「マクウィリアムズ、か……」
「知っているのか師匠」
久しぶりに家にやってきた師匠と二人で飯を食っている時に話題にしたら、意味深に呟いた。
「ああ。マクウィリアムズ家はミセリコ王国元騎士団長の子孫だ」
「めっちゃ重要ポストじゃないか」
「と言っても、百年以上前の事だ。あの人の記憶に無かったかい?」
見たいタイミングで全部見れる訳じゃないからな。
そこらへんの自由度が利かないのがムカつくところであり、俺を俺たらしめている部分だろう。
「しかし、あー……マクウィリアムズ家か……」
「何かあるんですか」
「そうだね、多分色々ある。でもこれは今言うべきじゃない気がする……」
うーんうーんと首を捻る姿は珍しく感じる。
普段身に纏っていた紫のローブではなく、薄い黒色のジャケットを羽織りロングスカート。
大人の女性の服、という感じだ。
「なんだ、私に見惚れたのか?」
「改めて美人だと思っただけだ」
「…………こんな年増口説いていいことないぞ」
「反撃されて口を尖らせるな偏屈妖か」
バチバチ紫電が身を貫くが最早俺にそれは通用しない。自分で紫電を生み出しておけば相殺出来るという訳だ────同等の魔力を込めているのならば。
勿論俺は最低限しか振らないのに対し師匠は情け容赦なく全身焼き焦すくらいの威力で当ててくる。全部貫通して身動きが取れなくなってしまったので、渋々回復魔法で復活した。
「ロアはいつまでも変わらないな」
「変わってるさ。アンタらと違って歳を取るからな」
我ながら上手に出来た料理を胃に収めながら話す。
思えば師匠と二人でのんびりするのは随分と久しぶりだ。
アルスの記憶を所有している事を打ち明けてからよそよそしいこの女はどうにも俺を避けている傾向がある。今日は飯作るから来いと言ったのでやってきた。今更俺から逃げようだなんてそんなことはさせないぜ。
「それに伴って見た目も変わる。きっと十年後にはもっとイケメンになってるだろうし二十年も経てばイケオジとして大陸全土のマダムを虜にする魔性の男になってる筈だ」
「何を目指してるんだ?」
俺の身の回りの女性が他の男に目移りしてたらそいつを殺すが(過激な表現になってしまったので謝罪と訂正、正確には息の根を止める)、俺がやる分には俺は困らないので大正義という事になる。
ウム、誠に見事な理論武装だ。
「そのうち刺されるよ」
「師匠が治してくれるだろ」
「……私が刺すことは考えないのかい?」
「師匠俺のこと大好きだしないだろ」
師匠はぷいと顔を背けてしまった。
ふっ、今日も俺の勝ちか。
ハンデとして欠陥だった魔力を手に入れてしまった今、俺に死角は一つも無い。こんな無敵最強人間が爆誕してしまって本当にいいのだろうか?
「女たらし。軟派男、ハーレム野郎」
「オイオイそう育てたのは師匠だぜ。責任取ってくれよな」
「……別に私なんていなくても大丈夫だろ?」
「いいや全く大丈夫じゃない。俺はアンタのこと好きだから」
その顔と身体と声と態度で子供の頃から狂わされてんだよいい加減にしろ。一体何時になったらこの女は自分の魅力を認識するのだろうか、そんな態度で「やあ少年」ってガキの頃から言われ続けて壊れた俺の性癖の責任を取って欲しい。
「大体あの人の記憶があるから私のことだってわかってたくせに」
「いや、あの頃の師匠はロリだったからわからなかった。そうだと気が付いたのはステルラが魔法に心底惚れこんじまったあの日だ」
「…………それはつまり、あれか。私を色眼鏡で判断するより早く、その……」
「…………いや、別に好きだったわけじゃない。俺の本命がステルラなのは物心ついた時から変わらないし、ただそれとは違う魅力を師匠に感じていたのは否めない」
なんだよこの空気。
付き合いたてのカップルですらこんな初々しい空気出さないが?
口元が緩んだのを隠そうと必死な師匠を眺めながら食べる飯は最高に美味い。このまま俺が死ぬその瞬間まで続いてほしいしなんなら死んだ瞬間全員が大泣きする光景を見たいので、死人が十分くらい現世に残れるシステムだったらいいな。
「というかだな。師匠は自己肯定感が低すぎる」
「そんなことはない。私の事は私が一番正当に評価しているさ」
「例えば?」
「親友の死と引き換えに生き残ってしまった愚かな女」
そういうとこだぞエイリアス~~!
アンタは自分を卑下しすぎ!
もっと胸張って生きろよ! エミーリアさんがそんな姿を望むと思ってんのか。あの人は寂しい本心を隠しつつも祝ってくれるタイプの人だし、周りの人間に前に進んで欲しいと思うタイプだろ。
「君は【英雄】だ。偉大な事を成した、現代の英雄。そんな人に愛を受けて良いような人間では……」
「あ~~、めんどくさ。もういいから俺の事好きって言えばいいのに」
「おいっ! こっちは真面目だぞ!」
「俺だって真面目だ偏屈妖怪め」
溜息を盛大に吐き出して、空になった食器を片付ける。
師匠も全部食べ終えたようで空になっていたから一緒に片付けておこう。
「ああ、ありがとう。……全く、私はロアが思う程出来た女でも魅力のある女でもない。それだけは確かだ」
「師匠……それ、他の奴の前で言うなよ。特にルナさんとかステルラとか」
あいつらもう成長することないからな。
その恵まれた身体(言葉は濁しておく)でそんな事言われた日には戦争が起きる。卑屈なのは良くない事だ、特に師匠の場合。
胸張って堂々としてろ。
アンタはそれくらい立派な人間だ。
「…………そんな事を言うのは、ロアくらいだ」
「いや……多分皆言うと思うが。言わないだけで」
「一瞬で矛盾したことを自覚しているか?」
「師匠だって心の内に隠してる事は言わないだろ。それと一緒だ」
はい完全論破。
師匠は押し黙ってしまった。
カチャカチャと俺が食器を洗う音だけが部屋の中に響き渡る。
もっと素直になれればいいのに、他に何とか言う方法はあるだろうか。俺は師匠を肯定しまくっているが、師匠はそれを受け取らない。
いっそのこと一回押し倒してみるか。
俺の不躾な考えに勘付いたのか、師匠はガタリと音を立てて立ち上がった。
「さて、ごちそうさま。私はもう行くよ」
「今度はどこに行くんだ」
「グラン地方だ。……ちょっとした調査さ、心配するな」
「勝手に何処かにいくのはいいが、一ヵ月に一回は帰ってこい。俺は師匠と仲良くしてたいし」
「……肝に免じておく」
そう言ってテレポートで姿を消した師匠を見送って、溜息を一つ吐いた。
ステルラと共謀して一回話し合った方がいいな。
ああ~~……あの手この手で篭絡しないと本気で何処かに消え去りそうだし。全く、齢百を過ぎてるのに若者を困らせるもんじゃあない。
結局マクウィリアムズの事に関しては聞けなかったが、まあいい。
その内わかるだろ。
◇
「先輩っ! おはようございます、良い朝ですね!」
「……お前距離感ぶっ壊れてないか?」
「ぶっ……そ、そんなこと無いですよ? 今の若者のトレンドはこれくらいですから」
「嘘つけ」
翌日。
飯を食ってのんびり登校しようと外に出たらマクウィリアムズが出待ちしていた。
先日のファーストコンタクトが失敗したから今度は一対一のタイミングを狙ったらしい。ポンコツに拍車が掛かっているが、ここまで計算通りだったのならばよく考えたものだ。
俺もそこそこ有名人になっちまったからな。
多分、この国で俺の顔はともかくとして名前を知らん奴はいない。
魔祖十二使徒第二席門弟ロア・メグナカルト。
英雄の二つ名を授かり此度の動乱を収めた者。
それが世間での風評であった。
因みに両親には怪我ないかと心配されたが、何故かステルラと同一に合体したと報告したら今すぐエールライト家に婿入りしてこいと放り投げられた。ムカつく。
「お前の計画に乗ってやらんこともないが、目的がわからん。俺に取り入ったところで権力も無いし得はないぞ」
「取り入るだなんてまさか! 私はそんな損得感情で先輩に近付いてる訳じゃありませんよ!」
白々しい奴だ。
だが先日よりかはマシだな。
「お嬢様言葉はやめたのか?」
「あれは! …………そっちの方が好みですか?」
「いや別に……面白い奴だなと思っただけだ」
グッと手を握ったのを見逃さない。
うん…………なんなんだろうな、こいつ。面白い奴なのは確かだが、一体俺に何を期待しているんだろうか。
「マクウィリアムズ、お前の目的を吐け」
「え゛っ…………い、いやだな~! やましい事なんてなにも」
「いいか。世間的に見れば俺は先の大戦を終わらせた人物で英雄等と称される事もあるが、それはそれとして周囲の女性に手を出しまくっている等という不愉快な噂────もとい事実が公表されている」
「そこは認めるんだ……」
「別にいいだろ当人が満足してるんだから。余計な口を挟むのは無しにして欲しいな」
そもそも国に定められたルールの中でも特に問題がある訳ではない。
一夫多妻という制度を活用しない人間がほぼ全てであり、寧ろこの大陸でそれを採用してるのはよっぽどの大富豪で尚且つ愛が広い奴だけだ。大抵は失敗して終わるため推奨されることはない。
「まあ俺は天才だからな。そこら辺のヘイトコントロールも抜群というワケだ」
「そ、そうなんですね……」
お、ちょっと引いたな。
マクウィリアムズの本質が少しだけ垣間見えた気がするぜ。
「つまり、そんな風評が出回っている男にひょいひょい近付いてくる女は怪しい」
「うぐっ…………」
自覚はあったのか……
「誰かに被害を与える為だと言うなら容赦はしないし、お前が何らかの形で俺を利用したいのなら少しくらい話を聞いてやってもいい」
一人だけを特別扱いすると俺も私もと便乗する輩が増えそうだからあまりやりたくないが、世間的な風評としてカス野郎の気があることが知れ渡っているので気分で弾けるだろう。でも可愛ければ取り入ることが出来るとか思われたくねぇな。
「やっぱやめとくか。俺がチョロい奴だと思われるのは面倒だ」
「ああっ、ちょっと待ってください! 今考えるので!」
ブツブツ呟きながら顎に手を当てて思考を始めたマクウィリアムズを放置して歩き始める。
折角早起きして調子もいいしのんびり首都を眺めていこうと思ったのにこれだ。どうにも俺の人生はどこかで捻じ曲がってしまうようで、少しばかり溜息を吐き出したい気持ちになる。
先週は結局校内清掃やらされたし。
破壊した窓だって直して周囲に一切零れないようにぶつかり合ったのにどうして罰則が……? これがわからない。
因みに法律上街中で初級魔法以上の物を使用する事は禁止されている。魔力を物質へと変える行為が駄目だ、というのがより正確か。
なので本来だと紫電を人に当てたりするのは法律違反です。
許せねぇよな、エイリアス……ステルラ……ルーチェ(生身での殴打なのでどちらかと言うとシンプルな暴力)。
「せんぱ~~い! 置いてかないで~!」
「やかましいな……」
汗一つかかずに走って追いついた辺りコイツそれなりに鍛えてる。
しっかりブレずに歩いてるし、それなりに肉弾戦を好むタイプか。
「全くもう! 可愛い後輩を置いていくなんて信じられません!」
「後輩であるという点以外何一つ一致していない自己評価だ」
「慕っている人間を無下にするのは酷いという話ですっ」
「……お前嫌われるタイプだな」
「どうして!?」
いや、うん…………
俺にそんな時期はあっただろうか。う~ん、思い出せないな。
多分無かったとは思うが、こう……ね。ちょっと心に来るものがある。そういうムーブが許されるのは中学生までだ。大人になったら「なんだこの喧しいガキは」としか思われなくなるんだぜ。
やめよう、哀しくなる。
「いずれにせよ、俺はあれこれ適当に手を出してる訳じゃない。出会った女性がたまたま俺の事を好きになって、俺はそんな人たちの中から誰か一人を選ぶくらいなら全員等しく手に入れたいと思った。そしてそれに皆答えてくれたから今があるのであって、性欲に身を任せた訳ではない」
まあ向こうに対して色々思う事はあるし、向こうだって俺に対して思う事はあるだろう。それら全てを帳消しにして最期の瞬間全員の感情を俺が揺るがしたという事実を観測するのがマジで楽しみだ。
「だから正直に話すか諦めるかの二択だけがお前に遺されている。さあ、キリキリ吐け」
「黙って受け入れると言う選択肢は……?」
「あるわけが無いな」
「ですよねー」
はぁ、と溜息を一つ吐いてマクウィリアムズは肩を落とした。
「どうしてこんなことに……完璧な作戦だったのに……」
「全然何一つとして完璧じゃなかったが……」
「私の中では満点でした! 花丸です!」
「周りが認めない限りそれは落第点になる」
「うううう、ウキッ!」
いや、怖いよ……
見た目は美少女なのに言動がこれである。
ステルラも越えたしルナさんも余裕で越えた、マクウィリアムズは逸材かもしれない(ヤバ女という意味で)。
「今ものすごく不名誉な称号を与えられた気がします」
「勘が良いな。俺が出会って来た中でナンバーワンヤバ女として名を馳せて良いぞ」
「絶対に嫌ですけど……先輩って結構失礼ですよね」
はいはい。
「“はい”は一回です!」
「あ~はいはいはいはい」
「もおおおぉぉ!」
ウケるな。
肩で息をしていたのを整えて、マクウィリアムズは改めて話を始めた。
「…………正直に話せば、聞いてくれるんですか?」
「話だけは聞いてやる」
「言わなければ?」
「聞かないままだ」
少しの間沈黙が場を支配する。
いくらガバガバだったとは言えそれなりに練って来たんだろうし(ガバガバだったが)、マクウィリアムズ家が古くから続く由緒正しき家系だと言うのならばそれ相応の立場がある。
「……わかりました。聞いてください、メグナカルト先輩」
覚悟が決まったのか顔を上げ、先程までとは違う凛然とした表情で言った。
「私は────メグナカルト先輩を利用して、家系を存続させることを狙っています」
「…………続けろ」
?
ちょっとよくわかんないが……
別にそれ、俺じゃなくてもよくないか。
「マクウィリアムズ家はかつてミセリコ王国騎士団長を務めた事もある格式高い家系。父も母も祖父も祖母も、統一国となってからは上級魔法使いとして国に登録されています」
「お前も将来的にはそこに入るのか」
「はい。……まあ、もう家族は皆亡くなってしまったんですが」
アッ。
……また重たい過去もった女かよ!!
俺の周りにそういう悲劇抱えた奴多すぎんだけど。なんで?
「皆、先の戦いで戦場へと赴き────誰一人として、戻る事はありませんでした」
……………………。
「マクウィリアムズ家に遺されたのは私だけ。家財も知恵も何もかも失って、私には重たすぎる歴史とこの身一つしか許されなかった」
「だから、何がなんでも先輩に取り入ろうと思ったんです。私の家族が皆敗れて散ったあの戦いを終わらせた、英雄と称される先輩なら────この歴史を途絶えさせることは無いと、そう思って……!」
スゥ────ふぅ…………
「馬鹿なのはわかってます。滅茶苦茶なのかも、わかってます。でも、縋りつかなきゃ……私一人じゃ、そんなこと出来る筈もないからっ……!」
拝啓、過去のおれ。
お前が丸投げしてきた問題は常に未来のおれに飛んできている。
簡単に解決できるようなものならいいが、そうではない事ばかりだ。
あ~~、マジかよくそったれめ。
二年前の戦いで家族全員死んだなんて言われたら放置は出来ないだろ。
師匠め、このことわかってたな。
わかってて言い出すのは卑怯だと思って言わなかったな?
マクウィリアムズ自身に問題はあるかもしれんが、それでもこの事情は考慮すべきだと判断したんだろう。
正解だ。
俺が最も責任を感じてる部分だから、それを言われてれば一発だった。
俯いた状態から顔を上げ、目尻に少しだけ涙が浮かべつつも、凛然とした表情を崩すことなく。
「私の事も、救ってはくれませんか?」
片手間で構いませんので――――そう言いながら、マクウィリアムズは静かに微笑んだ。
アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ
ポンコツ元お嬢様。没落令嬢みたいな立ち位置に近いけどめっちゃ現実に追い詰められて限界ギリギリの状態で暮らし続けた結果、何故かロアと結婚する事で全てを解決できると謎の正解に辿り着く。まあ尊敬する家族が全員死んだ戦いをその身一つで終わらせて英雄なんて呼ばれるようになっちゃった男に抱く感情はぐちゃぐちゃだよね。心の内にある暗い感情も全部抑えつけてロアを頼る選択肢を取ったのは奇跡的に大正解だった(ロアが最も責任を感じているあの戦いでの犠牲者関係の為)。