第23管理世界ルヴェラ。
その文化保護区の一角にある丘陵地帯にて、トーマ・アヴェニールは野営の準備をしていた。
野営といえば聞こえはいいが、実際はお尋ね者として宿に泊まれないが故の野宿であり、少々苦いものがある。
焚き火の明かりが見つからないよう、少しばかり森に入ったところに場所を決め、今は焚き火台を使ってお湯を沸かしていた。
そんな彼を興味深くじっと見つめるクリーム色の髪をした少女は、リリィ・シュトロゼック。ニコニコ意気揚々と薪集めに勤しむ黒髪の少女は、アイシス・イーグレット。
「こーゆー野宿もたまになら楽しいよね」
「いや、アイシスはお尋ね者じゃないだろ」
「まーまー、管理局との追いかけっこっていうのも面白いし♪」
「面白いって……」
好奇心が服を着て歩いているようなアイシスは、街で二人を見かけた時に何やら面白そうな気配を感じ、半ば無理矢理着いてきたのである。
手配されて警備網が敷かれていた街から脱出するのに手を貸してくれた手前、強くは言えなかったが、トーマとしては正直なんで着いてきたんだという気持ちだった。
「で、何で二人は追われてるの?」
「前にも言ったろ。心当たりはあるけど、間違ったことはしてないって」
「だからそれを詳しく聞かせてくれてもいいじゃ~ん! 気になる気になる気になるー!」
「いや、そんな駄々っ子みたいにごねられても……」
「旅は道連れ世は情けだぞ!」
じたばたと駄々をこねるアイシスに、トーマは呆れ顔を見せる。
一方、彼の横に座っていたリリィは困り顔でそれを見ていたが、恩人に黙っているのもいけないと思ったのか、そっとアイシスに近づくと、その手を取った。
(あのね、アイシス。トーマは私を助けてくれたの)
「へ?」
(だから、トーマは悪くないの)
「あ、ああ、そう……なんだ?」
アイシスはリリィの言葉が頭に直接響いてきた声に困惑する。
念話とも違う。おそらく精神感応の一種だと思われるが、なぜわざわざ?
『トーマ、やはりここはちゃんとお話するべきでしょう』
そう提案したのは、トーマのカメラ型インテリジェントデバイスのスティードだ。
二対一だ。仕方がないと、トーマはスティードに許可を出した。
彼はふよふよと浮き上がり、首紐を手のように動かして説明を始める。
『彼女、リリィは鉱山地区にある遺跡に捕らわれていました』
「遺跡?」
『実態は違法研究の施設ですね。記録映像はありますが……見ないほうがいいです』
アイシスがどうだか分からないが、そういうのが苦手な人は、間違いなく夕飯を大地に返すことになるだろう。
そうじゃなくたって、夢に出てくること間違いなしだ。
「もしかして、リリィが喋れないのは……」
「多分、酷い目にあったからだと思う。教えてくれないけど」
「そっか……」
トーマとアイシスの視線を受け、リリィは少し悲しそうな、申し訳なさそうな顔をした。
『話を戻しますと、我々は彼女の助けを呼ぶ感応波を受け取り施設に侵入、彼女の拘束を解いたのです。しかしながら、残念なことに施設の持ち主に見つかってしまい……』
「どうなったの?」
『焼却処分されかけました』
「…………」
その答えに、アイシスは黙り込んだ。
思っていたよりも大きなヤマだったこともあるし、簡単に人を
「施設の一部を壊したのは本当だし、リリィを勝手に連れ出したのも間違いない」
けれど、それが間違ったことだとは微塵も思わない。
トーマはアイシスを真っ直ぐ見て、言い切った。
「それにずっと逃げ続けるわけじゃない。次元通信ができる聖王教会まで行って、俺の信頼している人に相談する」
彼女は管理局の人だし、この手の事態に理解がある。
彼女ならリリィを悪いようにはしないはずだ。
一方、自分たちを追っている
「まずはリリィの安全確保。出るとこ出るのはそれからってこと」
「なるほどねぇ……」
『まあ、彼女には怒られるかもしれませんがね』
「言うな、もう覚悟の上だ……」
ゲンコツ一発ですめばいいのだが……や、一発だって無茶苦茶痛いのだけれど。
ため息を吐きながら、トーマは沸いたお湯をインスタントコーヒーの入ったマグカップに注いでいく。
ふわりとビターな香りが漂い、沈んていた心を少し軽くしてくれた。
「はい、リリィの分。熱いから気をつけて」
(ありがとう、トーマ)
砂糖と粉ミルクを入れて、甘めにしたのをリリィに渡す。
トーマはブラックだ。最近、ようやく苦味の旨さというのが分かってきた。
「その信頼してる人って、トーマの家族?」
「まあそんな感じ。血縁じゃないけど、恩人でお世話になってる人」
自分探しの旅なんてワガママを許してもらってる手前、心配かけたくなかったけれど。
そうも言ってられないし、多分、黙ってる方がもっと心配かける。
「アイシスはコーヒーいる?」
「や、お湯だけでいいよ。自分のあるし」
アイシスは自分のボストンバッグからマグカップとコーヒースティックを取り出し、トーマに見せる。
「その荷物、アイシスも旅行でこの世界に?」
「そそ。進学前の長期旅行ってやつ。帰ったら真面目に勉強するからってワガママ言ってね。トーマは?」
「ん?」
コーヒーを啜っていたトーマは、アイシスの質問の意味が分からず聞き返した。
「あたしと同い年──15くらいに見えるけど、進学しないの?」
「ああ……帰ったら進学するよう言われてる」
「魔法系でしょ。トーマ魔力強そうだし」
街から脱出する際、トーマはずっとリリィを背負って走っていた。
リリィとトーマに、そう体格差はない。いくら女の子とはいえ、そこそこの重さになるはずなのだが、それをずっと背負って疲れが見られないのは、トーマの魔力による身体強化が並外れていることの証拠だ。
そこでトーマはふと思った。
果たして、自分の魔力はそこまで強かったかと。
それにリリィを助けた時も、でっかい砲撃魔法を撃ったのに、その反動が全くない。
いつもなら、あんな魔法を使ったら数日は動けなくなるはずだ。
あの変なデバイスのせい? それとも────
がさりと、草をかき分ける音がした。
「っ、トーマ!」
「リリィ! 俺の後ろに!」
二人はばっと立ち上がり、リリィを背後に隠す。
野生動物か、それとも追っ手か。
何が来てもいいよう、二人は身構えた。
草をかき分ける音が段々と近づいてきた。ずっと自分たちの正面から音がする。
つまり、相手は一直線にこっちに向かってきているということだ。
「トーマ、追っ手だったら一目散に逃げて」
「アイシス?」
「こーゆー時のため、ちゃんと手はあるから」
自信ありげなアイシスの言葉に、トーマは少し考えて、そして頷いた。
森の暗がりを抜け、音の正体がその姿を月光の下に現す。
長身で体躯の良い男と、トーマたちより少し年上の少女だ。
男は身の丈ほどもある大きな剣型デバイスを背負っており、それが着ているスーツに対してちぐはぐな印象を受ける。
少女の方もパンツスタイルのスーツだったが、こちらはデバイスを身につけていない。いや、もしかしたら待機モードで小さくなってるのかもしれないが。
「なんの、用ですか?」
ごくりと唾を飲み、トーマは尋ねた。
答え如何では、すぐに走り出せるよう、足に力を込める。
そして、トーマたちをじっと見ていた男が、ゆっくりと口を開いた。
「∀ー、ΖοΝΠανε Κεικαι ΘπΑΕΔΚλ」
「……はい?」
「あー、そんなに警戒しないでくれ。別に取って食ったりしねえからよ」
今にも逃げ出しそうな三人に向かって、通じないとわかっていながらも、ザンバは声をかけた。
こちらの発した言葉に驚きながらも、それでも警戒を解かない三人。
こういう時は態度だ、態度で示すしかねぇ。
ザンバは背負っていた大剣をぽいっと脇に捨てると、その場にどかりと座り込んだ。
「ほら、何もしないって。な?」
そして思いっきり笑ってみせた。
流石にここまでやれば敵ではないと分かってくれたのか、構えを解いて力を抜いてくれた。
だがしかし、困惑は向こうに残ったままだ。
「ミズーリ、どうだ?」
「言語照合……該当なし。翻訳機は使えないわね」
ヒューマンタイプで、服や道具から見るに文明レベルは高い。
コミュニケーションは可能なはずだ。いやできる。
ザンバが今してみせたではないか。
「ザンバ、街に行きたいって伝えて。方法は任せる」
こういうのはあれこれ考えてしまうミズーリよりも、ハートでぶつかるザンバの方が向いている。
「オッケー。じゃあまずは自己紹介だな」
そういうとザンバは、自分を指差しゆっくりと名乗り、続いてミズーリを指差し、ゆっくりと名前を言った。
それを三回繰り返した後、今度は彼らの番だと手で促す。
おそらく意図は伝わった。だが三人は突然現れたザンバたちにどう接したものか決めあぐねているのだろう。
少しの間彼らはこちらを警戒しながら相談して、そして何やら決まったのか、彼らの影に隠れていた少女が一歩前に出てきた。
(あの、ザンバさんとミズーリさんで、合ってますか?)
「おお! そっちの子はオレたちの言葉わかるのか!」
(ご、ごめんなさいごめんなさい、何言ってるかわかんないです!)
歓喜のあまり身を乗り出したザンバに驚いたのか、少女はすぐさま少年の後ろに隠れてしまった。
「ザンバ、今のはテレパシーの一種よ」
「テレパシー…………ああ、龍族とかが使う」
「アンタ、忘れかけてたでしょ」
惑星アムドゥスキアに住まう龍族は、その身体の構造上、アークス言語を話すことができない。さらに彼らは文字という文化を持たないため、筆談という手段も使えない。
そんな彼らのコミュニケーションはというと、感情をダイレクトに伝える念話というテレパシー技術である。これならば喉も手も必要ない。
先の彼女からの会話も、その一種だろう。
「彼女、私たちの言葉は理解してないわ。でもザンバのジェスチャーから言いたいことを考えて、合ってるか確認してきたの」
「なるほどそういうことか。おーい、そこの子。合ってるぜ! オレはザンバ、彼女はミズーリ」
(え、あ……ザンバさんとミズーリさん、ですね。えっと、お二人は管理局の人……ですか?)
「管理局? ミズーリ、管理局って部署あったか?」
「管理部ならあるわよ、コフィーさんのとこ」
任務の斡旋や各惑星への入出航手続き、各種許可証の発行など、事務的な役割を担っている部署だ。
アークスなら誰もがお世話になっているはず……なのだが。
「多分、その子の言ってる管理局と管理部は別よ」
「────違う違う、俺たち管理局じゃない」
(
「管理局、違う。OK?」
どうやら伝わったらしい。
彼女たちはホッとした表情で、胸をなで下ろしていた。
そこから話はとんとん拍子で進んだ。
向こうからの質問にYES/NOで答える形ではあるが、こちらの知りたいこと、街の場所も聞くことができた。
「いやぁ、助かったぜ。ありがとな嬢ちゃんたち! 礼と言っちゃなんだが、受け取ってくれ」
(わ、ケーキ! くれるんですか?)
「おう、ナウラのショートケーキだ。体の底から元気が沸いてくるぜ」
少女二人は目を輝かせて受け取り、さっそく付属のフォークで口に運ぶ。
少年の方は戸惑いの方が大きいようであるが、それでも受け取ってくれた。
「それじゃ、オレたちは行くわ。ありがとな」
(あ、もう行かれるんですか? えっと、ケーキありがとうございます。とっても美味しいです。夜ですから道中気をつけて下さい)
「おう! いい夢見ろよ!」
手を振り少年少女たちと別れる。
彼女らの話では、東に二十キロほど行ったところに街があるらしい。
そこに行けば、色々情報を得られるはずだ。
「いい奴らだったな」
「そうね…………ところで、ナウラのケーキがあるなんて聞いてないんだけど?」
「アイテム確認のときに途中で止められたからな」
"ナウラのケーキ屋"のケーキはそれはもう人気の品だ。
神出鬼没の移動販売、しかも数量限定のため、夢にまで見ても手に入らず枕を濡らす者も多くいる。
そんな貴重な者をザンバは、軽々しく渡したのだ。
「つっても、オレはよく会うし」
「どういう運してるのよ……それで、その…………私の分は?」
おずおずと言うミズーリに、ほいっと右手で差し出されるショートケーキ。
ザンバの左手には、もう一つ乗っている。
「歩きながら食おうぜ。景気付けに」
「ケーキだけに?」
「…………おお、確かに!」
彼らに教えてもらった通りに森の脇にあった道を辿って東に向かうと、海の入江を囲む街が見えてきた。
夜明け前ということで街の灯りはほとんど消えているが、港の方はというと、これから漁に出るのであろう漁船がいくつも明かりを灯していた。
「なかなか綺麗な街じゃない」
小高い丘の上から街全体を見下ろし、ミズーリはそう口にした。
都会のゴミゴミした場所から離れ、豊かな自然と共に過ごすにはとてもいい場所だ。
そして実際、そういう街なのだろう。工場のような産業施設が見当たらないことを考えれば、観光業を生業としていることが分かるし、客船のようなものも港に停泊している。
「船や建物を見る限り、文明レベルは地球並ね」
「なあ、今更なんだが、どうして街に来たんだ? あのリリィって子がオレたちと話せるんだから、アイツらに着いていった方が良くないか?」
「ホント今更ね。そういうのは道中に聞きなさいよ」
はあぁ、とミズーリはため息を吐く。
それからアイテムパックから環境調査キットを取り出すと、ザンバに渡した。
「その中の観測素子を街中にばら撒いて来て。人が多いところを狙ってね」
「おう、それはいいけどよ」
「帰ってきたら教えるわ…………というか、士官学校で習ったと思うんだけど?」
「オレ、戦闘技能の一点突破だから」
「聞いた私が馬鹿だったわ」
はよ行けとザンバを追い出し、ミズーリは仮想端末に向き直る。
ザンバの足なら小一時間もすれば、全部撒いてこれるだろう。それまでに各種設定を終わらせておきたい。
カタカタとコンソールで設定を進める中、ある言葉がミズーリの頭をふと過ぎった。
「管理局…………管理局ねぇ……」
彼女たちはそれを恐れていたようだが、一体何なんだろうか。最近聞いたことがある気がするのだが、どうにも思い出せない。
局ということは、この世界あるいは国の官庁の一つなのだとは思う。それを恐れるということは、この世界の敵、逃亡者……犯罪者?
「犯罪者っぽくはなかったわね」
黒髪の少女の方は戦い慣れしている雰囲気だったし、少年の方も少しは齧っているようであったが、犯罪者にしては性根が真っ直ぐだった。
話した時間は短いが、それでも分かった。
「ああもう、イライラする! 管理局管理局……何だったかしら」
結局、ザンバが帰って来る頃になっても、それは記憶の引き出しから出てこなかった。
諦めて考えるのを止め、ミズーリは街中に設置した観測素子からのデータ収集と解析に腰を据える。
「で、何で街に来たかったんだ?」
「一番は、大量の会話データを集めるためよ」
「会話データ? そんなの何に使────ああまて、やった。確かに士官学校でやったぞ、会話データ集め。翻訳機を作るために!」
正直、これで思い出さなかったらザンバを士官学校に叩き返そうと思っていたが、ギリギリで思い出したのでミズーリは心の中で舌打ちをする。
「確かにな、さっきの三人だけじゃデータ全然足んねえよな」
「とにかくデータ量がモノを言うからね」
例えば挨拶。人と人とが会って最初に交わす言葉であるが、必ず会って最初に交わすわけではない。
ではどうやってある言葉を挨拶と断定するのかといえば、人と人とが会って最初に交わす確率が高い言葉を挨拶と断定するのである。
そのためにも沢山のデータが必要であり、沢山の会話データを集めるには、人が沢山いる場所、つまり街に来くのが手っ取り早い。
「ま、後は文明レベルが正確に分かるし、この惑星の常識もある程度把握出来るし」
「なるほどなぁ…………因みに、いつ解析が終わるんだ?」
「…………三日」
「みっか!?」
「仕方ないじゃない、手持ちの端末しか使えないんだから!」
アークスシップと繋がれば、もっと高性能な端末にデータを送って解析なんてこともできるし、何ならそういうことが得意なシエラに頼むこともできるのだが。
無いものは無い。
「明日には片言なら通じるようにするから、そしたら聞き込みで情報収集するわよ」
「明日かー……その間、鍛錬してていいか?」
「やるなら素振りじゃなくてランニングにしなさい。そしたらこの辺の地形データも一緒に取れるから」
「了解。んじゃ、適当に走ってくる」
さっそく走り出そうとしたザンバをミズーリは引き止める。
いつもの癖で背中に収めた大剣であるが、街を観察した感じ、武器の類を堂々と持っている人はいない。
おそらく、武器を目に見えるところに持つのは非常識なのだろう。アイテムパックに仕舞った方がいい。
なに、ザンバなら素手でもロックベアとタイマンはれるのだから、多少武器を取り出すのがもたついたって、早々問題にならないだろう。
「あ、それから、くれぐれも
「おう、気をつける」
Tips
トーマ・アヴェニール:Forceの主人公。自分探しの旅をしてたらEC事件に巻き込まれた。スバルに『家族になろう』と言われ悩む15歳の男子。
リリィ・シュトロゼック:人体実験されてた女の子。トーマに助け出されたが、実験の影響で声が出なくなった。シュトロゼックシリーズの4th。
ディバイダー:通称「魔導殺し」。対魔導師のメタデバイス。オリジナルは古代ベルカの遺産で、コピー品が流通し始めており、管理局は調査を進めている。また古代ベルカかいい加減に次郎。