『では、”フッケバイン
「確証はありません。ですが、手口がかなり違います」
ルヴェラ鉱山遺跡にある施設への襲撃事件。その調査結果を報告するため、アギト一等空士は上司であるティアナ執務官と次元通信を繋いでいた。
「設備も資材も、ほとんどそのまま残されていますし、なにより死者が出ていません」
襲撃があったのは昨日の夜。
侵入者は経路の電子錠を見事なハッキングで突破し、誰にも見つからずに施設の最深部までたどり着いている。
しかも、ほぼ最短ルートで。まるで何かに導かれるかのように。
「施設職員の証言によると、襲撃者は十代半ばの少年とのことですが」
『…………今判明しているフッケバインのメンバーに、該当者はいないわ』
「やはり別口でしょうか?」
『そうね、私もそう思う』
フッケバイン一家の手口は、もっとシンプルだ。
堂々と殺して奪う。
「ただ、その少年がフッケバインの構成員でなかったとしても、フッケバインの方から少年に接触してくる可能性はあります」
むしろ、高い。
フッケバインは少年が盗み出したと思われるディバイダーとリアクターを収集している。
そして、もし仮に少年がすでに”感染”していれば、あるいは少年ごと奪いに来るかもしれない。
「とにかく、少年の迅速な発見と確保を目指します」
『ありがとうアギト。頑張ってくれて助かるわ』
「とんでもないです。ティアナさんの方の調査はどうですか?」
『……ひどいものよ』
ティアナが調査に赴いた第18管理外世界、そこではディバイダー保有者の手によって、村一つが消し飛んでいた。
生き残りはごくわずか。
地形すら変わり果て、遺体があるだけマシといった状況だった。
『犯人は男女の二人組。間違いなくディバイダー保有者なのだけど……』
「何か気がかりが?」
『……いえ、忘れて。それより、今後も連絡は密に取っていきましょう。シグナム一尉にもよろしくお伝えして』
「はいっ! それでは、失礼します」
互いに敬礼を返し、アギトは通信を切った。
「シグナムー、報告終わったよ」
「ん? ああ、アギトか」
遺跡の近くにある崖の上。
物思いにふけっていたシグナムは、飛んできたアギトに声をかけられ、現実に引き戻された。
「ご苦労だったな」
「なぁに、大したことないよ」
差し出された手の上にポスリと座り、報告用に借りていた端末をシグナムへと返す。
「それより、どうかした? ぼーっとしてたじゃん」
「なに……嫌な感じがしてな」
まるで
「……応援呼んでおくか?」
「いや、いい。どこも手一杯だろう。それにお前がいるからな」
「っ、へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
ならば期待に答えなければと、アギトは気合を入れ直す。
「それで、襲撃者の足取りは掴めたのか?」
「近隣の街に立ち寄ったのは間違いないよ。周辺に手配はかけておいた」
どうも徒歩で移動しているようであるため、そう遠くへは行っていないはずだ。
こちらから追いつつ、先回りして街に警備網を敷いておけば、そう経たない内に尻尾をつかめるだろう。
「できれば、大人しく投降してくれると助かるんだけど」
「望み薄だな。何せ相手はEC兵器──ディバイダーの保有者だ」
エクリプスウィルスに感染していると考えた方がいい。
あるいはすでに発症しているかもしれない。そうなれば、強烈な破壊衝動に飲まれ、こちらの話など聞く耳を持たないだろう。
「何にせよ、我々のやることは変わらない。必要とあらば打ち倒して確保するだけだ」
それが誰であろうとも。
「ふわぁ……ねむ………」
日はすっかり昇り、少し肌寒かった夜からポカポカ陽気の昼へと時間は移る。
街と海、そして遠くの山とが描く絶景が眺めながら、ミズーリは欠伸を吐いた。
時差ボケである。
昼から夜に飛ばされたせいで地球に合わせていた体内時計がすっかり狂ってしまい、ちょうど昼を超えた今になって眠気がやってきた。
仮眠を取るべきか、少し迷う。
ちょうど言語解析の方はミズーリの手を離れ、後はデータが集まるのを待つだけになった。
別に我慢はできるが、それで眠気がなくなるわけではない。だが、この惑星で長期活動となるなら、昼夜の体内時計を合わせるべきだ。
「……そういえば、終わってない報告書がいくつか有ったわね」
ミズーリは少しの間考え、結局寝ずに夜まで過ごすことにした。
言語解析とは別に仮想コンソールを呼び出し、手持ちの資料を漁る。
「一番期限が近いのは…………地球の映像娯楽に関するレポートね」
書いたところまでさらっと目を通し、続きを書くべく映像を呼び出す。
つもりだったのだが、
「……データ破損?」
直前に見ていた映像作品だけデータが破損し、再生ができない状態になっていた。
元々破損していたならともかく、一度端末に取り込んだデータが破損するなど聞いたこともない。
聞いたこともないが、今起きているのだから、そういうこともあるのだろう。
大方、あの空間に取り込まれたことが原因だとは思う。
「修復は……ダメそうね。続き気になってたのに」
念のため端末内のデータを全てチェックするが、どうやら破損したのはこれだけのようだ。なんでここだけピンポイントにと思うべきか、他の重要なデータが無事で良かったと思うべきか。
「あっ」
思い出した。
管理局、どこかで聞いたことあるはずだ。まさにこの破損した映像作品に出ていた組織の名だ。
時空管理局。次元世界の平和と安全を守る組織だが、宇宙の平和を守るアークスとは少し毛色が違う。
地球で言うところの警察と軍隊とが一緒になったような組織だ。
てっきり何処ぞの惑星にある組織かと思い、ずっと考えていたが、創作物となるとあの少年たちの言う管理局とは別物のようだ。
思い出せてスッキリしたが、手がかりが無くなってしまった。
元から細い手がかりだ。あまり期待はしていなかったが、それでも手が一つ減ったことには変わりない。
とはいえ、調査の手間が省けたと思えば、どっこいどっこいか。
「……ん、ザンバから通信?」
ミュンミュンという
『おーす、ミズーリ。聞こえてる?』
「聞こえてるし映ってる。で、どうしたの?」
『いや何かさ、オレの端末がダーカーの反応を拾ったっぽいんだよね』
「ぽいって何よ。ログ見てみればわかるじゃない」
『見てもわかんなかったから連絡したんだって。とにかくデータ送るから見てくれよ』
「はいはい……」
ほどなくして、ザンバから観測データが送られてきた。一緒にザンバが走り回って取った地理情報も付属している。
データを開いて見てみると、ダーカー反応らしきものが観測データログにしっかり残されているが、なるほど確かに。これは見たことないタイプの反応だ。
場所は…………
「山の向こうって、アンタ何処まで行ってんのよ」
『いやいや、オレも考えなしに行ったわけじゃないんだぜ? ほら、山頂からなら広く見渡せるだろ』
「確かに一帯の地図は完成してるわね」
『だろ?』
「で、本当は?」
『道に迷った』
そうでしょうねと、ミズーリは小さく呟いた。
別にザンバは方向音痴なわけじゃない。ここに行けと言えば、そこにちゃんとたどり着く。
ただ、計画性がないだけだ。計画性がないから地図も見ないし、好きにしろと言われれば気の向くままに動き、結果帰り道を見失う。しかもそれを冒険と言って楽しんでるからタチが悪い。
初めはやめるよう口うるさく言っていたミズーリだったが、ザンバが聞く耳持たない上に、不思議な事にこの事がマイナスに働いたことがないため、最近ではため息一つ吐くだけになった。
「今からそっち行くから、そこに居なさい」
『了解、どのくらいかかる?』
「夕暮れには着くわよ」
走って向かって、だ。
ライドロイドがいればすぐに着くのに。はぐれたことが悔やまれる。
だが、無いものねだりしても仕方がない。軽くストレッチをして、ミズーリは走り出した。
「うぇ、これ完全にトーマが犯人扱いじゃん」
一人街へと下りたアイシスは、警邏隊の人から手渡されたビラを見てそう呟いた。
ビラには、早朝にミヘナ街道の教会が襲撃され、その重要参考人としてトーマの写真が貼られていた。
また、街の緊急用の放送設備からは、同様の内容が繰り返し放送されており、街道各所に敷かれた検問への協力を呼びかけている。
幸いと言っていいのか、リリィとアイシスのことは何も書かれていない。
もちろん犯人はトーマじゃない。
教会を襲撃し、シスター三名を殺害したのはフッケバイン一家のヴェイロンだ。
彼はトーマのディバイダーと
口封じのため、
「こりゃ、私だけで下りてきて正解ね」
今朝、トーマが高熱を出して寝込んだためリリィを看病に残し、アイシスだけで街に下りて薬や食料の買出しに来た。だが、こうも管理局の手が早いとは、アイシスの予想外だった。
買うものも買ったし、さっさと街からずらかるべきだろう。
「それにしても、リリィが『毒』、ねぇ……」
街に下りる前、泉で水汲みに行った際にリリィが話してくれた。リリィが居た施設の人曰く、
そのせいで触れた人、近づいた人をみんな殺してしまうのだと。だからきっと、トーマの高熱もそのせいなのだと、リリィは涙を流していた。
「トーマの異常な回復力、違法施設、毒……」
アイシスは手に持ったリンゴをぽーんぽーんと放りながら、トーマとリリィの発言を振り返る。
そうして一つ一つ整理してみれば、頭の中でかちりかちりとパズルが組み上がり、全体像が見えてきた。
「リリィが居たのは、生体兵器の研究施設ね」
まず間違いない。
リリィはその研究成果で、トーマは
そして一番の問題は、その研究が違法であり、追っ手に見つかれば証拠隠滅のためにその場で殺されてもおかしくないということ。
管理局に見つかった場合は、事情も聞かずに即逮捕ってところだろうか。施設側の息がかかってなければ、まあ死ぬことはないだろうが、息がかかっていたらアウト。見分ける方法なんかない。
ついでにアイシスは実家に強制送還で、この旅行も終了、と。
「面白い
放っていたリンゴをしゃくりと一口かじる。
みずみずしい果肉、爽やかな香り、甘い果汁。美味しいと間違いなく言える物であるが、それを味わうアイシスの顔は複雑だ。
面白以外でトーマとリリィに付き合う義理はない。
損得で言えば、ここで
「けど……まあ、なんだ」
たった一日だけど、トーマとリリィの笑った顔が忘れられない。
これまでアイシスには歳の近い友達など、ほとんどいなかった。本当に久しぶりのことで、そうだ、情がわいたのだ。
「保護してあげるのも、面白くはあるのかな」
あの二人が死んじゃわないように。
自分の正体がバレないように。
大きく放り投げたリンゴをパシリとキャッチし、アイシスは軽やかに歩き出した。
日が山裾に掛かり、辺りを赤く色づかせる。
ミヘナ街道から外れ、森に深く入った場所でリリィはトーマの看病をしていた。
朝から高熱にうなされていたが、ようやくこの時分になった熱が引いてきた。未だ意識は戻らないが、それでも幾分か苦しそうな表情が薄れている。
そのため、トーマのデバイスであるスティードはしばらく離れても問題ないと判断し、辺りを見回りに行ってしまった。
あと少し様子を見ていれば、容態の変化に居合わせただろうに。
「あ、がぁ! あああああッ!!」
それまでは寝返りすらせずに寝ていたトーマが、突然起き上がる。
四つん這いになり、悲鳴を上げて何かをこらえる。
(トーマ!? トーマ、トーマっ!!)
リリィの必死な呼びかけも、トーマの頭には入ってこない。それどころか瞳は激しくぶれ、何物も写していない。
トーマの中で何かが組み変わっていく。
破裂してしまうのではないかというほど心臓が強く鼓動し、冷たい汗が絶え間なく流れ落ちる。
胃のものを全てぶちまけ、それでも足らず、黄色い胃液を絞り出す。
容態の急激な変化にリリィは、ただトーマが地面に崩れ落ちてしまわないよう支えることしかできない。
(アイシスッ! スティードッ! ────ダメ、届かない)
どうして自分はこうなのか。こんなときに声の一つ出てこない。
リリィは己の不甲斐なさに涙を流した。
「そのまま放っておけ。
がさりと音がしてリリィがそちらを向くと、いつの間にか二人のそばに長身の女が立っていた。
獣を思わせる褐色の肌。砂漠色した髪は腰まで届き、手には長刀型のデバイス。そして右目は眼帯に覆われていた。
(あなたは……?)
「サイファー。だが覚える必要はない。どうせお前はすぐにでもその少年とひとつになる」
(ひとつ? それにエクリプスドライバーって……?)
「む、論理破損か? リアクトプラグがその役目を忘れるとはな」
するりとサイファーの長刀が鞘から抜かれた。
リリィは思わずトーマを庇うように抱きしめる。
「退け、破損プラグに用はない。二度は言わんぞ」
分かっている。リリィは自分の身を盾にしたって何の意味もないことくらい。
けれど、それでも。
離れたくなかった。逃げたくなかった。トーマと一緒に居たかった。
「判断機能すら破損したか。ならば切るまでだ」
すっとサイファーの腕が上がる。
リリィはサイファーから目を逸らさず、強く睨む。
サイファーはその目に、彼女の意志と覚悟を見い出し、ほんの一拍、惜しいと思った。
そしてその一拍が、彼らを救った。
振り下ろされる腕に、炎のように赤い魔法の鎖が絡みつき、その動きを止める。
「全員動くなッ! 武器を捨て、両手を上げろッ!!」
「……ほう?」
サイファーはゆっくりと鎖の元をたどり、顔を空へと向ける。
彼らの上空にいたのは、一人の騎士と、一体の融合機。
「管理局特務六課だ。危険物所持および暴行の現行犯で逮捕する」
烈火の将シグナム、炎の融合機アギト。
一拍が、彼女らの到着を呼んだ。
「ふっ、ぬるい拘束だな」
サイファーはさして力を込めた様子もなく、アギトのバインドを引きちぎる。
それを見たシグナムとアギトは警戒を一段上げた。
「『動くな』と警告したぞ。そこから一歩でも動けば、
「面白いことを言う騎士だ。
サイファーは獰猛な笑みを浮かべる。
そうだ、ただ切るのではつまらない。血湧き肉躍る戦いこそ、サイファーの望み。
「おい、そこの破損プラグ。死にたくなければ、そこを動くなよ」
サイファーは背後にいるリリィに振り向き、警告する。
「お前たちはもう、局の連中にとっては
「あたし達がそんなことするかよ!」
「ふん、どうだかな」
サイファーはトーマをアジトへ連れ帰るつもりなため、ここで死なれては困る。
守ってやるつもりなどないが、見える所にいてもらわねば巻き込まれないよう気を使うこともできない。
「それから、私の戦いをよく見ていることだ。そうすればお前も、己の成すべきことを思い出すだろうよ」
そう言い残すとサイファーは地を蹴り、空へと上がった。
木々を超え、ゆっくりとシグナムたちと同じ高度まで上がる。
「さあ、武器も捨てずに動いたぞ。どうする、公僕?」
右手には長刀を、左手にはその鞘を逆手に持ち、サイファーは笑う。
シグナムは己のデバイス、レヴァンティンをすらりと抜くと、見せつけるようにカートリッジをロードした。
『Explosion』
「────斬る」
シグナムの炎熱変換により、レヴァンティンが激しき焔を纏う。
それなりに離れているはずなのに、サイファーは熱さを感じた。あれをまともに食らえば、腕の一本は楽に飛ぶだろう。
だが、そうこなくては面白くない。
お互いに得物を構えて数秒睨み合い……踏み込んだのは同時。
激しい鍔迫り合いが、彼女らの因縁の一合目とあいなった。
Tips
フッケバイン:次元指名手配されている少数精鋭のギャング団。全員がエクリプスウィルス適合者。目撃者を残すような雑な仕事はしない。
エクリプスウィルス:謎のウィルス。物語のキーだが明かされる前に休載となった。ウィルスに適合した者は再生能力や魔力分断能力を得るが、強い殺人衝動に駆られることになる。無理に衝動を抑えると再生能力が暴走して肉の塊になる。
アイシス・イーグレット:Forceのヒロイン②。修行漬けの日々に嫌気が差して家出した少女。多分。その辺明かされてないし。アロマに扮して爆薬を持ち運ぶ。ぺたんこなのを指摘された際は「このサイズが気に入ってる」と言ったが、気にしている模様。