アサルトリリィ-Deus EX Machina- 作:揺れる天秤
夢結は朝早くから学院から出ると電車へと乗っていた。手元には一枚のメモ。
『甲州、橋にて待つ。時間は──』
それはこの前『伏柴美姫』に渡されたメモの片割れ。こちらは梨璃達にも見せることなく、自分の方で処分しようと考えていた。
しかし、一柳隊は全員が休みをもらえてしまったので念のために向かってみようと夢結は考えて再び甲州へと向かっていた。
「…今日はあまり暑くないわね」
日傘を差しながらも夢結はやや曇天の空を見上げる。メモには『橋』としか書かれていなかった。しかし、夢結にとっての『橋』は一つしか思い浮かばない。
「…時間は、まだあるわね」
『橋』とは、夢結がシルトの姉でもある美鈴を失った場所。符号に使うのならここだと思ったのだが…
「少し、待ってみようかしら」
メモに書かれている時間にはまだ数分ある。少し離れた位置から橋を眺めていると、橋の中央あたりにそれは姿を現した。
(あれは…ケイブ!?)
現れた大穴──ケイブは三人の女性を吐き出すと消えてしまう。夢結はその女性達を見ていたが、一人、見覚えのある人物がいた。
(…伏柴美姫。後の二人は護衛といったところかしら…)
橋に現れた女性のうち美姫ともう一人は何かしら話をしている。頭にゴーグルのようなものを載せている女性は明らかにテンション高めに周囲の景色を写真に収めていた。
(ここで待っていても始まらないわね)
夢結はゆったりとした足取りで橋へと歩いていく。美姫は気づいたようでこちらを向いて微笑んでいる。
「やあ。よかったよ、メモの意味がわからなくて処分される可能性もあったから。あと2、3日待ってみて会えないなら諦めようかとも思っていたんだけど」
「ええ。最初は破棄しようとも思ったわ。でも、なぜ私にあのようなメモを渡したのか気にもなった。だから、こうやって会いに来たのよ」
「なかなかに気の強い方がいらっしゃったようですわね。美姫、私と月華のこと、紹介してくださる?」
「そうですね。夢結さん、こちらは今の私の雇い主である金雀枝 香苗さん。向こうでやたらとはしゃぎながら写真を撮っているのは桜木 月華さん」
「はじめまして。金雀枝 香苗と申します。ミナト『リーリエ』のオーナーでありAGEでもありますが…貴女にはわからない単語ばかりですわね、白井夢結さん」
「ええ。はじめまして」
「──月華。貴女もあいさつを」
「はいは~い。桜木 月華といいます、お見知りおきを。あっ、あのメモどうしました?ちゃんとそちらの技術屋に渡してくださったりはしました?」
「…ええ。私の信頼できるお相手に渡してあります」
「よっしゃあっ!!」
目の前でガッツポーズ──からのバク転宙返りを華麗に決めて決めポーズを取る月華。その月華は香苗が頭を叩くとすごすごと香苗の後ろへと下がっていった。
「やかましくてすまないわね、夢結さん」
「いえ。梨璃で慣れていますから」
梨璃が更に感情を動作で表現できるようになればああなりそうか…と失礼な思考が頭をよぎる。
「さて、そちらがしかるべき者にあのメモを渡してくだったとなれば私達のやるべきことはひとまず終わったという感じですわね。まあ、この世界の方々に力をお貸しするのもいいとは考えますが…」
「夢結さん、私達の力は必要?」
「どういう意味かしら」
「私達、こちらの世界での滞在には時間的制限があるんだけど、だいたい半日は居られるからその間であればヒュージ討伐に力を貸してもいいかなって。私達…というよりは月華がいろいろと研究したいみたいだから検体確保って意味もあるけど」
「…貴女達は何を考えて──」
言葉を繋ごうとした夢結は動きを止める。視線だけでゆっくりと周囲を見渡し、手元のケースに指輪をかざす。
「話は後よ」
「いるね。…かなり多い」
橋を囲むように木々の合間からヒュージが姿を現す。
「ラージ級はいないわね。これくらいなら──」
「ああ、夢結さん、いいよ別に」
ケースからCHARMを取り出そうとした夢結を美姫がやんわりと止める。
「っ、何を…」
「ちょうどいいから。こいつらは私達に任せてくれる?」
「いいわね。私達の力を見せる意味ではいい相手でしょう。月華、貴女も戦いなさい」
「いいですよ。私はもっと間近で観察したいですし」
三人は足元に置いていた黒塗りのケースを蹴る。倒れたケースの蓋が開き、三人が各々のケースから神機を取り出した。
「今日はブーストハンマーなんですか?」
「ええ。私の気分としては、ですが」
「ようやく試せます!CHARMに刻まれていた文字を導入した弾を使えばどのような効果が生まれるのか。初めて使いますし初めては自分の神機で試してみたいという欲を捨てずにいた自分を褒めてやりたいと──」
「少し落ち着きなさい、月華」
「では、狩りを始めましょうか。向こうは待ちきれないようですし」
山肌にいたヒュージが次々とこちらへと跳んでくる。夢結はチャームを取り出すと構えるが──ヒュージは一瞬遅れて空中で爆発四散する。
「っ!?」
「おほぉっ!この文字を刻んだ弾はヒュージとやらにはかなり強力なようですね!アラガミには隼人に使ってもらいましたけどわずかばかりの火力アップにしかならなかったというのに!!」
「さて、私はこちらの輩を潰しましょうか」
橋の反対側から密集陣形で突撃してくるヒュージに香苗は神機を構える。ハンマーのブーストに火が入り、荒ぶるように溜めをつくる。
「──潰れろ」
踏み切り一歩──。ヒュージまでの数十mの距離を香苗はブーストの勢いそのままに一瞬で詰める。
「───っ!!」
横薙ぎに一閃──。ヒュージの強靭なはずの外格が一瞬でへしゃげ、体液を飛び散らせて砕け散る。
身体を回転させて更に加速を乗せた一撃は他のヒュージ達を次々と打ち砕いていく。
「さすがは香苗さん。さて、私も──」
肩に担いだ神機を構える。腰だめに地面と水平に構えた鎌が緋黒く輝く。
「薙げ──」
横一閃。振り抜かれた鎌は伸び、射線上にいたヒュージ全てがその一閃で両断された。
「あら、ヒュージってこんなに脆かったっけ?」
「わほ~!駆逐しますよ!一匹残らず駆逐して検体にするんです!」
「月華、落ち着きなさい」
次々に現れるヒュージだったが神機使いの相手にはならなかった。数十ものヒュージが亡骸を晒す頃には後から姿を見せていたヒュージ達が次々と山奥へと撤退していく。
「ヒュージも形勢が悪ければ退くのね。初めて知ったわ」
「検体、検体ですよ!こんなにたくさんの検体が──」
「はいはい。少しテンション下げなさい、月華」
夢結は目の前の光景が理解できなかった。スモール、ミドル級を含めて数十はいたヒュージ全てがたった三人で壊滅されたのだ。普通ならいくつかのレギオンが総出で殲滅するべき数、それを自分の前で悠々とお喋りに興じる三人は当たり前のように蹂躙した。
(…強さの次元が違うわね)
背中を流れる冷や汗が止まらない。目の前の三人は敵ではないが味方でもない。今は少なくとも…。
「さて、夢結さん。改めて──?」
こちらへと振り返った美姫の懐から何かの音が鳴り響く。腰のポーチから通信端末を取り出すと、そこに表示されている何かを確認して目を細める。
「…香苗、私…ちょっとヤボ用ができたわ。帰宅時間ってあとどれくらい?」
「…10時間程度かしら。なに?あの娘以外の昔馴染みかなにか?」
「そんな感じ」
「そう。でしたら、白井夢結さん。私と月華は一度帰らせていただくわ。検体も手に入ったことですし。チャームの件、よろしければ上にでも報告しておいてくださると助かります」
「検体、検体。生きのいい、検体ちゃん♪」
「わかったから落ち着きなさい。では、また日取りを改めてお会いしましょう、白井夢結さん」
ケイブが開き、ヒュージの残骸を持った二人が姿を消す。
「じゃあ、私もいくわ。白井夢結、貴女には同じレアスキル保有者としてアドバイスしておくわ」
「アドバイス?」
「『ルナティックトランサー』は制御できないわけではないわ。制御するためには複合する要素をクリアした上で、貴女にとって守るべきものを見つけることよ」
「守るべきもの…」
「私はそうやって制御できるようになったわ。貴女がより強きリリィとなれることを願うわ」
ケイブが開き、美姫もそのケイブとともに姿を消す。後に残された夢結は、一度目を閉じて小さく息を整える。
「…やるべきことが多くなってしまったわね。梨璃…や他のみんなにも相談するべきでしょうし、百由にも報告しなければいけなくなったわね…」
CHARMのケースを持ち上げて夢結は駅の方へと歩き出す。だが、一度足を止めると橋の方を見た。
「…もし、彼女達と敵対するような事態になれば、私は…、いえ、私達は、どうなるのかしらね」
【人造ケイブ】
本来のケイブはヒュージのみが通れるものとされており、彼らの移動手段と言われてはいるが詳細は不明。
そのケイブを基に作成されたのが『人造ケイブ』であり、こちらは基本的にGE世界とリリィ世界を行き来するためだけのものである。
第06話終了時点は『移動には一定値以上のマギの保有』・『移動先の世界における滞在制限時間』などの制約が多く存在しており、移動そのものにも何かしらのリスクがあると思われる。