アサルトリリィ-Deus EX Machina- 作:揺れる天秤
医務室のベッドに横たわり眠る少女の傍らで、少年は三人の少年少女達に怒られていた。
「次からは無茶しないっていいながら何度目だよリーダー?」
「悪かったって。あと『リーダー』はやめてくれ、隼人」
「嫌がる言い方しないとこっちの話を聞かないからだろ、蒼士は」
イスに座り、全身包帯まみれなのは
そんな蒼士を見下ろしながらため息をつく片眼鏡をかける少年は
二人はAGEになった頃からの親友であり、親が居た頃からの腐れ縁でもある。
「…ところで、この子はいったい誰なの?」
「わからない。いきなり変な渦とともに現れた」
蒼士の反対側からベッドに眠る少女を見下ろしている少女は
このミナト【リーリエ】の保有者であり、蒼士や隼人とともに戦場を駆けるAGEでもある。
「てゆーか、蒼士は本当に反省してますか?私はまだまだイライラプンプンなわけですが」
「うるせぇよ。俺だって一時間も超過する気はなかったんだ」
隼人の隣で腰に両手を当てて怒っている少女は
【リーリエ】のオペレーターであり技術者、香苗付のメイドでもある。基本的に三人の世話を焼くお姉さん的存在だが三人とは数歳違いしかない。
「一応、その子が持っていた武器を調べてみたけど神機じゃなかった。でも、技術力は半端ない武器だったよ。私でも未だに全容がつかめてない」
「あら?月華でもわからない技術とは相当なものかしら。この子、私達とそう歳は変わらなそうですし、もしかしたらどこかしらのミナトのAGEの可能性もあるわね」
「「いや、それはない」わ」
香苗の可能性の話を蒼士と月華が否定する。
「どうしてわかるんだ、蒼士?」
「単純明快だ。こいつはAGE特有の両腕の腕輪がない。少なくともゴッドイーターじゃないのは確かだ」
「あら、本当ね」
布団をめくって腕を確認した香苗は口を隠して驚いていた。
「でしたら、彼女はいったい何者かしら?月華、蒼士のいう《渦》についてはレーダーで何か情報は残っているのかしら」
「あるには、あります。ただ…」
「ただ…、なんだい?」
「蒼士、あんたは本当に身体には異常無いのよね?」
「なんだよ。検査したお前が異常無いって答え出したんだろ。俺自身、全身の傷以外に違和感とかはないぞ」
「───…」
「何か、あるようね?」
「…こちらを見てください」
月華の表示したのはレーダーの映像だった。蒼士の反応が動きを止め、ヴァジュラの反応が一定の距離を取って止まる。ほんの少しの時が流れた瞬間、二つの反応の間に巨大な反応が現れる。
だが、この反応を見たAGEの三人は息を呑むしかなかった。
「わかりますか?」
「灰嵐の反応と同一、だと?」
「そう。だから聞いてるのよ。『身体に違和感は無いか?』って」
「確かに、この反応を見ていればそう聞きたくなるのもわかる。蒼士、隠してはいないんだろ?」
「当たり前だ。今回のことでお前等に開示してない情報は無い」
「ですが、反応は一瞬のようですわね」
「はい。私自身、見間違えかとも思ったのですが、ログを見たらキッチリと残っていまして…」
「であれば、少なくともこの方は灰嵐クラスの異常事態から姿を現したことになるわけですが…どうします?」
「どうします、とは?」
「まさかと思うが、香苗。放り出すとか言わねーよな」
「さすがにそれは不義理でしょう。少なくともうちのエースを救った方です。うちでお世話することに否やはありません。ですが、目を覚ましたこの方がどう考えるかはわかりませんでしょう?」
「そ、れは、だな…」
「ですから、いくつか取れる手は取っておきましょう。月華、貴女はこの【灰嵐クラスの渦】について調べなさい。そして、似たような反応が現れた際にはその観測を」
「わかりました!」
「蒼士と隼人は私だけでなくこの方も同時に護れるような強さを。道はどうあれ、この方が進みたいと思った道を進めるようにするのは【リーリエ】のAGEの矜持です」
「「わかった」」
楽しそうに笑って医務室から出ていく香苗とそれについていく月華。
残された二人はベッドに眠る少女に目を向けながら──
「とりあえず、香苗さんのいう通り鍛え直さないとね」
「ああ。この命の恩人に報いるにはそれしかなさそうだ」
「とはいえ、蒼士はまず傷を治してからな。そのまま訓練場行ったらさすがに月華が怒るよ?」
「それ以前の話として俺の神機はまだ修理終わってないから訓練できねーよ」
向かい合って笑い合う二人は、歳相応の少年だった。
★
──そんな時から数年。
多くのアラガミが横たわる戦場で蒼士達はひと息ついていた。
「なんだかんだと、この四人での任務も板についてきた感じだな。美姫は身体に異常ないか?」
「もう…、蒼士はどうして毎回そんなに私の身体を心配するのよ」
呆れたようにため息をつきながら肩に大鎌型の神機に近い武器を置く女性は
「当たり前だろ。命の恩人の身体は心配するし、AGEになってまだ半年だぞ。こっちの戦場に慣れてくる頃合いだろうし、いろいろと心配なんだよ」
「僕達AGEの死亡率が高くなるのは半年~一年がラインなんだよ。戦場に慣れた頃が一番危ない」
「そうは言うけど、私、これでも向こうで数年は戦場に立っていたのよ?危険度はこちらの方が圧倒的に上だから気を抜く隙の方が無いわよ」
「そうなのか?」
「ええ。向こうでは大抵は小隊規模での行動が原則だもの。こっちのように一人で戦場に立つ機会なんてそうは無いわ」
「なるほどなぁ。それならあんまり心配し過ぎるのも過保護か」
「そうよ。特に蒼士?貴方はもう少し気を抜いてよ」
「うるせぇ。一応リーダー役なんだよ。ほいほい気を抜いててお前等が死んだら俺は俺を許せなくなる」
「気合いが入っているのはいいことですわよ」
「おっ、香苗。どうだった?」
「月華のいう通り、周辺からアラガミが離れていっていますわ。もうすぐ、私達の予定していることが実行できるようですわね」
「そうか。いよいよか」
岩場に腰を下ろした蒼士の隣に美姫が座る。蒼士は目の前にきた美姫の神機を見る。
「しかし、『
「うん。私もびっくりした。結果的に私はリリィでもあるしAGEもあるっていう存在になっちゃったけど。でも、それは蒼士達もなんだよね?」
「ああ。俺や隼人、香苗の神機にはお前のチャームとしての技術の一部が移植されている。本来であれば俺や隼人には扱えそうにない技術らしいがそこは月華の技術力がものをいったな」
「お二人さん。実験が始まるみたいだよ」
「いよいよか」
「念のためにいいますが私達が向こうで活動できる時間はそう多くはないと月華からの御達しです。よくて一時間ほど、短ければ数分程度だそうですわ。しかし、あの渦を通り抜けるアラガミがいるとわかった以上、我々はかのアラガミを討ちに向かわねばなりません」
「…あの、でも本当に私がいた世界に行っているかはわかりませんよ?【ケイブ】については私達も詳しいことはわかっていなかったし…」
「そこも含めての『実験』ですわ。上手く行けば万事良し。ダメであるなら改良するだけ。大丈夫、我がミナトはこういう未知の技術を発展させることが至上命題ですわよ」
「でも…」
それでも…と言い募ろうとした美姫の肩を蒼士が叩く。
「止めとけ。こうなった月華と香苗が止まった例は過去に一度もない。成功するか失敗するか…どっちかの結果が出ない限りは、な」
「そうそう。だから、美姫が気にすることじゃないよ」
「…二人はどうしてこんな危険度の高い実験に臆することなくついていけるのよ?」
「どうして…と言われると…」
「そもそも、俺達はAGE黎明期の実験内容をある程度知っている、とかがあるからな。人体実験の凄惨な結果とかを知っているっていうのがでかい。それに比べたら香苗達の実験はまだ安心だ」
「まあ、生死のかかった実験はしないからね。今回の実験だって失敗しても作り出した人造ケイブの裏側に出てくるだけだし」
「そこっ!始める前から失敗の話はやめてくださるかしら!?」
「うるせぇよ!つーか、始めるならさっさと始めてくれねーかな、月華」
『仕方ないでしょう。座標設置に時間がかかるのよ──よし、設置できた。開くわよ!』
見下ろしていた荒野に稲妻が走る。肌が粟立つ感覚とともに【ソレ】は姿を現す。
『どう、そっちは?』
「…見た感じは同じように見えるが」
「でしたら、ものは試しといきましょう。いいですわね?」
「さっさと行ってみよう。全員行けるかすらわからないけど」
岩場を飛び降りると四人は作り出された渦の前に立つ。
「じゃあ、行ってくるわね月華」
『ご武運を…』
「───っ…」
「美姫?」
渦に入ろうとして、美姫が震えているのが見えた。蒼士はその手を掴む。
「…っ、蒼士…」
「不安なのはわかる。だが、やると決めたんなら覚悟くらいはしろ」
「……わかってる」
「なら、いくぞ」
渦に入ると一瞬の浮遊感。そして───世界は一瞬にして変わっていた。
【
ミナト『リーリエ』所属のAGE。登場時は12歳、01話終了時は16歳。
双剣・ショットガンをメインにした神機を手にする近接連撃による疾風怒濤の戦術を得意とする。
突如として(偶然)現れた美姫に命を救われて以来、美姫に過保護までに心配を配るようになっている。元から大雑把であり口癖は『うるせぇ』。
だが、やると決めたことには覚悟を持ってこなすという熱い一面もある。
身体能力は基礎値の時点でリリィ達を遥かに凌駕しており、まともに相手ができるのは一柳隊の中では夢結と梅しか居ない。