照明に照らされた赤い橋。川の流れはさめざめと。
日本、冬木市。
立香たちが降り立ったのは、黒雲が空を覆う夜の時であった。
「これが・・・まだ燃えてしまう前の冬木の街?」
「フォウ、フォウ!」
車の通りもなく、街並みはまだ静寂を保っている。
聖杯戦争の最中、とは言われなくてはわからないだろう。
「こんな静かな街並みが、10年後にはあんな悲惨な光景になってしまうのですね・・・」
「それはよくない感傷だ。この街ひとつではなく、全ての人類史が燃え尽きた後の世界に我々はいるのだから」
「それは・・・そうですが・・・」
「失礼。言い方が悪かったな。日常を得がたく思うのはいいが、囚われるなという事だ」
戦いによって引き起こされる惨劇。回避できない悲劇。恐れていては歩みを遅める。
常に石橋を叩いて渡れるわけではない。準備万端で出発できるわけではない。
だからこそ戦場では、臨戦態勢を緩めてはいけないのだ。
「たとえば今この状況だ。平和な住宅街、誰もが寝静まった深夜。ひとまず差し迫った脅威はない。そう思うかね」
「はい。正直なところ・・・」
「でも、こういう瞬間に敵が出てきたりするんだよね。フラグってやつ?」
「藤丸はわかっているようだな。――奇門
魔術の発動を示す光。星のない夜を賑やかす。
エルメロイⅡ世の持つ煙草の煙が、目を眩ますかのようにふわりとたゆたった。
今この瞬間までバレずに潜んでいたアサシンは、哀れ表に引きずり出される。
「ぐわぁ!」
「っ!?」
『アサシンのサーヴァント!?気配遮断か!?それにしても存在感薄すぎだろう!?』
「き、貴様!どうして我々を!?」
まず目に入るのは白い仮面、そして真っ青な長髪。
つい先ほどまで闇夜に紛れていた装束と立ち振る舞い。
動揺しつつも油断なく構えるそのサーヴァントこそ、歴代の山の翁ハサンの一人・百貌のハサンである。
「どうやって気配遮断スキルを見破ったのかって?残念、まったく分からなかったよ。だが四次のアサシンが分裂能力を備え、冬木市をくまなく見張っていたことは調査済みだったんでね」
レイシフトなんて派手な手段で来たのだ。
監視があるなら即座に引っかかって、偵察に来ることは必至だろう。
「ひとたび我が石兵八陣に嵌まったが最後、お得意の気配遮断も意味はない」
「戦闘だね?シェイクスピア!」
「吾輩ですか!?正気ですかなマスター!あっ待ってタンマタンマえーいままよ!」
『元気なおじさまね・・・』
クラス相性って素晴らしい。
キャスターが開く本から次々と飛び出した光弾は、突貫してきたアサシンにぶち当たって共に消えた。
いくらシェイクスピアがよわよわ代表サーヴァントだとしても、この程度は。この程度なら勝てる!
「いけませんな。歴戦のマスターともあろう御方が、管制室に居ただけのサーヴァントを召喚するなど!らしくありませんぞ?」
「シェイクスピア。リンクに会ったことあるサーヴァント達に根掘り葉掘りインタビューしてるんだって?」
「ギクッ」
「クレームが来てるよ。ほどほどにしてね」
「これは作家の性というもの!物書きが好奇心から逃れられますかな!」
『流石天下の大文豪ですね。マスター、あとは私が叱っておきましょう』
カルデアに戻されたシェイクスピアは、イタズラをしてとっ捕まった猫のように天草に連行されていった。
『それにしたって今のサーヴァントは弱すぎないかい?』
「今のアサシンは群体の一部だ。そういう風に自分を分割して顕現できる能力の持ち主でね。だからまだ奴の息の根を止めたわけではない」
「単体の英霊が、集団として実体化していた、ということですか?」
諜報に徹すれば恐ろしい能力だ。対軍宝具のない相手なら人海戦術で圧倒することも可能だろう。
しかしアサシンには冬木全体を監視する仕事があるため、カルデアを無視するわけにはいかない。
「結果、兵法の禁則である戦力の逐次投入を余儀なくされる。哀れな事にね。――さて、次に行くぞ!」
「えっ?」
「先生、説明は?」
「もったいぶっているわけではない。ただ時間が惜しい。道すがら説明しよう」
俊敏に動くエルメロイⅡ世、という珍しいものを眺めながら、立香達は次の目的地に急ぐのだった。
「そもそも冬木の聖杯戦争というのは詐欺みたいなものでね。願望器を巡るバトルロイヤル、という体裁は他の参加者を釣るための真っ赤な嘘なんだよ」
「嘘って、そんな・・・。願いが叶うと言って騙すなんて、刑事案件です!」
コンテナが積まれ、倉庫が建ち並ぶ湾港区域。
潮風に乗ってかすかに磯の香りがする。墨染めの空を映し出した海はか黒く。来訪者をじっと見ている。
「この戦いは参加したサーヴァントたちが脱落するにつれ、大災害のカウントダウンが進むという婉曲な罠だ。ここに召喚されたサーヴァントが一定数まで生け贄になった時点で“
「アンリマユ?」
「詳しい実態までは知る必要はないが、地球破壊爆弾の類似品だとでも思っておきたまえ。人類史を破壊し尽くすには充分な威力の代物だ」
もしかすると――――特異点F。あれは5度目の聖杯戦争が完遂された後のことなのではないか。エルメロイⅡ世は考える。
世界が崩れだした最初のポイント。成功させてはいけない儀式を成功させてしまったのか――――。
「でも、どうしてそんな酷い罠を?いったい誰が仕掛けたんです?」
マシュの疑問の声に、思いを馳せていた思考が戻ってくる。・・・今は気にすることではないか。
「儀式の本来の目的は他にあって、それが馬鹿げた人災で変質してしまった。しかしそれはこの時間軸においても『過去』の話だ。問題は、シバがこの時点での冬木に聖杯に類する反応を感知したという矛盾」
『そうか、聖杯が既にあるということは・・・』
「ああ。聖杯が既に出現しているなら街はとっくに火の海のはず。つまりカルデアで感知された聖杯は、汚染された冬木の大聖杯とはまた別の代物だろう」
時間が刻々と過ぎていく。
「私の記憶でも、4度目の聖杯戦争はまだ序盤も序盤だ。戦況が大きく動くのは今夜が契機だ」
足音はこつこつと近づいてくる。
「ここでなにが起こるの?」
「うむ、それを説明してやるより先に、お喋りの時間が尽きたぞ」
状況が追いついてきて肩を叩く。
まるで旧知のような気軽さで。
「そこのあなたたち、いったい何者なの?」
白い、白い女性。
髪も服もミルクで染めたかのよう。こちらを気丈に睨む赤い瞳だけが、辛うじて人間の生気を感じさせる。
「サーヴァントを連れている以上は聖杯戦争の参加者みたいだけど・・・」
「ならば敵。見たところセイバーではなさそうですが、セイバーはすぐに連鎖召喚、無限増殖!ここできっちり息の根を止めておきましょう。行きますよ、アイリスフィール!」
「ま、待ってセイバー。せめてどの陣営なのかは知りたいわ」
ラフ&スポーティな金髪少女。
青いマフラーは勇気の印。帽子から突き抜けるアホ毛はチャームポイント。闇夜でもきらんと光る剣を構えて、少女ははっきりと敵意を見せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「サーヴァント?だよね?」
「はい。随分現代っぽい服装ですが、サーヴァントの気配です」
○奏者のお兄さん ・・・・・・・・・・・・・・・は?
○ウルフ 誰?セイバー?
○バードマスター ねぇ、あの剣、エクスカリバーじゃない・・・?
○災厄ハンター は?アーサー王?
『エルメロイⅡ世!あのマスターとサーヴァントは・・・。エルメロイⅡ世?』
「ちょっと・・・・・・腹痛が・・・・・・。・・・どうして・・・・・・」
「先生!?大丈夫!?」
「エルメロイⅡ世さん!?」
「なんだかよくわかりませんがチャーンス!月夜ばかりと思うなよカリバー!」
勢いよくすっ飛んでくるセイバーに、なぜか突然腹を押さえて使い物にならなくなってしまったキャスター。現場は大混乱である。
それでも咄嗟に前に出たマシュが振りかぶられた剣を弾き返す。セイバーはその盾を見て追撃せずに距離を取った。
ここでキャスターがようやくふらふらと顔を上げる。先ほどまでの落ち着いた雰囲気は何処へ・・・!?
「アイリスフィール・フォン・アインツベルン。そして・・・・・・恐らく・・・・・・アルトリア・ペンドラゴン・・・・・・」
「いいえ。私のコードネームはA-X。サーヴァントユニヴァースから来た対セイバー用決戦兵器。アサシンと思ったか?残念!セイバーです!」
「助けてくれ」
「ごめん私もまだ追いついてない」
サーヴァントユニヴァースから来た対セイバー用決戦兵器。霊基名は謎のヒロインX。第四次聖杯戦争に堂々登場!
こんなのエルメロイⅡ世の知ってる第四次聖杯戦争じゃないよ。躓き方が酷すぎる。ロードの胃を虐めるのはやめてさし上げろ。
「その盾・・・。アヴァロン星のコスモキャメロットにある机によく似ています。しかしだからといって容赦しないのがこの私!さあ歯を食いしばりなさい!」
「セ、セイバー。ええと、気を付けてね」
『相手のマスターも置いてかれてるじゃない』
○騎士 面白くなってきたな・・・・・・
○海の男 おや、珍しい
○りっちゃん お出かけですかー?
○騎士 ああ、たまにはな。行ってくる
かつて相対したオルタのアーサー王や、ロンドンで共闘したアーサー王よりも身軽。
まさしく宙を駆ける星の如く、白銀の連撃が立ち塞がるマシュを襲う。
守りに徹すればシールダーは強い。魔力を纏った剣の衝撃を受け流して、Xの銀河流星剣を捌く。
立香は援護のサーヴァントを召喚しようとして――――その手を掴まれた。
「っ!?」
「まあ待て」
「・・・な、」
カルデアの探知やエルメロイⅡ世の警戒をすり抜けて、大翼の勇者は地に現れる。
手首からするりと滑った指は立香の令呪を一撫でして、少女がその仕草に顔を赤くした。
「ここはサーヴァントユニヴァースから来た対アーチャー用決戦兵器、コードネームL-Xに任せておくがいい」
「なんて???」
「また変なのが来た・・・・・・」
『霊基パターン・ランサー!カルデアのデータベースには該当しません!』
『・・・・・・サーヴァントユニヴァース用のファイルを作っておきなさい。多分まだ増えるわよ』
○海の男 ノリノリじゃん
○銀河鉄道123 ここぞとばかりにふざけていく
○いーくん 顔がいいと何でも似合うな
○うさぎちゃん(光) でしょ?ボクがコーディネートしました
○災厄ハンター 槍は俺がお貸ししました
ラフ&スポーティな金髪の男。随分若く見えるが、これでも三十代である。
赤いマフラーは勇者の証。携えるは青き古代の槍。ここまで現代風なら流石に勇者リンクとは思われないだろう。
とはいえ気づく奴は気づきそうなので。トライフォースでちょちょいっと隠蔽しているが。
じわりと色気が滴る果実のような甘い瞳が、Xとマシュを捉えた。
「むむ・・・。アイリスフィール、今夜は引きましょう。あのランサーは強敵です」
「そうね・・・。セイバーがそう言うのなら」
「追うか?軍師殿」
「いや・・・・・・。ここでの本命は、次にやって来る二人なので・・・」
一歩も動いていないのに息も絶え絶えな軍師である。
アイリスフィールを抱えてXが離脱する。息つく間もなく次のお客さんがやって来た。
キャスターが先ほどの戦闘に手を出さなかったのは、本来セイバーに挑戦するはずだったサーヴァントを奇門遁甲陣で閉め出していたからだ。
苛立ちが如実に現れた殺気を放ちながら、その男は現れる。
「おのれ、いったい何者だ?あの妙な石の迷路は貴様らの仕業か」
「先生ーーーーー!!!」
「大丈夫ですかーー!?!?」
「フォウ、フォーーウ!」
「膝から盛大に崩れ落ちたな」
「見たところセイバーのように見えるが、二振りの魔剣を持つ騎士と言えば、二本の魔槍を持つフィオナ騎士団の騎士。ディルムッド・オディナか?」
「――如何にも。そういう貴殿は・・・。貴殿は・・・?・・・まあいいだろう。立ち会えば分かること」
地面に両手をつくキャスターの代わりにリンクが確認してくれた。ディルムッドで合ってるらしい。
エルメロイⅡ世の知ってるランサーのディルムッドは緑が多めでもっと年が上だったが、これ以上突っ込んだら胃薬じゃすまないので話を進めることにする。
「・・・・・・我々はアーチボルト陣営の敵ではない。ケイネス卿、我々は御身の支援にはせ参じたものです」
「ふむ?ランサーのマスターが私であることを知っている上に、支援だと?」
「ッ?どこから声が?」
『魔術迷彩だね。そのサーヴァントのマスター、すぐ近くに隠れているよ』
エルメロイⅡ世が立った!しかしメンタルのダメージは深刻だ。
「故あって名は秘せざるを得ないのですが、ここはひとまずレディ・ライネスの名代とだけ申し上げておきます」
「ライネス・・・・・・。我が姪の?いったいどういうことだ?」
「この場でご説明差し上げるのも吝かではないのですが、敢えて明日までご猶予をいただきたい」
○奏者のお兄さん 頑張れ・・・!先生・・・!
○Silver bow おそらくかなり予想外のことが起こっているのはわかる
○守銭奴 こんな混沌が正規であってたまるか
○小さきもの 始祖様も珍しくご機嫌おふざけモードだしな
「ただ、これだけを先に申し上げおきましょう。『キャスターの居場所をお伝えできる』と」
「キャスター?それがどうした?」
「この言葉、明日の昼頃にあらためて吟味して頂きたい。そのときは改めて我々の話に耳を傾ける価値を見出していただけるものと」
「ふむ・・・・・・」
「明日22時、冬木ニュータワー最上階のスイートをお訪ねいたします。ひとまずこの場は見逃して頂けますか?」
沸き上がる愉悦を笑いに変えて噛み殺した。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはまったく予想外の出来事に驚きつつも、未知の出来事に高鳴る胸を押さえきれない。
「・・・よかろう。有能な男は嫌いじゃない。それが礼を弁えた魔術師であれば尚更だ。少々、田舎訛りの
青い礼装に身を包んだ男が歩み寄ってくる。
眼光鋭く、振る舞いは優雅に。彼こそがアーチボルト家の正式後継者。偉大なるロード・エルメロイ。
「宜しいのですか?マスター」
「逸るなランサー。たしかに怪しい連中であるが、ここまで得体が知れないとなると様子見が必要だ」
「御意」
「それではお暇させていただきます。さあ行こう藤丸――――と・・・・・・」
「私も行くぞ」
「ハイ」
服装と顔の綺麗さがあってないな・・・。
立香はコードネームL-Xの顔を見上げながら、ぼんやりとそう思った。