バカなことをしていたら辺りはすっかり暗くなっており、綺麗な満月が俺たちを見下ろして「今日も一日頑張ったね」と労ってくれている。
そんな月を、俺は居酒屋の二階の窓から見上げていた。月は好きだ。大人しいから。
「エリスって月が似合うよなー」
「キザやな」
リオスを放置してギルドを出た俺とアリエスは、飯を食うにはちょうどいい時間だと居酒屋へ訪れていた。基本的に冒険者はギルドで飯を食うが、別にギルドで食わなくちゃいけないなんていう決まりはない。むしろ、荒くれものどもがあまりいないギルド外で食う方が俺は好きだ。
「にしても久しぶりだなー。ダリアやツバキがいない時に飯食うの」
「そういやアリエスは王子やもんな。そら一人にできひんか」
こいつがアホすぎて時々忘れそうになるが、こいつはれっきとした王子。本来なら護衛がついて然るべきなのだが、今は目的が目的。一応女慣れさせようっていう目的で俺と一緒にいるんだから、そこに他のやつが乱入してきたらちょっとおかしなことになる。さっきリオスが乱入してきたときみたいに。
まぁ、あれはあれで助かったんだが。
「? どうしたんだ? ちょっと顔赤くなってるけど、もう酔っちまった?」
「いや、気にすんな」
記憶から消し去るようにジョッキの中の酒を一気に飲んで空にして、店員さんにもう一杯追加で頼む。そしてテーブルの上に並べられた酒の肴をフォークでぶっ刺して口に運ぶと、アリエスが唐突に笑いだした。
「なんやねん」
「いや、こっちのがエリスらしいなって。へたな男より男らしい」
「ありがとう。お前ええやつやな」
俺に対して男らしいという言葉は最高の褒め言葉だ。俺が男であることの何よりの証明であり、リオスのように今世の性別に引っ張られていないことを意味する。俺は意思が強い。えらいしかしこい。
「うん、そうしてる方が好きだな!」
「アリエスって平気でそういうこと言うよなぁ。あんま女に対して軽率に好きとか言うなよ?」
こいつの場合男女のアレ的な意味じゃなくてただ純粋な好意100%なのだろうが、女の子がアリエスみたいな王子でイケメンで強くて優しい男に『好き』なんて言われたら、勘違いするに決まってる。王子が女の子をたくさんひっかけるなんて、跡継ぎを生むって意味でならいいかもしれないが、尊厳もクソもなくなってしまう。
「わかってるって。俺もそこまでアホじゃねぇし」
「そういや人の気持ちを弄ぶようなアホはやらかさへんしな」
店員さんが持ってきてくれた酒を飲み、思い返す。
確かにこいつはアホはアホだが、『俺がいないとダメだ』と思わされるようなアホしかやらかさず、人に迷惑をかけるようなアホはほとんどやらかさない。『人に支えられて生きること』に向いてるんだ。
それは、上に立つのではなく隣に立つ王になれるっていうこと。威厳とか堅苦しいものは似合わないが、ついて行きたくなる、そんな魅力がアリエスにはある。
「そういやカイズのやつ元気かなぁ。そろそろ王都に戻ってきてもいいんじゃねーの?」
「勇者様は忙しいんだよ。俺たちの平和を守るのにな」
カイズ・イベリス。それが我らが勇者さまの名前だ。今どこで何をしているのかはわからないが、どうせどっかの誰かを助けているに決まってる。ただカスミも言っていたが、王都に召集されてもおかしくない時期だ。もしかしたら、近いうちに会えるかもしれない。
カイズはセクハラしてくるリオスと違って紳士なやつで、しかもアホじゃない。落ち着いて話せる貴重なやつだ。カイズと一緒にいるとあいつのファンからの目が怖いってところだけが残念なところ。
「てか王都に戻ってくる予定があるんやったら、アリエスには知らされるんちゃう?」
「あー、俺そういう大事な話とか聞かされないんだよな。うっかり漏らしちゃだめだからって」
「大丈夫なんか未来の王様」
うっかり漏らしちゃだめだからって、こんな信用ならないやつがトップに立ってもいいのか? だめだ。こいつが王になったとしても、難しいことは全部他のやつらにやらせて、自分は戦うだけの置物になってそうだ。
ただ、「なんとかなるって!」と笑顔で酒を飲むこいつを見ると「なんとかなるか」と思わされる。まぁ、こいつの周りにいるのは優秀なやつらばかりだ。こいつ一人がポンコツだったところで、国はうまく回るだろう。
そうして二人で飲んでいると、俺の隣に誰かが座った。不躾なやつだなとそいつを見ると、そいつは俺とアリエスが見知った顔で、ついさっき名前を出したやつだった。
「カイズ! 久しぶりだなぁ!」
「久しぶり、アリエス。エリスも、元気にしていたか?」
「おー。噂をすればってやつやな。お仲間はどうしたん?」
「リオスにとられた」
あー、と顔を引きつらせて「ごめんな?」と謝っておく。
カイズの仲間は、全員女の子。というのも、この世界では女の方が高い魔力を持って生まれてくる。必然、強さで上に立つのは女になり、『勇者』だとか『王族』だとか、何か特別な血筋を持っていなければ女より高い魔力を持って生まれることはめったにない。リオスっていう例外もいるが。
そんなこんなで、魔力の高い女の子で固められたカイズのパーティ。当然女の子たちは頼れるリーダーである勇者カイズに惚れている、かもしれない。何度か会ったことがあり、俺とカイズが話しているだけで睨んでくるようなやつらだ。
しかし、パーティの女の子たちはリオスと頗る仲がいい。なぜかはわからないが、こうしてカイズが俺たちのところへくると最初は決まってリオスのところへ飛んでいく。……やっぱりリオスは元女だから、気の合うところがあるのだろうか。
「もしかしてリーダーとしてリオスの方が優秀なんだろうか……」
「ないない。あれがリーダーってどんなお笑いやねん」
「でもリオスってエリスの前以外じゃ案外真面目だぜ? 俺は向いてると思うけどなぁ」
「アホ。ここは向いてないって言うてカイズを慰めるとこやろ」
「はは、いい、エリス。アリエスの飾らない優しさも、エリスの気遣いも、俺はどっちも好きだ」
本当にリオスはなんでこの二人を見習わないんだろうか。もし小さい頃からリオスがこんな風だったなら、今頃俺も股の一つや二つ開く女になってたかもしれないのに。イケメンがすぎる。この二人がいるなら、俺は男に生まれなくてよかったかもしれない。
もし俺が男に生まれてきてこの二人の隣に並んでいたら、俺なんてゴミにしか見えなかっただろうから。
カイズの前に頬を赤くした店員さんから酒が置かれ、それを持ったカイズがそっと掲げる。乾杯ってことだろう。
「何に?」
「再会に、でいいだろう」
「んじゃ、俺たちの再会に」
乾杯! とアリエスの声に合わせてジョッキを合わせる。そのまま三人同時に酒を口につけて一気に喉へ流し込んだ。
ジョッキを下ろすと、カイズが勢いよく酒を飲んでいるのが見えた。何かを忘れるように飲むその姿に親近感を覚え、疲れてるんだろうな、と思わずカイズの肩にぽん、と手を置いた。
「……? あぁエリス、今日の君は可愛らしい格好をしているな。それに、綺麗でもある。水の魔法を使う君らしい色だ。俺は初めて君に会ったときから美しい女性だと思っていたが、服装一つ変えるだけでこうも印象が変わるとはな。街を歩いていて不埒な男に声をかけられなかったか? 俺は君の友人だ、心配くらいはする。もしよかったら、そんな心配がないように君の隣を俺が歩くことを、許してくれないだろうか」
「この格好を褒めてくれっていう意味で手ぇ置いたわけちゃうし、にしては褒めすぎやクソ勇者」
肩に置いていた手で軽く肩を叩き、「まったく」とぶつくさ呟いて口に肴を運ぶ。まったく、こいつはお世辞でこういうことを言えないタチだから、全部本心ってのがタチが悪い。そらモテるわ。忌々しい。
「俺がこんな格好してる理由聞かへんの?」
「? 別におかしいことはないだろう? 君は女性だ。可愛らしく、綺麗に着飾っていて何を疑問に思うことがある」
「見ろアリエス。これが女慣れした男の姿や」
「勉強になるなぁ……」
スマートすぎて惚れる。この後カイズと一緒に寝てもいい。いざ本番ってなったときにやっぱり耐えられなくて大規模な水の魔法で流し飛ばすに決まっているが。
でも今は流れで言ったが、本当に女慣れっていう意味ならカイズの言動、行動を見ていれば勉強になると思う。女に対する気遣いもそうだが、こいつはモテるがゆえに好意のかわしかたもうまい。アリエスは死ぬほどいいやつだから好意をかわすなんてことはできないから、あんな熱を出すくらい悩んでいたんだろう。
「アリエス、もしかして俺と一緒におるよりカイズを見て学んだ方がええんちゃう?」
「んー……いや、エリスと一緒の方がいいかな」
「待て、何の話だ?」
アリエスに提案するとはねのけられ、話の内容がわからないカイズが俺に何の話をしているのか聞いてくる。そういやこいつ結構な寂しがりやだったな……。
「アリエスが見合い始めたってのは知ってる?」
「あぁ。アリエスと偶然会ったときに聞いた」
「そしたらこいつさ、女慣れしてへんからそのせいで熱出してもうて。せやから、俺がアリエスに女慣れさせることなってん」
「……もしかしてそれでその服を?」
頷くと、カイズは神妙な面持ちで何やら考え始めた。一体何考えてるんだ? もしかして俺に女らしさがないから意味ないだろ、みたいなことか? これでも見た目は立派な女だから、意味がないってことはないと思うが。
しばらく考えた後、カイズは口を開く。一瞬アリエスの方を見た気がしたがすぐに俺を見て、
「すぐ王都に向かう予定だったが、エリスがいるならしばらくここに滞在することにしよう」
「お、そか。楽しくてええやん」
この時の俺は、友人であるカイズの滞在を心から喜んだ。
このことが俺の貞操を守る物語が加速することになるなんて、思いもしなかったから。