「なるほど。エリスさんが王子を……」
ツバキには俺から言っておくよ、と言っていたダリアは、「あ、エリスちゃんもきてくれ。本人の了承も得てるって言いやすいから」とツバキのもとへ引っ張ってこられた。その間リオスはぶっ倒れているアリエスの看病にあたっている。……あいつ、酒飲ませたりしないよな?
そんなこんなで、俺とダリアはツバキに会いに王都へとやってきていた。世界を旅するアリエス一行、ついでに勇者パーティは王都に拠点を置いており、定期的に王都へ帰還する。帰還方法は転移魔法で、この世界にそれを使えるやつはほとんどいない。俺が知っている限り、ダリアと勇者くらいだ。
その王都のギルドで俺たちはツバキに会い、『アリエスに女慣れさせよう計画』を説明した。
ツバキは黒い髪を短く切り揃え、軽装の青い鎧に青いマントを羽織っている、どこかのバカと同じく日本刀を帯刀している美人さんだ。キリっとした目はその筋の人からしたらたまらないだろう。俺はそんな趣味はないからカッコいい目だな、程度にしか思わないが。
俺、というよりダリアから説明を受けたツバキは、顎に指を添えてじっと考え込む。そりゃ王子が貴族でもなんでもない世界を旅する冒険者に女慣れさせられるってんだから、側近としては考えることもあるわな。俺だってあんまり納得してないし、そもそも俺自身が女っぽくない。ダリアは「だからいいんだ」って言ってたが、むしろ女慣れさせるなら女っぽい子の方がいいんじゃないだろうか。
「……まぁ、王子が平気なのは王妃様、私、エリスさんくらいのものだろうが、流石に王子の問題をエリスさんに協力してもらうのは申し訳ない」
「聞いたかダリア。ってわけで俺帰ってもええよな? 第一俺何回も言うけど女の子らしくないし、もっと相応しい人おるやろ」
「いや、エリスさんは十分女の子だ。美しくも可愛らしい容姿に優しい性格。言葉遣いは少々荒いが、私が男なら放っておかなかっただろう」
「……」
「エリスちゃんって男から褒められても何の反応もしねぇのに、女の子から褒められると恥ずかしがるよな」
「やかましいわ」
前世が男だったから仕方ないだろ。今の自分が客観的に見て整っている容姿だってことはわかっているが、自分で思うのと他人に言ってもらうのとでは別で、更に下心丸出しの男からと純粋に褒めてくれている女の子から言われるのとではまったく別だ。身近にいた男がリオスだったから男には何も期待してないってのもあるが、女の子からの褒め言葉にはどうも慣れない。
熱くなった顔をぱたぱたと手で扇いで冷まし、気分を落ち着かせる。それから少し考えて、確かにリオスが平気な女の子で、女慣れさせるのに向いてるのは俺くらいか、とも思ってしまった。
王妃はめちゃくちゃ綺麗だが実の母親だから当然なしで、ツバキはへたな男よりカッコいい。少々お胸も……いや、女の子らしさが胸の大きさで決まるって言うわけじゃないが、アリエスくらいアホな男なら、その辺りも重要になってくる気がする。それに、ツバキは側近をずっとやってきたから距離が近すぎる。
ってなると、俺しかいない気がしてきた。まさか王子に娼婦をあてがうわけにもいかないし、俺が手頃なところだろう。いやらしいことをするわけじゃないが、アリエスは友だちだから協力してやってもいいが……。
「それに、エリスさんも乗り気じゃないだろう? 君も女の子だ。想い人でもない相手の女慣れを手伝うなど躊躇して当たり前だ」
「ん、いや、別にやんのは構わんのやけど、やり方がなぁ」
「お? いつの間にか乗り気になってるな」
今まで渋っていた俺が急に乗り気になったのが不思議だったのか、ダリアがなぜかにやにや笑いながら俺を見てくる。だって仕方ないだろ。一国の王子が見合いもできないクソザコだってなるのはみっともない。別にアリエスのことが嫌いなわけでもないし、やることもないから仕方なくだ。仕方なく。
ツバキに褒められたからとかじゃ決してない。
「そうか? 協力してくれるならぜひお願いしたいが……エリスさん。失礼だが服はそのローブしかないのか?」
「おう。魔法で一瞬で綺麗にできるし、おしゃれ楽しむ趣味もあらへんし」
「そりゃもったいねぇ。せっかくこんな綺麗なのによ」
「どうも」
「やっぱ反応違いすぎるって」
ダリアがめちゃくちゃ綺麗な女の子だったら俺も照れていただろうが、ダリアは渋くてカッコいいおっさんだ。普通の女の子なら照れていただろうが、生憎俺は中身が男のややこしい女。いくらカッコよくても照れるなんてことは絶対ない。
「うん、それなら女の子らしい服装で王子と接してみてくれ。あまりにも過激なものはダメだろうが、そうだな、ワンピースくらいなら王子も普段のエリスさんとの違いにどぎまぎしながらも普通に接することができるだろう」
「わ、ワンピースか……パンツスタイルのがええんやけどなぁ」
「そんなんじゃ意味ねぇだろ。パンツスタイルでも可愛いのには変わりねぇが、それじゃいつものエリスちゃんとあんまり変わんねぇ。もっとも、下着の方のパンツスタイルなら王子もイチコロだろうが、あ、すみません」
「女性への下劣な発言は控えろ、ダリア」
流れるようにセクハラをしたダリアにツバキが刀を突きつける。俺が何か言う前に刀を抜いて注意するなんて、さては慣れてるな?
ツバキは「まったく」と言って刀を鞘に納めて、俺の手を取った。女の子特有の柔らかさとは違い、細く白い女性らしさを残しながらも、硬い武人のような手にドキッとしていると、ツバキがずんずんとギルドの外へ向かって歩き始め、つられるように俺の足も動いていく。
「行くぞダリア。まずはエリスさんの服を買いに行く。男視点の意見も聞かせてほしい」
「得な役割だなぁ。了解。悪いなエリスちゃん。初めての可愛らしいカッコはリオスに見せたかっただろうに」
「なんでそこでリオスが出てくんねん! 死ねハゲ!」
「俺そんなに怒らせるようなこと言ったか?」
髪の毛を気にしているダリアに中指を立て、俺たちは服を買いにギルドを出た。
*
「よっ、エリス!」
「なんでリオスがここにおんねん」
服屋へ到着すると、なぜかそこにはリオスがいた。無駄にいい笑顔で手を振っており、道行く女性たちが輝くリオスをちらちら見ているのがわかる。こいつ顔はいいもんな。顔は。スタイルも。性格はクソ。
「百歩譲って王都におるのはええねん。リオスならすぐにこれるやろうし、俺らも王都行くって言うてたし、でも俺らの行く場所に先回りしてんのはなんでやねん」
「エリスが可愛いカッコするんちゃうか? って思って」
「キショくて怖い話すんなや」
キショすぎて思わず後ずさりする。常日頃からセクハラしすぎてついにエスパーへ進化するなんてとんでもないやつだ。もうこの世界にこいつに勝る変態はいないだろう。俺はもしかしたら明日には貞操が散っているかもしれない。
「でもエリスも時々あるやろ? 『あ、今リオスこんなことしてるなー』ってなんとなくわかるの」
「ないわ」
「やっぱそうやろ? 照れるわぁ」
「おいダリア。今すぐこいつ遠くに捨ててきてくれへん?」
「どうせすぐここにくるだろ。無駄なことはしたくねぇんだ」
そう、こいつは『迅雷の騎士』なんて恥ずかしい二つ名で呼ばれている通り、とんでもなく速い。疑似的な雷速での移動が可能であり、街から街へ移動するのなんて一瞬だ。初めてそれをやった時は「これですぐにエリスのとこへ駆けつけられるな」とキメ顔で言っていたので、迷わず首を締めあげた。今思うとそんなにセクハラでもなかったんだが。
「まぁいいじゃないかエリスさん。リオスはエリスさんのことを一番理解している。エリスさんに似合う服もこの場にいる誰より理解しているだろう」
「そうやでエリス! 常日頃からこんなん着て欲しいなーっての思ってるんやから! 例えばこれとか!」
そういって取り出したのは、葉っぱが三枚。
「これを乳首と股間に貼りつけんねん。新しいやろ?」
「服のはじまりやないか! もっとも原始的やろ!」
「そもそもなぜこの店にそのようなものが売られているんだ……?」
ツバキの疑問はもっともで、リオスが持っている葉っぱにはちゃんと値札がついている。大丈夫なのだろうかこの店。もしかしてリオスが経営してる店とかじゃないよな?
「まぁこれは1割冗談」
「ほぼ本気やないか」
「ちゃんとわかってるで。普通の女の子っぽいカッコしてアリエスに女を意識してもらおってことやろ?」
「お、流石リオスだな。バカのクセに察しがいいじゃねぇか」
「こら、協力してくれているんだ。バカというのはやめろ」
「じゃーん! これ!」
「すまんダリア。こいつはバカだ」
せっかくフォローしたツバキの気持ちを踏みにじったのは、リオスが取り出したハート型のシール三枚。色はドピンク。あれつけて出て行ったらむしろ引くだろ。
「エリスみたいにガード固い女の子がこれつけて男の前出て行ったらそんなもんセックスやろ! 女らしさの頂点!」
「ふむ、確かに。だが最初にそれは刺激的すぎる。それは慣れてきてからにするとして、初めのうちはやはりワンピースなどの方がいいと思うのだが」
「慣れてきてからも着いひんわ! 何納得しとんねんツバキ!」
「すまんエリスちゃん。ツバキはこういうのに疎いんだ」
いや、疎くてもハート型のシールをよしとはしないだろ。しかも俺が自分用に使うんじゃなくて、アリエスの前であれ着る……いや、貼るんだぞ? 側近としてダメだろ。
リオスはツバキの「初めのうちはワンピ―ス」と聞いて、「それなら……」と店の奥に引っ込んで、やがて一着のワンピースを手に店から出てきた。お前ここの店員なの?
「ほなこんなんとかええんちゃう?」
「おお、いいじゃないか」
リオスが持ってきたのは、腰のあたりにリボンのついた淡い水色のワンピース。半袖ってところが少し気になるが、さっきのを見せられてからだからか随分マシに見える。……これ、もしかして二億貸してって言った後に無理って言われて、じゃあ二万貸してって言うみたいなやり口?
「その調子でどんどん見繕ってくれ。もちろんハート型のあれも買って構わない。お金は私とダリアが出そう」
「なんでそんなハート型のアレに執着してんねん」
その後、リオスが中心となって俺の服を次々に購入していった。もちろんハート型のアレの購入は阻止した。