「……はぁ、嵐のような展開でしたね。先輩」
「うん。でもわりと嫌いじゃない」
満腹になったお腹をさすりながら、立香は頷いた。
日が暮れ始めた夕刻の都は、影を落としてお淑やか。砂漠と街を隔てる境界線の前で、少女たちは旅の準備を整えていた。
一戦交えて落ち着いて、食事を振舞われて食休み。じゃあ帰れ。と神殿から追い出されたからだ。ファラオに客人をねぎらう理性が残っていてよかった。ご飯はすごくおいしかったです。
「当然だ。我ら砂の民、遠方より訪れた客人を無下には扱わぬ。長旅の苦しさを知るが故な」
オジマンディアス王の言葉を思い出しながら、立香は礼装のポケットに水をたっぷり入れた水筒をしまった。
「だが、そう容易く協定を結べると思うな。加えて、おまえたちには覚悟も矜持も足りぬ。この世界の真実、この世界の残酷さを見聞するがいい。その後であれば、余はもう一度のみ機会を与えよう」
ここまで説明してくれるなんて、親切…というか、慈悲のある王様だなぁ。
ギルガメッシュやアーサー王とも違うタイプの賢王だ。神王を名乗っているからといって、理不尽一辺倒ではないらしい。
「余はこの時代を支配する暴君。おまえたちは必ず、余の首を獲りにくるだろう。その時はもはや客としては扱わぬ。余に刃向かう愚かな獣として迎えよう」
自分で暴君とか言っちゃっていいんだ。
立香はこの時点でかなりオジマンディアス王に対する好感度が高くなっていた。あんまり敵対したくないな…。すごく強いし…。なんとか味方に引き込めんか…。
「では、我がエジプト領から追放する。まずは聖都を目指すがいい。話はそれからだ」
ゲームのメインストーリーが進んでないから解放されないサブクエストみたいだな、という感想は流石に心に仕舞っておいた。
ゲーム脳もほどほどに、ね!
という訳であれよあれよという間にここまで運ばれてしまったのだが、マシュは少し残念そうだ。
「もっと建物の事とか、知りたい事があったのですが……。建設王、とてもせっかちで……」
「何の不満があるのです!王は貴方たちに貴重な水と食料まで与えているというのに!」
「はい。そこはたいへん感謝しています」
見送りにきたのか監視に来たのかはわからないが、神殿からちゃんとついてきていたニトクリスが一喝する。それに慌ててマシュが注釈した。積まれた荷物の上で伸びをしていたフォウくんが、ちらりと二人を見ている。
「“エジプト領を出るまでは野たれ死なれては余の面子が立たぬ――”そういって、大量の物資を分けていただきました」
「うんうん。神殿にあった資材も使わせてくれたし。暴君なのは確かだけど、気前がいいのも確かだった!」
なにやらトンカントンカンガッチャンコしているダ・ヴィンチちゃんも頷いている。
さっからずっと何しているんだろう。ちょっと近づいて見てみよう。
「……当然です。王は無慈悲な方ですが、勇者には寛大な方です。それに、王も貴方たちにを気に入った模様です。立香の空気というか、雰囲気でしょうか」
ダ・ヴィンチの手元を覗き込んでいた立香が視線だけを向ける。
そろそろ黄昏時になるだろうか。人気のなくなった砂漠の神殿で、女王は何と映えるのか。
「おそらく、貴方の緩やかな在り方が、遠い日のご友人に似ていらっしゃったのでしょう。ですが、それも一度きりです。ファラオ・オジマンディアスは恐ろしいお方。次に出会う時が貴方がたの死の運命」
……それを決して忘れないように。
呟くような言葉が響いた。逆光が、ニトクリスを照らして。
「……はい。忠告、ありがとうございます。お世話になりました、女王ニトクリス」
「私は私の務めを果たしただけです。二度目はありません」
そう言ってマシュを見つめ返す瞳が、意味を
心配?安堵?憐憫?同情?
感情を受け止めて、咀嚼できなくて首を傾げた。桃色の髪が揺れる。
「…あの、わたしに何か?」
「……いいえ。覚悟がないのは私も同じでした。マシュ、貴女も戦いが怖いのでしょう」
あの時、降り注ぐ光槍を受け止める彼女を見ていた。
現状では絶対に勝てない相手を前にした、彼女の動揺を見ていた。
「サーヴァントとして勇ましく戦っていますが、私にはわかりました。貴殿の本質が」
「…………それは…………」
ポンコツと言われようが彼女は女王。他者への観察眼は侮れるものではない。
「いいのです。それは誇れることだと私は感じました。オジマンディアス様であれば軟弱者となじるでしょう」
だがここにオジマンディアス王はおらず、ニトクリスはオジマンディアスではない。
ならば取り繕うことなど何もない。多少、背を押すくらいはいいだろう。
「でも、貴女は私とは違いました。怖くとも、それを誤魔化さずに奮い立っている。ふふ。共に支え合えるマスターというものはいいですね」
「ニトクリスさん……」
「ファラオとしては問題ですが、私も少し……少しだけですが羨ましく思いました」
「マシュー、あれ?なに話してるの?」
長らく耳を騒がせていた音が止み、ダ・ヴィンチの所から立香が戻ってきた。
今までの静謐な雰囲気を離散させて、ニトクリスが仕切りなおすように言う。
「噂に聞いたガールズトークというヤツです!気にしないでいただきたい!それでは、私もここで」
後ろに伏せていたスフィンクスに跳び乗ると、すぐに神獣は立ち上がって目線が遠くなる。
「エジプト領から出れば、そこは終末の地のまっただ中。……気をつけてお行きなさい」
ゆっくりと、来た道を戻ってく女王と神獣は、もう振り返らない。
「……行ってしまいましたね」
「ああ、まったく羨ましい。私も一度くらいは乗ってみたいな、スフィンクス!」
「それで、ダ・ヴィンチちゃんは何をしていたのですか?」
「よくぞ聞いてくれました!どうやら今回は、長時間の肉体労働になりそうだからね。オジマンディアス王から木材を分けてもらってぇ……じゃーーん!」
三人と一匹が乗っても大丈夫!
ダ・ヴィンチ作砂漠移動用車「万能車両オーニソプター・スピンクス」爆誕!!!
「フォウ、フォウ――――ウッッッッ!(特別意訳:ダ・ヴィンチちゃんってバカだよねーー!)」
「これは……どこからどう見てもバギーです、先輩!十三世紀にあってはもはやオーパーツかと!」
「プラモ作るようなペースでこれを作るんだよ?天才って怖いね」
「ああ、当然さ!だって私は天才だからね!」
全身の毛を逆立てたフォウ君が遠吠えし、マシュが興奮した顔で両手を握り、完成していく過程を見ていた立香が遠い目をして、ダ・ヴィンチちゃんは胸を張っていた。
〇銀河鉄道123 えーーーーいいなぁーーーーー!!!
〇海の男 スフィンクスの頭と前足の装飾がよすぎ。センス光ってる
〇災厄ハンター ちょっと乗りたいかも…
リンク達もこの反応である。やっぱり天才はスゲェぜ!
「これは全部木組みで作ったオーダーメイド。他にも七つの機能があるけど、それはそれ。追々ね?」
「なんという……おお、なんという……。Mr.レオナルド!運転免許は必要でしょうか!?」
「必要ない必要ない、だってエンジンとかないし!基本的には自転車と一緒さ!」
「自転車!?これが!?」
まあ魔力をガソリン代わりにしているので、最大時速60キロが限界だけど☆
いや60キロって結構出るよ???ぶつかったらまずい速度だよ???
ウインクで補足したダ・ヴィンチちゃんにツッコミを入れながら、立香が後部座席に恐々と乗り込んだ。いきなり運転席はちょっと…。
感激のあまり口調がおかしくなっているマシュも隣に座り、フォウ君は助手席に悠々と飛び乗った。ハンドルを握ったダ・ヴィンチちゃんが高らかに宣誓する!
「目的地はここから東に100キロの彼方、砂漠を越えた先に待つ、私達の本当の目的地だ!」
「ラジャー!」
「フォーウ!」
「安全運転でよろしくーぅ!」
***
「オジマンディアス王、勇者がユガの展示室に着きましたよ」
「何!?真か!?」
客人が去り、ニトクリスも下がった一人きりの王室。
酒で喉を潤していたところの報告に、ファラオは飛び起きるように背もたれに預けていた体を起こした。途端に床に生まれる黒き波紋。ザントが御前にワープしてきたのだ。しかし咎めるようなことはせず。
「玄奘三蔵と俵藤太を供に乗り込むようです。映像を繋ぎますか?」
「うむ!……うむ、この時代の行く末に関わるだろう大事な一戦であるだろうからな。余は神としてファラオとして見届ける義務がある。すぐに眷属の視界をつなげるがよい」
勢いよく頷いてから、今のはちょっとファラオっぽくなかったな…と思ったのかTake2が入った。口数の多さで全く誤魔化せていないが。
オジマンディアスは勇者リンクが来ていることを、ザントの魔物の目を通して知っている。
そしてその流れでガウェインの剣が奪われたことも、取り返しに向かっていることも把握した。ということは……あの“次元の勇者”の本気の戦いが見れる――?ということに気づき、内心ワクワクしながら進捗報告を待っていたのだ。立香たちをさっさと追い出したのはこのためでもある。
「酒とつまみを持て!今夜は忙しくなるぞ!」
「フッフッフ、勇者のお手並み拝見といきましょうか」
2人とも完全に映画を見るテンションなのだが、夜は気にせず更けていく。
「砂嵐地帯を抜けました!バギーも絶好調、快適ですね先輩!」
「……ところで、運転お疲れではありませんか?何でしたらわたしが代わりますが……」
「だいじょーぶ!ハンドルは私にまかせて!」
〇銀河鉄道123 まさか立香ちゃんがハンドルを握ると人相が変わるタイプとは……
〇海の男 明らかに目の色変わったもんな
〇災厄ハンター 何かしらの“““才”””に目覚めてる
どこかの遠い未来では大型免許を習得するマスターだ。面構えが違うぜ。
「まあまあ、そう仰らずに。まあまあ。後部座席でダ・ヴィンチちゃんとお話しください」
しかしマシュも慣れていた。肩を揉みながら労っていく。
「ハンドルはわたしが、ええ。あの丘で華麗なジャンプを決めて見せますので!」
「おや、運転交代かい?うんうん、一時間以上のドライブは危険だからね」
そう言われれば下がらないわけにはいかない。一度バギーを止めてから、ううんと伸びをして交代した。
「夜食にする?それともマッサージ?ああ、冷たいジュースも作っておいたよ?」
「……ダ・ヴィンチちゃんって、結構世話焼きだよね」
お言葉に甘えてジュースを受け取りながら、思ったことを口にした。
艶やかな容姿を
「そりゃそうだよ。私は基本、お節介焼きだからね。甲斐甲斐しく注文をつけるのさ。それより、もうすぐ砂漠を抜ける。マスクはそろそろ外していいよ?」
「通信も回復するかな。所長、心配してないといいけど」
「はは、ロマニもキアラもいるから、そこまでじゃないだろう」
丘を越えて、本来の時代へ。
砂の向こうの、終末へ。
「でも、本音を言うとよかったよ。これで少しはロマニも休めただろう。グランドオーダーが始まってから、オルガに負けず劣らず働いていたからね」
「……ちゃんと寝れてた?」
「寝かせてたさ。不眠不休はパフォーマンスを落とす」
鮮やかなシアンが細められる。夜半にある朝の色。
「たしかに、事故で失われたカルデア職員は60人以上。その欠損を埋めようと思ったら、休んでる暇なんてないさ。残った機材の運営。シバのメンテナンス。カルデアの炉の制御。レイシフト運用」
召喚された英霊たちのお蔭で持ち直しているとはいえ、メインで働くのは人間だ。物理的に手が足りない。
「私たちは今、絶妙に積み上げられた積み木の上にいるのに等しい。この均衡が一度崩れたら、持ち直すのは大変だろう。それにね、カルデアからの通信もただの通信じゃない」
特異点は現実でもあり、もしもの世界でもある。
ここにいる、というだけで立香の存在は曖昧になる。
「十三世紀の時代にないものだからね。世界の観点で言うと、キミは意味不明なものなんだ」
なので、カルデアではキミという人間が『意味消失』しないよう。常に存在証明を立てている。
「私という証明……」
「そう、特異点はあやふやだからねー。たとえ肉体があっても、何かの拍子で本来のキミとは違う数値――違う能力をした、もしものキミがカルデアスに映ってしまう」
「繊細なんだ」
「ああ、そうなったらキミは2016年の現実にはもどれない。だから、管制室では常にキミをモニターしている」
知らないことばかりだ。
サーヴァントや召喚に関することは学んだけど、レイシフトついては教えられなかったから。
甘いジュースを啜りながら、立香はどうやったら職員のみんなを労えるだろうと思う。
「あらゆる数値をチェックして、少しでもブレそうな箇所があれば「正常値」に戻している。これはわずかな差異、わずかな予兆も見逃してはいけない作業だ」
カルデア管制室のスタッフは、文字通り全身全霊で藤丸立香の旅をサポートしている。
その働きが報わるように――と、ダ・ヴィンチはこっそり、星に祈った。
「あの大きな砂丘を越える前に、一眠りして休もうか。――きっと、明日は忙しくなるよ」