正直言って、リオス、アリエス、カイズの三人の戦闘力は世界でもトップクラスだ。
まずリオス。『雷』の属性魔法を操る、全距離対応のオールラウンダー。範囲攻撃もできれば近接もできる。更に魔力が多くてほぼ雷速での移動が可能。魔力切れを狙おうにも、リオスが速すぎて逃げられないし攻撃力が高すぎて耐えられない。
アリエス。基本は炎を纏ってぶん殴るという魔導師にあるまじき戦闘スタイルだが、出力がけた違い。一撃一撃が噴火と見間違えるほどの強大さで、初めて魔法を使った時災害と間違えられたらしい。拳に纏って戦うのも、そのまま放出するとほんとに災害になりかねないからと言っていた。
カイズ。勇者という肩書に相応しい強さを誇っている。戦闘スタイルはいたってシンプルで、『近づいて斬る』。魔力で自分を強化し、魔力を剣に纏って振り回すだけ、と言えば弱そうに聞こえるが、カイズの剣は魔法を切る。驚くことなかれ、カイズは魔法を見ただけでその弱点を理解することができ、更に自身の魔力も高純度なため、剣一本で災害を潜り抜けることができる。
「さぁ覚悟はええかエリスに群がるアホども! 私がバシッと勝利収めて、エリスと熱い夜過ごしたるわ!」
「エリスは今日俺とデートすんだよ!」
「……」
街の広場に結界を張り、その中央で三人が向かい合い、結界の外をやじ馬が囲んでいる。そのうちの結構な視線が俺に向けられており、「確かに取り合うくらい可愛いな」「バカ、知らねぇのかお前? ちょっと押せばヤらせてくれそうで有名だぜ?」「何っ、ちょっと押してくる」「やめとけ。あそこにいる三災害を相手にしたくねぇだろ」と好き勝手口走っている。なんだちょっと押せばってヤらせるかカス。
ていうか、アリエスとカイズはこんなことしていいのだろうか。仮にも一国の王子と勇者なのに、一人の女を取り合って決闘って印象悪いどころの騒ぎじゃないだろ。それに立場が立場だから、どっちかが勝ったら噂が独り歩きして俺と本当に付き合ってるみたいなことになりかねない。
「……なぁ二人とも。やっぱりやめにしないか? 女性を景品扱いにするのはよくないだろう。話し合いで解決しないか」
「はぁん? 今更何言うとんねんカイズ。こんな大事になって今更やめますって誰が納得すんねん!」
「ん-、でもそうか。それもそうかもしんねーなぁ」
流石カイズ! ちょっと難しい顔してるなって思ったらやっぱり今の状況をよく思ってなかったのか! 野次馬から「ヘタレ勇者!」「不能!」って好き勝手言われてんのは気にすんな!
カイズがあぁ言ってくれれば、この決闘はなしにできる。アリエスもアホだが常識人だし、カイズの味方をしてくれるはずだ。リオスも二人が乗り気じゃなかったら勝負仕掛けないだろう。これでこの居心地の悪い場所からおさらばできるぜ!
「なるほどなぁ。エリスのために命懸けれんのは私だけってことかぁ」
「「上等」」
高揚感に包まれていた俺の心は一気に絶望へと叩き落とされた。なんで今の挑発に乗っちゃうんだ……? いや、大事に想ってくれんのは嬉しいけど、この場面でその挑発に乗ったら俺のこと好きみたいになるからやめろよ。バカじゃねぇの?
「ほな、このコインが地面についたら開始な」
「いつでもこい」
「おう!」
もう話し合いの余地はなく、決闘が開始されるらしい。リオスがコインを真上へと弾き、
そのまま跳躍して、コインを叩き落すとともに雷光が迸った。
「ハッハッハ!! 『コインが地面についたら』って言うただけやからなぁ!! ちゃんとルールは守ってるで!!」
雷を纏いながら宙に浮かび、高笑いするリオス。もう魔王側だろあいつ。やることが汚すぎるし醜悪すぎる。しかも相手が勇者と王子だから最悪だ。盛り上がってるのはリオスに賭けてるやつらだけで、他からは大ブーイングをくらっている。
ただ、今のでやられるようなら勇者なんて名乗れないし、王子も務まらない。
雷によって生まれた土埃の中から、斬撃と炎がリオスに向かって放たれる。高笑いしつつも仕留められていないとわかっていたのか、余裕の表情でリオスがそれを避けて着地すると同時、土埃が晴れた。
「予想はしていた」
「リオスが正々堂々やってくるわけねーしな!」
そこにいたのは、真っ白な魔力を纏ったカイズと、真っ赤な炎を纏ったアリエス。二人の姿が見えた瞬間、黄色い声援が上がった。
今この状況だけ見れば二対一に見える。というかついでにリオスを討伐してくれないだろうか。あいつ邪悪だし、一回痛い目見なきゃわかんないだろうし。いや、何回か痛い目見せてるけど、それであれだからもっと痛い目見せないといけない。
「いくぞ」
なんて考えている間に、カイズの姿が掻き消えたかと思えば、リオスの背後にいた。そのまま剣を振りぬくが、今度はリオスの姿が消える。
どこだ、と探す前に炎と雷がぶつかった。
「やるじゃん!」
「ちょっとは手加減せぇアホども!」
今のは、リオスの移動先を読んでアリエスが炎を放ち、それを読んでいたリオスが雷を放って、お互いにぶつかり合ったということか。やだやだ化け物のやることは。目で追えねぇし予測ですらついていくのがやっとだし。今もバカでかい斬撃が二人に向かって飛んでいってるし。そもそもなんだよ斬撃飛ばすってファンタジーかよ。ファンタジーだわ。
もはや人智を越えた大怪獣バトルに呆れすら感じていると、背後から肩を叩かれた。振り返ってみれば、銀髪赤目のホストみたいなイケメン。
「なんですか?」
「いや、ちょっと気になってね。彼らが戦う理由になってる子がどんな子なんだろうって」
「その言い方やめてもらえません? 今の状況めっちゃ不服やし」
「はは、ごめんごめん。でも許してあげて。男ってあぁいう生き物だから」
まぁわかる。俺も元男だし、今も心は男だし、なんか勢いとかノリで突っ走って変なことになるっていうのはよくあったし。だからまぁ、不服は不服だけど別に怒ってはいない。ただなんか厄介なことになりそうだなって思ってるだけで……。
やっぱムカついてきたな。リオスはともかく、勇者と王子って立場ちゃんとわかってんのか?
「でも、彼らが君を賭けて争うのもわかるなぁ。こんなに可愛くて綺麗なんだから」
「そりゃどうも」
あぁ、こういう輩か。
自分で言うのもなんだけど、俺はかなり見た目がいい。だからこうやって言い寄ってくる輩は何人もいたし、その度に蹴散らしてきた。主にリオスが。
今はリオスは戦ってるから自分で対処しないといけないのが面倒くさい。こう考えるとあいつって便利だったんだなと思いながら、自然と腰に回された手を跳ねのけようと腕を上げる。
いや、上げようとした。のに、腰に触れられた瞬間感じたことのない快感が体中を駆け巡った。
「はは、やっぱり処女か」
「な、にを」
「何だろうな? とりあえず、いただきます」
そのまま体を引き寄せられ、首筋を舌が這ってくる。生暖かいざらざらした感触が首筋を舌から上に撫で、体の内側が熱くなる感覚とともに腰が抜けそうになるが、男の手によって無理やり引き寄せられて行為が続けられる。
かと思ったその時、見慣れた雷光が瞬いて、気づけば俺はリオスの腕の中にいた。ぼんやりした視界には、アリエスとカイズの背中も見える。
「なァにしとんやこの変態が……!! 往来でエリス抱き寄せて首筋に舌這わせて羨ましいことしおって!!!! ぶっ殺す!!!!」
「隠しきれねぇ欲望が溢れ出てんぞ、リオス」
「リオスが変態なのは今更だろう。それより、新たな変態を討ち滅ぼすべきだ」
「その言い方したら後で私も滅ぼされるように聞こえるからやめてくれへん? っと、あー、んなことより。エリス、大丈夫か?」
「ひゃっ」
耳元に口を寄せて囁かれた瞬間、電流を流されたかのような感覚に襲われた。思わずリオスがいたずらしたのかと抗議の目を向けるが、リオスが珍しく目を丸くしてぽかんとしている。
リオスじゃ、ない?
「おいお前エリスに何してん!! こんな可愛い声出されたらこらもうセックスやろ!!!」
「なっ、どうしたんだよリオス! エリスに何かあったのか!!」
「……お前、さてはインキュバスだな?」
「いかにも」
カイズの言葉とともに、男が紫色の魔力に包まれる。その魔力が晴れると、そこにはコウモリの翼が生え、頭に濃いピンク色の一対の角が生え、股間と胸だけを隠した超ド級のド変態がいた。
「う、ウワー!!!!! 変態や!!!!!」
「お、おい!! そんな恰好してたら風邪引いちまうぞ!!!」
「くっ、まさか見た目だけで俺がダメージを受けるなんて……!!」
あまりの見た目のインパクトに災害級だと恐れられているうちのアホ共が軒並みやられてしまった。いや、そりゃそうなる。いやに股間もっこりしてるし、なぜか自信満々の表情だし、キショすぎる。あれがサキュバスだったらエッチだと思ってしまうのに、男ってやつはこれだから……。
「ふっ、あまりの美しさに気が動転しているようだな……」
三人の血管がピキピキ音を立てているのが聞こえてくる。わかる。あいつクソムカつくよな。
「私は魔王軍幹部、色欲のアスモデウス!! その女にかけた魔法は
「な、なんやこれ!! ハートの中に唇が敷き詰められた紋章が……!! 頭悪すぎる!!」
「そいつを刻まれた者は、全身性感帯になる!!!!」
「何っ!? でかした!!!」
「リオス?」
「なんてことすんねんこのドグサレ悪魔!! あとでその魔法私にも教えろ!!」
いい加減にしておけよという意味を込めてアッパーカット。いつも通り「あふん!」と気持ち悪い悲鳴をあげ、リオスは倒れ伏した。
「それを解くには、相応の『経験』が必要だ!! 頭の中がお花畑な貴様らならそれが何かわかるだろう!!」
……経験、それはつまり、そういうことか? いや、冗談だろ? 風が吹くだけでもちょっとぴくってなるこれが、『それ』をしないと解除できない?
「ハッハッハ!! 耐えきれなくなったらいつでも私たちの下にくるがいい!! 私たちはいつでもお前を迎え入れよう!! では、さらばだ!!」
高笑いしながら、アスモデウスが霧となって消えていく。アリエスが炎を放ち、カイズが斬撃を放つが元々実態がなかったのか、それは直撃することなくすり抜けていった。
「……なぁ、二人とも」
「おう」
「なんだ」
「じゃんけんしよか」
「待てやコラ!! なんのじゃんけんやそれ!!」
ちなみに、アリエスは首を傾げており、カイズはなぜかやる気だった。お前ふざけんなよ。