理不尽な順位戦を終えて、休日。
完全な休日を手に入れたのは随分と久しぶりだ。何年間も一人の時間を得る事がなかったので、俺の自堕落精神はうずうずしている。
具体的に言えば、朝起きてゆっくりと飯を作って適当に流し込み、着替えるのも面倒くさいので寝巻のまま本を手に持ってベッドに倒れこむ。硬くてベコベコのカスみたいな木の板が布団ではない、最高の環境だ。
これほど自堕落に過ごせる環境を手に入れられるとは思っていなかった。師匠の事を散々言ってきたが、やはりあの人は俺の事をよく理解してくれている。だってこの家用意してくれたの師匠だし、俺は何でもいいと答えたのにこれだけまったり出来る部屋を選んでくれたのはもう愛されてるだろ。
昨日の嫌な記憶に蓋をしてから、寝っ転がったまま本を開く。
そうしていい気分に浸った瞬間、ドアの呼び鈴が鳴らされた。
おいおい今日は休日だ。世間一般(暫く山の中に籠っていたが)では七日の内一日は完全休日を取る様になってるんだ。どんな用事を持ち合わせた人間が来た所で動く気はない。なぜなら、俺がここに棲んでいるのを知ってるのは師匠だけな上に師匠も鍵は持ってない。
つまり居留守を使用できるという訳だ。
良心も痛まないしな。
『────ロアーッ! 遊びに行こー!』
うそだろ……
俺の平穏な一日が一瞬にして暗雲に包まれた。
なぜステルラが来る。それは師匠が教えたからだ。
だがここで居留守を使わない選択肢は無い。
なぜなら、俺は休みたいからだ。
悪いなステルラ。
俺の初勝利、そしてお前の敗北をこんな形で刻んでしまって。
自身の才覚が恐ろしいぜ。全く持ち合わせてないけど。
鼻歌を歌いながらのんびり放置していると、二分程度で音が聞こえなくなった。あ~あ、勝っちまったな。一度勝利してしまえば呆気ないものだ。俺は十数年に渡る確執に今終止符を打ったのだと実感すると同時に、途方もない虚無感が湧いて来た。
溜息と共に立ち上がって寝室から移動し、台所でお茶を淹れる。
魔法を使うよりいっそ楽なインフラの整っている首都は一度住んでしまうと戻れそうにない。あの村で生きて行くには俺はセンスが無さ過ぎるのだろうか。
「ロア、私の分も貰っていいかな?」
「はいはい、わかりました」
もう一杯分用意するのは面倒だが、たまにはいいだろう。
今日は気分がいいからな。
お茶の香りが心地いい。
クソも味の染み出してこない雑草ティーは死ぬほど飲んだが、やはり正規品は違う。専門の力を持つ人間は偉大だな。
「どうぞ師匠」
「ん、ありがとう」
一口含んでから、味わいを楽しむこと無く流し込む。
強烈な熱が喉を焼いたが気にしない事にした。
「ふ~~~~~……この紫電気ババア。何勝手に入って来てんだ」
「ワッハッハ、八年間も一緒に暮らしておいて何を言っている。今更何を気にするんだい?」
ロア・メグナカルトは激怒した。
必ずかの邪知暴虐なる老人に辛酸を舐めさせると決意した。
エイリアスは常識がわからぬ。エイリアスは一介の魔法使いでありながら不老の身体を持つ超越者で、その実力は圧倒的に格上だった。
ロアは魔法が使えない。
しかし、敗北の屈辱には人一倍敏感だった。
「今日と言う今日は許さない。青少年にアンタの身体がどれくらい毒になるか教えてやる」
「正面切って褒められると照れるね」
「調子に乗るなよ百年間彼氏いない癖に」
妖怪電気ババアを許した辺り自分が悪いと言う自覚はあるのだろうが、気軽に超えてはいけないラインを越えると自動反撃してくるらしい。
少しでも罪の意識があるのなら俺はそれでいい、先程までの誓いとは違い改めてそう思わされた。
# 幕間的な?
「で、何の用ですか。俺はゆっくり過ごしていたいんですけど」
合流したステルラの治療により無事快調にされた俺は不貞寝する事も許されずに、棚から引っ張り出してきた客人用のお茶を淹れていた。
こんな事されてもしっかり丁寧に対応してる俺は破格に優しいと思う。
「昨日頑張ったからご褒美でも上げようかと思ってね。遠慮するな」
「俺は一人でゆっくり出来るのがご褒美なんだが……」
何年間も共に暮らしていたのに発生した解釈違いに、俺は呆れを示さざるを得なかった。
「たまには二人で水入らず、首都観光でもしてきたらどうかな?」
「師匠とやったじゃないですか」
こっちに来て二日目、本も何もないので寝る食べる以外の行動を行わなかった俺を見かねて師匠に強制的に連れ出されたのだ。
その際に服とか家具とか本とか色々世話してもらったが、それで十分じゃないだろうか。俺は景色や文化も良いモノだとは思うが、それ以上にインドア派なのだ。
「あー……ロア」
「?」
「いや、君も大概だなと思っただけさ」
「喧嘩なら買いますよ。今の俺は休日を邪魔された怒りによって打ち震えている」
何故か呆れた表情で俺を見てくる師匠に若干苛立ちを覚えたが、たまにある事なので飲み込む。
俺は優しいからな。他人の考えている事がわからないからと言って周囲に当たり散らす程子供では無いのだ。いや~、やっぱ本人の素質ってのがあるんじゃないだろうか。
「大体出かけてこいと言われても、俺はデートプランなんざ持ち合わせてないです。飯も保存食でいいし、服も普通でいいし、買うモノは本くらい。あれ? 俺って男としての甲斐性ゼロじゃないですか」
「ウ~~~~ン……案外そうでもないな」
「マジすか」
相手はヴィンテージ百年だからあまり参考にならないが、自分で思ってるより終わってないという自信が得られたので今日は得る物があった。
今日も一日有意義に過ごしたな。
「普段の君はどうしようもない位情けないしみっともない所はあるが、時たま見せる男らしさはいいと思う」
「半分以上罵ってますよね。それが開戦の合図でいいですか」
どうしようもない位情けなくてみっともないけど偶に男らしいってそれただの悪口だから。
森で暮らし過ぎて常識が欠如してしまったのだろうか。
「ねね、ロア」
「なんだ」
「ご飯食べに行こ?」
「……他に知り合いがいるだろ」
「ロアと一緒がいいな」
俺の負けだ。
普段から明るくて天才で俺の事をナチュラルに煽ってくる畜生生命体だが、俺はどうしてもコイツに弱い。ステルラの涙を見たのは一度しかないが、それ以来絶対に泣かせたくないという意思が俺の中にある。
お前がそんな控えめな笑顔なの初めて見たぞ。
「今回はステルラに罪は無い。ゆえに不問にしてやろう」
「懐かしいなぁその言い回し。昔から変わんないよね」
「俺は真っ直ぐな心を持っているからな。そう簡単にひん曲がる事はない」
「真っ直ぐ……」
おい、そこで疑問を抱くな。
「俺は着替えすらしていないから一度退出してくれ。まあ、俺の着替えを見たいと言うなら別だが」
「君の身体を拭いてあげていたのは誰だったか」
「おっと、俺にその記憶は無い。なぜなら気絶している時の事だから、俺に不都合な点は一切ない。師匠俺の事好きすぎですね笑」
照れ隠しで放たれた紫の雷は普段よりも高出力であったため、魔獣が居ない平和な首都に居る筈なのに大きく負傷してしまった。
ステルラが回復魔法を使えなかったら二、三度は死ぬところだった。
「ちょっと師匠! やりすぎですよ!」
「う、し、しかしだなステルラ」
「“しかし”じゃないです。ロア死んじゃいますよ!」
「……すみません」
はっは、負けてやんの。
先程までの暗い気持ちは全て晴れて、俺はいま快晴の元を旅立とうとしている。
身体が軽い。こんな気持ちで外に出るの初めて。
「では師匠、金を恵んでください」
「今の君はとてつもなく情けない事になっているね」
「なんとでも言って下さい。俺は金が無いし、自分で金を得る手段はあるかもしれないけど面倒なので師匠が持ってるなら頼りたいだけです。無論ステルラに払わせても俺は一向に構わないが」
「私が誘ってるし別に構わないけど……こう……なんか、あるよね」
「心優しいステルラ様。哀れで惨めな俺に一食恵んでいただけますか」
「そうじゃないんだよね。昔の堅実だったロアは何処に行っちゃったんだろう」
俺はロア・メグナカルト。
努力が嫌いなので出来る限り周りの人間を頼ろうとする男だ。
「過去の俺は何時だって未来に託してきた。つまり今の俺は過去の負債が積み上がった生贄に過ぎない」
「要するに全部後回ししてきたって事じゃないかな」
「そうとも言う。俺は問題解決よりだらける事を求めている」
クソッ、少しずつ不利になってきたぞ。
なぜ飯に行くという重い腰を上げたのに俺が責められなければならないのか。男が食事代支払わないといけない時代はもう遅れてるんだぞ。男女平等、富める者が貧しい者へ恵むのが世の常識だろうが。
「仕方ないな……夕飯は肉で頼む」
「美容に気を遣わなくていいんですか? ゲテモノ肉買ってきますね」
「それを食べるのは君も含まれているんだが」
「俺は構いません。ゲテモノみたいな肉と草なら嫌と言う程食べてきました」
はい、アド取った。
反論ないなら俺の勝ちになるが。
「食べてみたい!」
ステルラ……
お前、ゲテモノって聞いてなんでキラキラ輝かせてるんだ。この感じだとご飯に行くではなく食材を買いに行く、調達しに行くで終わるぞ。
「やめとけ。八年間食い続けた俺が言うんだ」
「でもロアが食べてたんでしょ? なら食べてみたいな」
よくわからない好感度システムをしているな。
俺に対する好感度の高さは『師匠>ステルラ(希望)>アル=ルーチェ=バルトロメウス(?)』だと思っている。逆に幼い頃に死にかけてまで助けたのに嫌われてたらもう俺世界投げ出してるから。
「何故だ。自分から苦行に突っ込む理由はなんだ」
「えぇ……なんでそこまで気にするの?」
「俺がゲテモノ肉を食べていたというアドバンテージを活かしてクソ不味い飯を食ったときに『アレに比べたらマシだな……』みたいな事をしてみたいからだ」
そこにステルラが居ればちょっと優越感に浸れるかもしれないだろ。
ならばその可能性は取っておきたい。先程までは負債の塊だった未来の俺が、僅かに光明が差し込み始めた。
「よし、ステルラ。私がテレポートで送ってあげるから採りに行ってきなさい。ロアと二人で」
「貴様裏切るのか」
深い悲しみと絶望が俺を支配した。
「剣も貸してあげるから帰りたくなったら呼んでくれ」
適当にパリパリ魔力で生み出された紫の剣を手渡され、顔をヒクつかせながら俺は聞いた。
「……マジであの山に帰らなきゃいけないんスか」
「里帰りって奴さ。二人でゆっくり楽しんでくると良い」
光が俺達二人を包み込む。
俺の休日は何処に行ってしまったんだ。俺の予定では文化的な暖かさに包まれた室内でのんびり本を読み、飽きたら寝る。そんな素晴らしい生活をする予定だったのに。
なにが悲しくて絶望しかない山へと戻らねばならないのか。
独特な浮遊感に身を任せ、気が付けば地に足着けている。
もう少しテレポートされてる側に優しくしてくれてもいいのではないだろうか。慣れてない人間が飛ばされたら驚いて跳ね上がるぞ。
視界が開けた場所は緑に包まれた山で、左右どちらを見渡しても全てが森。
う~わ、本当に帰って来たんだが。もう帰りたくなってきた、首都に。
「わっ、懐かしいなー」
「来たことあったのか」
俺が永遠にボコられ続けた跡地とか、焼け焦げて自然が死にかけてる不毛の大地とか、色んな被害を出してしまった悲しみの山でもある。
山の主的な奴は最初の数年間追い掛け回されるだけだったが、結果的に俺が腹減り過ぎてそこら辺の木の枝を加工した杭を刺しまくって倒した。翌日には俺の胃袋に収まったよ。
「何回か見に来てたよ? その度に寝てたけど」
「俺だけ永遠にここに囚われていたんだが??」
理不尽すぎる差に涙を隠せない。
昔は快活というよりヤンチャだったステルラは人間社会での生活で鳴りを潜め、俺は寡黙なインドア少年だったのに過酷すぎる山籠りによって辛い過去を背負ってしまった。時は人を変えるというが、これほど残酷な事はあるだろうか。でもステルラに無茶振りされてボコされなくなったのは良いな。
「……ロアはさ」
ふと、ステルラが呟いた。
「後悔してない? 色々と」
「なんだ藪から棒に」
お前そういうタイプじゃないだろ。
俺の中のステルラ・エールライトはもっとこう……邪智暴虐を極めたナチュラル畜生であり、人を煽ることに全力を掛けた逸材だった筈だ。お前さては偽物か。
「私はね。結構後悔してる」
真面目な話の気配を感じ取って、俺はふざけた思考を取りやめた。
俺の中のステルラ・エールライトの記憶は八年前だ。
およそ八年間俺達は顔を合わせる事も無く会話をすることもなく、ただ約束をしたから研鑽を続けた。それは未来で起こりうる可能性を否定するためであり、俺自身のミリ残りのプライドが邪魔をしたからだ。
では、ステルラ・エールライトは。
一体何を目標に努力を続けた?
「ずっとずっと、ロアに甘えてばっかりだった」
立ち止まった俺に対して、そのまま足を進めるステルラ。
その言葉からは、俺が初めて知る感情が滲み出ている。
「失敗したんだ。ロアが居なくなった後に会った女の子との付き合い方」
きっとそれは俺の知る女の子。
ルーチェ・エンハンブレとの事だろう。
人間関係に関しては俺以外の同年代と一緒に居る事の無かったステルラだ。だからこそ俺は、今この瞬間まで『変わってない』と認識していた。
だが思い返してみろ。
入学式でのルーチェの言葉を。
────『相変わらずお上品な子』
俺の知るステルラ・エールライトは決して上品では無かった。
粗野で乱雑で暴れん坊で、他人の目を気にすることはあってもそれを飲み込んで自分らしく振舞う少女だった。少なくとも、俺の前では。
「ルーチェか」
「そう。仲良くなったんだ、本当だよ?」
えへへ何てはにかんで誤魔化す姿を見るのは初めてだった。
俺は八年間の間時が止まっていた。比喩ではなく、本当の事だ。
ロア・メグナカルトという人間の時は進むことはなく、ただ愚直なまでに剣を振り身体を動かしていただけに過ぎない。
「今はすごく恨まれてるな。すごく、なんて言葉で足りるかわからん程度には敵意向けられてる」
「やめてよもう、気にしてるんだから」
細部を語る必要はない。
俺の知るステルラ・エールライトは、八年間を孤独に過ごしてきた少女は大きな変化を遂げた。言葉にすればそれだけのことだ。
「今日も無理言って来てもらったんだ。私、そうする以外の方法を知らないから」
……これ、半分くらい原因が俺にあるな。
ステルラはそのままでいいと、才があるのだから一人でも大丈夫だろうと高を括っていた。
「これまでも全部そう。ロアに嫌われるんじゃ無いかって、でも会いたくて、いざ会ってみたら変わってなくて……また、昔みたいな事言っちゃって」
あの頃、子供だった俺たちには無かった。
俺たちの世界は、俺たちしか居なかったから。
「……私さ。すごく情けないんだ」
「そうか。俺からすれば十分に変わったように思える」
非常に恥ずかしい話だが、自惚れでなければ過去のステルラの人生を構成していた三割程度は俺が占めていると自負している。
それは客観的に見た場合でも主観的に見た場合でも、“そうである”と説明できるから。
俺の知るステルラ・エールライトは対人関係で悩むことはなかった。
他人を気に掛ける事はあっても、それを深く考える性格では無かった。
俺が居なくなり、一人になったステルラは変わったのだろうか。
……いや。
元々そうだったのかもしれない。俺が見抜けてなかっただけで。俺が肯定したかつてのステルラはそういう娘だった。
「少なくとも、俺にとってのステルラ・エールライトは未だに無礼でガサツでそれでいて明るい笑顔を振りまく少女のままだった。あと俺を煽る悪魔」
「あ、あはは……」
「八年間別の道を歩いていたんだ。俺だってカッコよくなっただろ」
おい、微妙な顔をするな。
やれやれ、お子様にはわからないか。俺の魅力が。
「俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ」
互いにすれ違いをしていた。
俺はステルラがそのままだったと思っていた。
成長はしたが、精神的なモノは変わっていなかったと考えていた。
でもそれは勘違いだった。
俺に合わせる為に、敢えてそう言い続けていた。
『昔はこう言っていれば良かった』と、経験を元にして。
かつて、『同年代と唯一仲の良かった』時のことを。
「…………あんまりそうやって甘やかされちゃうと困るなぁ」
「いいか、今この瞬間一度しか言わない。何年間も大嫌いな努力をただ一人の為に続けて来たのに、少し性格が控えめになったからって嫌いになるわけ無いだろ。このコミュ障」
「コミュ障……」
今更なんだよな。
お前に対する負の感情なんざガキの頃に通り越してんだ。
「……わかった。じゃあありのままのわたしを肯定してもらうから!」
「どんとこい。世界中がお前を嫌っても俺だけはお前を肯定しててやる」
「遠回しなプロポーズ? 私もロアならいいよ」
「ハッ」
「鼻で笑われた!?」
こちとらプロポーション化け物の年齢樹木と数年間一緒にいたんだ。今更大人になってない子供の身体に惹かれるかよ。
「かっちーん。もう怒った」
「待てステルラ。今のは言葉の綾で、決してお前の身体が貧相な幼児体型だと言ったわけでは」
俺は必死の弁解にも関わらず、三度焼き焦げた遺体に成り果てる所だった。
せっかくの休日だってのにロクな目に遭わなかったが、一つ確執を取り除けたならそれで良しとしよう。せめて来週はゆっくり休ませてほしいところだ。
この度は私の自キャラ解像度不足により大変お見苦しい姿を晒した事を謝罪いたします。私の中でステルラ・エールライトは定まりましたが皆さまは違和感を感じ取ってしまうかもしれません。
本当に申し訳ない…………
未熟です