静かだ。
「失礼します」
硬質な足音を止めてから、騎士は玉座にかしずいた。
真昼の午睡時のような、穏やかな静寂ではなく。
命あるものが存在しない、凍った大地のような御前へ。
「王よ。此度の客人に関して報告が」
「では述べるが良い、我が騎士」
光差す貴賓室で相対する王と騎士は、姿だけ見れば震えるほどに尊かった。
膝をつく騎士の金色が、星の欠片のようにきらめいて。なんて眩しいの。
「リンク、を名乗る旅人は粛正騎士達を一瞬で気絶させ、姿を消しました。煙のように消えたため、跡を追うことを断念せざるを得ず」
「構わぬ。私とて、あの程度で殺せるとは思っていない」
報告を遮るように――――言葉は放たれた。
奇妙な空白が生まれて、ガウェインの伏せられていたこうべが上がる。
感情の読めぬ、顔。
「勇者はこの特異点に関与せぬと言う。その言質で十分だ」
「はっ。――王よ、恐れながら……」
女神を名乗る主君を見上げる、ガウェインの心は凪いでいた。
先ほどまでの荒れ狂う心はどこに行ったのか。
いや、きっとあれは反動だった。むりやり箱に押し込めたせいで、歪んでしまった。捨てたつもりで引きずっていた感情。
そのすべてをみっともなく零して、突き付けられて、取り乱して……。もう、恥ずべきところしかない。
だからだろうか。その疑問をぶつけるのにためらいもなかった。
「お尋ねします。貴方は、勇者リンクに失望していらっしゃるのですか?」
ガウェインより先に部屋にいた、影のような男が、視界の端で気配を揺らがせた。
「そうかもしれないな」
返答は早く、ラリーが続いた。
「世界を、人間を、救う手段を持っているのに、なにもしないことに。善なる魂が消えゆくことを、惜しまぬことに」
それは違う。とガウェインは思ったけれど、態度にも表情にも出さなかった。
「勇者というものに期待しすぎていたようだ」
「――左様で」
リンク達は、死者は生者に干渉しすぎてはいけない。という己のルールを守っているだけだ。
そんな線引きは、女神には関係ないだけで。
あるいは、獅子王も……。獅子王になる前の彼女も、待っていたのかもしれない。
自分を救ってくれる勇者を。殺してくれる誰かを。
看取ってくれる、ただ一人の騎士を。
でもそんな都合のいい存在は現れなくて、彼女はここにたどり着いてしまった。
そんな存在が居なかった世界だからこそ、彼女は神になってしまった。
そして“誰かを待っていた”ことすら、忘れてしまったから。
絶望を抱えていたことだけが、心の片隅にこびりついている。
ガウェインが部屋を退出していく。足音は遠ざかっていく。
「アグラヴェイン」
「はっ」
「
「今朝、アーチャーを連れて行きました」
そうか。と呟いたきり、獅子王は瞳を閉じた。
アグラヴェインも一礼をして神前を去る。その内心にどのような感情があろうと、黒きマントが覆い隠す。
しばらくたって、ガウェインは聖剣の件を報告し忘れたことに気づいたが――。思いのほかリンクがすぐに戻ってきたので、特に問題はないだろう。
ところで、生前のアーサー王がゼルダの伝説をただの英雄譚としてしか理解していなかったことを知っているリンクは、聖杯戦争で本人を観察した大翼の勇者だけだ。
彼女は死してようやく、伝説を冠する意味を理解した。
だから、死すら失った獅子王が見当違いの期待をリンクにするのも、仕方がないのだろう。
そして大翼はわざわざそんなことを共有しないので、この話もここで終わりである。
では、カメラを移そうか。
ごおおおおお――――――。
おおおおおお――――――。
誰かが唸っている。誰?暗闇から明るみへ。目を開けようとして強風にどつかれた。まだらの視界。たたらを踏んだ足元は砂。
全身に叩きつけられる砂粒が痛みをもたらして、髪をぐちゃぐちゃになびかせていく。
「マスター、こちらへ……!そこに立っていると飛ばされます……!」
「フォウ、フ――ウ――フォ――――!」
片手を握るマシュの力強さ。途切れとぎれのフォウくんの声。
なんとかかんとか見渡した、周りは一面の砂嵐。トンネルも抜けていないのに?
「ここが…エルサレム……?」
「これがエルサレムであるものか――!一面の雪国ならぬ砂嵐だ―――!」
「マスター!ダ・ヴィンチちゃん、とにかく岩陰へ!また突風がきます!」
「オッケー、そこのよくわからない動物の骨の下だね!ワオ、こいつは大きい、竜種なみだ!」
テンションが乱舞しているダ・ヴィンチちゃんはついに登場!レイシフト初参戦!
なのにこのありさまである。残念だよ。エルサレムくんには期待していたんだけどねぇ……。
「それでロマンと連絡は!?カルデアから、この不始末の
実のところ、第六特異点の予想はアメリカより早く出来ていた。
けれどシバから返ってくる観測結果があまりにも安定せず、時代証明が一致しなかったのだ。時には観測そのものができない時もあった。
「……カルデアとの通信、安定しません。ドクターも対応してくださっているようですが……!」
第六特異点は人理の流れから外れようとしている。この時代そのものが『あってはならない』歴史になりつつあるのだ。
これを放置しておけば、ソロモンの人理焼却をリセットできようと人類史は多大な被害を負うだろう。
「さすがEX……!洗礼だね……!」
故に、第六特異点の人理定礎評価はEXと認定された。なにもかもが特殊な事例ということだ。
「その通りですマスター。まずはわたしたちだけで現状を確認しましょう」
レイシフトは無事に完了。
立香たちは十三世紀の中東に到着する予定だった。
「ですが……現状は、この通り砂嵐のまっただ中です!これがこの時代のエルサレムだというのでしょうか!?」
「だとしたらここは紀元前だね!帰ったらロマニにスペシャルなお仕置きを……うん?」
何かに気づいたダ・ヴィンチちゃんがごそごそと懐を漁り出す。
砂まみれのフォウくんを抱えながら、立香はちらりと影を気にした。アヴェンジャー、ついてきてる?
「時代が違う……時代が違う、か。ちょっと待って、いま計測器を――――」
「フォウ!フォウ、フ――――ッ!」
「フォウくんもアラブってる!どうしたの!」
両耳をピーンと伸ばしたフォウ君が嵐の向こうを見つめている。
ごうごう。ごうごう。
一番先に前に出て、盾を構えたのはマシュだった。
「マスター!敵性生物です!砂嵐と共に何かやってきます!視界は最悪ですが、戦闘準備を!」
「オーケー任せたまえ!初陣にしてはひっどいロケーションだけど、砂嵐の中でも至高の美は失われないからね!」
万能属性美人サーヴァント、ダ・ヴィンチちゃんの初陣だ!
〇ウルフ カルデア来たから配信移動するわ
〇影姫 進展があったら教えてくれ
〇守銭奴 えっわかんない……。世界を救うため……?
〇フォースを信じろ なんでだろう……。ゼルダを助けるため……?
〇Blue この流れで正解当てることあるんだ
ぎょろぎょろと不遜な目玉のゲイザー。
後ろから俯瞰で見ている立香の目にもぼやけたソウルイーター。
そして鎧を纏った騎士。
「なんか、最後に変なのがいなかった!?砂嵐でよく観察できなかったけど!」
「同感です!人型……、ゴーレムの一種でしょうか……!?」
「おっきな鎧の騎士だったよ!初めて見た!」
多少離れるだけでも声が遠い。接近していると影しか見えない。
こんなに戦いづらいフィールドもないだろう。魔術礼装のお蔭で暑さには耐えられているが、足元がどうにも不安定だ。
前髪を押さえながら向けた視線の先で、またシルエットが浮かび上がる。
「敵影、さらに追加です!――全身が、ビリビリする――……」
「はいはい、今度はなんだい。…――計測値が振り切っている。これは強敵だ!気を付けて、立香ちゃん!」
のそ、のそ。とキメラを伴なった、肉食獣の四肢がまず見える。ゆらりと嵐の中から現れた。眼前の矮小な生き物を見下ろした顔は人面。風に靡く翼は体格に見合って大きいため、羽ばたきだけで吹き飛ばされそうだ。
「……!」
スフィンクス――――。エジプトに伝わる人面獅身の神獣。時に竜種すら上回る最高位の生物が、無造作に前足を振り上げた!
〇守銭奴(赤) ヨシ
〇フォースを信じろ(緑) 続けて
〇いーくん おうよ
「はぁ…はぁ…。敵性生物、撃破しました……!」
「残念ながら消滅してはいない。そういう風に見えただけだ」
星を表す杖からは手を放さずに、ダ・ヴィンチちゃんが首を振って注釈する。
振り返って、立香を手招いた。安心したように近寄る少女。
「今のダメージなんて神獣にしたら欠伸みたいなものだ。目をこすったらすぐ復活する。その前にここを離れよう」
「ですが何処に?ドクターから周辺のデータが送られてくれば良いのですが……」
「あ、そこは大丈夫。周囲のスキャンくらいなら私でもちょちょいのちょい、ってね」
「キャスターっぽいことしてる……」
行く先はすぐに見つかった。西に水場があるようだ。
「というか都市がある。まずはそこに移動しよう。立香ちゃんも休みたいだろう?」
「うん、水が飲みたい……。砂漠を見てるだけで喉が渇く……」
「はい。その意見に賛成です、先輩。冷たい水を探しましょう!」
気を取り直して前進運動。
砂漠を渡るという初めての体験に、立香は気合を入れなおすのだった。
じりじり、じりじり。
暑さではない汗がつたう。
「移動距離、じき十キロメートルになります。……マスター、もうしばらくの辛抱を」
ふう、と吐き出された息。重く空気に混ざる。
隣を歩くマシュが顔を覗き込んで、慌てたように言葉を重ねた。
「そ、それともわたしがお運びしましょうか?盾に乗っていただいて、縄で引っ張るとかすれば……」
「……なんだか、息苦しくて……」
肺に空気が詰まっているようだ。胸元をぎゅっと押さえて、違和感をつまみだす。
「……やっぱりね。魔力の濃度が濃すぎるんだ。立香ちゃん、はいこれ」
「それは……酸素ボンベ、ですか?いつの間にそんなものを……」
マスクを着けてようやく楽になった。立香の顔のこわばりが解ける。
背を支えてくれるマシュに連れられて、足は止めないまま深呼吸。
「うん。急ごしらえで作った魔力遮断マスクだよ。ここの大気は人間にはちょっときつい。なに、その為の私だからね」
「ダ・ヴィンチちゃん、ありがとう。おかげで楽になったよ」
「どういたしまして!さあ、あと少しで水源だ。砂漠の向こうに大きな建物が見えないかい?」
言われて見上げる眼前は黄土色。まだ色彩の欠けた世界が口を開けて、来訪者を待ちわびた。
「きっとあれは神殿だ。あそこまで行けばとりあえず落ち着――」
ただ浄土とは限らない。ここは誰にとっての楽園か?
「ごめん。ここまで来てなんだけど、こっちはダメだ。引き返そう」
「なぜですか!?あと少しなのに!」
「うん。ここから建物までの間の砂漠に無数の影が見える。二人も見てごらん」
もちろん、砂国の主である。
〇守銭奴(紫) わあスフィンクスだ
〇災厄ハンター 人面がいっぱいだ
「ひー、ふー、みー……。わーやばーい」
「あの神殿を中心に放し飼いにされているようだね。ここを進むのは自殺行為だ。別の避難所を見つけよう」
「でもせっかくきたのに……」
精神的な疲労が出てきた立香はぐずってみたが、ダ・ヴィンチちゃんに肩をさすって宥められた。
「ついでに言うと、あの神殿の主は誰なのかおおよその見当もついた。私たちだけでは神殿に入れない」
「そうなの?誰?」
「――ファラオさ。なに、いざとなったら秘蔵の万能コテージを提供するから安心して。三回までなら快適な――む?」
「いま、神殿方向からこちらに向かってくる影が見えたような……スフィンクスですか!?」
どどどどどどと駆けてくる重量級!
撤退指示を出す間もなく、思わず後ずさった距離をも詰められて推参。警戒するサーヴァントたちを見下ろしてきたのは、褐色肌の麗しき女性。
「――ようやく来ましたね。星見の来訪者。ファラオを待たせるなど不敬極まりない――と言いたいところですが、此度は有事。見逃します」
ぴょこんと跳ねた耳がかわいい。立香の思考が逸れたことには気づかずに、えへんと胸を張ったのは天空神ホルスの子であり、化身とされる魔術女王。
「このニトクリスの客人として歓迎しましょう!星見の来訪者たちよ!」
だだーん!と効果音が付きそうなほどの威厳をもって、女王は杖を鳴らした。
〇フォースを信じろ(赤) 進展あったよ。次元が玄奘三蔵とエンカウントしました
〇海の男 クソッ あっちもこっちも面白くなってきたな…!