冷たい地下の牢獄で、少女は一人待っている。
お化けのように希薄な己を探しに来てくれる誰かが、扉を開けてくれるのを待っている。
それが大好きで、大好きなあの人であったらいいな。・・・なんて、夢想をして過ごす日々に、ようやく終わりが訪れた。
「シータ!!」
「―――――ラーマ様・・・?」
少年は血が滲む喉で叫んだ。愛しい君の名前を。
足下はおぼつかなくて、目は擦れて、呼吸に忙しい肺を振り絞りながら。耳鳴りよりも大きな声で呼んだ。
そうすることでしか、今は愛を伝えられなかったから。
「迎えに来たぞ・・・!迎えに・・・来たんだ・・・」
「ラーマさん!その体で走ったら・・・!」
「どこだ・・・シータ・・・どこにいる・・・・・・?」
二人を阻むぬるい鉄格子が、入り口から伸びる光を反射して光る。
そんな鈍い輝きに用はないとばかりに、シータは精一杯手を伸ばして答えた。
「ラーマ様!シータはここにおります!」
「・・・会いたかった、会いたかった。本当に、本当に・・・会いたかったんだ・・・!」
ようやく触れられた手は震えていた。
心を飛び出していった言葉は、たった一つの大事なこと。
「僕は、君がいれば、それだけで良かった・・・・・・!!」
涙で視界がにじむ。
シータは返す言葉を持たなかった。
色々と考えていたような気もするのに、全て忘れてしまったから。
ただ、熱い涙が頬を滑り落ちて、喉を震わせてしゃくり上げて、愛しい人の手を固く握ったのだ。
「早速ですが治療を開始します」
「キャッ!?」
ほどほどに空気を読んだナイチンゲールが割って入る。二人の様子に安心したマシュが後に続いた。
これでようやくラーマも元気になるだろう。
立香と虞美人とアルテミスは若干もらい泣きをしていた。オリオンと項羽が慰める声が聞こえる。
「申し訳ありません、本来ならばこんな不衛生な場所で治療を行なうべきではないのですが、サーヴァントなので特例です。貴女は遠慮なく、そのまま手を握りしめてください」
「・・・・・・あの、ラーマ様は、一体・・・?」
「わたしが説明します。実は――――」
マシュの話に真剣に耳を傾けるシータに優しい目を遣ってから、立香の視線はベオウルフに移った。
敗北を悟った後潔く降参した王は、今はアスクレピオスに手当を受けている。
ラーマの渾身の宝具でも間一髪で致命傷を避けたのは、流石北欧の英雄と言ったところか。壁に背を預ける王に習って、立香も腰を下ろした。
「あの夫婦、やけに似てんな。気配がほぼ同じだ」
「そうなの?」
『こちらの観測でも、二人の霊基はほぼ同一だ。恐らくラーマが“生前”にかけられた呪いが原因だろう』
「呪い・・・」
バーリという猿を騙し討ちしたことによって、彼の妻にかけられた呪い。「
聖杯戦争下であれば、どちらも“ラーマ”として召喚されるだろう。
「でも、今は二人が出会えてる・・・」
『特異点という、不安定な環境故だろうね。本来これは、起こりうるはずのない奇跡の再会だ』
どこかで鳥の群れが飛び立った。
浦風が吹き込んできて、立香の肌に振れる。
話題が尽きて、静寂。
ひたひたに水が注がれたグラスをたゆたっているかのような沈黙。
なんとなしに風向を探しながら、少女はラーマの治療が終わるのを待った。
「・・・修復は大分終わりましたが、巣くった“何か”が厄介です」
「恐らく、ゲイ・ボルクの呪いが残っているのかと・・・」
「残念ですが、元気になっても戦う力は戻らないかもしれません」
「そんな・・・」
管制室が最後の来訪者を感知した。
オーバーオーバー。想定の数値を超えています。報告音のアンサンブル。
類似データを検出しますか? Yes/No
「ならば、私がこの身を捧げましょう」
「その必要はありません。ミセス・シータ」
振り返ったマシュが見たのは、上を見上げて呆然としている立香とベオウルフ。
視線の先を辿って、マシュもぱかりと口を開けた。奇跡を運ぶきんいろの人。
「初めまして、カルデアの皆様。わたし、こういう者です」
きんいろはそっと微笑んで、琴の音のように美しい声と共に名刺を差し出した。
白い鳩がかかれた赤い帽子がはっとするほど鮮やかで。
違和感も場違いもなく、大地の勇者は合流した。
「・・・その必要がない、とはどういう意味でしょうか。貴方にはこの
「はい。ですがその為には術式の展開が必要です。一分で良いのでいただけないでしょうか」
「・・・・・・・・・・・・アッ私か!はい!どうぞ!」
周りの動揺も混乱もお構いなしに話を進めたナイチンゲールに、リンクはこくんと頷いた。名刺は立香に渡しておく。
バーサーカーと聞いていたけれど、思いの外理性的で助かりますね。
立香(カルデア代表)の許可も貰ったことだしと、全員に入り口に戻るよう促した。そこで取り出したるは聖なる石版。
「それは・・・海の大地の石版?」
「ええ。この石版に蓄えられたフォースを使って、本土からこの島に続く線路を敷きます。そうすれば・・・」
「・・・そうすれば?」
「新生ハイラル王国というテクスチャを張ることができます。そうなればあとはわたしの管理下。いかなる呪いも恐ろしい病巣も、神話より旧き神秘には敵いません」
『そ、そんなことが、可能で・・・・・・?』
「わたし、戦闘は苦手ですが、陣取り合戦なら負けません。すでに西部のあちこちに石版とそれを守る塔を設置しています。――――では」
石版を掲げる。
監獄の高い窓から差した日光が、日だまりを転々とつくった。
カルデアの一同が一斉に口を噤んで、リンクの一挙一動を見守っている。
肌に触れる風が柔らかくなったことを、ラーマはぼんやりとした意識で知覚した。シータに握られている手だけがずっと熱い。
「我が名、大地の勇者リンク。ロコモ族の名代として命ず。路よ拓け、未知を走れ。フォースの輝きはくすむことなく、神の威光を知らしめるでしょう」
人を捕らえるための監獄は、人を送り出すための神の塔に。
作り替えられていく。作り替えられていく。女王メイヴが聖杯で建設した監獄島は、リンクの介入によって変じていく。
看守を務めていたサーヴァントが下ったことと、捕らえられていたシータを助け出したことにより、アルカトラズの“守り”という概念は綻んだ。そこを基点に塗り替えていく。
「
木の葉を連れて風が通り過ぎた。
瞬間。
立香達の目に映ったのは、遙かなる大地。
新生ハイラル王国の、みずみずしい景色。
森の大地。雪の大地。海の大地。火の大地。安寧と共に生きる、笑顔の人々。
それは。
胸が切なくなるほど美しくて、息をするのも忘れるくらい、素晴らしかったのだ――――――。
「―――――う、」
「ラーマ様!」
神殿―エジソンの宮殿―と繋がったことにより、聖なる魔力が島に届く。
それはラーマの呪いを吹き飛ばし、柔らかい目覚めを促した。
「ラーマ様、・・・ラーマ。わかりますか、私です。シータです・・・」
「・・・ああ、わかるとも。シータ、シータ・・・・・・!」
抱き合って泣きじゃくる夫婦を祝福するかのように、光は満ちた。大地が歌っている。
お互いがお互いに注いだ愛を受け取って、二人は世界の片隅で泣いていた。
世界のつづきへ向かうために、泣きながら、笑い合っていた。
○バードマスター いい話だなぁ・・・
○海の男 いい夫婦だなぁ・・・
○うさぎちゃん(光) よかったねぇ二人とも
「なあ、どうしたらアンタと戦える?」
「そちらの女王に戦闘の許可でも貰ってきてください。今はもちろん無理ですよ」
○奏者のお兄さん あのお師匠はすごかったな・・・
ギラギラと瞳を輝かせて、ベオウルフはすっかり戦闘狂に戻ってしまった。
戦闘は苦手、と言っていた割りに隙のない勇者に顔を近づけて、じっくり全身を検分している。
若かりし狂乱が「拳で語り合いてぇ!」と騒ぎ、老いた智賢が「なんてすばらしい魔術だ」と感嘆して。興奮のままに歩調が荒くなっている。
『君はCM見てないのかい?』
「CM?」
「アルカトラズまでは流石に魔術を展開できなかったので。皆さん、帰るのならばわたしの汽車にどうぞ」
「神の汽車!?!?!?」
『ウワーーーーーーッ!!!!!!!本物!!!!!!』
『こっこここ興奮してきたな』
『ハアッ・・・・・・ハア・・・・・・ハァ・・・・・・ハー・・・・・・』
『ゲホッエホッゴホッ、オエッ』
○ウルフ 死にそうなのが何人かいるな
「賢者の名代、大地の勇者リンクよ」
「はい」
身なりを整え、シータに髪を結び直してもらったラーマがリンクの前に立つ。
もはや迷いなど一欠片もない。燃える魂のごとき真紅の瞳が、煌々と輝いている。
「感謝する。そなたのお陰で――――、いや、そなたとカルデアの者達のお陰で、余はこうして再起を果たすことが出来た。シータと再会することが出来た。この大恩、決して忘れぬ。身命を賭して返すことを誓おう」
「どういたしまして。カルデアのマスターの力になってあげてくださいね」
「もちろんだ」
隣を見ればシータがいる。
それのなんと幸福なことか。喜びに満ちたことか。
「ナイチンゲール、マシュ。そしてマスター。お前達にも心より感謝する。セイバー・ラーマ。余は、あなたのサーヴァントだ」
「アーチャー・シータ。戦闘でお役に立てるかはわかりませんが、精一杯努めさせて頂きます。よろしくお願いします、マスター様」
「うん。二人ともよろしくね」
機嫌良く去っていたベオウルフに手を振って、汽車は線路を走り出す。
「戸締点灯、進行確認。安全ヨシ。速度設定。出発、進行!」
煙突から煙がもくもくと上がって、天にふわふわと消えていった。
夢の汽車に乗車した少女達は目を輝かせて。婦長は景色を眺めながら僅かな休息に浸り。夫婦は身を寄せ合って座る。
カルデアの職員とサーヴァントたちの羨望を一心に浴びながら、汽車は安全運転で帰っていった。