こういうのは守護輝士の仕事だと思う   作:シャケ@シャム猫亭

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Hrは遅れてくるというより先を突っ走る

 ──保留。

 それがミズーリの説明を聞き、八神はやての出した答えだった。いや、答えではないのだが、少なくともその場での回答はそれだった。

 理由は至って簡単。

 ミズーリ達のことよりも優先順位が高いことがあるというだけ。

 

(やっこ)さん、捕捉したって?」

 

 知らせを聞き、急ぎ艦橋(ブリッジ)へ戻ったはやては、艦長席に座ると近くに座っているオペレータへと状況を尋ねた。

 

「本艦前方、距離5000。相対速度から、まもなく交戦距離へ入ります」

「ようやくやな」

 

 モニターに映し出された敵艦船を見て、はやては呟いた。

 フッケバインの移動拠点、飛空艇フッケバイン。凶鳥と呼ばれる由縁であり、彼らが無敵を気取っていられた理由の一つ。

 大型飛翔戦艇(エクスアッド)にも関わらず小型艇並みの機動力を持ち、艦艇単体で次元を渡れるほどの相転移能力を有している。さらには艦載魔導武装の一切合切が通らないという馬鹿げた装甲まで持っているのだ。

 だが、いつまでも勝手はさせるものか。

 

「操舵長! ここを(のが)したら次はもうないと思ってな」

『了解! 逃がしませんっ!!』

 

 操舵長のルキノ・ロウランへと通信を入れれば、力強い返答が帰ってくる。

 

「各員、戦闘配備! 射程に入り次第、敵艦機関部に向けて主砲を発射する! 主砲二人、準備ええかッ?」

『アグレッサー1、了解! ストライクカノン、準備完了!』

『アグレッサー2、了解だ! 敵艦上空へ移動する!』

 

 艦首甲板に上がっていたなのはとヴィータも、やる気十分のようだ。

 はやては敵艦に通信を入れ、投降勧告をする。

 

「こちら管理局艦船ヴォルフラム。飛空艇フッケバイン、直ちに停止し投降しなさい。一分以内に応じない場合、武力行使に移ります」

 

 ──が、無視。

 

「ま、わかってたことやけどな」

 

 だがこれで、公人として果たすべき段階は全て踏んだ。

 

兵装使用自由(ウェポンズフリー)や。魔導砲アウグスト、撃てェッ!」

 

 直後、ヴォルフラムの船体中央に取り付けられた長射程魔導砲から、高密度に圧縮された魔力が放たれた。

 地形を軽く変える程の威力を持った砲撃だが、飛空艇フッケバインへの着弾寸前で敵艦を覆う障壁に阻まれる。

 

「アウグスト、敵艦の魔力中和フィールドにより消失。効果ありません」

「構わへん、このまま撃ち続けて」

 

 効かないことは、過去の交戦データからわかっている。

 嫌がらせ程度にしかならないが、だが嫌がらせをしているうちは敵艦の転移能力を封じれる。

 

「二射、続いて三射……敵艦へのダメージありません」

「敵艦との距離はいくつや?」

「2500です」

「そろそろやな──アグレッサー1、機関部へ向けて攻撃用意!」

『了解! ストライクカノン、構え』

 

 なのはは身の丈程もある魔導砲を腰だめに構え、ストライクカノンを砲撃モードへと切り替えた。

 パシュッと空気が抜けるような音と共に刀身の部分が上下に開き、銃身へと変わる。

 

『駆動良好、エネルギー充填90……完了。合図どうぞ!』

「敵艦との距離2200……2100……主砲射程入りました!」

「撃てェッ!」

 

 はやての合図と共に、なのははストライクカノンの引き金を引く。

 貯められていた魔力が変換器(・・・)を通り、銃身から飛び出す。目に見えぬそれは敵艦へと着弾するとその場で爆発を起こした。

 その衝撃に敵艦が揺れ、表面の装甲は(ひしゃ)げ、あるいは剥がれ落ちる。

 

「アグレッサー2、プラズマパイル、撃てェッ!」

『うおおおおおらああッ!!』

 

 敵艦上空で待機していたヴィータが、装甲が剥がれた箇所に向かってウォーハンマーを振るう。

 こちらも貯められた魔力が変換器を通り、プラズマジェットの杭として敵艦へと放たれ、その装甲を穿つ。

 

「着弾確認! 敵艦上部隔壁を貫通しました!」

主砲隊(アグレッサー)は引き続き敵艦機関部を攻撃! 本艦は最大戦速にて敵艦に接近し、接舷攻撃へ移る! 突入隊(ライオット)、準備は()えなッ!?」

『ライオット1から3まで、いつでも行けます』

 

 艦首右舷に位置するカーゴルームでは、フェイト、エリオ、スバルの三名が待機しており、ハッチが空くのを待っている。

 それぞれ、第五世代デバイスとなったバルディッシュ、ストライクカノン、そして手甲型AEC武装『ソードブレイカー』を装備し、準備は万全だ。

 そんな中、エリオが心配そうな顔でスバルへと話しかけた。

 

「スバルさん、大丈夫ですか?」

「ん、何が?」

「トーマのこと、心配なんじゃ……」

 

 トーマはスバルの家族だ。正確に言えば、この春には家族の一員として迎え入れる予定の子なのだが、スバルにとってはもう家族だった。

 それがディバイダー並びにリアクターの強奪、それに施設破壊の容疑者となって追われている。もしかしたら、エクリプスウィルスに感染したかもしれない。

 

「心配はしてる。けど平気」

 

 トーマのことを探して、真相を知りたいという気持ちはもちろんある。

 けれど、それで任務を放り出す程スバルは子供じゃないし、気持ちの切り替えが出来ないようでは銀制服(シルバー)になんて成れない。

 

「ありがとエリオ。エリオの方こそ、心配しないで」

「……はい」

 

 スバルは、ぽんっとエリオの肩を叩く。昔だったらきっと頭を撫でていたのだろうが、今はもうエリオの方がスバルより頭一つ背が高い。

 けれど彼の優しさは、何一つ変わっていないようだ。

 

「さあ、行くよ、二人共」

 

 フェイトが声をかけるのと同時、ガコンと音を立てハッチが開いた。

 そこから見える空は青々と澄み渡り、眼下では雲海が勢いよく後方へと流れている。

 

「目標確認。突入隊(ライオット)、敵艦後部へ乗り移ります!」

『中の構造はわからへん、気ぃつけてな!』

「了解! スバル、エリオ、突入するよ!」

「「はいっ!!」」

 

 ライオットチームはハッチから飛び立つと飛空艇フッケバインの外壁へと張り付き、ヴィータのプラズマパイルによって穿たれた穴から艦内へと侵入を果たした。

 ここまでははやての作戦通りだ。

 だが、想定外もある。

 

「司令ッ! 敵艦の損傷が修復しています! それに飛行速度が上昇──ッ!」

「敵艦の頭抑えるんは無理か……このまま最大戦速を維持、離されんように!」

 

 主砲隊が与えた損傷が、まるで生き物のように再生し、修復していく。

 いや、飛空艇フッケバインはエクリプスウェポンであることを考えれば、まるでではなく、まさになのだろう。

 

「アグレッサー、攻撃継続や。ライオットチームの退路を確保しておきたい」

 

 その指示になのはは了承を返し、再びストライクカノンを敵艦へ向ける。

 だが、一発放ったところで、ストライクカノンからアラートが鳴った。

 

「っと、バッテリー残量もう40%?」

 

 想定よりもずいぶんとバッテリーの減りが速い。

 やはり、試験と実戦では勝手が違うということか。

 なのはは少しでもバッテリーの持ちをよくするため、反動制御等の補助システムをオフにし、装填速度を低速(ロー)に切り替える。

 

 CW社(カラドヴォルフ)製のAEC武装は、実戦装備としてはまだ問題が多い。

 魔力を物理エネルギーへと変換するシステムと、その動力源であるバッテリーのせいで装備が大型化してしまう上、バッテリーの残量が減れば減るほど威力が落ちるという出力の不安定さ、さらには継続戦闘時間の短さという問題も抱えている。

 それでも、現状『魔導殺し』を相手にできるのはAEC武装か第五世代デバイスしかない。第五世代デバイスもバルディッシュが実験台(テスター)になってくれているが、まだまだ使い手を選びすぎる。

 せめて給電コンバータが実装されれば、別電源と繋いだ状態で使用できるようになり、少しは改善されるだろうが…………。

 

「相手は待ってくれないものね」

Let's do what we can do now.(今できることをやりましょう)

「うん──アグレッサー1から2へ、次弾着弾点へ的を絞って下さい!」 

『広く攻撃してても修復されちまうもんな、了解だッ!』

 

 攻撃地点は、先ほど突入隊が入った機関部の上部隔壁。

 なのはがストライクカノンを撃ち、次弾装填(リロード)中にヴィータがプラズマパイルを放つ。

 攻撃箇所を集中した分、二人は余裕を持って敵艦の修復速度を上回る攻撃を加える。無論、その余裕は継続戦闘のための余裕だということは二人ともわかっている。

 ここで欲張って、さらに攻撃を加えたりはしない。

 

「司令、敵艦から徐々に離されています!」

「主翼に攻撃が行かなくなったせいやな……操舵長、駆動炉を限界まで回して!」

『了解ッ! 駆動炉出力80%から100%まで上げます!』

 

 ルキノは手元のコンソールを操作し、ヴォルフラムの駆動炉の安全装置を切る。

 炉の異常を知らせるアラートがいくつも鳴るが、無視あるいはギリギリの値を維持するように調整し、再び操舵に戻る。

 

『本艦速度上昇。敵艦との距離、主砲射程内を維持してます!』

「まもなく海上や。そしたら決めに────ッ!!」

 

 

 

 ドクンッと空間がブレた。

 死神がその大鎌でもって魂を刈取るかのように、全てが根こそぎ奪われる。

 はやてのように辛うじて意識を保ててたのは数人。ヴォルフラムの乗務員のほとんどは倒れ、中には心停止した者までいる。

 艦内のシステムは軒並みダウン。明かりは消え、空間投影型のモニターも無くなり、緊急時の補助システムが発する警告の赤だけが艦橋内を照らし出す。

 

「──ッ、なんや……何が起きたっ!? 管制、状況報告!」

 

 はやての疑問に答えるものは居ない。

 通信システムも落ちてしまい、まるで状況が掴めない。

 

『──ら、操舵、室……』

「ルキノ、無事かッ!?」

『デバイスにAED機能が付いてたお陰で……いま、艦橋回りのシステムだけは何とか復旧しました』

「助かる。すまんけど、合わせて状況報告頼むわ」

『確認…………本艦は何らかのエネルギー干渉を受けたようです。駆動炉の出力は12%まで減少、乗務員の八割が業務継続困難です』

 

 そしてどうやら干渉を受けたのはヴォルフラムだけではない。フッケバインもエンジンを停止し、機体運動は乱れ高度も落ち始めている。

 

「アグレッサー、そっちは?」

『アグレッサー1、砲撃継続不能──っ!』

『アグレッサー2、飛行継続不能……着艦する』

 

 突入隊の方も状況を確認したいが、通信が繋がらない。

 生命活動(バイタル)サインだけは何とか拾えてるため、生きていることはわかるが無事かどうかはわからない。

 

「ルキノはこのまま艦の復旧を急いで。動ける人は仲間の救護最優先や!」

 

 そうは言いつつも、はやても何かに捕まってなければ立っていられない程だ。

 それでも、近くのオペレーターに回復魔法を掛け救護に回るが──

 

「ああもう、この際ネコでも構わへん! 手が足りん!」

 

 言っても詮無いことだとはわかっている。だが、口にせずにはいられなかった。

 

 

 

「────そこは猫じゃなくて、私達(アークス)を呼んで欲しかったかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 尋問を終えたミズーリは無事に嫌疑が晴れ、拘置室から談話室へと場所を移した。

 押収されていた服やアクセサリーなども返してもらい、貫頭衣から戦闘服(ソフィスレーナル)へ着替え済みだ。ただ、武器だけは返してもらえてないない。

 危険物所持という点は、残念ながら嫌疑ではなく現行犯だからだ。

 次元漂流者ということで大目に見てもらえるが、所持登録申請が終えるまでは返ってこないらしい。

 

「コーヒー飲みます?」

「いただきます」

 

 ティアナが気を利かせて持ってきたコーヒーを受け取り、窓際の席に向かい合って座る。

 コーヒーという言葉に思わずいただくことを決めてしまったが、見た目はオラクルと同様の物のようだ。味は……コーヒーだ。

 

「……地球があるんだから、そりゃそうよね」

「はい?」

「いえ、こっちの話です」

 

 大方、地球からの次元漂流者(カフェイン中毒者)が広めたってところか。良いものは広まるものだから。

 種苗法がどうたらとか、外来種がどうたらとかは上手いことやってるのだろう。 

 因みにアークスは、その辺については基本的に相手先の法に従うようにしている。

 

「それにしても、私達がアニメ……ねぇ」

「資料によれば、かなりの人気作だったみたいですよ」

 

 アニメに漫画、ドラマCDにゲームに映画まで。

 地球におけるメディア文化はおおよそ網羅していた。

 

「人気って言ったって……何か誰かの手の平の上みたいで」

「あ、それは違いますよ」

「──違う?」

「私達もPSO2(ゲーム)だった世界があったから、その時色々調べたんですけど────」

 

 メディアというのは異世界、あるいは別次元を覗く『窓』というのが、オラクルの見解だ。

 つまり、『誰か』によって自分たちの世界が生み出されたのではなく、自分たちの世界を『誰か』が観測してそれをメディアに落とし込んだに過ぎないということ。

 

「まあ、別次元のことなんて考えても仕方がないですよ。どうにもならないんですし」

「その別次元も含めて守るのが時空管理局なんですけど……」

「…………そういえばそうですね」

 

 ミズーリは誤魔化すように目を逸らし、こくりとコーヒーに口を付けた。

 

「……ミズーリさんは、どこまで知ってるんですか?」

「どこまでって……ああ、この世界の未来のこと? 全然ですよ。なにせStrikerS(ストライカーズ)の途中──JS事件の途中までしか観てませんから」

「ということは、6年前ね」

「知ってることなんて、ティアナさんが高町なのは教導官に『少し、頭冷やそうか……』って怒られたことくらいですよ」

「ッ!? あ、あれはっ! その…………お恥ずかしい限りです」

 

 ティアナは思わずコーヒーを吹き出しそうになるが何とか(こら)え、恥ずかしそうに少し顔を赤らめる。

 

「因みに、あれ滅茶苦茶怖かったんですが、実際のところどうでした?」

「……思い出したくないです」

 

 赤みがかっていた顔が、さぁっと青くなった。

 ティアナにとって、あれは忘れてはいけないことなのだが、忘れていたい事柄でもある。

 かたかたとティアナが手に持つコップが音を立て、それを見たミズーリは露骨に話題を変えた。

 

「あー……その、ザンバ遅いですね」

「──え、あ……もうすぐ来ると思いますよ」

 

 ミズーリの尋問が済むまでは何をおいても無言を貫き通していたが、ミズーリからザンバの端末を返し、捜査協力に応じるよう言ってもらえれば、素直に応じた。

 口裏合わせが無いよう、ミズーリはその後すぐに拘置室に戻されたが、ティアナの確認する限りでは二人の証言に乖離(かいり)は無い。

 すでに装備は返却されたので、着替えたらこちらに来るはずだ。

 

「っと、噂をすればってやつね」

 

 通路に繋がる扉が開き、ザンバが談話室に入ってきた。

 二人を見つけると、嬉しそうに席に近づく。

 

「よっすミズーリ、さっきぶり」

「そうね、次は久しぶりにしてくれないかしら」

「でも会ってくれんだな」

 

 ザンバは遠慮なくミズーリの隣に座り、ミズーリはそのでかい体に押され、迷惑そうにする。

 さっきまでザンバを待っていた時の態度とはまるで違い、ティアナは呆気に取られた。

 

「で、ミズーリ。なんで捕まるって選択肢を取ったのか教えてくれよ」

「私は彼女たちが良い人だと知っていました。捕まっても話をちゃんと聞いてくれると踏みました。無事誤解が解けて解放されました。以上」

「なるほどな、大体わかった」

「──えっ!? そ、それでいいんですか?」

「おう、細かいことは全部ミズーリに任せる」

 

 それは信頼と取るべきか、それとも思考放棄と取るべきか。

 だが、これまでそれで上手くいっているのだから、上手く行かなくなったときに考えればいい。それがザンバの考えだ。

 

「ところでよ……この船戦ってるよな?」

「ッ! それは──」

「ザンバもそう思ったなら、間違いないか」

 

 さっき急に航行速度が上がったからそうじゃないかとは思ってた。

 談話室(ここ)は船体後方左舷に位置する。ここから敵影が見えないということは、敵は艦前方か右舷か後方。後方に付かれて攻撃されているのなら、もっと船体が揺れるだろうから、前方か右舷。

 敵と並走してるなら相手に合わせて速度を変えるはずだが、ずっと速度上げっぱなし。

 

「よって前方にいる敵を追う形で戦闘を行っている、と」

「七面倒臭いこと考えてんなぁ」

「感覚派は黙ってて……で、合ってますか?」

「──機密事項です」

 

 ごもっともな話だ。

 業務情報をそう簡単には明かせない。ましてや警察のような役割を持つ組織なら尚更だ。

 

「手伝わなくていいのか?」

「ライドロイドやA.I.Sがあるならまだしも、飛空艦戦で私達の出る幕ある?」

「砲台の一つくらいにはなるぞ」

 

 そのためには甲板に上がらねばなるまい。

 万が一に足を滑らせて船から落ちてしまえば、目も当てられない。

 実際、ティアナ程の戦力がここに残ってるのも、それだろう。

 

「なるほどなぁ。確かに落ちたら面倒だ」

「接舷攻撃でもされたら、私達も考えましょ。もっとも、かの機動六課が早々遅れを取るとは思わない────ッ!!」

 

 

 ドクンッと空間がブレる。 

 傷つけようとする意思を、破壊しようとする力を、すべて全て消し飛ばす。

 反射的に席から立ち上がったザンバとミズーリであったが、力が抜け、床に片膝を付いた。

 

「なに……今のっ!?」

「っはは、まるでディーオ・ヒューナルみてぇだ……」

 

 体内のフォトンを根こそぎ吹き飛ばされた。

 もしディーオ・ヒューナルならば、すぐにでも大技が飛んでくる。二人はアイテムパックから武器を取り出し攻撃に備えるが…………

 

「……来ない?」

「みたいだな……」

「ティアナさん、さっきのはいったい────ティアナさんッ!?」

 

 机に身を投げ出したティアナは、ピクリとも動かない。

 慌ててミズーリは近寄り、そのバイタルを確認する。

 

「ッ、心停止! ザンバッ!」

「おうよッ!」

 

 既にザンバは手にムーンアトマイザーを手にしていた。

 名を呼ばれると同時に天井へ向かって放り投げ、中の蘇生薬が辺りに広がる。

 

「──ッ、ゴホッ……けほッ!」

「ティアナさん! 聞こえますか、返事できますかっ!?」

「大……丈夫、聞こえてるわ」

 

 よろよろと立ち上がろうとするティアナに、ミズーリは慌てて身体を支える。

 

「何が起きたかわかります?」

「すぐに確認…………いえ、ダメね。通信が繋がらない」

 

 先ほどまで付いていた明かりが今は消えている上、明らかに艦の速度が落ちている。

 おそらく艦のシステムもやられている。

 

「艦橋へ、行きます……っ!」

 

 状況を確認するにはそれしかない。

 ティアナは立ってるのもやっとだというのに、通路への扉へと向かおうとする。

 それに見かねたザンバは、ティアナに近づくと彼女をひょいと抱き抱えた。

 

「ひゃっ!? 何を──」

「そんなんじゃ日が暮れちまうって。運んでやるよ」

「…………よ、よろしくお願いします」

 

 男の人に抱き抱えられるなど初めてのことで羞恥もあったが、今は非常事態。

 早く状況確認できるに越したことはないため、ティアナは素直に身を任せることにした。

 

 三人は談話室から出て、艦橋へ続く通路を走る。途中で倒れている人を見かけたが、ムーンを投げるに留めて先を急ぐ。ティアナで効果があるのは実証済みなため、投げておけば死ぬことはないはずだ。置いておいたら死ぬかもしれないが。

 あっという間に艦橋へと続く扉の前へとたどり着く。

 だが、ザンバたちが扉の前に立っても扉は閉じたままだった。近くにある端末の画面が消えているため、恐らく自動ドアの動力が死んでいる。

 手動へ切り替えたいが、ティアナはこの船に乗ったのは初めてで、その方法がわからない。

 

「仕方がない……切るわよ」

「──え?」

 

 ミズーリは先ほどアイテムパックから取り出した武器、ノヴェルカタナを左手に持ち、扉の前に立つ。

 ティアナには抜刀の瞬間が見えなかった。キンッという納刀音がした時にはすでに扉は断ち切られており、がらがらと崩れ落ちる。

 

「っと、艦橋もやられてるわね」

 

 扉の向こうでは、何人もの人が倒れ伏していた。

 これはマズイとミズーリはムーンを手に持ち、艦橋へと足を踏み入れる。

 およそ半分くらいは意識があるようだが、動けるのは数人。他の人の治療まで出来ているのは、八神はやてくらいだ。

 

「──ああもう、この際ネコでも構わへん! 手が足りん!」

 

 そのはやてが泣き言を言う。

 思わず口から漏れてしまったのだろう。

 

 だがどうせなら、そう、どうせなら。

 

 

 

「────そこは猫じゃなくて、私達(アークス)を呼んで欲しかったかな」

 

 




これにて連日投降終了。
以降は私に時間ができたときの更新になります。

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