのものとは断定できないが、極めてそれに類似したものが観測されている」
「過去・・・ですか?でも同じ場所に、そう何度も聖杯が出現するなんて有り得るんでしょうか?」
「うん、それはボクにも説明がつかない。なので、説明してくれそうな人物に来てもらおうかな、と」
そう言ってロマニは振り返った。立香も同じように顔を向ける。
壁に寄りかかっていた青年は、背をゆっくりと離して近寄ってきた。
「なるほど。それで私にお呼びがかかったワケか」
「諸葛孔明・・・いえ、ロード・エルメロイⅡ世さん!」
ロード・エルメロイⅡ世。
何処かの時空の時計塔で、講師をしている魔術師だ。本来サーヴァントに至れるような器、歴史を持っている訳ではない。
しかし此度は、中国の英霊である諸葛孔明の依り代――疑似サーヴァントになることで現界を果たした。普段の思考や感情はエルメロイⅡ世に準じている。
「たしかに日本の冬木市には
なんとも言えないため息を一つ。
蘇るのは良い思い出とも悪い思い出とも言い切れない、苦くて甘い、彼の王との日々よ。
「残念ながら私の知識は、このカルデアでラプラスが記録した歴史とかなり乖離がある」
「それは仕方ないかもだ。いったん人類史が焼却されてしまった後、カルデアスにおける観測はさまざまな可能性が入り乱れたものになっている」
エルメロイⅡ世のいた世界には、おそらくカルデアスは存在しない。
どちらの世界が正史なのかは判別がつかないが、まあ、世の中には
「貴方が言っているのは大幹の並行世界群・・・多少の差異はあっても未来は同じになる編纂事項と、完全に別世界になり、いずれ滅びる枝葉の並行世界・・・剪定事象の話だな」
「なんか難しいこと言っている」
「先輩はこっちに居ましょうね」
「悪いが、そのあたりの話は私の管轄外だ。そして、藤丸に聞かせる話でもない」
なので今からするのは、あくまで『エルメロイⅡ世の世界の出来事』を前提とする話だ。
カルデアの記録では2004年の冬木市が最初の聖杯戦争の開催地、ということになっているが。
実際は違う。
「私の知るところでは冬木の聖杯戦争は都合5回開催されている」
「5回!そんなにですか!?」
「フォーウ!」
魔術協会と聖堂教会の結託により、大規模な魔術儀式でも隠蔽されていた。
今回観測された時間軸は特異点Fのものではなく、その10年前・・・第四次聖杯戦争のものだ。
「この座標で過去に遡って聖杯の反応が観測されるのは、決して不思議なことじゃない。私の世界においてはな」
「過去、その時代に聖杯が存在した可能性がある・・・・・・確かに、特異点として成立する可能性はありますね」
ならばこれはシバの調整ミスなのだろうか?過去の光を観測しているだけなのだろうか?
「私としてはそうであってほしいがね。人類史が燃え尽きている今、通常の時間軸にある光はそもそも観測されないはずだ」
「そうね。今のカルデアスに光が灯っているという事は、そこはもう時間軸から外れた特異点になります。そうでしょう、ロマニ」
「ええ、所長。これはいずれ人類史を汚染する染みになりかねません」
聖杯の回収、あるいは破壊。
今回のミッションはそうなるだろう。
「・・・ただし、そこに問題がある。そもそも冬木で5回もの聖杯戦争が繰り返された理由は、聖杯が只の一度も具現化しなかったが故だ」
「えっ?」
加えて、この儀式は3度目以降、とある事故のせいで儀式とは言いがたい代物に変質している。
つまりこの聖杯は回収してはいけない。実現してはいけない聖杯なのだ。
「願望器という触れ込みで参加者を惑わしておきながら、その実態は世界を滅ぼす殺戮兵器だった」
「本当に詳しいのね」
「そりゃあ調べましたからね。私は冬木の聖杯を解体するために、多大な労力を払った」
エルメロイⅡ世の話を聞いて、オルガマリーはすっかり感心したようだった。
ロマニも安心したように頷く。
「これは頼もしいな。ぜひ、オブザーバーとして頼むよ」
「言われずともそのつもりだ。藤丸、マシュ、よろしく頼む」
「はい!行く先の情報が揃っているのは心強いかぎりです!」
「よろしく、エルメロイ先生」
フォウくんがぴょんとマシュの肩に乗ってくる。
コフィンはすでに準備万端だ。
魔術礼装のスカートをふわりとなびかせて、いざ、新たな特異点へ。
イベント特異点 Fate/Accel Zero Order
まさか―――――まさかあんなことになっているとは思わなかった。
エルメロイⅡ世は当時を振り返ってそう呟いた。疲労とストレスで重くなった肩を、灰色の髪の内弟子が懸命に叩いている。
だって誰が予想できる。サーヴァントユニヴァースって何だ。私が何をしたというんだ。もう勘弁してくれ・・・・・・。
がっくりと沈んだ背中からは、世知辛い社会人の哀愁が漂っていたという。