アサルトリリィ-Deus EX Machina- 作:揺れる天秤
一柳隊初の出撃後。一柳隊は数日の休暇をもらうこととなった。そんなわけで梨璃は楓とともに訓練場へと来ていた。
「それで梨璃さん。なぜ私に相方を頼まれましたの?」
「えっ、なんで?」
「いえ。いつもの梨璃さんであればこういったことは夢結様に頼みそうだと思いましたので」
「お姉さまに頼みたかったんですけど、どうも朝早くから出かけてしまったみたいで…」
「あら、またですの?」
一柳隊結成前にも梨璃の誕生日のお祝いのためと称してどこかへと出かけていった夢結である。まさか休みを連続で出かけるほどのアクティブさを持っているとは楓も思っていなかった。
「私もいつもお姉さまに頼むのもどうかと思ったので楓さんにお願いしたんですけど…。すみません、迷惑でしたか?」
「いえ!迷惑だなんて。梨璃さんのお願いに対して私はそのようなことは微塵もありませんわ。ただ、夢結様にしてはずいぶんとアクティブな感じがいたしますのは事実でしょうか」
「そうなんですよね。お姉さまってどちらかというとどこかしらで本とかを読んでいるイメージがあったので…」
確かにそういうイメージがしっくりくる。しかし、本当に何をしているのか。
(気にはなりますが今はその結果として梨璃さんの訓練をお手伝いできる栄誉にありつけたことを嬉しく思いますわ!)
思考は基本的にポジティブな楓。
「それで、梨璃さんとしてはどのような訓練をなさろうと思っていますの?」
「うん。楓さんは、この前の出撃でどう思いましたか?」
「この前の、ですか?」
「はい。今回の休暇というのは表向きの理由で、どうも理事長さんが『一柳隊には無理をさせたから息抜きできる時間を用意しよう』という提案の下、休みがもらえているらしくて…」
「無理をさせたから、ねぇ…」
確かに今回の出撃では攻撃がまるで通用しない相手との戦いになった。しかし、結果としては梨璃の指揮能力や楓の現場の状況判断、それぞれの得手不得手が綺麗に分かれて隊としての行動が取れたことなど…初出撃とは思えないものもあったのだ。
隊としてみれば、むしろ今回の出撃は成長できた機会といっても過言ではない。
「他の方々から見れば、私達は初出撃で正体不明の敵の侵攻を防いだ立役者、といったところでしょうか」
「そうみたいなんです」
「ですが、それは一柳隊としては嬉しい評価ではありませんか?少なくとも初出撃でこれほどの高評価を受けることなどなかなかあるものでもありませんし」
「そうなのかもしれません。でも、私達ができたことって結局のところは時間稼ぎでした。一体でも倒せたわけでもなく、明確にダメージを与えたわけでもなく…」
梨璃のいう通り、自分達のしたことは時間稼ぎで…しかも有効な手立てを見つけられることなく、ただただ学院側が戦力を整えるための時間を用意しようとしていただけだ。
結果としては『伏柴美姫』という謎めいたリリィが謎の獣を屠ったことで、自分達は肉体的・精神的に疲労しただけで終わった。
彼女が現れなければ、果たしてあの生物を倒せていたかどうかすら…実際のところはわからないありさまだ。
「だから、私はもうあんな無力だけを感じるようなことは嫌なの。お姉さまと並び立てる──は言い過ぎかもしれませんけど、せめて足を引っ張らない程度には戦えるようにならないといけないんです」
「梨璃さん…」
梨璃が足手まといのようなことは一柳隊としてみればあり得ないことだと楓は断じることはできる。他のメンバーも否やとは言いますまい。
しかし、梨璃本人としての意見ではそうではないようだ。それならば──
「わかりましたわ。今日くらい、梨璃さんの気が済むまで、訓練に同行いたしましょう!」
梨璃の意見を汲んで訓練に勤しむとしよう。それで、少しでも気分転換になるのなら──
「よろしくお願いします、楓さん!」
「ビシバシいきますわよ!」
それに──梨璃との二人きりの時間が取れることなどそうありはしない。ならば、楽しまなくては損なのだ。
★
学院から少し離れた森の中。梅は木漏れ日の中で野良猫達と日向ぼっこしていた。
「こんなところにいたんですか」
「ん~…?」
梅が目を開けると鶴紗がこちらを見下ろしていた。
「鶴紗も一緒にどうだ~?」
「…では、失礼します」
鶴紗が隣に寝転ぶ。野良猫の一匹が静かに近づいてきたかと思えば、鶴紗の腹の上に乗っかって丸まった。
その様子に鶴紗は目を輝かせているのを、梅は静かに笑う。
「猫達もお前になれてきたようだな」
「…梅様」
「うん~?」
「昨日の敵、どう感じましたか」
「あ~、アレか」
梅としてはあれほど異質な敵とは戦ったことはない。ヒュージではなく、しかもCHARMでは傷一つつけられなかったほどの外格を有する獣などそうはいないだろう。
「確かに普通じゃなかったな。ヒュージとは別の意味で嫌な相手だった」
「自分も、あれほど無力感を感じたのは初めてでした…」
「あれはヒュージとはまったくの別物だってのはよくわかるから、鶴紗といえど戦えなかったのは仕方ないと思うぞ」
「それはわかってるつもりだけど…」
「まあ、納得はいかないわな。かくいう私も納得はしてないぞ」
鶴紗とともに撹乱していてわかったのはあの獣は高速で動く自分や複雑な機動で動いていた鶴紗を目で追っている感じはなかった。
だが、それでもあれほど的確にこちらへと反撃とばかりに牙を向けてこられたのは間違いなく自分達がやられるという事態を考えていなかったからだ。
多少の傷は無視してこちらへと反撃できるだけの強さをあの獣は持っていた。正直なところ、一柳隊で重傷者がいなかったのは偶然だろう。
「とはいえ、アレは私達の技量云々でどうにかなる相手じゃなさそうなんだよなぁ。あの『伏柴美姫』を名乗ってたやつの武器もCHARMには似てたけどたぶん別物だろうし」
「だとすると、次に現れたら…」
「まあ、そこは技術系の真由やミリアムあたりに任せといたらなんとかしてくれるだろ。私達はせっかくもらった休暇で身体をしっかり休めとくことを優先だ」
「…それも、そう…──っ!!」
「…鶴紗?」
隣から声にならない悲鳴のようなものが聞こえたので梅は身体を起こす。隣には顔に黒猫、お腹と胸に三毛猫、身体に寄り添うように数匹の猫が鶴紗を囲んでいた。
鶴紗本人は至福の時間となっているのか、声にならない声を漏らして完全に脱力状態である。
「──溶けてるな」
「────…」
「…まあ、本人は嬉しそうにしてるからほっとくか」
梅が寝転ぶと一匹だけが梅の懐に入って丸まった。梅は少し笑い、その猫を撫でながら目を閉じる。
★
普段は時間にならないと開放されない浴場。今日は理事長の計らいで特別に昼からも開けられており、雨嘉と神琳の二人は湯船に並んで浸かっていた。
「・・・」
「考え事ですか、雨嘉さん」
「まるで通用しなかったから。あの時、私はどうすれば良かったのかな…って」
「そうですね、それは私も同じです」
遠距離から全体を見渡しながら的確に弾を当てられてはいた。だが、ただそれだけだった。傷らしい傷はつけられず、味方への攻撃を凌げてはいなかった。
──ただ撃っていただけ。あれほど無力に感じたことはそうない。
「雨嘉さん。あまり深く考えすぎるのもいけませんよ」
「神琳?」
「あの敵はヒュージとは違いました。きっと、真由様や夢結様達が何かしら対策は考えてくれると思います」
「でも、私達にも何かできることはあると思う。今から少しでも考えておいた方が──」
「ええ。雨嘉さんのいうことはわかります」
『でも──』と神琳は雨嘉の目を正面から見つめる。
「考えすぎるのはよくありません。私達自身、何らかの対策はしなければなりませんが、考えすぎれば出てくるというものでもありません。今は、ゆっくりと身体を休めることにした方がいいです」
「でも、神琳…」
「少なくともゆっくり休めるようにと理事長さんもこうやって昼間は使えない浴場を開放してくださっているんです。今は休めることに専念した方がいいんです」
「…それでも」
「──まあ、雨嘉さんが真面目なのはわかりますけど、今は休むことを最優先です」
神琳は雨嘉の手を取ると湯船からあがって洗面の前に雨嘉を座らせる。
「神琳…?」
「下手な考え休むに似たり。悩みすぎるくらいなら身体と頭を休めるべきなんですよ。それと──せっかくですから今日は雨嘉さんの身体は私が洗います」
「えっ?」
「ゆっくりと、しっかりと休みましょう」
柔らかに微笑む神琳の顔を見て雨嘉は身体から力を抜いた。
「…うん。お願い、神琳」
「はい。その代わりといってはなんですが、私の身体は雨嘉さんが洗ってくださいね?」
「えっ…?」
思わず振り返って見た神琳は笑っていた。雨嘉は自分も笑って前を向いた。
「…うん、頑張る」
「ふふっ。そこまで気負わなくてもいいんですよ?」
身体の前で拳を握る雨嘉の様子に神琳は笑いながら身体を洗うための泡を用意し始めた。
【
ミナト『リーリエ』の技術開発者兼主任兼GE。
灰域対応型には適合していなかったが、GEとしての素質は香苗にも劣らない。年齢は22歳。
あらゆることを研究し、あらゆることを識ってきた生粋の研究者でもある。現在はチャームとマギについての研究が頓挫していることを嘆いている。
常に自身が組み上げたアーカイブへアクセスできる端末を持っており、研究となると周りが見えなくなりがち。よく香苗に窘められている。ちなみに、香苗のメイドでもある。