今日から新生活が始まる。
あの恐ろしい戦いから二年が経過した。
家は治ったし私も無事だったけど、全て元通りとはいかない。もう二度と元に戻らない、どうしようもない犠牲もあった。
だから、私は。
私にとって大事な
「──……行ってきます!」
返事はない。
誰もいない。
私の家族は二年前に居なくなってしまった。
この名に刻まれた全てを、私だけが知っている。
この重みは私だけが抱えている。もう、他の誰もこの名を知る者はいない。
だから、絶対にやり遂げて見せる。
必ずや、かの英雄――――ロア・メグナカルトに取り入って見せると。
◇
「新入生入学だそうよ」
そこそこ手抜きしてある手作り弁当をもぐもぐ咀嚼して飲み込んだ後、ルーチェが呟いた。
「去年はいなかったよな」
「それどころじゃ無かったもの」
「確かに。ロアは愛しの姫様と隙あらば合体してたしルーチェは氷強すぎてまともに魔法使えてなかったよね」
「……否定はしないけど、腹立つわ」
「俺が合体を望んだ訳ではなくなんかアイツが定期的に飛び込んでくるだけだ」
あの戦いが起きる前と全く同じ俺たちの昼休み。
テリオスさんの代はしっちゃかめっちゃかだったが卒業式の体裁を整えて無事に送り出され、就職組と進学組で分かれて乱れたままの社会に飛び込んでいった。
テオドールさんは確約されていたエリート幹部コースに、ソフィアさんは魔導研究を本格的に行える学園に、テリオスさんはなぜか首都魔導戦学園に帰ってきた。
新米教師兼学園長補佐とかいう色々ありまくりな立場で日々忙しそうにしているが、同僚と飲み会に行ったりするのは楽しいらしい。先日の定期検査の時にソフィアさんの目を盗んで抜け出し賭博場に行った時に言っていた。
勿論そのあと見つかって怒られた。
テリオスさんだけ。
俺は拒否したのに連れていかれましたの一点張りで事なきを得たが、その際のテリオスさんの表情は見ものだった。
「そのお陰で軍資金調達出来たから結果オーライだな」
「今の会話の流れでどうしてそんな呟きが出るんだい?」
「俺も暇じゃないって事だ。もう一度潜るかどうか決めあぐねている」
「招待出そうか?」
あ、そういえばこいつ元公爵家だった。
そういう紳士淑女の社交場にはそれなり以上に関わってる方のやつ。
「またエイリアスさんに怒られるでしょ、やめときなさい」
「師匠ならば問題ない。いくらでも言いくるめる方法はある」
「勝つ前提なのが面白いんだけどな……それもアルスの記憶ってヤツ?」
いや、単純に身体能力に身を任せて正々堂々と戦ってるだけだが。
「……いや……そんな簡単な話じゃないと思うぜ……?」
珍しくアルが苦笑いで終わらせたので多分深く言わないほうがいい。
魔力を手に入れても変わらず剣は振っているから身体能力は落ちてない、それどころか成長するに連れてどんどん増している。
単純な技術とかに伸びしろはほぼ無いが、身体能力の面で全盛期はまだだったらしい。まあそこに修正する手間暇を考慮するのなら真の意味で一番強かったのは一年前になるんだが……
「…………ねえ。もしかして前に出掛けた時のお金って」
「お偉いさんの懐から出たものだな。おっと、勘違いするなよ。俺はテリオスさんに連れていかれた場所でたまたま巻き込まれただけだ」
ルーチェから盛大な舌打ちと溜息が聞こえて来た。
アルベルトはめちゃくちゃ楽しそうに笑っている、こいつ一回葬っといた方が良さげだよな。
勿論その時に大勝ちして以来一度も行ってないので、本当にテリオスさんに無理やり連れていかれたという風に仕向けている。勝った金で飯を奢ったら笑いながら許してくれたから滅茶苦茶優しい人だと思った。
「……真面目に働きなさい」
「嫌だが…………」
「なんでよ。子供にそんな姿見せる訳?」
「気が早すぎじゃないか? 君らまだ学生だぜ」
「──……あっ、いや、違うの。少し待って、今のは勘違いよ」
クラスメイトからため息が聞こえてきた所でルーチェの羞恥心はマックスになったらしく、耳まで真っ赤に染め上げて飯を掻きこんで何処かへ逃げていった。可愛い奴だな、最高の女だ。
「チョロいね」
「そこがいいんだよ」
やれやれ、なんて肩を竦めるアルベルトを尻目にルーチェの手作り弁当を完食して片付ける。
今日も今日とて美味かった。
やはり他人が労力を支払って作った料理とは格別だ。これだけ聞くと最悪な人間としか捉われないかもしれないが、実際最悪な人間なので否定はしない。ルーチェのご飯美味いし毎日食べたい位だ(毎日食べている)。
……おっと、なんだか寒気が…………
「で、実際の所どうなの。しっかり全員お手付きした?」
「下世話な野郎だな、まだ出してない」
どうして責任も取れない身分で手を出す必要があるんだ。
師匠みたいに何をしても許される人とは違って俺達全員学生だから。
俺はそこら辺しっかりしている。大人になって誰に迷惑をかける事も無くなってようやくそういうことをする権利を得られると理解しているからな。なおそこに至るまでの好感度を貯める事はいくらやっても良いものとする。
「ウ~~ン、シンプルにクソ野郎だ」
「何とでも言うがいい。格の違いってもんを教えてやる」
男二人でのんびりと会話していると、廊下の方が騒がしい事に気が付く。
珍しい事もあるもんだ。
最近この学園で騒がしい奴がいたらそれは大体メグナカルトみたいな風潮があるので、ここぞとばかりに反論してやりたい気分だね。
オイオイどこの誰だよ白昼堂々騒ぎを起こしてる輩はよォ~!
これだから常識が無い奴は困っちまうんだよな~~!
「────メグナカルト先輩!」
オイ…………なんで、俺の名前が呼ばれている……
「また君だねぇ」
「今度こそは本当に覚えが無いぞ……」
俺が慄いていると、周囲の視線を集めた一人の女生徒があらわれた。
栗色の髪の毛をサイドテールで纏め上げ、どこか気品を漂わせる高貴な所作。制服に一つの乱れもないのは真新しいものだからか、それとも彼女自身の几帳面さ故か。
いずれにせよ面識が一切ないであろうその女生徒は、何一つ戸惑うことなく俺目掛けて直進してくる。
そして目の前までやってきて、自信満々に胸を張って言い放った。
「
「まあ別に構わないが……」
また新しい女引っ掛けたのか、なんて不名誉な言葉が聞こえてくる。
俺はどうでもいいが向こうが嫌がるだろ。
そういう事は心の内に留めておくのが大人ってもんだぜ。
まあ俺に関わるってそういう事だからな。問題児扱いされているのは非常に不愉快だが仕方ないことであり、お前も風評被害の犠牲者になってもらう。
そして女生徒はそんな声に反応する事も無く、極自然な笑顔で己の事を切り出した。
「私はアランロド・ミセリコ・マクウィリアムズと申します。よろしければ、私と友人になってくれませんか?」
…………うん。
色々言いたいことはあるが、まあそれらすべては取り敢えず置いといてだ。
ざわめきが広まり、まさかそんな……という声が聞こえてくる。
「もう後輩に手を出したのか……今日入学したばかりなのに……」
「流石は英雄だな。色を好むとはよく言ったよ」
「私エールライトさんに言ってくるね!」
「おいふざけんなお前ら。どこからどう見ても俺は無実だろうが」
クラスメイトが速攻で俺を売ろうとしたので必死に押さえ込む。
勇敢にもステルラにチクろうとした女生徒を身体強化を駆使して先回りして壁ドンで止めた。これが魔力を持つ者の真の実力だ、舐めるなよ。
「わ、わ〜……大胆だね?」
「お前は何も見ていない。いいな?」
「で、でも流石に不憫だよぅ……」
「アイツは俺の心の内全てを理解してるから浮気にはならん。そもそもマクウィリアムズ? で良かったか。とは初対面だ」
だからいいな、余計な行動はするな。
誠心誠意真心込めたお話を行う事でクラスメイトの半数を黙らせることに成功した。お前らもいいとこの家出身だろうけどこちとら十二使徒複数人に加えて英雄という箔を持ち更にはグラン家とも懇意にしてるんだぜ。
そこらへんの名家に負ける訳ないだろ。
額と額がぶつかりあうくらいの距離感でガン見して念を込めた結果、首をぶんぶん縦に振って同意を示した彼女から顔を離した。
「よし、わかったら席に戻るんだ。ベアトリス」
「はい…………」
ミッション完了という訳だ。
これにて俺の平穏は保たれ尚且つ風評被害を防ぐことにも成功した、あまりにも天才のムーブすぎて俺の才能が末恐ろしい。
「やっぱり最悪な男だな」
「顔だけは無駄にいいからあんなに近付くと普通に動揺するよね」
「わかっててやってるに決まってるじゃないか。よっ、天才女たらし! ヒモ! 無職!」
「おいアルベルト、お前が定期的に噂流そうとしてる事実は知ってるからな」
「本当の事だしいいだろ? 世の女性のために正義の行いをしてるだけだしね」
俺ほど世の女性を守り抜いた人間は居ないだろうが、舐めやがって。
アルベルトと睨み合い一触即発の空気の中、置いていかれたと自覚したのかはわからんがマクウィリアムズは咳払いひとつして話を切り出した。
「あ、あのー! 先輩、メグナカルト先輩! どうですか私を友人にしませんか! 今ならお得ですよ〜!」
ンン、なんか想像と違う方向に進んでいくな?
アルの顔を見てみると実に面白いオモチャを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。見る人が見れば悪役だと指差されても文句は言えない感じのヤツ。
「へぇ、お得か。具体的にどんな内容か教えてくれないかい?」
「あ、そ、そうですねっ。えーと、私は首席入学してきたので将来に期待が持てます。なのでメグナカルト先輩のことを養えますよ!」
「少し待て。たった今ありとあらゆる手段を使ってでも取り払わなければならない事を認識した」
俺金さえ出せば誰にでも釣られるやつみたいになったんじゃねぇか。
そんなに間違ってないけど正解でもねぇよ。誰だよ言い出しっぺ、絶対お前だろアルベルト。
「まず第一として、俺は養ってくれる女性なら誰でも靡く訳じゃない」
「えっ、そうなんですか?」
「なんで疑問を抱かれるのか遺憾だが、たまたま俺の事を好きになった女が全員養ってくれる奴だっただけだ」
ステルラ、師匠、ルーチェ、ルナさん、アイリスさん……は唯一対等かもしれん。アイリスさんは俺を養いたいと言うより斬り合ってくれる理解ある彼くんみたいなポジションだからな。あの人根本的に俺が居ないと生きていけない訳じゃないから。
因みに現在アイリスさんは順位戦第五位である。
一位は言うまでもなくステルラ、二位にルナさん、三位にヴォルフガング。おい、何か面子バグってないか。現役の十二使徒が一人とほぼ十二使徒を受け継ぐことが確定してるのが二人、この世代どう考えてもおかしいぞ。
「…………そ、そうなんですね。わかりました、でもそれなら私にもまだチャンスはある……」
一体なんのチャンスだよ。
そんなに俺の事が好きなら止めはしないが、いきなり現れた少女にホイホイついて行くのは年上の男としてどうなのかと塵に等しいプライドが邪魔をする。
それに恋愛とは受けてばかりでは良くない。
時として引く事も大事なのだ。特に俺のように周囲全てに頼って生きようとしてる最悪人間の場合、そこの調整を間違えるとヤバい。背中から刺される程度では済まない可能性すらある。
だから、ここは一度断っておこう。
そうすることで『俺は一度誘いを断ったがどうしてもと言われたから受けた』と言い訳をすることが出来る。何度も俺に声を掛ける程恋煩い(もしくは他の事情)がある人を無視できるような人間性ではないと世間に植え付ける事が出来る訳だな。
「だがすまない、マクウィリアムズ。生憎俺の友人枠は埋まっていてな」
「えっ」
「恋人枠も埋まってるんだ。家族枠も埋まってるし、親友枠ももう……」
「ええっ!?」
「だからお前と何らかの形で関係を結ぶのは難しいんだ。わかってくれ」
全部嘘だが、先程までの様子から察するに何らかの目的を持っているのだと思う。
本当に俺の事が好きで好きで好きで好きすぎる女の子だと言うのなら仕方ないが、多分そうじゃない。自分に対して好意を抱いている女の子かどうかくらいは判別できるぜ。さっきのベアトリスは俺の事を好きでは無いが異性に興味津々なタイプなだけだったりとか、その程度の判断は容易い。
なにせアルスの時にハニトラとか死ぬほど喰らってたから……その頃の名残が……ウッ……
思想に共感した! って近付いて来た村人全員が帝国の息が掛かった刺客だった時が一番最悪の記憶だったな。人の醜さとはああも酷くなるのかと顔を顰めてしまった。
「う、うそうそ……どうしよう。このままじゃ計画が……」
そして断られたマクウィリアムズはこれである。
ああ、こいつどうしようもなくポンコツだな。この考えが今この教室を満たしているのは明らかで、隣に佇むアルは滅茶苦茶楽しそうに笑ってる。最悪だね。
「――――…………きょ……」
「きょ?」
「――――今日の所はここまでにしておきますわ!」
いやお前お嬢様口調になるの遅すぎ。
マクウィリアムズはごきげんようと優雅に汗を掻いて焦りながら退出していった。これまた面白い人材がこの学園に入学してきたな、この国の未来が不安だ。
「君と同じくらいガバガバな計画を立ててそうだね」
「は? 俺のは完膚なきまでに緻密に練られた一部の隙も無い完璧な作戦だったが?」
「エールライトを守るためにガーベラさんに弟子入りして努力する事は完璧な作戦だったのかい?」
「物事をどう見るかだ。結論から言えば少しは悔いのある結果に終わったが、俺自身に才能が無かったんだからあれが最善だった」
「初めから魔力持って生まれてればね笑」
「お前ライン越えたからな」
全力でアルをぶん殴り窓をぶち破って空中戦に移行して三秒後、何故か嬉々として混ざりに来たヴォルフガングを交えてド派手な喧嘩をした。被害は壊れた窓くらいだったので魔法で治してお咎めなしだったが、これに関しては俺悪くないだろ。
軽々と地雷を踏み抜いたアルベルトサイドに問題があると提言したのに却下されたのは遺憾の意を示さざるを得ず、その流れのまま三人(ヴォルフガングはこれまた楽しそうだった)で校内清掃を命じられた。
ちゃんと誰も巻き込まないようにしたのにな、と三人でぶつくさ言いながらやる青春の一コマだった。
アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ
ガバチャー構築系ヒロイン。二年前に家族を失いそれからは多大な苦労をしてきたらしい。今家計は火の車で首都魔導戦学園には借金をして入学した。借金先はグラン家である。アルベルトはまだ事情を知らない。
ベアトリス・イグレシアス
特になんの設定も存在してないクラスメイト。今考えましたが、おそらく王国の元重要ポストの子孫とかそこら辺にしておきたい。かわいい、彼氏は居ないけどイケメンは好き。トーナメントでステルラの脚が吹き飛ぶ姿がトラウマになり坩堝で戦えなくなったりしててほしい(これは完全に意味の無い妄想)。
テリオス・マグナス
ロアが手っ取り早く金を稼ぐ手段を知らないかと尋ねて来たので、心臓の定期検査の時に隙を縫って連れ出した。賭博場で無双するロアを見て大笑いしてしっかり楽しんだ後、ソフィアに教師としての責任とか大人として未成年をとかそこら辺でしっかり怒られた。ロアの言い方はともかく嘘は言っていなかったので問題を押し付ける事も出来ず、裏切られた表情でロアを見つめた。後日勝った金で食事を奢って貰ったので許した。