お試し投稿集   作:クーボー

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アヤカシ憑きになった俺。〜天狗の弟子とホラーな日々〜

 ド田舎から出てきて早々、とんでもないことになった。

 鏡に映る口の中。他の歯とは違う、紛れもない牙と呼ばれるそれを見て、俺は大きくため息を吐いた。

 

「ったく、これじゃあ女の子ビビっちまうじゃねえかよ」

 

 嘘だ。俺の知り合いに、こんな至近距離で口の中を見るような女はいない。

 作りたいとは思っているが、今はいないのだからしょうがないのだ。

 

 ついで、頬に触れる。

 そこにわずかに生えた、細すぎて鏡にも映らない毛を揺らす。思わず抜きたくなるが、前に抜いて痛みで悶える羽目になったので、触れて揺らすだけに留めた。

 

 キッショ、と一言ぼやく。

 これもまた、以前はなかったモノのひとつ。

 目が悪くなり、牙が生え始めたのと並行して伸び始めた、動物の頬に生える感覚毛——というやつだった。

 

「はぁー、ほんとクソ。クソだわホント。こんなもんいらねえよボケ」

 

 鏡の中の自分に言っても、自分に返ってくるだけだ。

 それがわかっていながら、俺の口は回り続ける。

 

「挟んだら痛えし、抜けたら死ぬほど痛えし平衡感覚おかしくなるし、目は悪くなって変な牙まであるし、眼鏡の出費が痛えし。頭はおかしいし変なモン視えるしふざっけんなクソがッ!!」

 

 気が付いたら、鏡を拳で握り潰していた。

 一切の抵抗なく、鏡は散り散りになっていた。

 

 俺の手に、ガラスの破片が突き刺さり。

 ——一拍ののち、ガラスが自然と抜けるとともに、傷口が熟れて塞がった。

 明らかに、ヒトの治癒能力ではなかった。

 

「……ふざっけんな」

 

 田舎を出たからこうなったのか。

 おそらくそうだろう、そうなのだろう。

 上京してからだ、こんな身体になったのは。

 

「……ふざっ、けんな」

 

 俺の身体はおかしくなった。

 最初は感謝したさ。頭の回転は速くなったし、脚も速えし手先は器用。世間一般じゃあ天才っていう類の力まで与えてくれたんだ、そりゃあ感謝だってするだろう。

 

 だが、こんな力まで望んじゃいなかった。

 鏡を容易く壊せる膂力は、ヒトを殴れば殺すだろう。

 即死しなけりゃ、どんな傷だって治るだろう。

 理屈じゃない。直感でわかる。俺にはこういうことができるんだと、何かが俺に囁いてくる。

 

 過剰に過ぎる。扱えない、俺にはとても扱えない。

 そして何より、何よりだ。

 

 ——この世界に、あんなもんが蔓延ってるなんて、そんなの知りたくなかったんだ。

 

 今もいる。

 教室の外にいる。

 確実にいる視えなくてもわかる絶対にいる必ずだ。

 

 目を付けた。目を付けられた。付けられちまったんだよ、付けちまったんだよ俺の目が。

 普段はなんにも視えないくせに、見えないもんだけ視えるんだ。

 

「……落ち着け」

 

 部屋というのは簡単な結界。個人個人の領域だ。

 俺から招くような真似(コト)をしなけりゃあいつも中に入ってこれない。

 不安なのがここが教室で、不特定多数の出入りする場所ってトコだが……それでも結界は結界だ。

 今もドアは机を積んで封じている。頭がおかしいやつと思われたっていい、あんなのに関わるのに比べればウン千倍はマシだクソが。

 

 何度も何度も、窓の鍵は確認した。

 確実に、俺は、招いていない。好き好んで招きはしな

 

 

 

 

 い。

 

 

 

 

 

 おいで?

 おいで。    ?

 おいで。

 お いで。?

 

 

 

 オイデ

 

 

 

 

 

 

 

 アケテ?

 

 

 

 

 

「——ッああッ!!」

 

 ふざっけんなふざっけんなクソがクソがクソがくんじゃねえ来るなくるなクソが死ね!!!

 

「何がおいでだふざけんなまだ死にたくねえんだよ女の子と付き合って、」

 

 おちつけ。

 まだ、おれは、まねいてない。

 招いて、ないんだ。招いてない、

 

 

 まだ、入ってきていな「ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ」い

 

 

 

 アケテ?

 

 うるさい。

 

 アケテ?

 

 くんな。

 

 アケテ?

 

 だまれ。

 

 アケテ?

 

 うるせえ。

 

 アケテ?

 

 くんな

 

 アケテ?

 

 あけねえ

 

 アケテ?

 

 う、

 

 

 さい。

 

 アケテ?

 

 あけねえ。

 

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 アケテ?

 

 あけて

 

 

 ——気付けば、手脚が震えていた。

 

「は、」

 

 俺、ビビってんのか。

 そうだな。そうだよな怖えもんな。

 

 こんなもん、怖くないわけがねえもんな。

 

 俺は神社の生まれだ。

 気楽な次男坊ってやつで、山で駆け回って散々に遊んだ。

 でも霊感はなかったし、自然を敬ってても神の存在なんて信じちゃいなかった。

 

 田舎の廃れ神社の血筋に、何かを捉える力はない。

 俺がこんな目を持ったのも何か変なことが起きたからだ。上京してから身体が変に変わったからだ。

 

「ふざけんなよ」

 

 いる。覗いている。

 俺を見ている。何かが見ている。何かが俺を見つめている。

 

 窓だ。窓から俺を見ている。ドアは封鎖して、誰も入ることはできねえからだ。

 あいつは俺が招くのを待っている。

 招かなきゃ入れないからだ。招かなきゃ、大丈夫のはずなんだ。

 

「くそが」

 

 多分、俺はあと少しで壊れるだろう。

 身体は頑丈に過ぎるのに、心が追いついていないのだ。

 妖言(あやかしごと)に惑わされれば、待っているのは破滅のみ。

 

 ビビるってことは、屈してるってことなんだ。

 怖がってるってことは、負荷がかかってるってことなんだ。

 だから、このままだと俺は壊れる。気が狂って死ぬか、招いて死ぬかの二択しかない。

 

 俺は別に妖怪の類に詳しくない。心理学なんざもっての外だ。

 でも、魂が囁いている。身体の内側にいる何かが、俺にそう伝えてくるのだ。

 

 ビビるなと、怖がるなと、震えるのでなく畏れるのだと。

 知るか。俺は一般人なんだよ。一般人だったんだよ。

 

 畏れるってなんだ。ビビるのと何が違うんだ。お前は俺に、何させたいんだ。

 俺は俺に何をさせたいんだ。ビビらなきゃ何やればいいんだ、何ができるっていうんだ俺に。

 

「……ちく、しょお」

 

 視界がにじむ。ぼやけた視界に霞がかかり、何も、何も見えなくなる。

 なのにどうして気配は消えない。どうして消えてくれない。俺は視ない、視たくない、なのにどうしてお前は視る俺は視たくもないのになんで!!!

 

 怖い。こわい。嫌だ視たくない側にいる。

 

 背後の窓に何かがいる。張り付いている。いる、絶対にいる。確信できる。

 昔から人が少ないところで暮らしてたからわかるんだ。直感的にわかってしまう、今そこにいて俺を見て(わら)っているのだと!!

 

 咲ってるんだ。

 花が咲くように、嗤ってるんだ見てるんだこっちを見て笑ってる。見えずともわかる。わかってしまうくらい俺の肌は引き攣っている。

 

 みっともなく叫びたい。

 殺してくれと、殺してくれよと最もらしく泣き叫ぶ。それができたらどれだけ楽になるだろう、どれだけなれてしまうだろう。

 

 だって、それは多分。

 俺の心が壊れて、あいつを招いてしまうからだ。

 死ぬことは救いになるなんておかしい。尋常の死ならばともかく、あんなもんに嬲られて賜う死なんてろくなもんじゃな「賜うってなんだふざけんな」

 

 俺があいつより劣ってんのかよそれこそビビってるってことじゃねえか。

 心を保て。気丈に、壊れないような最小限度の力でだ。震える心が砕けるのは死ぬときだけ、クサイ台詞吐いてでも俺は死にたくねえ。

 

 意味わかんねえくらい叫べ。

 死にたくねえって叫べ。

 社会的地位なんざ知ったことか、所詮俺なんて田舎の芋草野郎だってわかってんだろ認めたくねえけどなクソが!!

 

「たすけっ」

 

 喉が詰まる。きっとそれは涙のせい。

 鬱憤絶望苛立ち諸々、涙と一緒に呑み込めば、キモいくらいに躍気(やっき)ってくる。

 

「誰か知らねぇけどっ、誰が来るかもわからんけどっ——あとでぜってぇ詫びるからっ!」

 

 困難(こんなん)に巻き込んで悪かったってな! 多分殴られるだろうが知ったことか!!

 息を吸い込んで、さあ、吐いてやれ。

 

 

 

 

 

「たすけてくれえええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」

 

 

 

 

「うん、任された」

 

 へっ、なんて、間抜けた声が出たのは一瞬。

 それを気にする余裕などなく、ただ、横を見て。

 

 今朝見た服だ。

 昼見た顔だ。

 そして今、夕方に、はっきりと全身を見て。

 

 茫然と、呆然と、何度も頭で繰り返す。

 

「おま、え」

 

 腰まで伸びた髪。

 私服アリなこの高校でも見たことのない、上品に仕立てられた男物の袴。

 そして、その中でいっとう異彩を放つ一本下駄。

 

 今日、教室が沸き立った原因。イケてる美少女、まさにそんな(ツラ)してたヤツ。

 男か女かわからない名前をして、男か女かわからない仕草をしていた、おそらく今日イチ、イケてるヤツ。

 

「てんこー、せい」

 

 そんなヤツが。

 

 俺を見て。

 

 笑っていた。

 

「——ッ!!」

 

 ぞっとした。

 だって、彼女はあっちを見ている。窓を見ている、あいつを見ている。

 

 なのに、どうして笑っていられる。

 嗤いもせずに、どうして笑っていられるのか、俺にはまったく理解できない。

 

「うん、他人の目を憚らずに助けを求められるの、けっこう高評価だよ。ぼくにとっては、だけどね。口が軽いって思われるかもしれないから、これからは控えるようにね」

 

 ぼく、ぼくだ。女が言うには、些か似合わない人称だ。

 なのに違和感を感じないのは、彼か彼女かわからないから。中性的な美貌の前で、そんなことは些事なのだ。

 

「え、おま、どうやって」

 

「どうやって? それはどのことを言ったのかな。悲鳴を聞いてすぐに来たこと? それともぼくがここにいること? それともそれとも——ああ、まあそれは別にいいか」

 

「そりゃあ、まあ、……それでいいけど」

 

 横の奴があまりに浮世離れしていて、少し落ち着いた。過剰に過ぎるものを前にすると、湧き出るものも湧き出ない。

 それでも、未だ恐怖は残ってる。

 

 

「ドン」……そんなこれみよがしで現実的な音に、俺は身体を震わせた。

 

 

 原因はまだいる。

 そこに、ああほら、後ろの窓に。振り向くことなどできなくて、再び手脚が震え始める。

 

 だが。

 

「怖い? うんうん、それが普通だ。畏敬ってやつのがふさわしいけど、まだそれを期待するのは早いだろうし。ぼくはお師匠と違って人の気持ちはわかるんだよ」

 

 横の奴は変わらない。俺がビビっている姿を見て笑っている。

 それを見ても、不思議と嫌な気分にはならなかった。多分、こいつの顔のせいだと、横でドヤってるのを見て息を吐く。

 

「……くそ、意味わかんねえ」

 

「おいおい、きみが呼んだんだろうぼくを。たすけてーって、見事なまでの雄叫びだったよ。山彦の術をやったら一発で合格もらえるくらいの、すごいと思うよ。あ、今ぼくが花丸書いてあげよっか?」

 

「おまえ俺のこと馬鹿にしてねえ!?」

 

 何処からか取り出した筆を残念そうにしまうのを見て、もしかしてこいつ天然(バカ)なんじゃないかと戦慄する。

 来てくれたのは嬉しいが、巻き込んだのは失敗だったかもしれない。そんな失礼なことを考えて、——身体の震えが止まっているのに気付く。

 

 そうか。

 この人は、ビビった俺を平常心に戻そうとしたのか。

 一見天然でまったく信用できないが、こんなことができるのならば、俺が馬鹿なだけなのだ。

 

「……すまん、落ち着いた。ありがと「うーん、もう面倒くさいしなぁ。ちょうど震えも止まったみたいだし、うん、やっちゃおー」……は」

 

 何言ってるんだこいつ、とか、もしかして本物のド天然(アホ)なんじゃないか、とか、そういう考えが湧き上がる。

 特に後者は、時間経過で可能性(もしかして)からほぼ確定(もしかしなくても)に変わっている。

 ——疑わしきを罰せよ。

 ああ、なんて素晴らしい格言なのだろう。

 

 そんな馬鹿みたいな思考が跳ねた、その次の瞬間に、俺の身体が浮き上がった。

 それを、こいつは笑顔で見ながらこう言った。

 

 こいつにとっては事実確認、ただ純粋な事後承諾。

 ——俺にとっては死刑宣告、そんなクソッタレな御言葉を。

 そんな、俺の頭がおかしくなったとしか思えないような言の葉を——!

 

 

()()()()()さん、トラウマにならないよう頑張ろうね」

 

 

 背後で何か、風の渦巻きと、カチャリカチャリと聞いた事のある音がする。

 錆びた金具が擦れるような、それが幾度も重なるような。

 

 そう、これは。

 鍵の音だ。

 

「ふざっけっ」

 

 舌を噛んだ。あまりに動転しているからか痛みもない、けれど一瞬口が麻痺したのは間違いなかった。

 その隙を見逃すはずもなく。いや隙とか何言ってんだって話だが、ともかくそんな有様で。

 

「……ふじゃっ」

 

 窓が開く音がする。

 ああ、招いたのだと直感的に理解できた。どうして招いたのかは知らない、知りたくもないしどうでもいい、だから俺を返してほしい。

 

「あ、素足じゃないとダメかもだから、脚のはこっちで預かっとくよ」

 

 じゃあねー、とお気楽に手を振るこの女は。

 きっと、悪魔か何かの類だろうと、確信じみた願いを抱き、俺は空を滑っていく。

 

 当然、当然その行く先は決まっている。

 ——外、外だ。あいつの領域、窓から覗く夕魔境。逢魔時だが夕暮れ時だか知らないが、どっちにしろろくなもんじゃないんだろう。

 

 だから、

 おれは、

 さいこうにクソッタレな気分を込めて、

 ——でも何か、胸の奥底で高鳴るような、そんなものを吐き出すように。

 

 

「ふざっけんなああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッッ!!!」

 

 

 転校生、御狗倉(みぐくら)颯季(さつき)

 俺、綾杜(あやしろ)玄彦(はるひこ)

 気取った冠詞も思い付かず、並べてみても映えやしない。無駄に古風であることだけが、二つを繋ぐ共通点。

 

 そんな俺たち双人(ふたり)の縁は、この瞬間に生まれ出ずる。

 ——ひっくり返った天地の境に、佳き夕焼けが沈み行く。平常であれば美しく、今この時は恨めしい、そんな狂った世界の(しとね)に、俺は全霊の雄叫びをあげるのだった。

 

 

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