果たしてどれだけの人が覚えているのだろうか……。
言うまでもなく、シンジとゲンドウは決定的に違えています。血縁上の親子ですが、互いの認識はそれ以下かもしれません。
無理な設定は今更です、ご了承くださいませ。
可能なら年内に『破』章に区切りをつけたい(願望)
傷はほとんど癒えていた。しかし、シンジは少し覇気のない姿であった。
アスカがまだ目覚めていないことが原因だろうか。肉体的に異常は見られず、至って正常な生命活動が行われているとはいうものの、精神的な部分は如何ともしがたい。それはシンジが手を出すべきでない、アスカ自身の問題である。もちろんアスカが望めば、シンジは手を貸すのだろうが。
綾波は人一倍頑張るようになった。呪力の扱いも、エヴァでの戦いも。いつもの無表情の奥に、やる気のような何かが見えた。きっといいことだろうと、シンジは前向きに捉えていた。
コンコン。2度扉を叩く。
「入れ」
ドアの向こう側から、そんな声が飛んできた。シンジは一歩だけ進み、それを感知したのか、自動で扉が開いた。
「来たか、初号機パイロット」
「碇ゲンドウ……」
狂ったのかと言わんばかりの大きさの採光窓をバックとサイドに、あまりにも寂しい部屋に1つしかない机に肘をつき、実父である碇ゲンドウが迎えた。
気味の悪い意匠が刻まれた床と天井に、居心地の悪さを覚えた。シンジの手からは、ダラリと力が抜けていた。
「こうして話すのは久しぶりか」
「話すこともないのに、といいたいけど、互いに聞きたいことがあるらしいね」
「随分と大人びたか? まだ子供のようにも思えるが」
「子供だよ。僕はまだ大人になれない」
無関心とは思えないテンポで、薄い話が引き延ばされる。踏み込まないのは興味がないゆえ。だが、そうも言ってはいられない事情を、互いが抱え込んでいた。
「戦闘終了後に回収した3号機は、起動が不可能になっていた。初号機パイロット、一体何をしたのだ」
「答える必要があるの? 結果重視じゃなかったっけ?」
「原因究明は必要なことだ。答えろ」
シンジは以前のやり取りを引き合いに出すも、最もらしく聞こえる理由でそれを潰された。だがシンジは、この男ならそうするだろうと、なんとなく分かっていた。
「知らない。僕はただ使徒を倒しただけ。その後のあれこれは、僕の知るところじゃあない」
「しらを切る気か」
「仮に言ったとして、何が分かるの? 呪いのことを何も知らない父さんが」
その言葉に、碇ゲンドウが目を細める。彼は指導者であると同時に研究者の端くれである。発生した結果に付随する原因を知ろうとするのは、当然の帰結である。
いい加減、計画も分水嶺にある。思い通りにならないことは計画の内でも、全くの未知を抱え込んでこられては手が出せない。それが、碇ゲンドウの苛立ちを助長していた。
さらには、バタフライ効果とでも呼ぶべき周囲への波及。綾波レイと式波・アスカ・ラングレー。そして真希波・マリ・イラストリアス。渚カヲルに至るまで。手元にあるはずのチルドレンという名の駒が、ことごとく奪われた気分だ。それはチェスではなく将棋。奪われた駒は、いずれ碇ゲンドウに牙を剥くだろう。努めて平静を装いながらも、声音に苛立ちが混じることを抑えられない。
「エヴァンゲリオン初号機」
「……なんだ」
「アレには、何がある?」
突然飛び出したシンジから疑問に、碇ゲンドウはその意図を掴みかねた。
シンジにとっては、ただ自分が乗れと言われたエヴァであり、呪いに関して不可思議な性質を持つ存在である。それ以上でもそれ以下でもなく、結局は道具の域を出ない。
しかし、碇ゲンドウにとっては違う。エヴァンゲリオン初号機とは彼の全てにも等しい。計画の核であり、目的とすら言えるのかもしれない。
「初号機の中に、ナニカがあるんだよ」
「何だと?」
「
「…………」
シンジの言葉に碇ゲンドウは閉口して、目を伏せた。
思い当たる節はある。しかしまさか、……まさか。やはりという思いと、まさかという思いが入り混じり、碇ゲンドウの裡に、不可能立体のような意味不明な感情が渦巻く。
そんな心を映したゲンドウの瞳を見るシンジは、確かに理解した。
──この男は、何か知っている。というか元凶ですらあるんじゃ?
予感だが、的外れではないだろう。そう結論付けて、シンジは開口した。
「まあ、この際それは置いておくとして。──僕が聞きたいのは、あなたの目的だ」
「目的だと? 使徒殲滅以外の何がある」
毅然としてそう告げる碇ゲンドウに、シンジもまた毅然と否と言って返す。
「使徒殲滅ってのは目的のフリをした何かの手段だよ。切羽詰まってるのは分かるけど、にしても今回のアスカの件は酷すぎる。あそこで本心からアスカが死ぬことを望んでいた人間は、あなたくらいしかいなかったはずだ」
断言の口。冷えた空気に
その力強さに、ゲンドウは思わず怯んでいた。それは自分に無い芯。自分と違う世界で必死に生きてきたゆえの、子供らしからぬ意志の強さだ。
だが、ゲンドウとてそれに負けることはない。どんなに汚くとも、後ろ指をさされようとも、人の道から外れていようとも。それはシンジ以上に固く刻み込んだ、執着にも等しい願い。人を滅ぼし、新生させてでもと願った、原点の願いだ。
「文句を言いにきた、というにはこの場では足りないくらいだ。みんなの目の前でボコボコにしてやりたいくらいさ。でも、それじゃ先の話ができないから」
「……先の話だと?」
予期せぬ言葉に、問いを返したゲンドウ。肘をつき、手を顔の前で組む見慣れた体勢のまま平坦に疑問を抱いた。
「使徒を、えーっと何体だっけ。……6体だっけ、まあそれだけ倒した。外国に出現した情報はなし。軒並み
「どういうことだ」
「はぐらかさないでよ。まだ何体来るかも分からない未知の敵が、揃ってここに来るのはなんでだって話」
それは秘密にも等しい代物。シンジは地下を知らないが、予想はしている。
「……いいだろう。後で見せてやろう。奴らがここへ来る、その目的を」
見せる? なら、それは物質的な存在ってことなのか?
呪術界も血生臭かったり、悪意や畏怖でドロッとしたところはあるが、ここもまた負けず劣らずである。情報の真偽は後ほど五条や夏油らに相談するとして、見ることを許すのならこれほどのチャンスはないだろう。
「だが、お前にも話してもらうぞ。呪いのことを」
「そんなもの、前の報告書に挙げたので全てさ。あれ以上はこっちの人間じゃあまず理解できない。パイロットを除き、ここにはその才を持つ人がいないのは確認できてる」
「才の有無など関係ない。不明瞭なものをそのままにはしておけん」
「……はぁ、まあ別にいいらしいけど。真希先輩と同じもの、丁度乙骨先輩から貰ってたし。ホントは視る力の弱いカヲル君向けだったんだけど」
マリたちはシンジの予想に反して、意外なほどはっきりと視認していた。意外にも渚カヲルのみ、呪いを扱う力が弱いのだ。補助道具として乙骨が持ってきたのは、高専のある女子生徒が付けているものと同じ代物である。
そこまでで話が一区切りついたところに、もう一つと人差し指を立ててシンジが言う。
「少し前に加持さんが来た時、ケースを持ってたんだ。僕の予想が正しければ、父さんへの手土産みたいなものなんだろうけどさ」
「それがどうした」
「加持さんが『浦島太郎の気分だ』とか言うもんだから、僕は玉手箱って思ったあのケース」
そこで言葉を止める。シンジは確かに、あのケースに異様なナニカを感じたのだ。
「何が入ってたのかな、と」
「それに答える必要があるのか?」
「必要があれば答えられるの? 答える気もないのに。ま、聞いてみただけだよ」
シンジはゲンドウの瞳の内を覗き見れないまま、杞憂とは思えない心のザワつきを鎮めながら言葉を紡いだ。
「……知らないならいい。大事にしなよ、そのケース」
知らないのなら、それでいい。無知は罪というが、知らなくて良いこともある。畑違いではなく、もはやそれは人間の違い。シンジはただここにいるだけで、本来ならば
「僕の話は終わり。聞きたいことがないなら、早速見せてくれるんだよね? 使徒という化け物が狙うナニカを。呪いの話はその後だ」
「その言葉を違えるなよ。……ついてこい」
辛気臭い部屋から離れると、刺すような視線を感じる。シンジは絶賛監視中の身である。この組織の最高権力者への反抗意思や、呪術師という存在であることも絡み、危険人物と同等の扱いを受けている。日常生活への縛りこそないものの、下手なアクションをしようものなら即座に拘束されることは想像に難くなかった。
勿論シンジとしても、それに対して策を考えていないわけではない。ちょっとしたトレーニングがてら、ノーマルの無下限を展開しているのだ。少し趣向を凝らして、何かに触れる瞬間に一部だけ解除したりなど、より操作精度を上げられないかという目的があったりする。
よって銃撃を始めとした直接攻撃等は効果が無いが、しかし人質やらを取られてしまえば、今のシンジに出来ることはなくなるだろう。それほどまでにココは彼の居場所となっているのだ。
そんなことを余所にゲンドウに連れられて相見えたのは、巨大な釘で両手を打ち付けられた、罪人の如き白い異形であった。
「な……、これは……」
上半身のみの人型。その胸に突き立てられた二又の紅槍。およそ人の手で作られたとは思えない槍の精緻なねじれに、思わず目を奪われる。頭部と思しき箇所には、シンジにとっては見覚えのある仮面がついていた。
だが、
「これが奴らが狙うモノの正体、第2の使徒・リリスだ」
気味の悪い千切れ方をした半身。塞がらぬ傷から、何かの液体が垂れ流されている。こんなもとを求めて何があるのか、シンジは心底から疑問を抱いた。
「これから流れ出たものがL.C.L.になる」
「げ、僕らアレの中に浸ってたってこと? うわぁ」
今更ながら気持ち悪いなと、シンジは苦い顔でそう思った。
「使徒はこのリリスに触れて人類を滅ぼし、地球を手に入れんとしているのだ」
「なら、これは生存競争ってわけ?」
「簡単に言えばな」
これが確かならば、人類の存亡は文字通りシンジたちの手にかかっているということ。そんなことを仮にも息子であるシンジに押し付けたのだ。シンジは内心で面倒だと心底から思ってしまった。もっとも、それがあるからこそ今の自分がいるのだから、何とも言えない気持ちが湧く。シンジはゲンドウが分からないのだ。
異形から変わらず垂れ流される呪力は、何もなかったかのように大地へと消える。この空間だけで全てが循環するかのような、完結した存在。シンジは何度もそれを見上げて、目に焼き付けた。
「これが無くなれば、使徒は襲ってこないってわけ?」
「その場合は人類を皆殺しにするだけだ。奴らがここに来るのは、これを利用するのが最も簡単かつ確実であるからだ」
それはゲンドウが組み立てる『人類補完計画』において、サードインパクトと名付けられた事象に近い。しかし使徒によるそれをゲンドウらは望んでいない。目の前の碇シンジという少年によるものが、計画の鍵なのだ。
にも関わらず、この少年は悉くを凌駕し続ける。ならばとテコ入れしても、やはり超えて行くのだ。
「壊したくても壊さない、か。これがあるからここにしか来ないわけだし」
執着する
そしてその溝はそのまま埋まることなく、呪いに関しても特に目新しいことは何もなく。
「これは……」
「これが『無限』だよ。これがある限り、僕に触ることはできないよ」
そういってシンジは自身の無下限呪術を一通り説明してみせた後、それじゃ、と一言残してその場を後にした。否、しようとして、呼び止められた。
「言い忘れていたが」
「──なに?」
自然な風を装って、瞳を遮るサングラスが相も変わらず心を読ませない。不意に、シンジの背筋に悪寒が走った。
「初号機はしばらく動かせない。先の戦闘による消耗が響いている。これまで大きな損傷が無かったために、修復用の部品が不足している」
「それで使徒が来て、戦えませんじゃ話にならないけど」
心なしか、シンジの声にトゲがあるように思えた。平坦で冷たいゲンドウの声が、シンジの心を逆撫でする。
「零号機がある。お前の友達──レイは、信じられないか?」
返す刀でそんなことは、と否定したシンジに被せるように、ゲンドウは言い放つ。
「ならば、問題はあるまい。死にたくなければ、大人しくしていることだ。エヴァ以外に、使徒に対抗する手立てはない。たとえその呪術とやらでも、お前1人では無力に等しい」
そう断言したゲンドウ。そしてシンジはそれを否定しない。師である五条サトルや、それに肩を並べる特級術師ならまだしも、今のシンジにそこまでの力はない。才能はあれど、実力が足りていないのはイヤというほどに分かっている。
だが、シンジは1人ぼっちではない。ゲンドウの言を認めるのは癪で、そう思うとそれを認めた上での抵抗だとして、シンジは無理矢理に言葉を引き摺りだした。
「ああ、その通りさ。1人じゃ何もできない。でも、綾波たちは信じてる。それに、僕は呪術師だよ? ──矢面に立って戦うのは、決して僕とは限らないよ」
それは何かの予言だろうか。ただの意地なのだろうか。枷をつけられた己を見て、それでも諦めていないその目。
やはり呪術師というものは理解できないと、ゲンドウはそう結論付ける。それと同時に、シンジはその場を去っていった。
「ただいま」
ややあって。いつものように家へ帰ると、ダイニングで綾波がポツンと座っていた。
口数が少なく、その様はまるで等身大の人形がそうしているようにも見える。白磁の肌が、安い木で出来たテーブルを撫でる。当たり前になったはずなのに、非現実みを覚えるような光景だった。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「アスカも、ミサトもあなたもいない家。なんだか、胸が痛いの」
それは薄くとも、明確なココロ。シンジは微かな笑みを浮かべて、綾波の対面の椅子に座った。
「よいしょ、と。で、胸が痛いって、どう言うことだと思う?」
「分からない。でも、誰もいないところに1人でいると思うと、胸が痛い」
綾波は、持て余していたココロを理解しようとしている。呪いを扱うために必要な薪であるそれが、ようやく。
「──『さよならは、また会うためのお
「さよなら? おまじない?」
「トウジ伝いに聞いた委員長の言葉。面白いよね。呪いを知らない人たちの言葉だけど、これで呪いのようになるんだよ」
呪いとは、呪いを知らない人間のココロの集合体である。どのように呼ばれようと、その本質は変わらない。そしてそれゆえに、家族程度のココロが集まっても、数か年月か、それは呪いとなり得る可能性を秘めている。
「でも、アスカはさよならなんて言ってない。もう、会えない?」
少しだけ、綾波の目に光が滲む。頭上の安っぽい電灯の光が、綾波の大切なココロを照らしていた。
シンジは優しく諭すように、言葉を選んでいく。
「会えるよ。1人でも欠けさせやしない。何も言わずに消えたりなんてさせない」
まあ、とアスカを取り巻く不幸を思うと、シンジはため息をこぼすしかできなかった。しかし、それを乗り越える強さはあるはずだ。シンジはアスカを、そう信じることが出来るように導いてきたつもりだった。
そして今はまず、目の前の少女にその力を教えてあげるのが先であろう。
「アスカのは不可抗力として、君がそうなって消えてしまわないように、少しフライングして教えておこうと思う」
失うことは恐ろしい。それはシンジが激情に駆られてしまうほどに。先の事件ではシンジが成長したことで取り返せたが、またいつそんなことが起こるか、神ならぬ身であるシンジには分かるはずもない。
だからこそシンジは種を蒔く。それは絡み合う草の根。勝手に消えないように、垣間見た光を逃さぬためのものだ。
「フライング? 何を教えてくれるの?」
「──『反転術式』。綾波には少なくとも、自己補完ができるようにはなってもらおうかな」
アスカと綾波。大人にしてみれば想定外のテコ入れ。
「アスカの次は君だ。綾波」
ココロを知った。次は、世界を知る番だ。シンジがあどけない少女の手を引く。まだ浅瀬で足踏みする彼女を引っ張り、飛び込んでいくのだ。
綾波テコ入れ入りまーす。
シンジくんは、まあまあ原作と同じような展開かしらん。そろそろ齟齬が酷くなる頃合なので、あまり糾弾せんといてください()。
リリスは人類の原型であり知恵の実を取り込んだ原初です。本来その身から生み出される呪力量は、もはやノアの洪水のようなレベル(イメージ。それくらい桁違い)ですが、ロンギヌスの槍の封が、人が立ち入れる環境にまで呪力量を削りまくってる感じです。
月並みですが、感想、メッセージ、誤字脱字報告などしてくれる皆様、本当にありがとうございます。