剣閃と大盾がぶつかり合う。
その衝撃は凄まじく、大観衆が詰め寄った坩堝そのものを揺らす程。
当然距離の近い俺達にもそれは襲い掛かって来るが、魔力に愛されている今はそんなものなんてことは無い。
そんな事よりも、その余波が生まれた結果、傷一つ付ける事叶わずに紫電は霧散した。
────堅い。
それも恐ろしい程に堅牢だ。
この一閃で理解できたのは、紫電剣閃ではあの堅牢さに隙を作る事すら出来ないという事。止まることなく紫電剣閃を打ち破り吶喊と共に突き進んでくるその姿には恐怖を感じるぜ。
再度霞構えに戻って、揺らぎ一つ無い姿で静止。
今ここで必要なのは突破力だ。
面を制圧するのではなく点で捉えて貫く力。あの大盾は並大抵ではなく、短期決戦を想定しているとは言え、俺の全力の一撃を容易に防ぐアレを攻略するのは苦労する。
少し威力は落ちるが……まあ、物は試しだ。
光芒一閃に魔力を充填し技を披露するに十分な量を蓄えてから、迫りくる大盾に対して────刺突を繰り出す。
「────
目指したのは武の極致。
剣のみではとても辿り着けない程の絶技を誇ったある槍使いの一撃。個人の武でありながら、軍隊に匹敵するとまで謳われたその一突きは天まで届いたと語り継がれている。
──実際雲を掻き分けて天に青空を生み出したのだから化け物なんだよな。
不完全な形での再現となりつつも、アランロドの守りを突き崩すのには十分だったらしく右側の盾を大きく弾き、その衝撃で無防備な隙を晒していた。
当然その隙を見逃すわけがない。
脚に宿した紫電を加速させ雷速へと至り、がら空きとなった胴体へ一閃浴びせようとするが──防がれた。
バギッッッ! 金属と金属がぶつかり合うような爆音と共に魔力同士が鍔迫り合う。
相応の魔力を光芒一閃に籠めていると言うのに拮抗するとは、やはりこの学園に首席入学したのは伊達じゃない。
例え年下だろうが才能ある奴は羨ましいな〜!
「はああああぁぁっ!!」
弾き飛ばされた右側の盾を、その質量を十二分に知らしめるようなゆっくりとした力強いモーションと共に叩きつけてくる。
左側は拮抗。
両手は使用済み。
手が空いてない。
右脚を軸に地面を掴む様に力を込めて、左脚を思い切り振りかぶる。
前だったら出来ない選択だが今なら出来る。
激痛と衝撃さえ堪える事が出来るなら、これは最善の一手に等しい。
左脚に身体強化をかけて大盾を蹴り上げ────その衝突の瞬間、鈍い砕ける音と共に脚の一部から何かが突き出て来た感覚を味わった。
あ~~、痛ってぇなこんちくしょう。
折角魔力を手に入れたってのにどうしてこうも痛い思いをしなくちゃならんのだ。もうお腹いっぱいだよ。
回復魔法で即座に修繕しつつ、連撃を避けるために一度後退。
アランロドはそれを見逃さず追撃を放とうとしてくるが、それよりも先に紫電で牽制をしておいたのでそれは免れる。
おお、なんだか普通の魔法使いみたいな戦い方だ。
俺も随分進歩したな……何もかも貰いものだけど……。
「なんの躊躇いも無く生身で行くなんて……」
「そうでもしなけりゃ戦いにすらならん事ばかりだったからな。慣れちまった」
嫌な慣れだ。
痛いのも苦しいのも嫌なのにそれを受け入れてでも成し遂げたい何かがある。
「私、ふと疑問なんですけど」
「なんだ」
「いえ、本当に先輩って努力が嫌いなのかなと思って」
大嫌いだが?
「だってだって、いつもなんだかんだ言って努力してるじゃないですか! 本当に嫌いならそんな頑張れないんじゃないかなって……」
大盾の隙間から垣間見えたアランロドの表情は少し切なげだ。
大方何を期待しているのかはわかるが……
「痛いのも苦しいのも私だって好きじゃないですし、その嫌な感じは理解できます。だからこそ、先輩は本当はどう考えているのかって気になって────」
「嫌だぞ」
「そ、即答……」
既に魔力障壁が貼られているために観客席の声は聞こえないが、おそらく俺達の声は向こうに届いているのだろう。
ならばちょうどいい。
改めて俺がどんな人間が知らしめるにはいい機会だ。
最近英雄だのアルスの生まれ変わりだの面倒な持て囃され方してるからな。
その称号も間違いでは無いが、
どこまで行ってもステルラ・エールライトという女の子に惚れて努力する事を決めた男に過ぎない。
「俺は単に責任を感じているだけだ」
「責任……ですか?」
そうだ、責任だ。
幼かったあの日、英雄の死を見たあの日。
あれこそが全ての始まりであり、俺の大嫌いな努力をすることになった元凶。この説明をするのは何回目になるんだ? まあいいか、その内本にして印税で生活しよう。タイトルは英雄転生後世成り上がりなんてどうよ。
どうでもいい話はさておき、続きを口にする。
「俺にはアルスの記憶がある。あの男がどんな人生を歩みどんな感情を抱きどんな末路を迎えたのか、この世界で誰よりも理解している」
エミーリアさんが本命だった事とか、本当は苦痛が嫌いだったこととか、それでも世界を救うと決めた事とか、目の前で死んでいく人達を見て諦めたくなったとか。色々あるんだぜ、英雄にだって。
「それは決して公開しない。彼が見せるべきじゃないと判断したのだから、それを世に出す事はしないさ」
魔祖十二使徒の皆さんには悪いが、俺はアレを世に出すつもりは無くなった。
そもそも世に出そうとしてた理由がお金持ちになりたかったのと英雄の事を俺しか知らないのが嫌だったからだね。色々ありすぎて事情も変わってしまった。
「だが────癪な話だが、アルスという人間は偉大だった」
俺なんぞとは比べ物にならないくらいに高潔で荘厳で清廉で、それでいて現実を見据えたうえで子供みたいな夢を真剣に語る。
人生を全て捧げて子供みたいな夢を叶えて世界中の人間を幸せにした。たとえその災禍が後世に遺されていたとしても、彼の軌跡は決して色褪せない。
「そんな偉大な人間の記憶が宿ってるんだ。少しくらいは無茶を通したくもなるだろ?」
結局のところ、俺はあの男に憧れたんだ。
憧れたからこそ嫌いだった。
なぜなら、俺の才能じゃあの領域に届くことは無いと悟ってしまったから。彼に追い付く事は俺には不可能で、誰よりも努力を積み重ねたあの人には手が届かないと理解できたから。
羨ましくて、それを羨んで思う事が良くないとわかってて、嫉妬すら出来ないような相手だったから嫌いになった。
そして────心の何処かで、そうなりたいと願ってしまった。
「男の子は一度は憧れるのさ。英雄なんてものにな」
そうじゃなきゃ、大真面目に世界を救う戦いなんて挑むわけないだろ?
俺の言葉を聞いてアランロドは納得したのかしてないのか、大盾の隙間から垣間見える表情は微妙なモノになっている。
それでいい。
誰も彼もに全てを理解してもらおうとは思ってない。
俺の内心なんて俺だけが理解出来てればいい。勘違いして欲しくないから常々本音を言い続けているのであって、全人類に俺を理解する事を押し付けたりはしないさ。
「つまり……本当に嫌でやりたくないけど、憧れちゃったから諦められなかったって事ですか?」
「少し違うが大体あってる」
「それ、普通の人は出来ないですよ」
そうでもないだろ。
努力なんて誰でも出来る事だ。
才能があって努力を積み重ねた奴が勝つ世界で努力と貰いもので生きている俺は異質かもしれんが、そこに特別性はない。
「……先輩ってやっぱり何処か狂ってますね。それも、英雄の記憶を持つからですか?」
「失礼な奴だな。俺程常識を身に着けている奴はそういないぞ」
「常識は持ってても非常識なんですよ……」
心外だぜ。
折角丁寧に問答をしてやったと言うのにこれだ。
心優しく仏の如き心を持つ俺でも助走をつけて殴り掛かるレベルだ。
呆れた表情で俺を見るアランロドは、小さく口を結んだ後に大盾をゆっくりと構える。
「知ってますか? 世間ではそれを天才と呼ぶんだ」
「お世辞にも俺は才能溢れるとは言えないな。仮に天才ならば、きっとあの戦いはもっと綺麗に終わりを迎えていただろうから」
俺もそれに倣って霞構えで待ち構える。
紫電を帯電させ戦闘準備はすっかり整った。
アランロドの大盾も淡く輝きを放っているため、先程の堅牢さと何一つ変わらない性能を発揮できるだろう。
「だから責任を取るのさ。俺なんかに宿った記憶に、俺が取りこぼした全てに」
傲慢と呼ばれても仕方がない。
それでも最初から俺に才能があればと思わずにはいられないんだ。
「納得したか?」
「……先輩がとんでもない人だ、という事はわかりました」
「そう言うな。俺も相応に苦労してるんだ」
「だからこそ、ですよ。やっぱり先輩は天才です」
輝きを増す大盾を構えて、アランロドが姿勢を変える。
右脚を僅かに後ろに後退し、身体は前傾姿勢。
走り込むつもりだと、すぐに理解した。
「────だからこそッ!」
大地に突き刺さった大盾が稲妻を纏う。
紫電ではない普通の雷魔法────だが、その精度は目を見張るものがある。
身体強化に盾を強化する魔法に加えて雷魔法、三種類を使いこなしてるのに及第点を貰えないって冗談だろ? どんだけキツイ条件なんだ、マクウィリアムズ家は。そりゃあグラン家が囲い込もうとする筈だよ。
「だからこそ、ここで貴方に勝利して────証明して見せるんです! マクウィリアムズは滅びないって!」
随分と重い決意だ。
学生が背負うべき使命にしてはあまりにも重く、人の一生をかけて証明するのも難しい話。
首都魔導戦学園に首席入学した才覚はとんでもないものなのに、そこで満足していない欲深さ。どこかの誰かさんによく似ていると思わないか?
「そんな重いもん学生が背負うべきものじゃないぞ」
「先輩に言われたくないな、それ……」
「だから言うんだ。先達の話は聞いておくだけ損はない」
「じゃあ、先輩はそう諭されたら足を止めましたか?」
「止めるわけが無いな」
そうと決めたらやるんだよ。
安いプライドと意地を張って、これと決めた事だけは貫き通す。人生全て投げ打ってそれを達成すると決めたのならそれに突き進んでみせるのが人間の在り方だろ。
時に失敗し時に心折れるかもしれない。
それでも前に歩くんだ。
成し遂げたい、達成したい夢や目標を真っ直ぐに見据えて────ただ只管に進み続ける。
「俺達に出来たのはそれだけだからな」
「ええ、まったくです。まともな手段で解決できるものならこんなに悩みませんもんね?」
ああまったく、その通りだ。
アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ。
お前は俺と似た者同士だよ。縋れる相手が何もない、その身に秘めた使命を達成するために人生を投げ打つ事を覚悟した者同士だ。
「行きます! もし私が勝ったら結婚してください!」
「その条件は受ける気は一切ないが、こっちからも行くぞ!」
紫電に加えて身体強化を施した今の状態で加速を行うと、刹那の合間に音の壁を越える事になる。
アランロドが如何に身体強化に長けていても追い付けない領域だ。
これは限られた上澄みだけが使用できるもので、また、その限られた上澄みならば問題なく使用できる最低限の技術。言うなれば入り口に立つ最低条件と言っても過言ではない。
視界が瞬時に移り行き、アランロドの背後へと回り込む。
紫の軌跡だけが後を引いているが問題ない。それを認識する事には決着がついているのだから。
無防備に背中を晒すアランロドに対し、光芒一閃を振りかざし────
魔力同士の鬩ぎ合いにより発生する衝撃が坩堝を駆け巡るが、その事実に動揺しつつ手を止めることは無い。こちとらその程度で隙を晒す程甘い鍛え方はしてないんだよ。
「やるな!」
「────まだまだッ!」
淡く光り輝く大盾に紋章が浮かび上がる。
あ?
紋章?
おい、ちょっと待てそれ────!
「
俺の疑問を口に出すよりも早く、大盾が、その姿を更に巨大化させる。
いや、正確には違う。
魔力で構成された大盾の如き何かが、俺ごと光芒一閃を弾き飛ばした。荘厳で煌びやかで聳え立つそれを両手に掲げ、アランロドは声色高く謳い上げる。
「顕現せよ────
そして、その絶対の領域が姿を現す。
現代にまで語り継がれる伝説の再来。
国をたった一人で守り抜いたという苛烈な伝説であり、また、それが故に戦争を長期化する要因と後世で評価されるたった一つの防壁。
先の戦いでもその姿を現わした、とある聖女の切り札。
その祝福が、現代に蘇った。