【連載】ほな男になれや!   作:酉柄レイム

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戦う王子

 朝、キュグニーの街中。世界を旅して依頼を何度もこなし、懐にそこそこ余裕のある俺たちは今日は依頼を受けずにゆっくりしようと、ぶらぶらと街を歩いていた。時折俺の手に触れて「あ、ごめん!」と『初心な友だち以上恋人未満の男女ごっこ』をしているリオスを無視して、活気のある街並みをぼんやり眺める。

 

 ここキュグニーは王都から近い位置にあり、滞在しているここ数週間で王都の軍のやつらが街を歩いているのを何度か見かけた。動きづらそうな鎧を装着して、胸に翼を広げた鳥の紋章があるそいつらは、俺たちを見るたびに挨拶してくる。

 

 なぜか、なんて理由は一つしか思い当たらないのだが。

 

 俺を路地裏へと連れ込もうとしているリオスを張り倒し、前から歩いてくる理由に軽く手を振った。前から歩いてきたのは赤い短髪をツンツン立たせ、柔らかい金の瞳に、赤い鎧と高そうな革の籠手をつけたイケメン。

 

「おう、リオス、エリス! 久しぶり!」

 

 『戦う王子』、アリエス・クロード。

 

「久しぶりアリエス。お前こんなとこで何してんねん」

 

「ついにリオスを捕えに来てくれたん? 恩に着るわ」

 

「ちげぇよ。エリスが本気で望むんならひっとらえていいくらいひでぇセクハラしてるけどよ」

 

 アリエスの正論に、リオスが「え?」と本気で困惑した様子で俺を見た。え? じゃねぇよクソセクハラ野郎。俺が訴えりゃ一発だってこと見せてやろうか? 今ここで。

 

 相変わらずっぽいな、とリオスを見ながら笑っている『戦う王子』ことアリエス・クロードは、世界を旅して困っている人を自ら力を振るって助けるという人格者。こいつと俺たちは偶然何度か出会ううちに、アリエスが俺たちを『友だち』と触れ回ってしまうほど親しくなり、それが理由で軍も俺たちに挨拶してしまう事態に陥ってしまった。

 

 跡を継いで国王になっても旅をしそうだというところで国王が頭を悩ませているらしく、最近一刻も早く結婚して子どもを産ませる動きに出たらしい。それを聞いたのはアリエス本人からで、数か月前偶然会ったときに「行くとこ行くとこで見合いさせられてる」と愚痴っていた。

 

 今回もそうだろうと思い、「また見合いか?」と聞いてみると、アリエスはバツの悪そうな顔をして視線を泳がせた後、爽やかに笑った。

 

「逃げてきた!」

 

「は?」

 

「だからさ、あまりにも見合いさせられるから逃げてきたんだよ。ほら、いつも俺についてくれてる二人がいねぇだろ?」

 

「そういえば……」

 

 アリエスには付き人としてツバキ・ロメリアという超絶美人さんと、ダリア・エニーキスという渋くてカッコいいおじさんがついている。しかし今はアリエスが言ったようにその姿はなく、どうやら撒いてきたらしい。あの二人、めちゃくちゃ強いのによく撒けたなぁ。

 

「でもここ軍がちょこちょこおるから、すぐバレてまうで?」

 

「せやろな。どうせアリエスが逃げたこともう軍に伝わってるやろし」

 

 俺がリオスに同意すると、アリエスは自信満々に胸を張って「聞け、俺のすばらしい作戦を!」と街に響く大声ですばらしいとのたまう作戦を発表してくれた。

 

「まさかこんな軍がいるような場所に王子が逃げるはずないっつー思考をついたんだ! 俺が見つかっても『いやまさかな』って思って見逃すはずだ! どうよこの作戦! 完璧だろ!」

 

「いたぞ、王子だ!」

 

「なぜバレた!?」

 

「大声出すからやろアホ」

 

 アリエスの後ろ、つまり俺たちの視線の先から軍が五人、アリエスをひっ捕らえようとがしゃがしゃ鎧から音を立てながら走ってくる。それに驚いているアリエスのアホさ加減に呆れていると、アリエスが俺の手を掴んで走り出した。

 

「は、ちょっ、離せやアホ!」

 

「クソっ、なんでバレたんだ!? 俺の作戦は完璧だったはずなのに!」

 

「そら大声出してそっち見てアリエスがおったら『あ、アリエスや!』ってなるやろ!」

 

「なぁエリスはどう思う? なんでバレたんだ!?」

 

「大声出したからや、ってかそもそも作戦穴だらけやねん! そら軍がおる街の真ん中で堂々とおったらバレるやろ!」

 

「不思議だ、なんでバレたんだろう……」

 

「俺の手ぇ掴んで話しかけてきてんやったらせめてちゃんと会話しろや! 今どういう状態やねんコレ!」

 

「なぁなぁアリエス。おもろそうやから私ちょっと軍蹴散らしてきていい?」

 

「ええ訳あるかアホリオス! てか何で疑問も何もなく並走しとんねん!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら軍との距離をぐんぐん離していく。そんな走るのに邪魔なくらいだったら鎧やめときゃいいのにと思いながらも、じゃあ鎧つけてるのに速く走れるこいつはなんなんだとアリエスを見ていると、後ろに軍が見えなくなったところで俺たちはギルドへと突入した。

 

「あら、リオスくんにエリスちゃん。それに王子まで。どうしたの?」

 

「カスミさんだっけ? ちょっと匿ってくれ! 軍に追われてる!」

 

「いいわよー。リオスくんかエリスちゃんの部屋に入ってて」

 

「なんでええねん! ちょっとは理由聞けや!」

 

「人が困ってるんだもの。手を差し伸べない理由なんてないわ」

 

「ほんまええ女やな! 結婚してくれ!」

 

「機会があったらね?」

 

 優しく微笑むカスミを後にして二階に上がり、俺たちは俺がとっている部屋に入った。男二人が「いやぁ何とか撒けたな」「まだ安心すなよ。きっとギルドにくるはずやから」と喋りながらベッドに腰掛ける。

 

 俺は椅子を引っ張り出して座り、呼吸を整えた。そして未だ繋がれている手を見る。

 

「アリエス。俺の手ぇ掴んだ理由はなんや?」

 

「……あ、わりぃ! 女の子の手、断りもなく握っちまって!」

 

「いや、そういうことやなくて」

 

「そうやぞ。その程度の謝罪で足りるわけないやろ」

 

「リオスは今まで俺にしてきた所業を振り返ってみろ」

 

 俺の言葉を聞いてなぜか股間に手を伸ばしたリオスの脛を蹴り上げて、悶絶するリオスを視界から外しアリエスを真っすぐ見る。俺の手を離したアリエスは顔を赤くして、「ほんとごめんな」と照れながら笑っているが、どういうつもりなんだろうか。アホだアホだとは思っていたが、こんな会話が通じないくらいアホだったとは。これならまだ会話が通じるリオスの方がマシだ。

 

「今日のオカズはこの痛みにするか……」

 

 やっぱりマシじゃない。

 

 アリエスは俺に見続けられ、本気で俺が聞いていると理解したからか、自分の両手で頬を打って気を引き締め直した。俺と握っていた方の手を見て「なんか甘い匂いするな……」と言っているのには目を瞑って、真面目な顔をしているアリエスの話に耳を傾ける。

 

「それがさ。さっき完璧だと思った作戦が一瞬で破られただろ? で、実は俺こう見えて頭がよくないんだよ」

 

「そうやろな」

 

「意外かもしんねぇけど、このままどうやって軍から逃げたらいいのかもわからねぇ」

 

「いやまったく」

 

「俺のことを天才だと思ってたお前らには悪いけど、バカな俺に協力してくれねぇか?」

 

「ちょっとリオス」

 

 真っすぐな目で俺を見てくるアホを一旦放置してリオスを呼ぶ。リオスはベッドから立ち上がって俺に近寄ると、鼻息を荒くしながら顔を近づけてきた。

 

「キス?」

 

「死ね。なぁ、アリエスってあそこまでアホやったか?」

 

「んー、アホはアホやったけど、ちょっと違和感あるな」

 

 クソリオスでもおかしいと思うなら、やはり今のアリエスはおかしい。少なくとも会話はできるやつだったし、ちょっと頭の足りない好青年だったはずだ。それがなんでこんな会話できないドアホになってしまったんだ。

 

 そこで、俺はそういえばと思い出す。さっきいきなりのことで気が動転してわからなかったが、なんとなくアリエスの手が熱かったような……。

 

「ちょっとごめんな、アリエス」

 

「え、なんだ?」

 

 アリエスに断りを入れて、その額に手を当てる。「冷たくて気持ちいいなー」と呑気に言うアリエスの額は、燃えるように熱かった。

 

「熱すぎるやろ!」

 

「え? 私とエリスの仲が?」

 

「黙れハゲ! おいアリエス、お前すごい熱やぞ!」

 

 火傷しそうになるほど熱く、さっきアリエスの額に触った手を見ると少し赤くなっていた。常人の出す熱じゃない。というか常人がこんな熱出したら一瞬でお陀仏だ。アリエスは炎の魔法使うから、それが原因? いや聞いたことがないぞそんなこと。それがあり得るならそれ専用の治療法が出回ってるはずで、それを聞いたことがないってことは炎の魔法が原因ってのはほとんどあり得ない。

 

「うあー。マジか、熱か。最近やけに暑くなること多いなーって思ってたんだよなぁ」

 

「最近っていつから?」

 

「ちょうど見合い始めた頃?」

 

「ハハハ! まさか女の子と会いすぎて恥ずかしくて熱こもってたんちゃう? エリス、ここは私に任せぇ。アリエスをしっかり発散させてきたるから」

 

「んなアホな話あるか」

 

「んなアホな話があるんだよなぁ」

 

 俺とリオス、そしてアリエスのものでもない声が聞こえた。反射的にそちらを見ると、ドアの前に一人の男が立っていた。

 

 茶色の髪をオールバックにして、藍色のジャケットとパンツ、内側に黒いタンクトップを着ている、髭が似合う渋い男。

 

「ダリア」

 

「よ、エリスちゃん。お邪魔してるぜ」

 

 ドアに背中を預け、ひらひらと手を振ってくるのはいつもアリエスの付き人をしているダリア・エニーキス。いつの間に部屋に入ってきたんだという疑問はあるが、その前にめちゃくちゃ気になるセリフを吐いていた。

 

「え、アリエスのやつほんまにそうなん?」

 

 リオスも聞いていたようで、珍しく目を丸くして驚いている。リオスもまさか本当にアリエスが女の子と会いすぎて熱を出したんだとは思わなかったんだろう。非常識な行動ばかりとるが、変なところで常識があるやつだ。

 

 リオスが聞くと、ダリアは頷きで返した。

 

「そこで寝ちまった王子がアホってことは知ってるだろ? しかも純粋、女を知らねぇ。『そういう目』で見られるってことに慣れてない。いや、見てくるやつはいたが王子自身が自覚できてなかったって方が正しいか」

 

 話ながら、ダリアはタバコを取り出して大事そうに火をつけた。ゆっくり紫煙を吐きだして「吸ってもいいか?」と聞いてくるダリアに「吸う前に聞けや」と返すと、ダリアは渋く笑った。

 

「で、見合いを繰り返していくうちにこうなっちまった。んで逃げちまったってわけさ。我が王子ながら情けない話だ。さてここからちとお願いがあるんだが……」

 

 ダリアは俺を見てリオスを見て、また俺を見た。

 

「エリスちゃん。そいつに女を慣れさせてやってくんねぇか?」

 

「……え、連れ戻すとかは?」

 

「どうせ連れ戻しても同じことの繰り返しだ。なら今ここで慣れさせた方がいいだろ。ツバキには俺から言っとくよ」

 

 肩を竦めるダリアに呆然として、熱に耐えきれず寝てしまったアリエスを見る。こいつに、俺が、女慣れさせる?

 

「……それってつまり、エリスとアリエスがえっちなことするってことやな!!!??」

 

 バカなことをほざくリオスを、俺は容赦なく殴り飛ばした。

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