午前の日が差す森の中で、一人の青年が髪を梳いていた。
「そうだ、嬉しいんだ~いーきる喜び~。たっとっえ、胸の傷がいーたんでも~」
生命力を詰め込んだ小麦色の髪が、櫛の通った先からスノーホワイトに変わっていく。
腰まで綺麗に変えた後は櫛をしまい、瞳を閉じて、開ける。
瑞々しい青眼は焔の瞳に。この姿を勇者リンクと見抜ける人間はいないだろう。
○バードマスター アンパンマンしか勝たん
○海の男 いつ見ても変身バンクが素晴らしいですな
○災厄ハンター ヨッ天才!
○ウルフ 才能人!
○小さきもの 美人!
勇者のくせに語彙が少なくて恥ずかしくないんですか・・・?
でもまあ今日はこの程度で勘弁してやろう。先を急ぐので。
服はそのままでいいか。
マスソは片して、腰の刀だけにする。オカリナを取り出せば準備は完了だ。
息を吸って、吹き込む。
流るるは彼女を呼ぶ歌。幾つもの時代を超えても、世界を超えても、必ず蹄の音は響いてくる。
大地を駆けるリンクの足。人生を共にした相棒の馬。
「エポナ」
「ぶるる!」
ずいっと差し出された頭を抱えるように撫でてやる。最近はめっきり走る機会が減っていたし、ついでに思いっきり駆けさせてやろう。
行く先はリヨン。
このままほっとくと呪いを受けて倒れてしまうので、あたかも通りがかりですよ感を出しつつ手助けしカルデアに合流する。
皆にはバレないように姿を偽りつつカルデアと合流するとしか言っていないので、たまたま感が大事だ。見つけちゃったら助けないわけにはいかないもんね!さぁ、行こう。
「エポナ、GO!」
圧倒的な力、圧倒的な憎悪は、どれほど高潔な人間でも容易く壊してしまうだろう。
人の心は脆く、弱く。ビードロのようにあっけない。
けれど、とんぼ玉のように可憐に輝くこともあるのだ。
「―――む、ちょっとまってくれ。君たちの行く先にサーヴァントが探知された。場所はラ・シャリテ。君たちの目的地だ」
「!」
「皆さん、空を・・・!」
ジャンヌの声に反応して、立香とマシュは天を仰ぎ見た。――――絶句。
街の上空を覆い尽くすドラゴン達は、邪悪な魔力を纏って矮小な命達を睥睨する。
「口腔部に魔力反応・・・!?」
「やめ・・・やめなさい!」
「だめ・・・!間に合わない・・・!」
ごお、と黒い炎が渦巻いた。翼も持たぬ人間はただそれを眺めるだけ。
腹を抱えて嗤う、黒い聖女がいるだけ。
「趣味が悪いな」
地獄に間に合った、誰かが居るだけ。
「!?」
「なに・・・!?」
「ドラゴンの首が・・・落ちた・・・!?」
涼やかな音だけを響かせて、ワイバーンは両断された。
全ての視線がそこに集まる。太陽の光を反射して、白髪はオパールのように輝いた。
軽やかに着地した人影に思わず駆けていく。晴天を背に現れた、美しいひとに。
「あ、あなたは・・・?」
「ん?俺は・・・。まあ待て、先にあっちの相手をしないとな」
腰までの長髪に紅い瞳。刀を腰に下げた男が、ドラゴン達を視線で指す。
マシュとジャンヌが前に立ち、立香も構えた。複数の気配が現れる。
「貴様――――」
「おや、気の短そうな総大将だな。そっちの彼女とは知り合いか?」
「・・・貴女。貴女は、誰ですか?」
ルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルクの存在を反転したらこうなるのだろう。
狂気に染まった瞳をつり上げ、剣を携えた黒き少女。旗にはドラゴンを掲げ、そして従える邪悪な魔力を持っていた。
周りに侍るは四騎のサーヴァント。高貴な者特有の気配と、もはや落とせぬ血の臭いを纏う男女に、杖を携える女。そして性別の分かりづらい騎士。
「それはこちらの質問ですが・・・そうですね。上に立つ者として答えてあげましょう」
ややあって怒りと嘲笑を詰め込んだ言葉がはき出される。
こんな小娘に縋るしかなかった国に嫌悪を送りながら、黒いジャンヌは白いジャンヌを見下す。
「私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ。もう一人の“私”」
「・・・馬鹿げたことを。貴女は聖女ではない。私がそうでないように」
○銀河鉄道123 本物の天然は天然の自覚がないっていうよね
○いーくん 言わんとしていることはわかるけども
「いえ、それは今は置いていきましょう。・・・私が聞きたいのは、なぜ貴女がこんなことをしているのかです。なぜ、フランスを滅ぼそうとするのですか!」
「・・・呆れた、こんなに鈍いなんて思いませんでした。この国は私を裏切り、唾を吐いた。
朗々と語られる内容は、ジャンヌ・ダルクを知っていれば納得してしまいそうな内容だった。
けれど頷くわけにはいかない。立香も、マシュも、職員たちも。
清廉の白を纏う、もう一人のジャンヌを知っているから。
「だから滅ぼします。人類種という悪しき存在を根本から刈り取り、フランスを沈黙する死者の国に作り替える。それが私、新しきジャンヌ・ダルクの救国方法です」
「死が救いとはありきたりだな。宗教の押しつけはよくないぞ?」
耳障りのいい声が黒い少女に相対する。ジャンヌの隣に並び立ち、抜刀の姿勢を取る。
「状況はだいたい理解した。フランスを滅ぼされたくなかったらこっちに味方すればいいんだな」
ぴり、と空気が軋む。戦の気配。
「貴女はその残り滓に味方するのですか?この憤怒を理解しない、しようとしない亡霊に」
「君が憤ることを俺は否定しない。そのかわり教えてあげよう。たとえ自分自身であっても、理解できないことはあるよ」
男が白いジャンヌを見て、黒いジャンヌにも優しい目を向けた。
この殺気と怒気に囲まれた空間には到底似つかわしくない、柔らかな声だった。
「同じ人間から分かたれたのに、違う意見を持つことは
○守銭奴 うん
○フォースを信じろ はい
○Silver bow そういや今誰が出てるんですか?
○守銭奴 青だよ
○フォースを信じろ 紫くんです
「構えろ、白いジャンヌ。違うなら違うと言え」
「・・・っ。私・・・私は・・・」
「・・・知ったような口を!!バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン、バーサーク・セイバー!田舎娘共々あいつらを殺せ!」
貴族然とした男が槍を構え、仮面の女が舌なめずりをし、騎士はただ微笑んだ。
「あのセイバーは俺がやろう。アサシンとランサーを頼めるか?」
「、うん・・・はい!来て、キャスター!マシュ、ジャンヌ、やるよ!」
「はい先輩!」
「わ、わかりました!」
ふわり、と空気が動き、騎士が突貫してくる。
甲高い音を立ててセイバーの男はそれを受け止めた。立香の視力では視認できぬ速度で剣戟が交わされる。
◯Silver bow なんかそのセイバー隠蔽魔術掛かってません?
「マスター!こっちに集中しな!」
「う、うん」
振りかぶられた槍をジャンヌが旗で防いだ。間髪入れず地面から生えてきた杭を、後ろに跳ぶことで避ける。避ける。避ける!
「くっ・・・」
「どうした。そんなことでは余に届かぬぞ」
旗を振ることで杭をたたき折り、ジャンヌがランサーに飛びかかる。余裕を崩さない態度のまま繰り出される攻撃を槍で捌いた。
鋭い穂先が少女を嬲るために動く。力任せに振るわれる旗は聖なる威光を持ってそれを弾く。攻防。
○騎士 力が入りすぎてますよ
◯バードマスター 明日もう一度来て下さい。本当の聖女をお見せしますよ
◯ 騎士 美味しんぼ読んだ?
赤黒い魔力が波のように襲いかかる。マシュが盾で防ぎ、キャスターが炎を返した。
アサシンが杖で弾こうとするものの、避けきれず声を漏らす。間髪入れず光の魔弾が追撃した。
荒い金属音。
どこからともなく現れた鎖がアサシンを守る。絡みつく魔力は血のように。放たれてきた鎖は蛇のように。盾に絡まりマシュの体制を崩す。
瞬間に振るわれた杖が鈍い音をたてて鎖を砕く。炎が鳥のように舞った。アサシンが後ずさる。
「なにをモタモタしているのです。貴方たちはそんなに無能でしたか?早くそいつらを殺しなさい!」
金切り声が耳を劈く。
黒いジャンヌは旗の柄を握る手をへし折りかねない勢いで握った。噛みしめた歯は折れそうな音を立てている。
「流石、強いのね。私負けてしまうかも」
「そちらこそ」
子供の癇癪だな・・・。
それを横目で見ながら騎士のセイバー――両儀式と白髪のセイバー――リンクは小声で会話を交わす。
端からみたら凄まじい打ち合いなのに、当人達にとっては手遊びの範疇だ。そもそも殺る気がない。
リンクはこの場を上手く切り抜ければそれでいいし、両儀は気が済むまで遊べればそれでいい。
第三者の気配に気づいたのは同時だった。鋼の輝線を描きながらさりげなく距離を取る。
「
万華鏡のように多面の煌めきを纏って、現れたのはガラスの馬車だった。
「なんだ!?新手か!?」
「ガラスの馬車・・・?」
優雅ではないわ。彼女は呟く。
血と憎悪で縛られた体は重くって、ターンの一つも出来やしない。
善であれ悪であれ、人間はもっと軽やかであるべきだ。折角素敵な衣装を着ているのだから、貴方だけのステップを見せてちょうだい。
女性の声が場を掌握する。歌声とヴァイオリン、空気を貫通するハイパーボイス。
「さぁ行きますわよ。皆さん」
○うさぎちゃん(光) うおおおお!!エリザベート・バートリー!!
○りっちゃん 嘘でしょあれにペンラ振るの?音痴じゃん
○うさぎちゃん(光) そこがたまんねぇんだよな
○ウルフ 趣味が鋭角すぎる
衝撃波による物理的重圧と、歌声が発する魔術的強制力が黒いジャンヌ達を攻撃する。
ガラスの馬に跨がったサーヴァントに促され、立香達が退避の動きを取った。目ざとく気づいた黒いジャンヌが、怒りのままに炎を振りまく。
「調子に・・・乗るなぁ!」
黒炎は白いジャンヌを捕らえ、リンクの刀に捌かれた。紅い瞳と視線が合う。
「・・・ひっ」
一瞬、気圧された。逃げるにはそれで十分。
後に残されたサーヴァント達に声をかけられるまで、黒いジャンヌはしばし呆然としていた。
それは正しく恐怖だったけれど、リンクには軽い威嚇のつもりしかなかった。その時点でもう格の違いが出ている。
けれど黒いジャンヌは認めなかった。その怯えを握りつぶした。
己の弱さと向き合えない時点で、もう白いジャンヌにすら劣っているのに――――。