課題やらなにやらで追い込まれ、周回もする日々。
展開に悩む当作。ストレスマッハ是非もなし!
ま、自業自得感はありますね()。
雲が、青空に振り撒かれたように舞っている。天高く、風に流れるその姿は、自由そのもののように感じられた。
──などと、らしくもない感慨に耽ってみて。シンジは自分に苦笑しつつ、弁当の包みを解いた。
珍しく1人だった。委員会だの日直だので、それは偶然の結果だったが、それはそれで、というのがシンジの感想であった。
「渚カヲル……、やっぱり分かんないや」
S-DATに繋がれたイヤホンが音楽を出力し、シンジの世界を閉ざす。黙々と弁当を食べ進める中で考えていたのは、件の転校生のことである。
面識はない。そのはずであったのに、一方的な久しぶり発言に面食らったのは是非もない。そしてあの容姿である。まさしく美しいという形容詞が似合うそれは、どことなく綾波レイに通じるものがある。
ため息で満たされた、シンジの閉じた視界に青空が映り込む。大して食べる量が多くないシンジは、ものの数分で弁当箱の蓋を閉じた。
「……?」
そこまでやって、ふと、遠くへ目をやった。何かが来る。気配ではなく、明確な呪力の察知。揺れ具合からして、まだ呪力に目覚めたばかりか。
そんな須臾の思考が回る間に、影が差した。
「わわ、スト──ップ!!?」
パラシュートと、制服を着た女の子。それがシンジの見た光景であり、それが今目の前で尻餅をついているものの正体でもあった。
「あたた……」
「えー、とりあえず、大丈夫ですか?」
結局、シンジはそれを躱すこともせず、後ろ手に掌印を組んでノーマルの無下限をオン。何もなければその人物の柔らかな胸に顔を突っ込む羽目になってたが、生憎シンジがそれに触れる事はなかった。
ノーマルの無下限とは言え、それは多層A.T.フィールドの出し方を応用した、言うなれば『多層無下限』。膜一枚のみでは物理的実体のみが無限に遅くなる仕様であるシンジの無下限が持つ欠点をフォローする代物であり、鍛錬により向上しつつある呪力制御が成したものだ。
「パラシュートて、どこから来たんです?」
「遠くから。っと、連絡連絡」
少なくともこの辺りの学校の生徒ではないのは明らかではあるし、何なら同年代かすらも怪しい。見た目は日本人で、流暢な日本語で返答し、携帯越しに流暢な第二言語を口にするその姿は、年上にしか見えない。
スカイダイビングというには軽い装い。シンジの拙い英語力では合ってるかも分からぬ単語しか拾い上げられないが、どうやら秘密裏に入国したというようなニュアンスの話が聞こえた。またぞろ厄介事かと思うも、そう肩を落としたシンジにスッとその人物が近づいてきた。
スン、スン。首元に顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。シンジは少し引いた。当然といえば当然の反応だろう。
少女は眼鏡越しにシンジの瞳を見つめて、どこか懐かしげに思う目線を向けた。
「いい匂い……、L.C.L.の香りがする」
「何してんですかあなた。とりあえず離れてください」
気恥ずかしくなったわけでもなく、ただ唐突に見知らぬ人間の匂いを嗅ぐという行為にドン引いただけである。
「君、名前は?」
「碇シンジ。ホントはそっちが名乗って欲しいくらいですけど」
「こりゃ失礼。私は真希波・マリ・イラストリアス。よろしくね、碇シンジ君♪」
女の語尾が上機嫌に揺れた。その後すぐに、このことは内密にねー! という言葉を残して、慌ただしく去っていった。
渚カヲルと並び、またもや不可解な人物との遭遇。わざわざ使徒が襲い来るこの地にやって来るのなら、彼等はNERVの関係者か。年代が近いのなら、あるいはエヴァパイロットであるかもしれない。
自分も含め、一味も二味もクセの強い少年少女たち。それが今のエヴァパイロットなのだ。
「たまには任務受けたいな……」
再び寝転んで、空を見上げた。今のシンジは、五条の手で意図的に任務が回されていない。ある種の優しさとでもいうやつである。
そんな中、少し前から階下の五条家に転がり込んできた夏油から教わった、新たな掌印候補を組む練習を頭上でしながらふと、アスカと綾波に対しては呪いを教えるべきか、などと考えた。
使徒がストライキを起こした、などと益体もない事を考える。平和なのはいいことだが、ボケてしまわないかが不安なところ。そう思ってしまうほどに、のんべんだらりとした日々を過ごせていた。相変わらずの青い空、白い雲。それを見て、シンジは雲をくり抜く型があればなぁ、なんてことを考えた。
それはともかく、この日々はただ使徒が来ていないというだけであり。シンジたちはシンクロのデータ採集やらバーチャル操縦訓練やらを本部で受け、空いた時間に学校の課題をこなし、シンジの場合はさらにその合間に、ボランティアで雑魚呪霊狩り。同じ場所に2人も特級が揃っているのだ、デカい呪霊だろうと瞬殺だ。シンジの出る幕はやはり、それ以外の露払いにしかない。
しかし、得るものはあった。雑魚相手には見合った力で倒すこと。これがやってみると案外難しい。
「『蒼』」
今日も今日とて、雑魚狩りに無下限。普通に使えば地形を変えてしまうほどの力をコントロールして、目の前の雑魚呪霊を倒すに相応しい威力で潰す。
力量を直感的に把握するトレーニングでもあり、なにより目下の課題である呪力コントロールの向上にも役立つ。同じ年の先輩である乙骨の発案である。
もちろん、シンジのストレス発散も兼ねているなんてことはない。決してない。
「さて、今日はこんなところかな」
潰された呪霊は跡形もない。その残滓は残らず掻き消え、視える人間にしか分からない。
そして視えるのか視えないのか、おそらく視えていないのだろう。シンジはそう判断した。これらは呪霊とは言え、呪力の量と密度は『赫』とは段違いに低い。せいぜい輪郭がボヤけて視える程度だろう、と。
シンジに視線を注ぐ人間の気配の方へチラリと振り返ると、それは慌てて頭を引っ込めた。シンジ的には丸分かりだが、それを指摘すれば片割れが逆上するかも分からない。しかし、シンジは彼女らを本気で鬱陶しく思っていた。
故に、自分から声をかけたのだ。
「いい加減にしたら? バレバレだよ、
「………」
「げっ!?」
げっ、とはなんだよ、などと内心で思いつつ、シンジは気配のある方へと近づいていく。態と足音は出さないようにした。
「全く、仲が良いのか悪いのか。アスカはともかく、綾波はなんでここに?」
「呪い。アスカが興味を持ってたそれに、私も興味があるの」
「興味、ねぇ」
興味本位で触れるなど、呪いに関しては殊更お勧めされない。それはきっと命に関わることであり、何よりシンジの胃に穴が空くような事案になりそうな気がしたからだ。
とは言え今後、パイロットに干渉するような使徒が現れないとも限らない。
「呪術はアレだけど、呪力ならいいかな……?」
「バカシンジ、あんたがやってたような事が、あたしにも出来るの?」
「……僕がやってたこと?」
それが呪術である。シンジからしてみれば、彼女らが術式を持っているかも定かではない上、まずもって呪力を練れるかも怪しいラインだ。
とにかく、この件は五条や夏油の方に持ち帰って判断しようと決めた。
それでも、──呪いには、安易に触れるべきではない。
「それ、本気で言ってる?」
アスカと綾波は、その瞬間に全身が粟立ったのを感じた。身体の反応が早すぎて、思考が置いていかれる。それが恐れている故に起こった反応だと理解するまでに、揃って数秒かかっていた。
シンジは別に怒ったわけでもなんでもない。試しただけである。
もし生得術式を自覚することになれば、否応なく呪いの世界に飛び込むことになる。下手に放置して呪詛師にでもなれば、始末のためにシンジが赴くことになりかねないし、シンジとしてもそれは御免被りたい。
「年がら年中人手不足なわけで、それに同年代の術師が増えるのは嬉しいことだけどね。でも、まだいくらかまともだからね。君たち2人は」
「どういう意味かは知らないけど、教える気はないってこと?」
「いや、君たちにこれが視えている以上、何もしないわけにはいかない。才能はあるのだろうしね」
アスカは負の感情に振り回されないために。
綾波は芽生えた感情を理解するために。
なによりもシンジ含めてエヴァに乗っている人間だ。シンジに起きていることは彼女らにも起きていると見ていい。
「とにかく、先生たちに聞いてみるしかない。僕だってまだまだ未熟だから、教えるなんて出来ないし。なにより呪いは教えて理解するものでも無いんだから」
ま、悪いようにはしないさ。
そう言ったシンジを、2人は揃って見つめる。数秒して深く息を吐いたアスカは、ならいいわ、とだけ残して立ち去った。綾波はシンジとアスカを交互に見やって、アスカの後を追っていった。
シンジもまた深く息を吐き、胃をさすった。
「……こうなるよなぁ」
元々巻き込む気はなかった。あちらからアプローチされたのなら別で、なによりシンジが思っている以上にはっきりと呪いを視認していた。
『窓』に仕立て上げるのも手だが、それでは納得するまい。なにしろあのアスカだ。シンジに出来て自分に出来ないことはないと根拠もなく思うのだろう。これはアスカへのシンジの偏見ともいえるが。
実際のところ、アスカは直情的ながらも知性派である。説明し、理解したならば、出来ないことはできないと把握する。
「ま、やる気があるのはいい事かな。まだ術式の有無は分からないし、あとは五条先生と夏油先生次第だ」
よっこらせ、と立ちあがり、伸びをひとつ。固まりかけていた筋肉が解れる感覚が気持ちいい。
コキ、コキ。小気味のいい音だった。
アスカと綾波が踏み込もうとする世界は、今の世界と何が違うのだろうか。シンジはふとそんなことを考えた。実力主義なのはエヴァにしても同じで、A.T.フィールドも呪術じみたもの。相手である使徒も呪霊に近い。
世界はほとんど変わらないような気がした。血生臭いのはシンジの側だが、所詮その程度の違いしかない。
シンジは、あの2人と同僚のような形である未来を想像した。
そして、そうであったならば昏く汚れた世界でもマシに見えるだろうか。それは僅かな期待。呪いに塗れた昏い世界に生きる少年の、微かな光の一つである。
とりあえず、アスカと綾波はこういう形で呪いの世界に触れることになります。術式の有無はまだわかりません(考えてないともいう)。
マリさんとはまあ、代わり映えしない出会いですね笑。
ここからは『破』の山場の一つですが、果たしてどうなることやら。