“そういう訳で、キミに目覚めてもらった。事情はもう分かっているね?”
どこかで誰かが語り終えた。
楽園に背を向けて、幕開けた序奏。
「(……無論、分かっている。今、世界がどうなっているかなど知るよしもない)」
どちらが天で、どちらが地なのか。
かつて“ルキウス”と名乗っていた人間には、もうわからない。
ただ、ここに己がいて。使命があった。
「(けれど、自分が為すべき事だけは今もこの手に握られている――)」
肉体、魂、精神。三位一体の要素。そのいずれも
その手に握られたものだけが、存在の証明と心得よ。
“罪人の約束を叶えよう。これが本当、正真正銘、最後の機会だ。でもいちおう確認はするよ?戦いの結果はどうあれ、キミはこれで死に絶える”
予言ですらない導き。
覆されない結果。
声の主はただ、伝えるだけ。
“魂を使い果たし、輪廻の枠から外れ、キミという存在は虚無に落ちるだろう。それでも――――”
最後まで言い切ることはなかった。
砕けた膝に力を込めて、細木のような左腕を奮い立たせて。
魂すら燃え滓なのに。
「(――――私の
心がまだ、死んでいない。
理屈を超えて、道理を踏み倒して、まだ進むというのか?
“……そうか。立ち上がったね。じゃあこれは餞別だ。受け取ってくれ”
なんて諦めの悪い。
なんと諦めの悪い!
“キミが目指す場所は一つのイフ。騎士道の究極がカタチになろうとする、
これが人間の意地なのか。
あるいは罪人の贖罪なのか。
“……でも、大丈夫”
どちらでも構わないから、悪役共に獅子王が殺される前にたどり着いてほしいな。
マーリンは切実だった。冷や汗だくだくだった。
でもそんな内心は一切表に出さずに、ルキウスを送り出す。
“なにがあろうと、その手の輝きは決して損なわれない。私はそう信じている。”
ていうか、そうであってほしい。
聖剣を封印できるとか聞いてないんだけど。パワーバランスおかしくない?相手が相手だからおかしくない?そっか…………。
“なぜならそれこそが――――”
頑張れ、ルキウス……!
マーリンは第七特異点に出かける準備をしながら、全力で旅人を応援した。
「(……気がつくと、私はこの異邦に立っていた)」
乾いた大地、吹き荒れる烈風。
大地は焼けるように熱く、生命の気配はない。
「(長く、長く、旅をしてきた。…いや、旅というのはおこがましい。私は今まで彷徨っていたようなものだ)」
彷徨いながら多くの世界を見てきた。
美しい国もあれば醜い国もあった。……だが、このような地獄は知らない。
かつての、貧しかった故郷の土地よりも、ここは寂しかった。
「(……皮肉にも程がある。この光景に比べれば、私の故郷は十分に豊かといえるだろう)」
砂の大地に一歩踏み出す。
感慨深く、旅の果てに向かう。
何を犠牲にしようと、私は今度こそ――――。
「(……今度こそ。この手で、我が王を殺すのだ)」
――――今日も、同じ時間に目が覚めた。
体温を確認する。五感を確認する。
客観的にも分かるように、わたしの名前を口にする。
マシュ・キリエライト。
それがわたしという人間に付けられた名前だった。
「こんにちは。初めまして、召喚例第二号。あ……いや、それはないな。今日くらいはちゃんと名前を呼ばないと」
オレンジの髪を揺らして、青年は苦笑した。
見慣れたはずの白衣がいやに目について、少女は瞬きを繰り返す。
「こんにちは。マシュ・キリエライト君。ボクはロマニ・アーキマン。これからはボクが君の主治医になる。あ、ここに座ってもいいかな?」
……今までなかった出来事だったので、わたしは返すべき言葉を、対応を遅らせてしまった。
今まで部屋の中にまで入ってきたドクターはいなかった。誰もがみな要領よく、ガラス越しの会話で済ませていたからだ。
「あ?そうなの?ガラス越しでも気持ちを伝えられるなんて、カルデアは進んでるなあ。でもボクはまだ未熟者でね。こうして直接話さないとうまく話ができないんだ。だからキミも遠慮なく、いろんなことを話してほしい」
相互理解にはコミュニケーションが最適だ。言いたいことは、言わないと伝わらないらしいしね。
気の抜ける顔で、ロマニ・アーキマンが言い切ったので。
なるほど、とわたしは頷いた。
たしかにガラス越しの会話より得られる情報は多い。
「こんにちは。初めまして、ドクター・ロマニ」
「うん。あーでも、ロマニって名前は好きじゃないな。アーキマン、なんて名前もちょっと驕りすぎだ」
その良し悪しは判断できなかったが、目の前の人は顔を顰めている。
「ボクのことはロマンと呼んでくれ。ドクター・ロマン。いい響きだろ?」
ロマン、という言葉の単語は知っている。
世界を理屈、理論のみで観測するのではなく、精神、主観によって観測する在り方のことだ。
「そう。――かのゼルダの伝説によって、長編小説という意味をももつ、ロマンさ」
ゼルダの伝説。
シバの知識では、人類最古のノンフィクション小説であり……。
「ちょっと待って」
「? はい」
「もしかして…読んだことない?」
「はい」
「だ……ダメだよ!!!!」
何がダメなのだろうか。
「こういうのはちゃんと読まないと!魔術師の必読書だよ!?そうでなくても面白いし、いやボクも人のことは言えないけど…貸してあげるから!待ってて!」
入室の時とはかけ離れた騒がしさで、ドクター・ロマンは部屋を飛び出していった。
なんだかよくわからないけど、少女は大人しく待っている。
そして、今日ではないその日にきっと気づくだろう。
ああ、これがロマンなのですね。ドクター。
「彼女は、臨床実験用に作られたデザイナーベビーです。活動年長は最長で18年、と予測されています」
立香にとっては焦れる程長い夜がすぎて。
ここが北極点でなければ、二藍に染まった空が見えただろう。
だけど今朝も吹雪日和。髪を整える時間も惜しくて、でもアヴェンジャーに宥められて整えられてから、管制室へ一目散。
向き合うように並べられた椅子に腰かけて、説明の続きを待った。あけぼのって何時だっけ?
「デミ・サーヴァントについては…もう話しましたね。彼女は人工受精、遺伝子操作によって作られた人間です。作られた、という意味ではホムンクルスと同義かもしれないわ」
不自然に少ない職員たちに、気を使われていることを実感しながら。オルガマリーはふう、と息を整えた。
意識して背筋を伸ばして、顎をひいて、目を逸らさないように。誤解を招かないように。
「でも基本的には、質の良い魔術回路を持って生まれただけの、普通の人間よ。そこは間違わないでほしい。マシュも、貴女には誤認されたくないでしょう」
「…しないよ」
「ええ。そうよね。マシュが生まれてから10年後の、2009年に融合術式は行われました」
「…あれ?失敗したとか言ってたような……」
オルガマリーは音を立てずにカップを持ち上げて、紅茶を一口飲みこんだ。
やけに熱い塊が喉を滑り落ちて、胃がポカポカしてきたわね…。
これ入れたの誰?キアラ?おかげで少し落ち着いたわ…。
立香も乾いていた喉に気づいて、ティーカップを手に取った。
!
甘くておいしい……!
思わず気が逸れる程、濃厚なミルクティーだった。すでに開いていた目を、もっと覚ますくらい。
おかげで一息つけました。ありがとうキアラさん。
「いいえ。召喚そのものは成功しました。マシュの中には確かに英霊が呼び出された。それがカルデアの召喚英霊第二号。けれど――その英霊は目覚めなかった」
高潔な英霊だったのだろう。
カルデアの、前所長の行いを、彼は認めなかった。
「“自分が退去しては触媒となった少女が死亡する。だから退去はしないが目覚めもしない。”と――」
――本当は、第二号として呼びたかったのは彼ではなく。勇者リンクだ。
しかしいかなる手段、触媒をもってしても、彼らは現れなかった。
だから変更されたのだ。
「……マシュは英霊融合の術式が正しいことを証明しましたが、同時に、英霊融合なんて行い自体が間違いであったことも証明しました」
英霊は、たとえ反英雄であろうと人間との融合を拒否する。
そうだろうな、と思う。
今のオルガマリーにはよくわかる。許されるはずがないだろう、と。
そうして融合実験は頓挫した。
「その一年後、前所長は所長室で亡くなりました。現場の状況から自殺と認定されています」
さっきまであんなに真剣な顔をしていたのに。
前所長の話題が出たとたん、こちらを気遣うような瞳をして。
優しいのね、貴女ったら。
「マシュをスタッフ入りさせるよう進言してきたのはロマニです。わたしはこれに許可を出し、彼女は自由に出歩けるようになりました」
そんなに優しい貴女に、告げなくてはいけないことがある。
――責務を果たすのよ、オルガマリー。
「もちろん、あくまでもカルデア内部だけです。魔術回路の質は良くても、彼女の体は無垢すぎる。無菌室で育ったマシュの体は、外の世界には順応できないの」
「ぇ……でも、」
「立香。……最後まで聞いてちょうだい」
分かるわ。約束したものね。
一緒に、貴女の故郷へ行くのだと。
「彼女が普通の人間と違うのは、寿命が設定されている、という点です。カルデアで設計されたデザイナーベビーたちは大部分が失敗に終わりました。……彼女は、数少ない成功例です」
それでも、その細胞の劣化は早い。
彼女の肉体はあれ以上老いることはない。だから老化で死ぬことはない。
「ただ、生命力の枯渇で息絶えるの。電池の切れたロボットのように、ある日、当然に」
立香が思わず息をのむ。膝の上で握りしめた手が、汗で濡れている。
……管制室のモニターは、こんなに眩しかっただろうか。
「――レイシフトの事故があったあの日、マシュはデミ・サーヴァントになった」
そのおかげだろう。レイシフト先ではあるが、マシュは外界で活動できている。
「でも、根本的な問題は解決しない。デミ・サーヴァントになって強靭な肉体を得たところで、マシュの細胞には寿命があるの」
彼女の活動時間は長くて18年。……あと、1年あるかないかだ。
「でも、」
でも?
この先の言葉を予見して、ダ・ヴィンチは暢気にチョコレートをかじった。
ベタすぎる展開だけどさ、それが一番燃えるんだよね。
ロマンだってわかってるんだろ?なにをそんなに動揺してるんだい。
うるさいな……!どうせボクはチキンだよ……!マリーの代わりに慌ててるんだよ……!
だめだこりゃ。キアラーこっちにも熱いお茶ちょうだい。
「わたしは…諦めません」
宣誓が、管制室に波紋。
後ろで、遠巻きに、興味深く、見つめている複数の視線が。口角を上げる!
「わたしが生きているのに。生き返ったのに。あの子は生き続けられないの?――そんなの、おかしい。認めない。だから……!」
このカルデアに集いし、偉大なる英雄たちよ。
医神よ。賢者よ。魔術師よ。
わたしを見限らずにいてくれた職員たちも。
「マシュの運命を変える手立てがあるとしたら、それこそ聖杯レベルの奇跡が必要でしょう。でも、そこにたどり着くにはまず、人理を正さなければなりません」
どうかあの子を助けるために。
わたしではなく、あの子のために。
進み続けるけど――止めないで!
「立香。カルデアの所長として、…マシュの友人としてお願いします。あの子の未来を創るためにも、共にこのグランドオーダーを達成してほしい。終わった後に余ったリソースをかき集めれば、聖杯の一つくらい、作れるはずだわ……!」
プロフェッサーM!BB!いつもありがとう!
そのへそくりリソース、使ったら怒るわよ!
「――はい!所長!藤丸立香、次の特異点も頑張ります!」
威勢よく敬礼!さすが所長、そうこなくっちゃ!
張りつめていた空気が弛緩して、柔らかい朝の空気が戻ってくる。
ロマンにお茶を運んで来ていた、キアラは心中で安堵した。いつの間にかずっと強くなっていたオルガマリーを見て。
最近の彼女は、うつむくこともずっと少なくなった。それが本当に嬉しくて、少女たちが眩しくて…。
でも今はそれより扉の影で爆泣きしているディルムッドとか百貌のハサンとか、少女たちの友情に目頭を押さえているラーマとかヘクトールとかを先に宥めたほうがいいかもしれない。
いいもの見たな…の顔をしているフェルグスとかダビデとか、ふーんそういうことなら手伝ってあげてもいいけど??の顔をしているメイヴとかは…ほっといてよさそうですね。
キアラは冷静な判断のできる大人だった。
「フォウ、フォーウ!」
「すみません、遅れました!マシュ・キリエライト、27分遅れでブリーフィングに出席します!」
「マシュ、体は大丈夫!?」
「ああ、またそんなに走って……!しっかり休まないとダメじゃないか!」
「病み上がりなんだから焦らなくていいのよ!ここ座りなさい!」
「…はぁ、しょうがないねぇみんな」
「フォウ?」
ダ・ヴィンチちゃんがやれやれと肩をすくめて、椅子に深く腰掛けた。