「────はあッ!」
聖女目掛けて剣を振りかざす。
炎滾る矛先は躊躇いなく首目掛けて進んでいくが────その身に触れる直前で何かに防がれる。
とてつもなく硬い何かと接触したことだけはわかる。続けざまに振るった斬撃も軒並み棒立ちのまま防がれて、口角が釣り上がるのを実感した。
「伝承通りか!」
聖女アルストロメリアの伝説。
グラン帝国主力部隊による首都攻略作戦を、文字通り
敵を打ち倒すわけでもなく、敵を退かせたわけでもなく、ただただ防いだ。刺突も殴打も魔法も投打も何もかもを通さぬ絶対の壁となり、王国の危機を救った偉大なる話だ。
「化け物め……!」
宿る炎が形を変える。
轟々と燃え盛っていた赤が黒へと歪んでいく。
対象が燃え尽きるまでずっと燃え続けるこの魔法ならば相性はいいだろう。たとえ防御を突破できなくても妨害にはなる筈だ。
聖女自身を包み込むように纏わりついた黒炎を見送って、反撃する事もなく佇んだままの姿へと追撃を叩き込む。
──まるで岩盤に剣を叩きつけてるような感触。
衝撃も何もかも通じていない。
斬った反動すら吸収され尽くすとは、これならば確かに王国を守る事も出来るだろう。
一体どうやってこんな化け物を味方につけたのか、かつての英雄は随分と人誑しでもあったのだと内心感想を呟いてから一歩下がる。
「──
進路に存在する全てを軒並み呑み込みながら、濁流の如き魔法が飛ぶ。
七色の鮮やかな光を全て漆黒へと変貌させて、たった一つの人型を破壊するために放たれた黒閃が直撃し────そして、僅かな拮抗の後に、その一切を吹き飛ばした。
吹き飛ばされたのは
吹き飛ばしたのは、障壁。
全方位へ無座別に展開された障壁がカタストロフも黒炎も何もかもを削ぎ落し、その勢いそのままに俺達を吹き飛ばしたのだ。
傍にいたソフィアを抱きかかえ、身体強化を発動し距離をとる。
障壁と治癒のたった二つのみであの戦争を生き抜いた実績は現代においても通用するもので、寧ろ今の俺達では手出しできない格を有している。
「全部防がれてしまったな、はっはっは」
「笑ってる場合か! ええい、まさか弾き飛ばされるとは……」
カタストロフは力負けしなかったが容易く防がれた。
意思はない癖に戦闘の知能だけは高いとは、これまたなんと厄介な存在だ。人を害するためだけに生まれて来たと称されるのも不思議ではない。
さて、どうするか。
相変わらず偽物の聖女は身動ぎひとつしないまま佇んだまま此方を見詰めるばかり。見詰めると言っても表情が無いために、ただ顔の方向をこちらに定めているだけに過ぎない。
ソフィアを下ろして少し作戦を考える。
剣で無傷炎で無傷、カタストロフですら対処される。
そもそもあの障壁を破る事が出来たのは魔祖ただ一人であるため、正直なところ無茶がある話だ。せめて超越者の一人でも応援に欲しい位である。
────倒す必要があるのなら、だが。
「ようはここで釘付けにしてしまえばいい」
本命はメグナカルトだ。
俺達がやるのは向こうに増援を増やさない事、ゆえに負けはしないが勝てもしない人型と相対しているのであって、別に俺が全てを解決しなければならない訳ではない。
倒してやれれば一番良かったが……
「今暫く付き合ってもらうぞ、聖女アルストロメリア」
俺達を見据えながら、障壁を再度展開したその姿を見て──これは長い戦いになると確信した。
◇
ぐるぐると目まぐるしく変わる視界。
風を切る音と度々打ち鳴らされる衝突音だけが耳に残り、その音すらも置き去りにして超速で駆け巡る。電撃が身を焼く感覚を無理矢理治癒魔法で治しながら、対面する白い人型に剣を振りかざす。
「────はああぁぁっ!」
一、二、三四五六七八────合わせて十数合、刹那の間に交わした攻防は状況を少しも進ませない。
鍔迫り合う形になり顔を見合わせるが、そこに表情はない。
以前同じようにぶつかり合った
「意思なんて関係なしか……!」
打開するために一度距離を取り、雷撃と炎を組み合わせた一撃で牽制する。
雷の速さと炎の破壊力────無視できないそれを容易く振り払い、アステル・エールライトの偽物がその身に稲妻を纏わせる。
来る。
瞬き一つ許されない状況で、口角が釣り上がる。
ああ、くそ。
これだから俺は駄目なんだ。
忌むべき状況で楽しみを見出してしまうような人格だから、きっと俺は英雄になれないんだろう。きっと彼なら今この状況を呪うだろうし、少しの感謝も抱かない。
でも、俺は違った。
俺は楽しさを感じてしまう。
だって今この状況を乗り越えたら、俺は一歩先に進めると思うのだから。
何も成す事の出来てない愚か者から、世界を救う手助けをした一人として名を馳せる事が出来る。この俗物的な思考こそが一番不必要なものだとわかってるのに手放せないのだから、俺は英雄にはなれないんだと実感する。
「
剣が輝きを放つ。
足場の無い空中という場所でありながら、魔力で足場を生み出す事でその問題点を解決し踏み込む。
目一杯に踏みしめたことで魔力は崩壊するが構わない。
地に足付けて初速を大幅に上げ、その代償として右脚が魔力へと還る。それを特に気にも留めずに、更に翼で加速する。
相手は稲妻の速度で移動できる。
それはつまり、速さでアドバンテージを取る事が難しいという事。俺の強みは手数の多彩さとそのどれもが高水準で保たれていることなのだからそれを生かさない手はない。
脳がパンクするその刹那まで、とにかく我武者羅に幾重もの策を重ね続ける。
稲妻を優に超える速度で肉薄し、その首を狩る為に剣を振るが──そこに手ごたえはない。それどころか、空を切った感覚がある。
失敗した。
なら次はもっと早くもっと多く、何よりも洗練された一撃を叩きこもう。
思考と並行して奇襲を喰らわないようにその場から移動する。その速度も稲妻を優に越すものだったのは、少しだけ怯え過ぎだと思った。
「……強いなぁ」
いつの間にか上空へと移動していたアステルを見詰めて呟く。
トーナメントでロアと戦った時とはまた違う強さ。
彼に魔力が備わっていてなおかつ魔法の才能が飛び抜けていればきっと、それと同じくらい強くなっていただろう。そもそも剣一本分の祝福と剣技だけで自分に勝ったのがおかしいんだけどね。仮にも超越者だぜ?
今回の相手は超越者になる事こそなかったが、仮に成っていれば十二使徒でも最強格と言われていたであろう人物。母も苦々しい顔で足元程度には強いとか言っていたのは嘘じゃない。
見上げるこの距離感が、今の俺達の実力差を表しているようだった。
「なんでそんなに強くなろうと思ったんだ?」
答えが返ってくるはずもないけど、問わずにはいられなかった。
俺は英雄になりたい。
そう願うことは決して悪じゃないと思う。大切な誰かを笑顔にするために必要ならば、喜んで身を捨てる気持ちすらあった。……結局それは間違いだったけれど、新たな道を見つける事が出来たのだから悪い事ではないんだ。
ロア・メグナカルトが英雄に成る理由は聞いた。
本人は決して望んではいないだろうけれど、抱えた秘密と様々な事情が絡み合って英雄に成らざるを得ない。それをすんなりと受け入れてしまうトコロが彼らしい。
ならば、他の二人は。
かつて英雄と謳われたアルスと、影の英雄と称されたアステルは一体何を願ったのか。
「……きっと、誰かの為なんでしょうね」
魔力を漲らせる。
誰かの為に奮い立つことは間違いじゃない。
自分がそうして生きるのと同じように、他人も誰かの為に生きていることがある。互いが互いを害そうと言うのならば、後に残るのは勝者のみ。
「貴方達に意思は無い」
非があるとは言えない。
国を救った英雄たちが没した事にすら気が付けなかった此方に非がある。だから、その後継足る自分に出来ることは。
「貴方達を滅ぼす事だけだ」
それこそが、きっと彼らを救うことになる。
漲らせた魔力を翼へと移す。
翼も、中途半端なままではダメだ。
両翼備えて加速したところで彼には追いつけない。それすらも超える速度で動くことを可能とした相手に追い縋るためには、もっと一極化しないと。
片翼へと変貌させ、その羽一つ一つに魔力を異常な程籠める。
漏れ出した魔力が空間を歪ませ軋みをあげるが、今求めているのは安定した戦いではない。圧倒的な一撃、刹那を奪うこと。
依然として空で待ち受けるその姿は堂々としており、そこから感じ取れる魔力も急激に上がっていた。
────真正面から受け止められると判断された。
ああ、まったく。
俺は駄目な奴だ。
相手はほぼ無限の魔力を扱う事を可能とする化け物で、本来のスペックすら超える性能を発揮してるんだ。それを相手に火力勝負だなんて普通は選ばないし、選ぶとしても特化した者のみ。さっきから立ち上っている炎柱を生み出した者なら可能かもね。
でも、俺はそうじゃない。
火力より汎用性を選んだ。
一芸に特化する事よりも、誰にも負けない絶対的な立ち位置を求めた。
誰にも負けないという事は、誰よりも輝けるという事だと思ったから。
なのに。
こうやっていざ
俺程度の奴は昔幾らでもいて、そういう連中すらも死んで踏み越えた先に魔祖十二使徒という重さがあるのだと。俺如きは警戒に値しないと、意思の消えたかつての英雄が体現している。
「────舐めやがって」
きっと彼ならば今この状況を幸いだと喜んだに違いない。
相手がわざわざ受け止めてくれるのだ。こちらが準備した必殺を受け止めてやると身を晒しているのをチャンスだと思う筈だ。
どこまでも現実と結果を見据える事が出来るのに、それでいて夢や理想を肯定する矛盾した彼ならば。
怒りの感情が沸々と湧き、口元から零れる帯電した魔力が霞のように消えていく。
俺だって強者だ。
ロア・メグナカルトには負けたが、それ以外の奴には殆ど負け無しだ。母さんには勝てる見込みがほぼないけれど、他の十二使徒相手ならばいい勝負が出来る。
俺は超越者だ。
人智を超え、この世の理から外れた人ならざる身。
魔力が全てを左右するこの大陸に於いて、現代最強格に名を連ねているんだ。
たった一度、ロア・メグナカルトに負けたからと言って────アンタら死人に舐められる程、弱くなったつもりは無い……!
「舐めやがって……!」
俺だって認めてる。
彼──ロア・メグナカルトがどれだけ偉大な人間かなんて、嫌という程味わっている。
魔法が使えない、魔力がない、才能もない。
ただ朧げなかつての英雄の記憶の身を与えられ、その末路を自分だけが知っていると悟った時に同じ行動をとれるかと言われれば、閉口せざるを得ない。
苦しい道なのを理解してる。
どれほどの痛みや苦しみに苛まれるかも理解した上で、彼はその道を選んだ。決してかつての英雄に辿り着けることが無かったとしても、ただそれだけで諦めたくないからと彼は言った。
ただ一人、幼馴染が戦いで命を散らすかもしれない。
その可能性を排除するためだけに人生を捧げ今全てを解決するために身を粉にしている君は正に【英雄】と呼ぶに相応しいだろう。
そんなことはわかってる。
それでも────それでも、俺だって……!!
「────舐めやがってッッ!!」
どいつもこいつもメグナカルトの事ばかり。
そんなに俺は醜いか。
そんなに俺は不相応か。
そんなに俺は足りないか。
こんな俺では、その場所に行けないとでも言うのか。
そして何よりも、一番腹立たしいのは────彼に追い付く事は出来ないと悟ってしまった、俺自身だ。
「
片翼に搔き集めた魔力が渦巻き、握り締めた剣は眩く輝く。
今この一振りで山河を消滅させる事すら可能だと確信しているのに、相対する偽物の英雄は構えたままだ。未だに俺の攻撃を問題なく受け止められると判断しているらしい。
歯を喰いしばり、憎しみにも似た嫉妬を全て剣に乗せる。
「行くぞ、アステル・エールライト────ッ!」
音を超え稲妻を超え、光にすら差し迫る程の速度で肉薄する。
魔力によって強制的に引き上げた五感が正常に作動する事で、到達したことのない領域でも問題なく状況判断が行える。
──正面から受け止めると言うのならば、正面から叩きつけてやる!
光を宿した剣を一振り、ただその一閃だけで消し去るには十分だ。
ただ解き放つだけでは足りない。もっと、もっと洗練させなければ。ただ一点、その座標そのものを吹き飛ばすつもりで魔力を操る。
「
以前トーナメントで放ったそれよりも完成された一撃。
試行錯誤の果てに完成された正真正銘超越の一閃は、瞬く間に彼を飲み込み────その渦が、割れていくのを見た。
「な」
最後に目で捉えたのは、無傷で現出したアステルと。
俺目掛けて振りかざされた、一筋の光だった。