死んだ目でアルスの相手をし続けて大体四分が経過した。
上に前に横に超高速移動から背後、もう好き勝手やりやがるよね。
俺は単独で高速移動できないし無限回復も出来ないし魔法も使えないと言うのにこの横暴っぷりである。身が持たないんだが?
辛うじて被弾はしてないが、そう長くは無いだろう。
それでも生きているのは一重に培ってきた死への嗅覚であり、俺が絶対的に忌み嫌う努力というものの集大成のお陰であった。最悪だね。
気分を紛らわすために思考でふざけ倒してみたが、現実は一向に変わらない。
ステルラの用いる作戦が何かはわからんが、少なくとも俺諸共消し炭にするようなものでない事を期待する。そんな合理的で非情な女じゃないよな……
「────いい加減止まってくれると嬉しいんだが?」
一度大きく距離を取る事で、アルスもまた同じく警戒の姿勢に移行する。
厳密には魔力を高め続けているステルラを警戒して、だ。俺如きが一歩下がる事を警戒する筈も無く、いつでもどこでも紫電を放てる奴を警戒するのは当然の帰結。俺は虎の威を借りる狐というワケだ。
ふ~~~~っ……
情けな。
チラリと覗き見たステルラは至極真剣な顔をしており、まだ準備が整ったようには見えない。
どうやらもう少し痛い目を見なければいけないらしい(俺が)。
流石に自分を安心させるためならいざ知らず、この緊迫した場面で魔力を整えているステルラの邪魔をするほど愚かではない。光芒一閃を再度握り締め、一歩ずつ前に進んでいく。
多分、アルスは俺の事を殺せる。
何の躊躇いもなく、技術的にも強さ的にもさしたる妨害もないのなら。
一対一で戦い続ければその内死ぬのは明白で、従来の作戦通りだったのなら即死して終わっていただろう。
それはステルラだけが戦う場合も同じだった筈だ。
戦いの才能もある、魔法の天才、魔力も豊富。
そんな選び抜かれたステルラであっても、魔力を無限に使えて身体を回復し続ける奴に勝てたとは思えない。
俺が大嫌いな努力を選ばなければ、俺が英雄の記憶を持っていなければ、俺が師匠に出会わなければ。
あり得たかもしれない可能性はどれも残酷な末路を迎えるものであり、今この場に立てたこと自体が奇跡のようなもの。幾重もの正解を選び続けたからこそ、ほんの僅かな勝利の可能性を見出せた。
「……複雑な気分だ。わかってくれよ、英雄サマ」
相も変わらず死の気配を纏わせて佇むアルスに近付いていく。
その度に俺の本能のようなものが叫ぶのだ。これ以上奴に近寄れば死ぬ、これ以上この場にいれば死ぬ、これ以上戦えば死ぬ、わかりきった答えを愚かにも。
わかってる。
そんなことは誰よりも俺が知っている。
かつてアルスと相対した人間全てと比べても俺は決して強い方じゃないし、なんなら真ん中から下くらいの実力でしかない。
この場にいるのが不相応なくらい貧弱なのは、アルスの人生を知り尽くした俺が一番理解してる。
それでもやらなくちゃならん。
涙が出そうなくらい屈辱的だが、それでも堪えて戦わなくちゃならん。
ステルラ・エールライトが死なない為に、これ以上こいつが傷付かなくてもいいように。
惚れた弱みってのは辛いぜ。
「紫電迅雷──ッ!」
全身を駆け巡る紫電の痛み。
すっかり慣れきってしまったが、それでも痛い思いは出来る限りしたくない。
これが最後、これが最後だ。俺の人生で最も苦痛に塗れた青春時代は、この戦いを最後に役目を終える。
歯を喰いしばって痛みに耐えて、ハッピーエンドを迎えたいもんだ。
ステルラが提示した五分間まで残り二十秒程度。
全力でこの間を保持するのが俺の仕事だ。
耐えるだけで敵を倒せるのならそれでいい。俺は志が低い人間だから、そもそも戦うことに肯定的じゃないんだ。いつだって他人が全てを解決してくれることを祈ってる。
だから、残り僅かなこの刹那に────星の輝きを照らしつけるのさ。
駆け出す。
全能感溢れる感覚など何処にもなく、ただ灰色に変化した風景と全身に打ち付ける風の圧だけを感じる。それでも思い通りに身体は動くしそれを何とも思っていないのだから、大概染まってしまった。
地に足付けるのと同時に動きの無いアルスに向かって剣を振るう。
全身に紫電を宿らせている間だけ、俺は超越者に食らいつける。
たった数分間の間対抗できるだけ。それすらも全部借り物で構成されている俺が英雄に抗おうなんて、身の程知らずにも程があるね。
地面を削り取る様に速度を打ち消しながら、右手に刻まれた祝福を起動。
ほんの少しだけ剣を加速させるためだけの身体強化、スペックで越えられない相手に一手だけ差し込むための逆転の駒。それを躊躇なく使用して、少しでも俺に注意が向くようにする。
「────星縋、七閃ッ!!」
七度煌めく剣閃に、流石にアルスも全力を出さざるを得ないと判断したのか。
それら全てを防ぐように放たれた剣技に動揺する暇もなく、続けて連撃を繰り出した。
隙を与えるな。
奴に先手を渡らせるな。
常に攻撃を繰り返し、全ての攻撃に殺意を込めて、牽制の一つもなく──一撃あてれば死ぬのだと、その判断を続けさせるんだ。
あと数秒で五分が経過する。
その瞬間まで決して野放しにするな。
残り五秒。
右に左に切り替えて振るう剣は全て防がれる。右足を軸に蹴り上げようとするものの、それを手で容易に受け止められた挙句こちらの行動を止められた。
残り四秒。
首目掛けて振りかざされた一閃を紙一重で避け、脚を掴んでいる手を斬り捨てる。一瞬で回復し生え変わったが問題ない、身を低くして懐へと踏み込んだ。
残り三秒。
腰から肩へ斜めに斬り上げた。剣を振る速度は紫電と同化しているから超高速だと言うのに、アルスは意図も容易く一歩下がる事で回避。俺が必死になって喰らいついてるのに余裕かまされるのはクソほど頭に来るが、短気なのは戦いにおいて不利なので冷静沈着に行く。いやダメだ、ムカつくから畳みかける。
残り二秒。
魔法を撃つ暇を与えてないのはいいことだが、代償として俺の動きが鈍くなってきた。無呼吸状態に加えて動かしちゃいけない方向に動かしたりしてるから、痛みで思考も阻害されてる。それでも致命的なミスだけは避けるようにやれてるのは良い事だ、そう思わなくちゃやってられん。
残り一秒。
踏み込んだ左脚の骨が折れた。めっちゃ痛いけど力を入れるのに不都合はないから、そのまま勢いを殺さず首目掛けて剣を振る。殺せない事はわかっていても、俺ですら魔力を感知できる程に強まったステルラの事は無視できないだろう。だからこれを防ぐのはわかって────防がないで受け入れやがった。
わずかに喰い込み、このまま振り抜けば確かに首は獲れるだろうと確信した一撃を終わらせるより先に、アルスの剣が胸に突き刺さる。
左胸、急所、心臓。
喰らってはいけない部分を穿たれ、その痛みを理解するより先に、そのまま肩を裂くように剣が振り上げられた。
あ、死んだ。
痛ぇ。
この死が急速に近付いてくるタイプの怪我を負うのは随分と久しぶりだったが、相変わらず空虚で不気味で寂しい感覚だ。
薄暗い昏さと痛みと高熱が患部から沸きだし脳を焼くようなこの感じ、もう後戻りはできない。
アルスの剣には魔力を吸収する効果が付与されている。
ゆえに回復魔法は効かないだろうし、光芒一閃も一時的に断ち切られた。抵抗する手段はもうないな。
────それがどうした。
諦めてたまるか。
俺の生存なんぞはどうでもいい。
問題はこのままいけばステルラも順当に斬り捨てられるという点。それを迎えないために生きて来た俺の人生を無駄で諦める気は毛頭ない。
「────【
右腕に魔力を搔き集める。
ステルラの魔力を操れるほど馴染み深い訳ではなく、トーナメントの時と同じような自由度は無い。
それでも
歯を喰いしばって、全身から力が抜け落ちない程度に足を保持して、右腕を殴打の為に控えさせる。
煌めく輝きは眩い。
まるで俺が生み出したとは思えないような美しさだ。
もしも俺が十全に魔力を持って生まれたのなら、この光を自由に生み出せたのかもしれない。それでも天才にはなれないだろうから結局宝の持ち腐れになってたかもな。
劣等感に包まれた人生だった。
社会には常に上位互換が存在する。
剣技における天才はいたし、戦いにおける天才もいたし、魔法における天才もいたし、魔力における天才もいたし、精神における天才もいたし、何もかもを兼ね揃えた超人もいた。
羨ましかった。
俺も、俺一人がいれば全部を解決できるような英雄に成りたかった。
でも成れなかった。
そうは、ならなかった。
俺は英雄になれるような人間では無いと、他ならぬ英雄の記憶を垣間見た事で理解してしまった。
少年の心に傷を植え付けた罪は重いんだぜ、英雄サマ。
だから、せめて。
この人生で貴方を越えられるような、そんな人間に成りたいって、少しくらい思っちまった。
「
人生丸ごと一つ賭けた一撃を、解き放った。
────準備、出来たっ!
提示した五分には
一度ロアに戻って貰って、その上で付与する。
全身変換自体は問題なく出来る、たぶん私の意思も問題ない。魔力に霧散する終わりは私だって嫌だから、ほんの少しだけ時間を貰えれば大丈夫。
「ロア、お待た……せ……」
…………あ
待って
死んじゃうよ
ロアの右手に魔力が集まってる。
見たことも無い位の魔力、ロア一人じゃ絶対に出力できない。
ぶらりと血を滴らせながら放り出された左手に、肩口から大きく切り裂かれた背中。心臓が、回復魔法、あ、効かない。
呼吸が乱れて、さっきまで保ってた魔力に揺らぎが生まれる。
それを取り返そうと言う選択を選ぶよりも先に、ロアの放つ極光が視界を焼いた。
「待って、待ってロア!!」
べちゃ、と不愉快な音と一緒に制服にこびり付く血。
少しだけ見える臓器が手遅れだと言う事を如実に表していて、こみあげて来た吐き気を魔力で蓋をして物理的に塞き止める。
「う、ロア。ねぇ、大丈夫、ロア」
血が止まらない。
返事もしてくれないし、目は焦点があってない。
少しだけ痙攣する手足は生きているからなのか、それとも、身体が勝手に動いてるだけなのか、私には判断できなかった。ただとにかく回復魔法をかけて、その魔力が虚空に消えていくのが信じられないくらい憎くて、血の気が引いた。
……どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしよう!!?
何をすればロアを助けられる? よく考えなきゃ、回復魔法は効かなくて、もうたぶん、死ぬ直前で、治せない。血液を増やし続けても意味が無い。治らない。ロアに意識があるようには見えない。治らない。
気持ち悪い。
胃の中にあるもの全部吐き出したい。
でも、今のロアの近くで汚いものを出したくなかった。だから、魔力で無理矢理喉を塞いだ。
「……………………う」
ロア。
死なないで、ロア。
私、ロアが居なきゃ生きていけないの。
子供の頃からずっとそう、ロアだけが私の事を見捨てないでいてくれた。ごめんなさい、甘えてばかりでごめんなさい。
魔力器官────つまるところ、心臓の一部であるそこが斬り捨てられていて、もう望みが限りなく薄い事も理解できてしまった。
ロアはこのままだと死ぬ。
避けようがない。普通の手段では、どうあってもロアを助けられない。
だから。
わたしは、
「…………ごめんね、ロア」
幸い、敵対しているあの人が攻撃してくる様子はない。
攻撃に転じようとするつもりはないから、敵意を感じ取ってないんだと思う。今私の心にあるのは自分に対する憎悪と罵倒、それとロアに対する感情だけだから。
そして、魔力を吸収し続ける部分を切断して、ロアの身体をちょっとだけ削ったことに吐き気を強めながら、準備を整えて。
「全部、全部あげるから────許してね?」
そしてどうか、師匠のことも助けてください。
最後の最後までロアに頼りきりで甘えてしまう、弱い私で、ごめんなさい。
願わくば、この感情が────ロアに、伝わりませんように。
目が覚めたとき、視界は変わらず坩堝の中だった。
どうやら一命取り留めたらしく、しかも何故か身体の調子が頗るいい。
妙な全能感に包まれた状態で、これくらい戦いの前に整えられたらどれだけ楽だったかと溜息を吐いてしまうような感覚だ。
身を起こして周囲の様子を探る。
状況は何も変化なし。
相変わらず繭は張ってるし、なんならアルスもまだ佇んでるし、俺の与えた一撃はさしたる影響もなく防がれてしまったらしい。ふざけんな。
やれやれといつもの諦めを抱きつつ立ち上がって──その時に、滑り落ちて行った制服に視線を落とした。
首都魔導戦学園の制服だ。
緑色で、実用性を重視した耐久性に優れた素材を使用しているらしい。女生徒がスカートなのは実用性に優れた結果なのかと疑い深く考えたが、そっちの方が見た目がいいからいいと結論を出したこともあるそれ。
「…………ステルラ?」
一言呟いて、周りを見る。
やかましくて、コミュ障で、さわがしくて泣き虫で恥ずかしがり屋で、めんどうくさい幼馴染の名前を呼んだ。
返事は無い。
坩堝は広いが隠れる場所は無いから、見落とすってことも無い。
仄かに香る匂いがステルラの衣服だと主張していて、香り一つで判断出来る位に無意識な注目をしているお前を、俺が見失うとは思いたくなかった。
「ステルラ、どこだ?」
どこを見ても姿が見えない。
衣服だけを残して消えるなんてそんなことあるだろうか。仮にあったとして、それは一体どんな状況なんだ。
謎に俺の傷も塞がってるし────…………あ?
待て。
どうして俺の傷が塞がってる?
魔力を吸収する悪意塗れの剣で傷つけられたから治しようがない筈だ。
だから俺は生存を諦めて全て振り絞ろうとしたし、事実絞り出しただろう。アルス自体に損傷は見られないが、奴らが背にしている壁には大きな穴が開いている。
あれは幻じゃない。
だから本来なら、俺は死んでる筈だ。
そして今この場所でそれを捻じ曲げる事が出来る奴は、一人しかいない。
傷跡を弄る。
そこには紛れもない痕が遺されていて、負傷したのも嘘じゃなかった。
ドクン、ドクンと胎動する心の臓。そこに断ち切られた様子はなく、正常に動いている。
ああ、紛れもなく正常に動いている。
俺の心臓には無かった、余計な機能を備え付けて。
身体中に満ちるこの全能感。
気が付いてなかったわけじゃない。それでも確証が無かったから、まだ可能性が高い方を信じていた。
これは、だって、俺が────
記憶の中で幾度か味わった全能感。
魔力を十分に有する英雄が、とてつもなく昂った時に俺の全身を焼き焦すように味わっていた麻薬の如き心地よさ。
魔力が全身を満たし、最も戦いに向いたコンディション。
師匠の祝福を全開に起動したその瞬間にだけ訪れる、この感覚は。
「……………………なにを、しやがった…………ステルラ」
姿の消えたステルラ。
持ち主を失った衣服。
塞がった俺の傷に、溢れんばかりに巡る魔力。
ここまで状況が整えば、いくら俺でもその答えは導き出せる。胃の中身を全て吐き出したくなるような不快感と共に、頭に浮かんだそれを、呟いた。
「────────死ね、このクソ
心の底から死んでしまえと思ったのは、初めてだった。