「カルナ…!」
「カルナさん!」
ごうごうと風が吹き荒れた。
迅雷のごとく大地を走り回る魔力が、やがて空気に溶けて消えていく。
陥没した大地に足を取られながらも、できる限り近くに走り寄ってきた少女たちを見て、カルナはわずかに―――(アルジュナにも辛うじてそうとわかるレベルで)ほほ笑んだ。
「やはりランサーは燃費が悪いな。次はセイバーかランチャーにしよう」
「この状況でそれを言うの、カルナなりの慰めだってわかるよ」
「大丈夫です、カルナさん。わたしたち、貴方が居なくてもちゃんと勝って帰ります…!」
「――――ならば、オレが心配することはなかったな。さらばだ。マスター、マシュ」
伸ばした手が血に濡れていることに気づいてひっこめた、カルナの右手を掴む。少し豆ができた少女の手の暖かさよ。
真似をするように手を出したマシュの掌を左手で包んで、不格好な握手を交わした。
「お前たちに、太陽の加護があらんことを」
雲一つない空に消えていくエーテルが、まるで光を反射したガラスのように光っていた。
「……アルジュナ」
「……彼の心配はいらないでしょう。望んでいた決着はつきました。妄執に囚われることもなく、後悔に精神を侵されてもいない。私達は先に進みましょう」
「うむ。シータのおかげで神聖な決闘が邪魔されることもなかったからな。シータのおかげで。さすが余のシータ!目の前に居たらすぐに抱きしめて称讃の言葉を浴びせていたのに…!ええいすぐに終わらせて帰るぞ!シータが余を待っているのだ!」
『なんかおかしなテンションになっちゃったな』
『やる気は出たからいいんじゃない?』
喧喧諤諤、遠ざかっていく声を背中で聞いた。
アルジュナの目に映る、世界はいまだ鮮やかで。
「(―――――――カルナ)」
しばし目を閉じて、感情の波に身を任せることを許してほしい。
ここに一つの戦いが終わり、戦況はまた動いた。
――――欲しい。
欲しいの。
あの男が。
手に入らなかった。
私のものにならなかった。
心は堕ちずに、体は離れ。欲望は弾け、果実は落ち。
恋は何処に?愛をあげる!どうして、どうして――――!
声を掛けたのに!誘ったのに!
許せない…!許せない許せない許せない許せない許せない!
アルスターのクー・フーリン!
その視線が欲しいの!その心が欲しいの!体が、思想が、主義が、貴方を構成するすべてが!
絶っっっっ対に、屈服させてあげる!
「クーちゃんを王にして!私と並びたてる程に、“邪悪”で“逞しい”王に!」
願望の杯は満たされた。
表面張力でなみなみ揺れる、魔力のワインを飲み干して。
王は産まれた。女王は笑った。
「さあ、蹂躙を始めましょう!見せて、クーちゃん…!あなたという王様が、この世界の何もかも滅茶苦茶にするのを…!敵も、味方さえも、その
希望も奇跡も正義も宝も夢も未来も全て全て全て全て全て!!
無様に惨めに呆気なく!粉々に壊して殺しましょう!
だから――――――――――。
どうして邪魔するの?
生きることと戦うこと。
それがクー・フーリンにとっての至上の喜びだった。
得難い強敵との死闘で死力を尽くすこと。
望むままに、望む相手と、技を交わしあうこと。
なんのしがらみもなく、遠慮もなく、惰性もなく、義務も無い。
ただ、ただ、純粋に戦うこと。殺してもなお殺せない相手との死闘!これだけを望んで座に至る。至ったのだ。
「最短距離で王になり、最短距離で支配する」
生前存在しなかった望みが生まれるなど、サーヴァントにはよくあることだ。
王を望まれ。
王になった。
――――だが、王意がない。理想がない。
「ならば全てを破壊して、目についた敵はブチ殺し、誰も居ない荒野に立つ」
己の道は真っ直ぐだ。
寄り道している余裕もなく、誰かの荷物を担ぐ余裕もない。
我欲で槍を振るい。余分を捨てて愉悦を捨てて。世界を滅ぼすに足る力を得た。王は君臨する。
角笛を鳴らせ。
天高く飛ぶ鴉を撃ち落とし、敗者の血で大地を染めろ!
「そろそろ来るわね、王様。体は大丈夫かしら」
「修復は完了した。二度も無様は晒さねぇ」
「もしもの時は、こっちに
「……必要ねえ。オレ一人で十分だ」
ホワイトハウスは悪の巣窟?
排他的で閉鎖的。刹那のしじまに佇んで。
「連中は全て北部戦線に叩き込め。それで戦争も世界も終わりを告げる」
「……勇者は?」
「ヤツが出るのは最終手段だろう。さっきの一矢で確定した。少なくとも北部のサーヴァントが全滅でもしない限り、巣から出てくることはねぇだろう」
「そうね。――あーあ、楽しい女王ごっこもこれでおしまいかぁ」
チェリーピンクの髪を揺らして、メイヴは甘やかなため息をついた。
それは彼女に気を惹かれている者が見れば、一気に引き込まれ目を離せなくなるほど婀娜っぽかったが、ここにいるのは狂王だけである。
「楽しいか?」
真顔は崩れない。永遠結氷よりも凍える声が、ただ冷徹に女を見ている。
「ええ、とても楽しいわ。予想外のこともあったけど。だからこそ、最後の最後まで楽しみたいものね」
見上げる女の蜂蜜のような瞳が、愛しい男をとらえてとろんと蕩けた。
「クーちゃんは楽しくないのよね」
「どうだかな。おまえは勝手に楽しめばいい」
不吉なほど明るいカーマインが、からからの返事を打ち返す。
それにだって女は嬉しそうに、――――嬉しそうに、言うのだ。
「……ん。クーちゃん、愛してるわ」
「そうかい」
椅子から立ち上がって、白いバトルドレスの裾を直す。
一般的な人間から、平均的な思考から、逸脱した倫理感を持った女であるが、これでも根は乙女である。
死んでも愛を謳い、恋を叶えるために努力した。永久の貴婦人。女王メイヴ。
悪辣なのは生まれつき。ありのままであるが故の無垢。勇者を待つのではなく、我が物にするために戦車を駆る少女!
「さあ、終わりの戦いを始めましょう。みっともなく足掻いて、もがいて、立ち上がって。決意の眼差しでこちらを睨みつける彼らを。造作もなく踏みつぶしてあげましょう」
――ああ、最高に楽しみ!
太陽があくびを繰り返し、寝返りを打つように沈んでいく。
強い日差しに目を奪われている暇はない。
大地を駆けて、駆けて、走る。西部の領土を飛び出して、東部のワシントンへ急ぎ足。
『ここからはもう女王の領地だ!リンク君の援護も届かない!最大限の警戒を!』
「了解!」
『北部戦線も健闘している。これなら何とか――』
「来ちゃったのね」
いたずら好きの子供を咎める母のように感じたのは、はたして立香だけだろうか。
女神のごとき完璧な肉体から、清廉で包容力に満ちた女王の気品を漂わせて。
「おまえは――」
「女王メイヴ。ケルトの勇者たちを産み続ける女王ですね」
「あなたが……!」
事前情報と妙にチグハグで、戸惑っているのは立香だけ?
一片の穢れなど存在しないような、自信満々で勝気な笑みを浮かべて、女王は高らかに宣誓した。
「アンタたちのガラクタ兵隊と私の可愛い坊やたち――果たしてどっちが強いのか」
途端血だまりから飛び出した、怪物たちのカプリチオ。
『竜種に、シャドウサーヴァントに、キメラ…!?』
「……勝って見せるわ。王様に全てを託されたのは、この女王なんだから……!」
『スプリガンまで!?無茶苦茶だな…!』
「大丈夫、行くよみんな」
「はい!」
覚悟を決めた者は強い。
それは古今東西。今も昔も変わらない。
高く跳躍したラーマが竜を撃ち落としても。
マシュが叩きつけた盾でキメラが押し潰されても。
ナイチンゲールがスプリガンの顔に拳を叩き込んでも。
メイヴは一切の動揺を見せなかった。
『何だ…?やけに冷静だな……。何を企んでいる…?』
『聖杯は持っているようだけど……。ただの時間稼ぎかしら』
「オルタ、お願い!」
「戦だ。蹴散らすぞ、ラムレイ」
じわじわと湧き上がる不安をロマニとオルガマリーが分析している間にも、敵はどんどん消滅していく。
渦巻くように発生したアルトリア・ペンドラゴン[オルタ]の魔力の濁流に、飲み込まれて崩壊していく。
それでも、混濁とした血液から蠢く影は途切れることなく。
「無限とは言い難いですね。時間をかければ無限というだけで、ここまでくれば、減速の速さが勝る。魔術においても、科学においても、彼女は追い詰められていると言っていいでしょう。ただ――」
「――ハ、ハハ。ハハハハハ!」
ナイチンゲールの分析に、無邪気な笑い声が重なった。
「…追い詰められている?私が?逆よ、逆」
血泡とともに浮きあがり、ぱちんと弾けるように目を覚ます。兵士の士気は右肩上がり。
「追い詰めているのが私なの。ホワイトハウスにいらっしゃいな」
肉壁に庇われながら優雅に背を向けた、女王は去る姿も美しい。
「チッ……間合いに入らなんだ。
「行きましょう、皆さん。……間に合わないかもしれませんが」
「間に合わない?」
槍を振るうたびに敵が吹き飛んでいく。その中心でランサーに守られながら、立香はナイチンゲールに振り返った。
「……分かりません。ただ、彼らは秘密の刃を隠し持っています。
あっという間に静かになった。ラムレイが悠々と主人を乗せて戻ってくる。
「あの笑みは略奪の笑み。こちらが大事にしていたものを破壊するときの、たまらない嗜虐の笑みです。我々ではない。我々なら、すぐにその切り札を出している。ならば――」
「うむ。ナイチンゲールの言いたいことは分かる。すぐに追うぞ!」
「うん、行こう。ホワイトハウスへ」
なにが待っているんだろう。
つぶやきは胸の中。立香は足を動かした。