ママは此処の女王様
月も出ていない長夜の時。
外見だけは立派な城壁は、あちこちでともされた焚火に照らされて、ちらちらと白を主張している。
ここは聖地、その門前。
救いと慰めを求めた難民たちが、凍える風に肩を寄せ合って、純白の獅子王の君臨を待ちわびている。
道中の過酷さを思い返すたび、ここはなんて絢爛なのだろうと大人たちはため息をついた。枯れた水源もひび割れた大地も、獅子王の領地には存在しない。そしてひとたび門をくぐれば、気温の高さに肌を焼かれることもなければ、空腹に蹲ることもなくなるのだろう。
まさしく聖都。夢の国。
テントで身を寄せ合う親子たちは、明日からの生活に心を躍らせながら目を閉じた。――その影を、こそこそと動き回る
「ねえねえ、知ってます?」
見張りという名の夜更かしをする民にすり寄る、商人風の男。
白い頭部布で髪を隠して、明色のトーブに身を包んだ男は、揉み手でもしそうな機嫌のよさで話しかけた。
「この聖地のヒミツ。獅子王のヒミツ。今なら初回無料大サービス!特別に…お教えしますよ?」
「はぁ?なんだお前」
突然現れた不審な男に、難民たちは警戒する目を向けるが――それだけだ。
彼らには戦う力なんてないし、あったとしても削がれきっている。村が燃え、命からがら逃げ出してきた者ばかりで、旅の途中で倒れていく者だっていたのに。
これ以上精神に負担がかかったら、立ち上がることすら難しい。だから無意識に変化を拒絶する。複雑な思考をやめていく。――そういう疲れ切った人間を堕とすには、まず嗜好品から。
「おっと失礼。私はしがない信徒でございます。この地に君臨する、真なる神王のね。これはお近づきの印です」
「え……!?果物!?」
「どうぞお召し上がりください。そちらの方には冷えた水を。ああ、酒のほうがよろしいかな。我が神は異教徒を差別いたしません。どうぞ、恵みをお受け取りください」
懐からごろごろと出て来た品々に、難民たちはぎょっと目を見開いて動きを止めた。しかし商人風の男が手に押し付けるようにして渡すと、夢中になって懐に抱え込む。
歓喜の声を上げかけた難民たちは、今が深夜なことを思い出して慌てて声を潜めて。勢いよく果物にかぶりついた。男に対する警戒心はすっかりなくなっている。
「そちらのアナタも。お子さんも。どうぞ遠慮なく。我が神からの恵みでございます」
不確定な情報よりも、目の前の現物の方がよっぽど価値がある。
それを男は理解している。祈りで腹は膨れない。敬虔であるだけじゃ生きていけない。
「皆さま。胸に手を当てて、どうかよくお考え下さい。獅子王は本当にアナタたちを救うのですか?騎士はアナタたちを守ってくれますか?聖都は本当に楽園なのでしょうか?」
刷り込むように言葉を、態度を、
「我が神王の民であるアナタたちが、獅子王に騙されている現状を、私は看過できません」
「騙されるって…でも……」
「獅子王は偉大な方じゃないのか…?異民族も受け入れてくれるんじゃ…」
「ええ、ええ。分かっていますとも。しかしお覚悟を、決断の時は迫っています」
ネズミは種を撒く。不審の種を。
「迷える民よ、今日までよく頑張りましたね。さあ、我が神からの恵みでございます。そちらの華奢なお嬢さんには毛布など」
「あ、ありがとう!ありがたい…!」
「あの、あなたのいう神、とは…?まさか十字軍……?」
「いいえ。偉大なる砂漠の神王、ガノンドロフ様でございます」
「ぇ…………」
ネズミは囁く。彼にとっての真実を。
「おお、なんと哀れな……。ですがご安心を、我が神はアナタを見ています」
「怪我が……治った……!?」
「体が軽い……うそ……」
「これも我が神、ガノンドロフ様のご慈悲。どうかお忘れなく、この地の真なる主が誰であるかを――」
難民群の端から端まで、男は影を縫うように動き回る。
そして言うのだ。偉大なる守護神、ガノンドロフ様を信じなさい――と。
やがて聖都に動きがあった。
門が微かに開閉し、立派な鎧をまとった兵士たちがゾロゾロと出てきたのだ。
「(仕掛けはこの程度でいいでしょう。あとはザント殿の仕事です)」
難民たちに精神干渉の魔法をばらまいた男――、ユガは一人ほくそ笑んだ。
元ロウラルの司祭。ヒルダをそそのかして力と知恵のトライフォースを手に入れ、世界征服を目論んだ神々のトライフォース2のラスボスだ。
自らの感性に沿った「美しいもの」を絵画にし、アートを作り上げることに熱心な芸術家。そのせいでちょっと扱いづらいなコイツ…とギラヒムには思われているが、傍からみればどっこいどっこいである。
しかし最後の最後まで計略を見破られなかったあたり、頭脳戦にはとても強い。特にこういう、大衆を誘導することにかけては――――。
難民を囲む騎士たちは気づかない。恐ろしい災厄の1つが、のうのうと潜んでいることに。
パッと、夜が終わった。
「えっ……、どうなってるの……?」
「朝になった……?どうして……」
なんて風情のない夜もすがら。ユガは白けた目を正門に向けた。
芸術性の欠片もありませんね。上から目線で批評タイム。
「落ち着きなさい。これは獅子王がもたらす奇蹟――」
白亜の壁の向こうから、朗々と男の声がする。
白銀の甲冑をきらめかせ、深緑の外套をひらめかせた。歩みはゆっくりと、注目を集めるように。
門前にたどり着くころには、全ての難民からの視線を奪っていた。
「“常に太陽の祝福あれ”と。我が王が、私に与えたもうた
「あれは……!ガウェイン卿!円卓の騎士、ガウェイン卿だ!」
「(ほう、あれが。カラーリングが忌々しい勇者と被っていますね。不快です。苦しませて殺しましょう)」
金髪碧眼が同じだけで殺意を向けるな。この世に何万人一致する奴がいるんだよ。
次元の勇者が聞いていたらツッコミとグーパンが入っていた理不尽発言である。
「皆さん。自ら聖都に集まっていただいたこと、感謝します。人間の時代は滅び、また、この小さな世界も滅びようとしています――」
ガウェインにとっては2回目の、スピーチが始まった。
そう、まだ
でももう来てしまった。見つかってしまった。一度目の
「我が王はあらゆる民を受け入れます。異民族であっても異教徒であっても例外なく」
だからもう、獅子王は勝てない。
「――――ただ、その前に。我が王から赦しが与えられれば、の話ですが」
「正門の上に誰かいるぞ!?おお、あれは――!」
白いたてがみが装飾された銀色の兜が、幼子でもわかる威圧感を醸し出した。
穢れなき純白のマントが神々しさを演出して、紡がれる言葉は神の啓示。
「――最果てに導かれる者は限られている」
“他国に介入し思想を主張する女神とその信者”が、ガノンドロフにとってどれほど唾棄すべきものであるのかも知らずに。
その意をくんだギラヒムの竜の鬚を撫で虎の尾を踏む、獅子王はまだ気づかない。
「人の根は腐り堕ちるもの。故に、私は選び取る。決して穢れない魂。あらゆる悪にも乱れぬ魂。――生まれながらにして不変の、永劫無垢なる人間を」
その
ユガは今、嫌いな奴の弱点を探ろうとするあまりやたら詳しくなってしまうターンに入っていたため、極めて正確に事実を導き出した。
アイツら別に、正しい人間ではないですからね。バレなきゃセーフだと思ってるクソガキ共ですから。
「なんだ、なんの光だ!?こんなに強い光なのに、眩しくない!?」
光が空間を満たした。選定が始まったのだ。
獅子王の統治に適応できる「魂」を持つ人間のみ、聖地にはいることができる。しかしその内実は、人間たちを保護という名目で聖都に閉じこめて管理すること。そして、人理焼却後に宇宙から地球を訪れた存在に人類を知ってもらうことだ。
まさしく神の御業。女神の行い。
人間の魂を標本にするだなんて、ユガでも思いつかなかったのに。
「聖抜はなされた。その二名のみを招き入れる。回収するがいい、ガウェイン卿」
「……御意」
本当は納得なんてできていないくせに。一度は私怨で誇りを捨てた、忠義の騎士は大変ですね。
主君を裏切ったのはユガも同じなのだが、自分のことを棚に上げて他人を馬鹿にするのは、悪役の標準技能であるからして。
これが騎士?流石、死にぞこないの元人間に使える信徒は違う!
くすくす、げらげら。
他人事なので、存分に小馬鹿にした。
「皆さん、まことに残念です。ですがこれも人の世を後に繋げるため」
意識して表情を抑えたガウェインの、内心を汲んでくれる者などここにはおらず。
「王は貴方がたの粛清を望まれました。では、これより聖罰を始めます」
「―――――。え…うそ……なんで?待って、なんで剣を構えて――――」
難民群を囲っていた騎士たちが、一歩。一歩ずつ、抜刀して近づいてくる。
振りかぶってから振り落とすまで、視認できるような民はいなかった。ただ硬直した体で受け入れる。
「殺さないで……!」
鋭い金属音。
肉を断つ感触はなく。
粛正騎士は目測が狂ったかと手元を見下ろした。
「―――――やれやれ」
「あ、なたは……」
「言ったでしょう。信ずるべきは我が神であり、獅子王ではないと」
商人風の男が、金色の杖で剣を受け止めている。まるでヒーローのように、民の危機に駆け付けて。
そして
「やっぱり!殺されるんだ!逃げなくては!」
『拡声』と『伝達』で声を届けて。
『精神干渉』で山岳地帯に逃げるように誘導した。
「なっ……!?」
ガウェインがとっさに動けなかったのは、物理的に大きな声に思考を阻まれたからであり、視界が一瞬で塞がれたからであった。
獅子王の領地に魔法を仕込めばさすがに気づかれてしまう。だからザントは聖地の外から目眩しと姿隠しの砂嵐を発生させ、さらに魔法弾を紛れさせて粛正騎士を始末した。
タイミングも威力もバッチリのコンビネーションで、難民たちは逃走に成功する。
その力をもっと世のため人のために使えればいいのに――――と、ミドナに呆れられる影の世界の僭王、ザント。トワイライトプリンセスでは影の宮殿のボス止まりだったが、ガノンドロフに敵わないだけで実力は本物であり――。
「嗚呼、あのような人間までお救いになられるとは……。我が神はなんと慈悲深く、お優しいのか……!このザント、さらに信仰を篤くいたしました……!」
……地に膝を付き、天に祈りをささげる姿は、見た目だけなら敬虔な信者だった。
「ユガはうまく我が神の布教をしただろうか……。あ奴は絵師としての才はあるが、他はからっきしだからな……」
仮にもハイラル時代の魔法使いを捕まえて“からっきし”とは――?と呟きを聞いていた者がいたら疑問に思ったかもしれないが、ガノンドロフ>ギラヒムときて3番手は……自分だな。後は格下。とナチュラルに思い込む傲慢さもまた、悪役の標準技能である。
「(下手人……!いや、難民を追うべきか……)」
砂嵐が吹き荒れるほんの数秒の間に、ガウェインは判断を迫られる。
どちらを優先するか、どちらを追いかけるか。
既にザントはワープで難民群の最後尾に追いつき、ユガは分身により気配を散らせている。
「エクスカリバー」
ガウェインは宝具を発動して、難民を焼くことを選んだ。
真名解放はされている。抜刀に1秒もかからない。
「ガラティ――――」
「遅い。余りにも!」
一瞬の迷いが致命的。
ユガの杖が、妖しい光を纏って振るわれる。
「…………………………は?」
ガウェインの目には、聖剣が突然手から消えたように見えて。
すぐに違うと気づく。聖剣が、
「私の趣味ではありませんが、これも仕事ですので」
声が遠くから、近くから聞こえる。ぐわんぐわん反響。耳にこびりついた。
聞き覚えのない男の蔑む笑い。
聖剣のない騎士ほど、役立たずなものはないでしょう?
なによりアナタは勇者じゃない。なりふり構わず追いすがれない!
「ごきげんよう」
ガウェイン自身を絵画にするのではなく、騎士にとっては己の一部たる剣を奪う。
じわじわと真綿で首を締めるように、追い詰めていく。
まさしく外道。悪役節!
砂嵐が晴れた後には、何も残っていなかった。
「…………………っ」
これ以降、星見の旅人が訪れる半年後まで。
太陽王と山の民を懐柔し守りを固めたユガ&ザントをもろとも焼くために、獅子王は力を貯めることを選び――――。
均衡が崩れるのはやはり半年後。事態を把握し、様子見にきた次元の勇者が来てからである。