どうやら今日には世界が滅ぶらしい。そのことを知ったのは三日前のことだった。突然テレビが切り替わり、地球にものすごいやつが向かってきてるとかなんとかで、簡単に言うと三日後には地球が滅びます、といった内容が全国に広がり、現代のネット社会の拡散力によってそれは瞬く間に全国民へと伝えられた。嘘だろと嘲笑する者が何人もいたが、国会、教育機関がまとめて停止し始めるのをみて本当だと判断したらしく、今はほとんどの人が思い思いの日々を過ごしている。そして、そんな日々も残すところあと一日。
世界最後の日、人はどう過ごすだろう。家族と過ごす、恋人と過ごす、友だちと過ごす、はたまた思い切って大犯罪をやってみる。今までクソ上司の下で頑張っていた社会人は復讐するチャンスかもしれない。今なら警察も動かないだろうし、なんでもやりたい放題だ。現に、今俺の目の前にいるクラスメイトだって男に襲われてたし。あの時は必死になって助けて誰もいない学校に逃げ込んだ。助けた手前放置するわけにもいかないし、外に出たら誰に襲われるかわからないため俺が食料等を確保し続け、こうして世界最後の日を共に迎えている。
「今日やなぁ」
「おう」
綺麗な顔を頬杖でぷにゅ、と歪ませて俺を見ながらの言葉に短く返す。
「夜には死ぬんかぁ」
いつになくネガティブなことを言うな、となぜかじっと俺を見続けるクラスメイトを見て思う。彼女はポジティブな人間で、クラスを引っ張るリーダー的な存在だった。頭の方は少々よろしくないが、明るく常に前向きなその姿にクラスどころか学校中の生徒が惹かれていたものだが、流石に世界最後の日ともなるとネガティブにもなるか。
「どんな異世界に転生するんやろなぁ」
ポジティブやないか。
「は? 異世界?」
「そそ。今流行ってるやろ?」
「実際に転生するっていう形で流行ってるわけちゃうぞ、アレ」
あくまで物語として流行っているだけで、実際にやる形で流行っているわけではない。異世界転生なんて現実にあるわけがないし、第一あったとしてそれがどうやってこっちの世界に伝わってくるのか、という問題が出てくる。
「あんなもん現実にあるわけないやろ」
「でも死んだこともないのにそんなんわからへんやん」
「……まぁそう言われると」
ない、と断言していいくらいないと思っているが、確かに死んだことがあるわけでもないし異世界転生があるのを証明できないのと同じようにないことも証明できない。なるほど、アホのくせによくやる。
「せやったら異世界転生はある! って考えた方が楽しくてええやん?」
「それはそうやな」
やろ? と得意気に笑うクラスメイト。どうやらこのクラスメイトは世界最後の日でも変わらずポジティブらしい。
「でな。転生するならどんなとこがいい?」
「どんなとこって?」
「例えばファンタジーな世界とか」
俺も学生なのでそういった創作物にはある程度触れてきている。ファンタジーな世界と言えばやはり魔法。俺たちのような科学まみれな世界で育った人間は魔法に憧れること間違いなし。更に男なら一度は憧れる戦闘もあり、剣と魔法を手に戦うその世界は確かに魅力的だ。
「ええかもせえへんな、ファンタジー」
「でも私みたいに可愛い女の子やったら、屈強な男たちに襲われへんかっていう心配があんねんな」
言って、悩ましげなため息。そもそも異世界転生をしたときに元の容姿で転生するのかというところが気になるが、どうせこのクラスメイトなら顔が変わったとしても綺麗なんだろうから触れないでおこう。男たちに襲われるっていうのも否定はできないし。
「それやったらめちゃくちゃ汚いカッコして、男を萎えさせたらええんちゃう?」
「私女の子やから身だしなみには気ぃ遣いたいやん」
それもそうか。襲ってくる男を警戒してなんで女の子側が汚くならなきゃいけないんだっていう話になるし、これは俺が失礼だった。
「なら女好きっていうことにして、精神的な面で男を突き放したらええんちゃう?」
「私別に女の子好きちゃうのに自分偽らなあかんの?」
「しゃあないやろ襲われたくないんやったら」
「女の子のことが好きな女の子のことが好きな男がおるかもせんやろ!」
「ややこしいな!」
つまり、男のよさを教えてやるよっていう男がいるかもしれないってことだろう。確かにいないとは言い切れない。俺は男だからそういうえっちな本があるということを知っている。別に俺が好き好んで読んでいるわけじゃないが、知っている。
「ならどんな男よりも強くなって、襲われても大丈夫なようになったらええやろ!」
「私は男の人に守られたいって願望があんのに、どんな男よりも強くなったら守ってもらわれへんやろ!」
「知るかそんなもん!」
「人の願望をそんなもんって言うなや!」
あんなにみんなを引っ張っていたのに守られたい願望があるって可愛いなこいつ。あぁ言えばこういうからムカついてきてるけど。
「なら世界最強の男よりちょっとだけ弱いくらいまで鍛えて、その男に守ってもらったらええやろ!」
「その男に襲われたらどうすんねん!」
「お前を守ってくれてんやから結婚せえや! そうしたら襲われたってことになれへんやろ!」
「それやったら私は生まれた瞬間から『あ、私は世界最強の男と結婚すんねんな』って思い続けて、すべての恋愛がおもろなくなるやろ!」
「世界最強の男とゴールインするって決まってるんやったら、その前に色んな恋愛したらええやろ! 別に世界最強の男だけを見続ける必要はないねん!」
「世界最強の男がそんな尻軽女になびくんかい!」
「色んな恋愛経験して女を磨けよ! そうしたら世界最強の男もなびいてくれるわ!」
「お前女磨いたら美しくなりすぎて襲われるに決まってるやろ!」
「またそれか!」
世界最後の日になんの話をしてるんだろう、という考えが頭をよぎったがそれを頭の隅に追いやって、文句しか言わないクラスメイトを睨みつける。こいつのどこがポジティブなんだ? さっきから俺の提案をめちゃくちゃな理由で却下しやがって。ポジティブなら「えー! それいいー!」ってバカみたいに肯定しろや。
「なら誰もおらんような秘境に行って一人で暮らせ! そうしたら誰にも襲われへんやろ!」
「確かに誰もおらんとこで一人で暮らしてたら普段は襲われへんわ!」
「襲われへんやろがい!」
「でも秘境って言うたら修行も修行、ザ・修行スポットやろ! しかも歴戦の猛者タイプの修行スポットや! そんなやつがきてもし見つかったら襲われるに決まってるやろ!」
そんな状況で襲われたら助けもないし、自分でなんとかするしかない。秘境に住んでるなら地の利を生かして逃げられるだろうとは思うが、そんなことを言っても屁理屈で返されるに決まっている。それなら、
「……ほな男になれや!」
「どういうことやねん」
俺の言葉にクラスメイトが訝し気な視線を俺に向ける。なんでお前にそんな目で見られなきゃいけないんだという言葉をぐっと飲みこんで、一気にまくし立てた。
「男に襲われたくないんやったら男に転生したらええやろ! 男に転生したら体に引っ張られて女の子が好きになるし、男からも襲われへんし何の心配もないやんけ!」
「もし私が女の子好きになられへんかったらどうすんねん!」
「男と付き合え!」
「男に転生して男と付き合うってどんだけトリッキーなことしてんねん!」
「なら俺が女なってお前と付き合うわ! それやったら身体的にも精神的にも男女になるから何の問題もないやろ!」
「言うたなお前! 後で嫌って言うても知らんからな!」
「何でもやれや!」
そんなバカな話をしながら、俺たちは世界最後の日を迎えた。死に方なんて覚えちゃいない。どうせハチャメチャな隕石がむちゃくちゃに地球をぶち壊し、俺たちは塵になったんだろう。
ただまぁ、こんなバカ話をしながら死ぬっていうのもいいもんだ。悲痛に死ぬよりはよっぽどいい。
確か、最後に見たのはクラスメイトの笑顔だった。そんな気がする。