――――そうして、戦力は揃い踏み。わたしたちは会議の席に着きました。
ケルトは現在北米大陸の東半分を占領しています。最終的に彼らは南北の二ルートから攻め入るでしょう。
神の塔にいる監視員からも同じような情報が上がっています。
ドクター曰くこの戦争の敗北条件は「一定以上の領土が占領されること」。しかしすでに西部はリンクさんが展開したハイラルのテクスチャで守られています。これを塗り替えるのは聖杯でも時間がかかるとのこと。
むこうの戦力は、女王メイヴにクー・フーリン。ベオウルフ、アルジュナ。
わたしたちはまだ遭遇していないフィン・マックール。ディルムッド・オディナ。
数がそろえばサーヴァントすら圧倒できるケルトの戦士たち、モンスターやシャドウサーヴァント。
でも、恐れることはありません。わたしたちには、大地の勇者の加護がついています。
我々カルデアがいかに素早く、確実に、聖杯を獲得できるか。腕の見せ所です。
なぜならこちらには先輩がいます。マスターがいます。
だからきっと大丈夫。わたしはもう知っているし、そう信じているのです。
「こんな夜中に散歩ですか?」
「…うん。ちょっと、気分転換に」
月光に照らされて光る新雪のようにひそやかに、ナイチンゲールは声をかけた。
呼び止められた立香はすこし気まずそうな顔をして、でもすぐにひっこめて、静かな声で返す。
「これも何かの縁です。お付き合いしましょう」
顔を見返してくる少女にうっすらとほほ笑んで、看護師は先導するように歩き出した。
光源の絞られた間接照明が廊下を照らしている。足音が二人並んで、夜風に消えていった。
「この世界に残る病は一つ。それで癒されるといいのですが」
「頑張るよ」
「貴女に重圧を掛けているわけではありません。そこは勘違いされないようにお願いします。世界の崩壊を止める責務をただ一人に負わせるなど、本来は正気の沙汰ではないのです」
天に瞬く星は遠く。神も瞼を閉じた真夜中の直後。
こんな時間にイキイキとしているのなんて、魔女か悪魔くらいだろう。
「それはまさしく、絶望的な所業に他ならず。狂っていなければ耐えられない。かつての私のように」
「…………」
「でも、貴女はそうではない」
紡がれる言葉は天使の祝福。立香はナイチンゲールの、本来の性格を垣間見たような気がした。
纏った狂気をめくった内側。淑やかで心優しいあなた。殺すためではなく、生かすために戦場にいる看護師。
「貴女は鋼血の理性をもって、前進をつづけるでしょう。狂うことを選ばないまま、星を目指すでしょう」
「あなたにはそう見えるの?」
「ええ。“元凶を殴り飛ばして完璧に勝利するため”ならば、雌伏の日々を選べる勇者のように」
それは、大地の勇者が言っていた言葉だ。
カルデアに来ないかと勧誘した立香とマシュに対して、まだ早いとその理由を述べた。
……本当はサーヴァントの枠組みにはいると弱体化するから。
年だからシリアスな空気に耐えらない。
引きこもりなので(自称)。
だったりするのだが、口に出さなきゃセーフである。
「私は貴女を信用しています。かつて、分からず屋の陸軍を相手に戦った同胞たちのように」
ラズベリーのように赤い瞳が、立香を柔らかく見つめている。
ここだけ世界に切り取られたみたい。
アメリカの夜は静かで、むずがゆく下ろしていた髪をかき混ぜた。照れと、安心と、ちょっとした居心地の悪さ。
「努力する必要はあります。しかし、重荷を背負う必要はありません。貴女の選択が間違いでなくとも、託された側である我々が失敗することもある」
「うん」
「盤石の態勢を整えても、兵士は死に、病人は発生する」
「だから、気楽に進めてもいいのです」
冷たい夜風が二人の頬を撫でて、暗い大地へ走っていく。
それを目で追いながら、明日は晴れるかな。なんて、そう思った。
「気楽に、そして誠実に―――。であれば、私たちはきっと大丈夫」
「うん。ねぇ、ナイチンゲール…」
「はい」
「私、将来はビッグな女になるよ」
「楽しみですね。きっと、叶いますよ」
明朝。雲は綿菓子のように。
空は筆で刷いた
髪をしっかり結んで、スカートを整えて、朝ごはんも食べた。立香は今日も元気である。
「立香」
「ジェロニモ。リンクも!おはよう」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。作戦は頭に入っているな。門前でマシュたちが待っているぞ」
「はーい。先行くね!」
駆けていく少女の背はまだ幼い。隣に並ぶ少年も。
しかしその身に背負う宿命の重さは?ジェロニモの想像を掻き立てて、心にさざ波をつくる。
「ジェロニモ」
「何だ?」
見上げる瞳が賢者のように静謐で、ジェロニモは無意識に力を抜いた。
「良いのですか?誇り高きアパッチ族が、この国を救って」
「……私は子狡いコヨーテではなく、最後まで戦士でいることを望む。貴方の目があるのならなおさらだ」
アパッチ族に、“ゼルダの伝説”は伝わっていなかった。
もっと正確に言えば、“精霊と共に生きた長い耳の男”としてリンクであろう人の伝承があり、勇者云々のことを知ったのは後々のことだった。
知って、そして、さらに白人に対する憎しみは大きくなった。
“ゼルダの伝説に出てきた文明を現実のものに!”と謳いながら自然を破壊し、反抗する先住民たちを迫害していく移民たちに。
「この時代を潰すということは、私が流した血が、同胞が、家族が流した血が、無為になるということだ。それを私は看過できない。この国を救わなければ、我らも救われない」
わかっている。悪いのはリンクではなく、勇者リンクの名を大義名分にして大地を穢した者共だ。
彼はずっとこちらに寄り添って、耳を傾けていた。
種族、性別、年齢、立場、思想。何もかも違っても同じ鍋を囲み、隣り合って生きることができるのだと教えてくれた。
「何、アメリカに借りを作らせるというのも愉快だ。それがたとえ、世界が修正されれば忘れ去られるものであったとしても。……貴方ならば、わかるでしょう?」
「…ええ。それを言われては敵いませんね」
ほほ笑む少年に手を引かれて、朝日差す玄関に向かう。
この大地の勇者が見ていてくれるのならば、あの少女もきっと大丈夫だ。
血に濡れた道ではなく、希望に満ちた未来に進めるだろう。
「気高き戦士、■■■■■よ。あなたがあなたのままここに立っていることを、私は祝福しましょう」
そっとささやかれた真名に、驚いてしまったのはご愛敬。
『北軍にビリーとロビン、ジェロニモ。エジソン、エレナ、李書文。東軍にカルナ、ラーマ、ナイチンゲール。立香とマシュ。後方支援はリンクとシータ』
「問題ありません。ビリー、ロビン。その戦闘狂はほっといていいですからね」
「ようやく出番か。血が滾るな…!」
「大丈夫っす。近寄りたくねぇです」
「人ってあんな凶悪な顔できるんだ」
槍を握りしめながらやる気に満ちている李書文に、レジスタンスの二人が引いた眼で見ていた。怖…。
「任されたわ。こちらのまともな戦闘員は李書文しかいないけど、ここまでお膳立てしてもらったんだもの。頑張らなきゃ嘘だわ」
「うむ。北軍は責任をもって預からせてもらおう。総員、忘れ物はないな?では、すぐに軍を進めるぞ」
「みんな、気を付けてね」
「ああ、マスターよ。……君たちとの再会は叶わないだろう。わずかな間だったが、楽しい日々だった。今を生きる君たちの未来を守るために戦えること、光栄に思うよ」
ホワイトライオンは勇ましく吠えて、大きな手を差し出した。
握手は固く。瞳に宿る勇気の輝きよ。彼を縛る妄執は無く、心は赤く燃えている。
「ごきげんよう、マスター。またどこかで会えたら、マハトマの話をしましょう」
「うん、またねエレナ」
髪を梳く手が優しくて、立香はとろりと目を伏せた。
なんだかおばあちゃんみたいだ。見た目ではなく雰囲気が。
「んじゃ、オレらも行こうかね。これで今生の別れだな」
「……そういわれると、寂しいね」
「ゲリラ活動なんてそんなもんだ。お互い、生きていればいつか会える。顔を合わせるって意味じゃなくてな」
例えば、一方が残した歌とか手紙とか。
書き残した日記とか冒険記とか。
そこにいて、生きていた証とか。
「そういうのに、生きていれば出会えるって話でね。人間ってのは顔を合わせるだけが再会じゃないのさ」
「そうだよマスター。生きていたことすら失って消えていくなんて、実際そうそうないからね。僕やロビンでさえ、こうしてここにいるんだから」
「…わかった。じゃあ覚えておくね。忘れるまで二人のこと」
「そりゃありがたいな」
涙にぬれて、しみったれた別れなんて御免だね。
笑って手を振ってさよならしよう。アウトローだって世界を救えるのだ。それを今から見せてあげる。
「勇者リンクよ。シータを頼む」
「任されました。必ず、貴方のもとへお返ししましょう」
「ラーマ様。マスター、マシュ。どうかご武運を。私は信じています。あなたたちの勝利を」
うなずいて、目を合わせて、それでも足りなくて抱きしめた。
…暖かい。
じわりと溶け出すお互いの体温が、名残惜しいけども。
「必ず帰る」
「はいっ」
「マスター!命令を!」
戦争が始まる。
人間たちの、誇りを掛けた戦いが。
「目標、聖杯!邪魔するなら狂王も女王もぶっ飛ばす!」
「応とも!全員出撃!これが最後の戦いだ!」
「アメリカ合衆国をお前たちの手に取り戻せ!そのために我らも力を貸そう!」
大地よ、この雄たけびを聞け。
覚悟を決めた人間の、勇ましき姿を刮目せよ。
不意に。唐突に。前触れもなく。
東部全土に、その映像は流れた。
「こんにちは。アメリカを征服せんとするケルト軍のみなさん。大地の勇者、リンクと申します」
「突然ですが今日から三日後の**月**日に、我ら西部軍が東部に侵略を開始します」
「お察しの通りこれは宣戦布告。あなた方を蹂躙するという予言です」
「ご不満があるならばどうぞ。武力をもって反論してください」
「まさか、ケルトに名高い戦士たるあなたたちが籠城を決め込むなんて―――――恥ずかしい真似はしないでくださいよ?」
「では三日後に、またお会いしましょう」
あまりにもあからさますぎる煽りに、ぽかんとしていたのはアルジュナだけ。
いや、ベオウルフは面白そうににやにや笑っていたが。その身からピリピリとあふれ出している闘志のせいで、とても穏やかとは称せない。
狂王は表情を変えず、出陣だけを命令した。
角笛を鳴らし、殺意と戦意を膨れ上がらせた戦士が進軍を開始する。女王は変わらず君臨し、勝利を微塵も疑わない。
勇者リンク何するものぞ。奇跡も正義も砕き壊し、無様に殺してあげましょう。
フィン・マックールは、リンクの言葉の節々から感じる違和感に緊張した。
それは彼が長年エリンの守護者としてあり続けたが故の直感だったのかもしれない。彼はこれほどまでにこちらを煽っているのに、“実際何とも思っていない”。
興味がないのだ。本質的な部分では。我々になど。
そしてそれは当たっている。そもそも大地の勇者は戦いが嫌いだ。ケルト軍に好感を持つような出来事が起きてない以上、この対応は当然。
そして
これがもう少し世渡りの上手い風の勇者や大翼の勇者だったら、悟らせることもなかっただろう。
そしてそんな彼に慈悲を貰えるとしたら、本心をさらけ出したアルジュナと潔さを見せたベオウルフくらいだ。
――――ところで、彼の
いや、だからどうということはないのだが……。