「どうだ?アインツベルン。ここまでくれば歴然だろう。大聖杯の放つ魔力が変質していると」
「・・・ええ、残念ながら。これは我々の悲願とする聖杯とは程遠い」
聖なる杯とはもはや皮肉。
これではまるで汚泥だ。邪悪とケガレをぐつぐつ煮込んだ、獣を生み出す魔の盃。
アイリスフィールは額に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。
「ようやく勝利に手が届くかと思ったときには、既に勝ち取るべき悲願が潰えていたなんて・・・」
「これはただ壊してしまってよいのですか?中身が溢れてしまうのでは・・・」
「敗退したサーヴァントはまだ二騎。アンリマユの覚醒には至っていない。中身が溢れたとしても、今はまだ指向性のない曖昧な呪いの塊だ。ここに揃った戦力だけで充分に対処できる」
「そうかそうか。では、邪魔させてもらおうかの」
「は?」
何言ってんだこいつ。という目でⅡ世はイスカンダルを見た。
状況分かってんのか?という目でルーラーも見た。
ウェイバーは気配を消し他人の振りをした。
「聖杯戦争はもう終わりだ。我々が戦う理由はない。そもそも、貴方は騙されていたんだぞ!」
「うん?いやそんなことはどうでも良いのだ」
「いいのかよ!?」
堪えきれなかったウェイバーがツッコミを入れる。
立香は「あっちのマスターも大変だなぁ」と思った。
「このまま大聖杯が破壊されたら、貴様らの目的だけが達成されることになる。それは――勝ち逃げというものだろう?」
「な・・・」
「顰め面の軍師よ。むしろ我らが雌雄を決する戦場には誂え向きの場所ではないか」
対峙するように向き合ったライダーは、両手を広げ大猫のように目を細める。
反対にⅡ世は苦虫をかみつぶしたような顔をして、しばし口籠もった。
「・・・・・・わけが、わからん。何故そうまでして我々に敵対する?」
「貴様、何やら先の因果の行く末を見通している様子だが、つまんないだろ?それ」
あっけらかんと王は言う。あっさりと。
道を歩いていたら死角から子供が飛び出してきた。そんな心境がⅡ世を襲う。
「だったらせめて余くらいは番狂わせを演じてやるしかなかろうよ。たとえ辿り着く先が決まっていても、道筋はいくらでも変えられる。我らはそういう夢のある伝説を、ずっと追いかけてきたはずだ」
「”ゼルダの伝説”・・・・・・」
「応とも。貴様もまた、覇道の影を追い求める者。つまりはこの征服王と悦びの形を等しくする者。そう言う奴はきちんと楽しませてやらんとな。王たる余の務めだ」
仏頂面が染みついている青年の顔が、ふいに猫じゃらしで擽られた時のようにほどけた。
葉巻を吸っていない口がぽかんと開いて、反論する言葉を探している。
「楽しませる・・・エルメロイさんを笑わせるために、我々の敵に?」
「無茶苦茶だわ・・・」
「ええ、無茶苦茶ではありますが、この英霊ならではの動機です」
驚くマシュに、呆れるアイリスフィール。理解を示したのはXと、状況を見守っているシャルルマーニュだ。
「この王はどこまでも身勝手ながらも、相手に対する関心で動く。つまり――むくつけきゴリ、いや失礼、荒々しい武人に見えて、その実、極めつけのお節介者なのです!」
「あんまり本音が隠れてないね」
「フォ~ウ」
「王の務めとまで言われたら、俺は口を挟めないな」
「な、あ、貴方とて状況判断は得意とするところだろうに!」
そう肩をすくめたルーラーを見て、泡を食ったようにⅡ世がライダーに言う。
「この呪いを蓄えた大聖杯がどんな災厄をもたらすかは歴然だろう!世界の危機だぞ!なのにそんな、まるで遊び半分のような動機のために、今ここで私と戦うだと?いったいどういう了見だ!?」
「まぁ四の五言っても、貴様だって好きだろ?ゲーム」
「・・・・・・な・・・・・・」
いくら訴えようが暖簾に腕押し。王は既に指針を決めている。
「何を背負い、何を賭するにせよ、挑むとなれば楽しまずして何のための人生か。もっと熱くなれよ、策士」
「・・・・・・・・・・・・勇者リンクのようにか?」
「分かっているではないか。余が思うに、彼の魔王に足りなかったのは遊び心だ。熱砂のように乾いた心では、真に欲したものもそりゃ見失うだろう。さあ勝負だ。あの崩壊した玉座での戦いのように、剣をまじえようではないか」
あの日から瞳に焼き付いている、征服王の不敵な笑みだった。
「そこまでして・・・私が、矛を交えるに値する存在だと?」
「応さ。貴様がいったいどういう出自で、余とどんな縁故があるのかまでは知らぬがな。いま余の目の前におる男は、ぜひとも制覇せねば気が済まぬ猛者である」
「・・・・・・はは、あはははッ。はっはっはっはッ!」
とうとう癇癪玉が弾けた。笑い声は大空洞に響く。
滲むのは愉悦の涙か?背負っていた使命はほろほろと崩れ落ちた。
「エルメロイさん?いったい・・・・・・」
「済まない藤丸、我がマスターよ。これが一度きりの我侭だ。アイツと戦わせてくれ。使命も、世界の命運も、全てを忘れた上で・・・。あの男だけを見据えて、この私に、勝つか負けるかも分からない競い合いをやらせてくれ!」
「・・・仕方ないなぁ」
ようやく眉間の皺がなくなった軍師に、立香はふくふくとした笑いが堪えきれない。
「そう言ってくれるか。フフ、これがもしうちの生徒なら大馬鹿者と叱り飛ばすところだが・・・」
「私は生徒だけど、マスターだもんね。いいよ!」
「ははは!それでいい!アイツや私に負けず劣らずの大馬鹿なればこそ、仕える甲斐がある!」
高らかに嘶き巨馬が顕現する。赤いマントを翻し、ライダーは堂々と跨がった。
全身から発する魔力は吹きすさぶ風となりて。観覧者たちの髪をかき混ぜる。
「いるのだろう、ランサー!貴様も出てこい!」
「バレてるか。アーチャー、お前は手を出すなよ」
「もちろんです」
赤いマフラーがふわりと帰還する。少し乱れた髪の隙間から見える青藍は、好戦的に光っていた。
「蹴散らせブケファラス!」
「ランサー、攻撃。先生は宝具を。マシュ、受け止めて!」
「了解!」
主人の号令に答えて、愛馬―ブケファラス―が強襲する。
有象無象を挽き潰す巨馬の突進。巻き込まれたらひとたまりも無い。
「むう!?」
「はああぁっ!」
衝撃に空気が弾けた。マシュがブケファラスを盾で食い止めたのだ。
それにライダーが気を取られたのは一瞬。視界の端から鋭い刺突。リンクの攻撃を迎撃する。
ブケファラスが力尽くで盾から離れた。鞍に片足をついて体勢を直したリンクを、雷撃を纏ったライダーの槍が襲う。電撃は捌いたが薙ぎ払われた。
少し離れた場所に着地する。
「これでどうだ!歯を食いしばれい!」
「投槍・・・!?っと!」
間髪入れずに投げられた、槍はいかずちのごとくリンクに飛んでいく。
その間もブケファラスは跳ぶように走り、シールダーを破らんと踏みつぶそうとする。
魔力の波が馬を包んだ。宝具の1つが顕現する!
「
「
「マシュ、緊急回避!」
「・・・入ったな!これぞ大軍師の究極陣地――」
マシュが先ほどまで立っていた場所をライダーが通過する――ことは叶わなかった。
足下から浮かび上がる陣。積み上げられた巨岩。組み上げられたのは迷宮か。
侵入者を決して逃がさぬ、伝説上の陣形。
「
「・・・・・・ライダー!令呪を以て命ずる!オマエが勝て!!」
「はははははは!いいだろう!声の限りに勝利を謳え!」
三画全て。
ウェイバーの胸を奮い立たせる、この炎は何だ。いっぱいいっぱいな感情を、それでもなんとか声に乗せた。
魔力が膨れあがる。石兵八陣に罅が入った。
Ⅱ世はその声に、どんな感情を抱いたのだろうか。自分でもよくわからなくて、ただ、唇を噛み締めた。
「遠征は終わらぬ。我らが胸に彼方への野心ある限り。――勝鬨を上げよ!」
旋風が吹き荒れる。
いや、熱風?
肌を灼くとげとげしい熱を感じて、立香は周囲を見渡した。
「・・・固有結界か」
一足先に答えに辿り着いたルーラーに応えるかのように、その砂漠は現れる。
風塵が舞っていた。
Ⅱ世が吐いた息は
やがて砂塵が大空洞を覆い尽くしたとき、幕開けのように視界が晴れた。
「すごい、」
立香の目に飛び込む蒼穹。灼熱の太陽。
魔法に最も近い魔術とされ、魔術協会では禁呪のカテゴリーに入る。魔術の到達点のひとつ。
ただしこれは、彼個人の心象風景ではなく――――。
「
此方に集いしは一騎当千の軍勢。その全てが共有する風景がカタチとなったもの。
英霊の座に召し上げられてもなお、王に忠誠を誓い続ける英雄たち。
王の召喚に応じ、サーヴァントとして馳せ参じた臣下たち。
王とは――――孤高にあらず!
「AAAALaLaLaLaLaie!!!」
咆哮。咆哮。
轟け!
根本的な勢力が違う。
多数、という暴力が進撃する。
たった三人に向けられた、刃の数よ。
「令呪を以て命ずる。マシュ、私たちを守って!」
「了解です、マスター!」
それでも立ち塞がる盾がある。負ける気のないマスターがいる。
艱難辛苦を乗り越えた、雪花の盾が呼応する。
「仮想宝具、展開――――。
宝具と宝具が激突する。衝撃波から立香を庇いながら、Ⅱ世はリンクの姿が見えないことに気づいた。
「マスター、魔力を送れるか?」
熱風を忘れさせるような、涼やかな声だった。
考える前に身体が動いている。令呪が全て消え、サーヴァントに送られる。
「使って!」
「ありがとう。――少し、見せてやろう」
熱と光で蜃気楼のように揺れる視界では、ランサーの姿を確認できない。
ただ、パスから感じる魔力の揺らぎから、彼が魔力を解放したことを察した。
「私も持っているんだ。無窮の武練。あとは・・・
そんな声が聞こえた気がして、ライダーは気を張り巡らせ。
針の穴に糸を通すかのような精度で気配を消した、金色が飛び込んできた。
「・・・・・・見事」
胸を貫く青槍が霊核を砕いて、咳き込む口元から血が垂れる。
あっという間の出来事だった。
陽炎のように世界が消えていく。広大な荒野は閉じていく。
「・・・最後に聞こう。お主、何者だ?」
「しがない騎士さ。天空にたどり着けなかった、ね」
イスカンダルは目を見開いた。
「まさか、」
とん、とランサーが跳ぶ。
気にいりの人間に近づく鳥のように、軽やかに自陣に戻っていった。
「ライダー!?」
「ぐっ・・・・・・フフ、してやられたわい。・・・そうか、石兵八陣といったか」
「・・・・・・この力は、私が自ら身に修めたものではない。ただの偶然で手に入れたものだ。・・・破られてしまったしな」
ブケファラスを一撫でしてライダーが下馬する。
のっしのっしと近づいてくる筋骨隆々の男と、Ⅱ世は目を合わせられなかった。
「結局、私は自分の力では、貴方に及ぶことなど・・・」
「ハハ、ばかもん」
「!?」
「デコピンした?」
「なんでソイツに・・・」
○奏者のお兄さん 痛そう
「覇道を拓くのに、揮う力が誰のものかなんぞ関係ないわ。それをいかに御し、導くか・・・肝要なのはそっちだ。余の
「ライダー・・・・・・」
○バードマスター 本質ついてるね
「ん?痛かったか?済まんな。力加減が分からなかった。ちょっともう、指先の感覚がおぼつかないもんでな・・・」
滲むⅡ世の瞳を見て、イスカンダルは苦笑した。
「まぁ、そこまで深い皺を刻んだ額なら、今さらちょっとやそっとでは傷はつくまい。なぁ?」
「・・・・・・馬鹿なことを。体より心に響く傷というものもある」
「ハハ、そう言うな。いやぁ、いい戦だった」
立香を見て、マシュを見て、・・・リンクを見て。
「済まんな坊主、余は、ここまでのようだ・・・・・・」
最後に満足そうな笑みを浮かべながら、ウェイバーにそう言い残したのだった。
「・・・・・・なんでだよ?ここで泣くのはボクの筈だろ。なんであんたが泣いてんだよ?」
そういうウェイバーの声もみずみずしくて。
「・・・・・・ああ。無様なところを見せたな。今生、会うコトはないと思っていたが・・・・・・」
とうとう顔を覆ったⅡ世の声も、震えていたけれど。
それを茶化す者なんて、一人もいないのだった。