「小鈴ちゃん、その写本ってどんな本なの?」
「この本ですか……?」
何故か朝から仕事もせず家に入り浸っている望歩さんがそんな事を言った。昨日着ていた外の服は着ずに里の男衆が着ている安物の服を着て目の前で座っている。
というかこの人本当に仕事しなくて大丈夫なのだろうか、昨日渡したお金をそのまま使ってるみたいだし。
まぁ、望歩さんの事は外来人で…と言うくらいしか知らないから何とも言えないけど。
「そっちの妖魔本?っていう本の事は昨日聞いたけどそっちの本は何も聞いてなかったなぁーって思ってさあ」
お客さんの個人情報に当たるかなと思ったけど……本の事を聞かれているし……このまま木を黙って彫り続けているのも悪いのでちょっとだけ話す事にしよう。
「所謂思想本というものですね、それ以上に…と言うものはありませんがこれを書いた人は相当幻想郷を調べつくした人ですね」
ちょっと危ない感じの本ですけど……大量に刷って広めるような目的じゃないから大丈夫でしょ。ダメだったら霊夢さんが来るでしょうし。
「ふぅん……それ、おじいちゃんが持ってきたんだよねぇ?どんな爺さんだったの?」
「それは…って言えませんよ?」
「ちぇ……まぁ、そんなに気になった訳じゃないから全然構わないけど」
そんな事を本から一切目を離さないまま笑ってふざける望歩さん、いや興味ないなら守秘義務とか有るんで聞かないで欲しいんですけど……外の世界にもそういうのあるよね?と言うより外の世界の方が厳しいんじゃなかったけ?
まぁ、どんな風貌だったかくらいは言ってもいいけど……本当に何となく聞いただけみたいだし別にいっか。
良く印象に残る特徴的なおじいさんだったからなぁ……筋肉もりもりのおじいちゃんとか稀に見るぐらいだからよく覚えているわ。
阿求が今度来たら聞いてみようかな、あれくらい目立つおじいさんなら多分知ってるだろうし……
そういえば…他にも何かあったような……何だったけ?
あぁ、何かもやもやしてきた……っ!何か見せられたような気がするんだけど……っ!
んん?んんんー?……なんか疲れちゃったし、思い出せないし、時間も丁度いいから休憩にしようかな。
じゃあ早速お茶を……ってそういえばこれくらいなら望歩さんを使って良いのでは?雑用で少し動くっていう理由で読み放題にしているし。
丁度望歩さんも区切りが良いところまで行ったのか姿勢を楽にしてる。
「望歩さん、ちょっと喉が渇いたんですけど……」
「あ、そうなの?じゃあお茶を淹れてきなよ。僕はここに居るから」
……あれ?
さも当然の様に本をそのまま読み続けようとする望歩さん
「いやいや私の雑用してくれるんじゃないんですか!?」
「え、うん……言われたらある程度は動くけど……」
「今の文面で分かるでしょう!?お茶を淹れて来てください!!」
「……じゃあちゃんとそう言ってくださいよ~」
仕方ないなぁ、と唇を尖らせながら本にしおりを挟んでからゆっくり立ちあがる。
この人、本当に昨日の人だよね?あの仕事をてきぱきこなした人と同一人物だよね……?いや、昨日の最後のアレを考えれば納得はできるけど……
「えぇっと……小鈴ちゃん?」
「…何ですか?」
「台所借りていいの?」
「……はい」
そのくせ妙に常識は有るし……はぁ……
しばらくして二人分のお茶を淹れて望歩さんが戻ってくる。
横からすっと邪魔にならない位置にお茶を置く動作にどこか手慣れたものを感じたけど……外の世界でもそういうことをしていたのかな。
「あれ、せっかく淹れてきたのに飲まないの?」
「飲みます……飲みますけど……」
でもやっぱり私に対しての対応が雑な気がする……
今も望歩さんは何でもないような顔でお茶を啜ってる。私が睨みつけても頭上にはてなを浮かべるだけで堪えた様子もない。
慧音先生に話していた時の対応と違いすぎる、確かに下の名前で呼んでいいとか言ったけどそれは断じて雑に扱ってよいという事ではないし何だったら慧音先生に聞いていた人物像とは全く違う性格をしているんだけど!
………
「納得いかないっ!」
更に変な目で見られたけど私は悪くない!
――――――――――
「あぁ……ごめん、ちょっと煙草吸うから外に出るね」
「え?」
突然望歩さんが立ちあがる。
他に何を言うでもなく望歩さんは黙って外に行き白い棒を口に咥えて火をつけた。おそらくあれが外の世界で言う煙草なんだろうけど……いきなりどうしたんだろう。
思わず敬語を使わないで話してしまいどきりとしたけど何も言わなかったしそれに対しても笑ってたからそこじゃないと思うけど。
何を話していたかと言えば望歩さんが外に帰る、という話だ。それも三日後に。だからこの
でも、だからこそ……ここに残る気は無いのか?と聞いたのだ。
そんなに幻想郷に興味があるのなら、それこそこの本が読みたいのなら帰る日付を伸ばしたらいいんじゃないかという提案をしたけど……一言で断られた。
それが余りにも、なんというか……意外で、ぽつりと呟いた。
「……何というか、さっぱりしてるのね」、と
その言葉を聞いてから望歩さんは一瞬、ほんの一瞬だけ顔をしかめて……席を立った。
「何か、気に障る事だったのかなぁ」
正直何処が引っ掛かったのかは分からない。考えても分からなかったから……戻ってきた時に、どう対応するかを決めよう!
望歩さんが落ち込んで帰ってくるとは思えないし、私は私でいつも通りにしておこう。気を使ったらその分いじられそうだから…という理由もある。
あんまりお腹が空いてなかったからお茶とお団子だけで済ますことに決めて、席を立った。
――――――――――
「今ですか?ええっと、午後の6時ですね」
「えぇっ!?もうそんな時間?時間が経つの早いなぁ~」
あれからまた時間が過ぎて、今は夕方の6時になっていた。どうやら望歩さんは外来人が良く持っているという時計を持っていないらしく、太陽の傾きで大体の時間を見ているそう。そこで鈴奈庵なら時計があるんじゃないの?と聞かれて答えたのだ。
因みに……望歩さんに聞かれなかったら私も作業に集中してたから時間に気付かなかったので助かっている。
写経が思ったよりも進んだこともあった。ちょこちょこ望歩さんが雑用をこなしてくれたので集中できたのだと思ってる……ていうか言わないでもできるのなら最初からやってほしい。
やるんなら木版からやって欲しいとグチグチ言われたけどあっちはどう頑張ってもあと二日で終わるわけが無いからあきらめて欲しい。というか何故かやる気がでないし。
当の本人は今読んでいた本が読み終わったのか完全に閉じて凝り固まった体を伸ばしている。
「ん~……今日はもう借家に戻ろうかなぁ」
「あれ?もう帰るの…?」
ちょっと驚いてしまって本当に反射的に訊ねていた。
「うぅん……いやねぇ」
「…………」
何故か言いずらそうにしている望歩さんをじっと見つめる。
なんだろう、どうしてか分からないけどじっとりとした嫌な汗が背中を伝わる。
彼が帰ったら、また一人になるのだろうか。彼は明日もまた来るのだろうか。やっぱりさっきので気を悪くしててここに居るのが嫌になったのだろうか。
何でそんな疑問が浮かび上がるかも分からないまま、じっと望歩さんを見つめた。
「……そんな目で見られても大した話じゃないよ?ホントに……ただ昨日寝ずに本を読んでいたから寝不足でさ、今日は早めに休んでおきたいんだよねぇ」
「あっ……そうだったんですか」
そう言われてみれば望歩さんの顔色が悪く、目の下に隈が出来ているのが分かった。本を読んでいた時も何度か目を擦っていたし……流石に寝ずには嘘だろうけど徹夜で本を読んでいたのかな。
望歩さんはいつもみたいにうっすらと笑みを浮かべながらお金を机の上に置いて本を借りると言った。”幻想郷縁起”を家で読むのだという……寝るんじゃないの?
これも一日借り、望歩さんの借家は分かっているので明日夕方まで来なければ家に行ってやろう。明日、また明日……
「……じゃあまた明日……?」
「何で疑問形?」
望歩さんは「じゃあ、また明日ねぇ~」とふらふらとした足取りで
望歩さんを見送った後、ただ音楽だけの音だけがこの場所を支配する。
写本の完成までもうすぐなのでそれに手を付けよう。さっきまでのやる気は……ちょっとでないけどあと少し、今日中に終わる文量だ。
「最後に製本して…一度目を通しておかないとね」
明日は…流石に休憩にして、望歩さんが本を返しに来たらおかあさんに会いに行こう。本を読みたいと望歩さんが言ったのなら…仕方ないから一冊だけ無償で貸してあげようかな?
そんな事を考えながら、私は写本作業の最終段階に取り掛かった。
※是错字报告感谢