【連載】ほな男になれや!   作:とりがら016

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プロローグ

 この世界には、魔法があり魔王がいる。数百年ごとに魔王が誕生し、それに呼応するように勇者が生まれ、その度に魔王と勇者は戦う。

 そしてちょうど俺たちが生まれた年に、魔王が誕生した。その魔王の誕生とともにある一人の青年が勇者としての力に覚醒し、魔王討伐への物語を歩み始める。

 

「エリスの形のいいおっぱいとすらりとした四肢と美しい顔と気持ちのいい性格と何か妙にエロい仕草に、かんぱァァァァアアアアい!!」

 

「オオオォォォォォオォオオオオオオ!!」

 

 まぁ、俺たちはそんな魔王と勇者の因縁だとか魔王を討伐するだとかそんな高尚な目的は何もなく、ただただ世界を旅しながら冒険者として依頼をこなし、酒を飲む毎日だった。

 

 今乾杯の音頭にしては激烈に下品でどうしようもないセリフを吐き、だというのに……いや、だからこそ冒険者という名の荒くれものの中心にいるのは、俺の前世でのクラスメイト。今世での名をリオス・アウリエという。短いツンツンとした白い髪にギラつく金の瞳。その顔立ちは芸術品のごとく綺麗で、俺がまだ男だったら嫉妬のあまりボコボコにしておもしろアートにしたくなるほどカッコいい男。

 

 俺の今世での名はエリス・ゼーラ。薄い青の髪をポニーテールでひとまとめにし、髪と同色の瞳。さっきリオスが言ったように自分で見ても綺麗な顔をしているな、と思う。自画自賛をするようで気持ち悪いが、男として客観的に見た時の評価だ。ナルシストってわけじゃない。

 

 そう、何の冗談か、俺たちは丸々性別を逆転させ、異世界転生していた。あの、世界が滅亡する日に話していたバカ話が現実となったのである。つまり今の俺は性別的に言えば女だ。クソが。

 

「なぁ、エリスがえっちなことさせてくれへんねん。どう思う?」

 

「何! そいつは許せねぇ! おいエリス! えっちなことをさせてやらねぇとは何事だ! 俺たちにもさせろ!」

 

「そうだ! 鬼! 悪魔!」

 

「きっとアイツ魔王の妻か何かだぜ。邪悪すぎる」

 

「女にンなこと言うやつらのがよっぽど邪悪やろうがゴミ! 誰がテメェらにやらせるか!」

 

「ふふ、ごめんなみんな。エリスは私以外に体を許してくれへんみたいやわ」

 

「テメェにもじゃリオス! なに『仕方ないなぁ』みたいな感じで首振っとんねん!」

 

 今俺たちが滞在している街、『キュグニー』のギルド内に下品な内容と色を乗せた声が響き渡る。

 

 ギルドは街に一つはある冒険者たちが依頼を受ける場所で、宿としても機能している。ただ、受付がバーカウンターのようになっており、広い空間に木製のテーブルと椅子が等間隔に並べられ、冒険者たちが酒を飲み大暴れするため、その見た目は酒場となんら変わりない。が、俺は今まで色んなギルドを見てきたがここまでひどいのは初めてだ。

 

「こらエリスちゃん。女の子が汚い言葉使わないの」

 

「あいつらのがよっぽど汚いて」

 

 そんな俺はギルドの中心でバカ騒ぎしている荒くれものどもとは離れたところ、バーカウンターのようになっている受付で酒を楽しんでいる。

 

 今俺に注意してきたのは受付嬢のカスミ・フローリア。ふわふわとした金の髪を腰まで伸ばし、緑の瞳が優し気な印象を与える美人さん。俺が男だったら迷わず求婚していたことだろう。いや、今も心は男なんだけども。

 

「もう、せっかく可愛いのに……誰も貰ってくれなくなっちゃうわよ?」

 

「いや、私がもらうから安心せぇ! 毎日濃厚な夜を過ごそう!」

 

「あぁ、なら安心ね」

 

「どこがやねん」

 

 荒くれものどもに囲まれながらのリオスの言葉に、明るく笑って顔の横で両手を合わせるカスミは、何をもってして安心だと言ったのだろうか。今俺がリオスの性欲のはけ口にされようとしていたのに。

 

「まぁでも、エリスちゃんって結構男の子から人気だものね。リオスくんじゃなくてもすぐに貰ってくれる人見つかると思うわ」

 

「俺は一生独身でええわ。カスミとなら悪くないけど」

 

「ふふ。それもいいかもね」

 

 カスミは微笑んで俺を一撫でした後、荒くれものどもの酒がなくなってきているのに気づいて奥に引っ込んでいった。

 

 何あのいい女。ぜひとも俺といい関係になってほしい。さっきのは冗談で「いいかもね」って言ったんだろうが、俺は本気でカスミをどうにかしようと思う。そうしないと男が廃るってもんだ。

 

「お、エリス。メスの顔してどうしたん?」

 

「おうリオス。ぜひ死んでくれ」

 

 今男としてカスミをどうにかしようと決意していたのにも関わらず、そんな俺を「メス」と称したアルコールで顔を赤くしてすり寄ってきたリオスを押しのけて、酒を一口。前世じゃ二十歳になる前に死んだから、酒を飲めるのは新鮮だ。つってもまだ18で、こっちじゃ16になったら飲めるから年齢的には前世とそんなに変わらない。

 

 この俺になんとかキスしようとしているバカはすっかり変わっちまったが。いや、前世じゃ死ぬ前に話しただけで、そこまで仲良くなかったから変わったかどうかはわからないが、少なくともイメージとは全然違う。

 

 リオスと俺は同じ村で生まれた。そしてなんとなくお互いがお互いのことを前世でのクラスメイトだと理解し、当然のように一緒に生まれ育ち、リオスは性欲の化身となった。

 

 それを知ったのは15の時。村から旅立つ前に、リオスと二人で、リオスの部屋で。今なら絶対にありえないシチュエーションで、「ところで、いつになったらヤらせてくれるん?」と聞かれた時だ。

 

     *

 

「は?」

 

 もちろん、俺は純粋な疑問で返した。明日から旅に出るから、それに関する大事な話をするのかと思いきや、開口一番「いつになったらヤらせてくれるん?」である。手を出さなかったのを褒めて欲しいくらいで、俺の疑問を受けたリオスは俺と同じようにそれを疑問に思ったらしく、首を傾げていた。

 

 なんでやねん。

 

「え? ほら、死ぬ前『なんでもやれや!』って言うてたやん。いくら許しをもらってるとはいえ、いきなりすんのもなぁって思ってずっと待ってたんやけど、何も言うてくれへんし」

 

「いや、なんでもやれやとは確かに言うたかもせんけど、普通に嫌やで」

 

「は?」

 

「ブチギレやないか」

 

 綺麗な顔してるから怒ると雰囲気があって怖いからやめてほしい。その怒ってる内容はとてつもなくくだらないが。

 

「や、だって俺中身男のまんまやし」

 

「関係あらへんやろそんなもん。快感に性別は関係あらへん」

 

「気持ち的に無理やって言うてんねん」

 

「わかった。じゃあ言い換えるわ。ヤらせてくれ」

 

「なんか言うてること変わったか?」

 

 部屋に入って俺をベッドに座らせ自分は床に座るという紳士っぷりはどこへやら。リオスは俺の隣に座って、真剣な眼差しを俺に向けていた。俺の太ももに手が置かれているのは、そういうことだろうか。

 

「なぁエリス。ほんまに嫌やったら言うてや?」

 

「嫌って言うたの聞こえへんかったんか?」

 

「私も無理やりしたくないし……」

 

「ほなこの胸に伸びてきてる手ェ止めろ。触ったらマジでぶっ飛ばすぞ」

 

 なんでこいつ下手な男より性欲強くなってるの? 普通転生して性別変わっても、前世での性別を引きずってなんか変な感じになるのが普通だろ。俺みたいに。

 

「最後やエリス。ほんまに嫌やったらやめる。エリスが嫌がることはしたないねん」

 

「じゃあ嫌やからやめてくれ」

 

「どうもありがとう」

 

 その瞬間、俺の本気の魔法によってリオスは星になった。実際は俺の大得意な水の魔法を本気で撃って、リオスが窓から放り出されたというだけだが、二階から叩き落されて本気で目の前に星が見えたらしい。

 

     *

 

「なぁエリス。ヤらせてくれ」

 

「こりろやお前」

 

 三年前を思い出し、現実に戻ってきてみれば目の前に進歩のないリオス。なんで俺はこいつと一緒に旅を続けているんだろうか。いつ襲われてもおかしくないのに。

 

 ……とは言いつつ、実際こいつは本気で襲ってこない。ガチでやればリオスは死ぬほど強いし、勇者にも引けを取らないだろう。何度か勇者パーティと会ったことがあるが、その度に勧誘されていたことを思い出す。俺もついでに誘われたが、リオスが「私勇者ちゃうし」といつものほほんと断っている。

 

 そんな勇者にも勧誘されるようなやつが本気で俺を襲えば、一瞬だ。なのにそれをしないってことは、性欲の化身に見えて実はそこそこ良識がある。

 

「エリスってええ脚してるよな。挟んでくれへん?」

 

 やっぱりない。

 

 ふざけたことを抜かすリオスが座っている椅子を蹴飛ばしリオスを床に転がすと、水の魔法を顔面にぶっかけた。もちろん殺傷能力はない。

 

「ほんまに年中発情期やな。てか、ええ脚って見えてへんやろ」

 

「ほら、ローブからうっすら形が見えた時めちゃくちゃええ脚してんなーって思うねん。一時期ビキニアーマーだけ着てくれへんかなぁって思ってたけど、逆にエロくてよし」

 

「もっぺん酔い覚ましに水ぶつけたろか」

 

「ごめんごめん。セクハラがすぎた」

 

「ったく」

 

 水をかけたことで少し酔いが醒めたのか、椅子を立て直してそこに座り、どこからともなく取り出した酒瓶に口をつけてラッパ飲み。ほんとに前世女だったのかこいつ? 男らしすぎへん?

 

 そんな男らしいこいつは、人の装備にもケチをつけてくる。やれビキニアーマーだけにしろだとか、むしろ何も着るなだとか。俺が心から女だったら斬首刑に処されるレベルでひどいセクハラをリオスはかましてきている。他の女の人にはやっていないから俺に対してだけ冗談で言っているのだろうが、ムカつくことにはムカつくし気持ち悪いことには気持ち悪いので、白を基調とした所々に細かい青の刺繍が入っているローブを着ることにしている。これなら肌も出ない。

 

 リオスはスーツにエンジ色のカッターシャツと、ホストのような恰好に、ファンタジーな世界観に合わない日本刀を帯刀している。曰く「カッコいいから」というだけで、別に魔法的な意味があるとかそういうわけでもない。俺でさえ魔法防御と魔力制御向上が付与されているローブを身に纏っているっていうのに。

 

「そういやエリス、知ってる? 私ら結構有名になってんねんて」

 

「は? 俺らが?」

 

「そうよ。冒険者の間でね」

 

「やっほー、カスミちゃん」

 

「やっほー、リオスくん」

 

 奥から出てきたカスミにリオスが手を振ると、カスミもお上品に手を振ってリオスに挨拶。親しみがあって美人でいい性格。ほんとに結婚してほしい。

 

「なんでも、世界を旅する二人組の実力者。『迅雷の騎士』、『流水の巫女』って呼ばれてるそうよ」

 

「はずっ」

 

「よなぁ。私も聞いた時ぞわぞわってしたわ」

 

 勝手に二つ名つけられて喜ぶような精神性だったらどれだけよかったことか。前世での自分なら喜んでいたかもしれないが、いざ実際につけられると恥ずかしいっていう感想しか出てこない。

 

 その辺りリオスも同じだったようで、どことなく居心地が悪そうに目を泳がせている。

 

「魔王軍の幹部も残り五体だし。戦力を募って魔王領に攻め込むってことも考えられるから、そうなると二人とも王都に召集されるかもね」

 

「勘弁してくれや」

 

「私らは普通に旅して普通に生きて普通に死にたいからなぁ。魔王との戦いはごめんやわ」

 

 俺たち二人のスタンスは一貫しており、『自由』。これに尽きる。

 

 誰にも縛られることなく、自由に世界を旅して、自由に生き自由に死ぬ。魔王は勇者に任せればどうにかなるし、実際どうにかなってる。魔王軍の幹部とかいうわけのわからん十二体いた激つよ魔族も勇者パーティの手によって半分以下になってるし、このまま勇者が魔王を倒してくれるだろう。待っているだけで安全な生活が訪れるんだ。自分から命を捨てに行くバカはいない。

 

「えー。でも参加したらお金いっぱいもらえるわよ?」

 

「旅して依頼こなしてりゃ生きていける分はもらえるから、別にええかな」

 

「問題はほんまに召集があったとして、それ断ったら王命を断ったって言われて立場が悪くなる、とかやな」

 

「めんどくさ」

 

 これはほんとにめんどくさい。依頼の報酬の何割かは王都から支払われる。それが、さっき言ったように王命である召集を断れば、支払われない可能性だってある。クソみたいな話だが、強いやつをコマにしたいって考えるやつらのやりそうなことだ。

 

「じゃあもしほんまに召集されたら顔だけ出そか。めんどくさいけど」

 

「せやな。めんどくさいけど」

 

「ほんとにもう。仕方ないんだから」

 

 ぷんすかしたカスミは酒を持って荒くれものどもの方へ行ってしまった。

 

 カスミから見ると俺たちは人任せに見えるんだろう。勇者に任せりゃなんとかなるから、自分たちは安全なところでのほほんとしておこう、みたいな。実際そう思ってるから何を言われても仕方ない。

 

 だけど一回死んでるんだから、今世は好きに生きさせてほしい。また若いうちに死ぬのはごめんだ。俺かリオスが勇者じゃなくてほんとによかった。リオスが勇者だったらなんだかんだ俺もついていってただろうし。

 

「早く魔王倒してくれへんかなぁ」

 

「あのクソ勇者なら大丈夫やろ。強いし」

 

「なんかリオスって勇者に当たり強いよな?」

 

「そんなことないで?」

 

 否定する割に、俺から何かを隠すように目を逸らす。

 

 勇者との出会いは、俺とリオスが旅に出て数か月。同じく旅に出たばかりの勇者と、ある街でばったり出会った。その時勇者は一人で、仕方ないからとしばらく行動を共にし、一人目の仲間ができたところで別れたことを覚えている。

 

 思えば、なぜかその時からリオスは勇者に対して当たりが強かった。勇者に対してだけ口が悪くなる、といったそれだけのものだが、勇者が何か悪いことをしたわけでもないのに本当になぜかリオスは勇者を嫌っている。

 

「勇者がリオスと同じくらいカッコいいから嫉妬してんの?」

 

「エリス、勇者のことカッコいいと思うん?」

 

「ん? そりゃそうやろ。どう見てもカッコええやん」

 

 艶のある黒い髪に、空のような青い瞳。キリっとした顔は勇者が歩くだけで女の子がひっそりキャーキャー言うほど整っている。雰囲気がどことなく荒々しいから、それも手伝って女の子に大人気だ。

 

「嫉妬してるで」

 

「ん?」

 

 リオスが酒をカウンターに置いて、顔を寄せてきた。

 

「勇者がエリスにカッコいいって言われてムカついてる。私だけに言うて」

 

「ふーん。なんや可愛らしいとこあるんやなぁ」

 

「え? それはつまりヤってもええってこと?」

 

 俺は迷わず拳を振りぬき、リオスをぶっ飛ばした。カウンターに並べられた椅子をなぎ倒しながらぶっ飛んでいくリオスを見ながら酒を一口。

 

 ……正直セクハラ以外のアプローチが初めてでちょっと動揺したが、すぐセクハラしてくれてよかった。おかげで正気を取り戻せた。

 

 床に倒れながら「いけると思ったのに……」と呻いているリオスに中指を立てて、俺は小さく笑った。

 

 これは、魔王から世界を守る物語ではなく、俺が貞操を守り抜く物語。

 バカバカしいなんて言うことなかれ。俺にとってこれは、非常に重要なことなのだから。


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