お前は生涯卑屈な心を持ちつつそれを同世代の限られた人間にだけ見せ続けてくれ!子供たちからは厳しいけど優しい人と認識されて才能持って生まれた子供に嫉妬してる心を見せないように振舞ってくれ!!
最近イライラする。
そう自覚したのはいつだったか。
多分そんな前じゃない、あのアランロドとかいう女が絡み始めてから如実に感じるようになった。
イライラする。
苛立ちを抑え込み諦めたようにため息を吐いて、目の前で繰り広げられる寸劇に視線を向けた。
「先輩先輩っ! どうですかこれ、愛妻弁当ですよ!」
「新参のくせに生意気ですね……はいロアくん、愛するルーナからのお弁当です」
「お、お弁当は作ったんだけどちょっと失敗しちゃったっていうか……ごめんね? ロアくん」
イライラする。
露骨に眉を顰めつつ、無言で弁当を口の中に放り込んだ。
私の好みより少しだけ濃いめの味付けになっているこれは、一体誰のために合わせたものだったか。そう言う部分全部含めて心底イライラしてくる。殴り放題のサンドバックでもないかしら。
「ロア……何考えてるのかな?」
「落ち着けステルラ。今はそれどころではない」
あ゛〜、イライラするわね。
なんなのよこいつら全員ぶっ飛ばすわよ。
どいつもこいつも人目も憚らないでイチャイチャイチャイチャくたばれば良いのに。恥という感情がないのかしら、羨ましいことこの上ない。
「やあルーチェ、君ってば本当におもしろ」
何か喋ろうとしていたバカが居たから黙らせて、少しだけ飛び散った血肉が教室に広がった。
サンドバックに血肉を詰めるなんて粋な事するじゃない。
もう二、三発殴っておこうかしら。
「……やばいですね、かなり来てますよ」
「ああ、かなりやばいです。なので皆黙って帰ってくれると嬉しいんだが」
「そうは問屋が卸しませんとも! そうやって私のこと置いていくつもりですか?」
「一々重たいなこの女」
弁当に中身を全部口に放り込んで苛立ちを隠さずに物にあたりながら弁当箱を片付けて、小声でご馳走様と呟いてから教室を出ていく。
ああ、イライラする。
どいつもこいつも邪魔くさい。
私だって二人きりになりたいし出掛けたいのに、そうやって話しかけるチャンスすら最近はない。ポッと出の女に出番を奪われているような気すらする。
落ち着け、落ち着け私。
漏れ出た冷気を抑えながらトイレに駆け込み、頭を冷やす。
濡れた髪は魔法で乾かせるから問題ない。両親から祝福を授かって以来風邪とは全く付き合いがないから警戒する必要も無くなった。
……前にステルラが風邪で看病してもらってたわね…………
「チッ……」
フゥー……
あのヒモ……次から次へと女を引っ掛けやがって……可愛いとすら最近言われなくなってきたし……まさか、飽きられた……?
いや、そんな訳はない。
あの男は自分の懐に一度でも潜り込んだ人間を逃さない。そうじゃなきゃあんなに私に付き纏うものか。
いやでも最近はグイグイ推す女ばっかり周りにいるし、もしかして私もそうやって動かなくちゃ忘れられる? そんなことはない、と思いたいけれど……
不安が募る。
見捨てられることはない。
私の好きなアイツは、身近な人間を捨てることはない。
でも果たして今の私は、アイツの周りにいるに相応しいのだろうか。
…………ああ。
そこまで考えて、少しだけわかった。
最近の苛立ちはこれか。
自分に特別性が無くて、あいつが特別視してくれるような自信がなくて、自分から動くこともできない愚かな女だとわかっている癖に何もできない──そういうところからイライラしてる。
水を止めて、深呼吸。
冷気で水気を発散させてから、ゆっくりと鏡を見る。
酷い顔。
肌は荒れてないけれど寝不足で隈が出来ている。
こんな、色恋ひとつでこんなになって、未熟もいいところ。また叱られちゃう。
切り替えなさい、ルーチェ。
アイツはそういう男。
来るもの拒まず、ゆえに相手は増え続ける。
今更離れようなんて殊勝な気持ちはないけれど、もっと自分に素直にならなくちゃ。
「…………そんなんで変われるなら苦労してないわよ……」
ああ、イライラする。
◇
「やあルーチェ、さっきはいいパンチだったね」
「失せなさい」
教室に戻った私を出迎えたのはクソ野郎だった。
いつも通りの赤毛を楽しそうに揺らしながらクソ野郎──アルベルトは言う。
「一行は出てったぜ。テリオスさんの場所に遊びに行くらしい」
「それはそれでどうかと思うわね……」
一応あの人教師なのだけれど、なんか微妙に距離が近いのよね。
特にロアに対して距離が近い。
なんていうか、こう……ちょっと嫉妬するくらいには通じ合っててムカつくわ。
「で、どうしてイライラしてるんだい? 話くらいは聞いてあげようじゃないか」
「……遠慮しておくわ。どうせそれをネタにするつもりでしょ」
「よく分かったね、大正解だ。具体的には校内放送でネタにするくらいには」
「死ね」
無遠慮で最低な男だ。
でも友人だから死ねと言うくらいに留めてあげる。
「まあ言わなくてもわかるけど。大方ロアの周りに近寄れなくて大好きな彼と話したいのに話せないのが気に入らないんだろ?」
「…………ノーコメントで」
なんなのよこいつ……
性格が死ぬほど悪い癖に他人の機敏を悟るのは上手なの、本当に最悪。早くくたばればいいのに。
「はっはっは、いやあ仮にも元公爵家で今も貴族だからね。この程度出来なくちゃ話にならないし──それ以前に君はわかりやすい」
「ぶっ飛ばすわよ……!」
「そういうところだぜ、可愛いや」
頬をぶん殴って言葉を止めたら気持ち悪い声をあげて喜んだので手をタオルで拭った。
「うーん……ここで君をかき乱して修羅場を起こすのも楽しそうなんだけど、僕にも良心はある。友人に対して真摯なアドバイスをするくらいの器量は持ち合わせているつもりだ」
「アンタにそんなものある訳ないでしょ」
「いやいや、悦に浸りたい感情と友人を思う心は別さ。だから君にとっておきの言葉を送ってあげよう」
「……必要ない」
ため息を吐いてぼんやりと外を眺める。
今頃女に囲まれて楽しそうにしてるのだろうか。
いや、周りの女がアイツと絡みたいだけだから本でも読みたいと思っているのかもしれない。なんなら帰りたいとすら思ってるかも。もしそうならアイツを一番気遣えているのは私ということになるから逆に一番ね。
面倒くさがりで自堕落で適当で、でもいざという時は格好いい。
……そんな男に絆された私の負け、か。
忘れられてないといいな。
そんなことを言えるわけもなく、負け犬のように惨めにプライドを持ったまま私は終わるんだ。
ああ、そんな気がしてきた。
悪い方向にばかり考えが向いているのは否定できないけど止められない。
「…………好きなのに」
もっと素直になれれば良かった。
人目があるところで好きなんて言えない。
少なくとも素面では、戦いの最中ならまだこう、高揚感に身を任せたり後先考えない行動でどうにか出来たりするけど、日常生活でそれが出来るほど私は吹っ切れてない。
外を歩いてる時に「ロアを好きな人」なんて覚えられ方をしていたら自殺する自信がある。
酷い胸の高鳴りだ。
悲しくて寂しい時特有の、昔から何度も付き合ってきた懐かしい感覚。
ズキンズキンと胸の内を刺激する苦しさ。
こういう時は何も考えずに寝る。
寝て何もかもスッキリさせるのが一番だって、あの苦しい日々に学んだから。
机に突っ伏して睡眠の体勢を取り、小さく呼吸を刻んでいく。
イライラしてもしょうがない。
もう私の人生は何かに追い立てられるようなものじゃなくなった。義務感も努力も身を結んで、結局私自身の力じゃないけれど、誰かに貰った力で証明することはできた。
あの戦いで生存出来たんだから、私は立派に育ったんだ。
……そうでも思わないと、やってられない。
「おいルーチェ、起きろ」
……………………。
「ルーチェ、起きろ」
肩に手が触れた。
わずかに身体が跳ねた。
狸寝入りは出来ない。今一番顔を合わせたくて、それでいて一番話したくない奴が来た。
本当にこの男は、こう言う時に来るんだからずるい。
それを嬉しく思う自分が情けなくて、いやだ。
「……何よ、ハーレム野郎」
「お前もその一部だと自覚はあるのか?」
「一緒にしないでよ、不潔」
そんなことを言いたいわけじゃないのに。
好きだと言いたいけど、そんな素直になれない。
二人きりならいざ知らず、こんな数年間いっしょに過ごしてきたクラスメイトの前で好きだなんて大っぴらに脈絡なく言えるわけがない。
それを悟ってるんだろうか、ロアは口元にいやらしく歪めて楽しそうに言う。
「ほほう、そうかそうか。お前は俺のことはどうでもいいんだな」
「っ……そうとは言ってないでしょ」
にやついてるのがわかる。
ロアはこう言う時心底楽しそうにするんだ。
性格の悪い男だ、この変態。
「どうでもいいから弁当もくれなかった訳か」
「……そんな訳ないわよ」
地味に気に掛かってるところを突いてくる辺り、本当に最悪だ。
弁当を食べさせて欲しいとお願いされてからずっと作ってた。
どうせ自分の分は作らなくちゃいけないし、一つ増やすくらいならそこまで手間じゃない。冷凍食品使えばいいし、手作りのおかずとかは殆ど無い。
それでも食べたいとお願いされてから、少しだけ作れる料理を増やしたりしていた。
そういう微妙な努力の積み重ねでやっと、こいつと一緒にご飯を食べていたのに──許せない。
「さ、腹が減ってるんだ。時間もないし早くくれ」
「は?」
?
さっきまでの思考の全てが無駄になった。
「…………アイツらの弁当はどうしたのよ」
「全部食べたが……」
「じゃあお腹いっぱいでしょ。別に無理しなくていいわ」
「いや、食った飯全部魔力に変換したからちょっと腹減ってるんだよな」
「どうしてそんなことしてるのよ……」
「……最近襲撃に遭ってな。定期的に魔力を失う羽目になっている」
とてつもなく渋い顔で告げたロアの顔はいつもより二割増しで不愉快そうだった。
ざまあないわね。
私の心を弄んだ罰よ。
……絶対に言わないけれど。
「しょうがないわね」
「おお、流石ルーチェだ。お前の飯は美味いから楽しみにしてるんだ」
――……そんなんで絆されると思ったら大間違い。
人のご飯食べてるんだから感謝くらいは当たり前にして欲しい。そういう言葉に出さないけど悟って欲しい気遣いだけは欠かさないから余計嫌な男なのよ、コイツ。
「毎日助かっている。これからもよろしく」
「…………ん」
予鈴が鳴るまで残り五分と言ったところ。
時間は無いけれど誰の邪魔も入らない二人きりの時間。
言いたいことも話したいことも沢山あるけど、私の作ったお弁当を一人で黙々と食べるロアを見ていたら自然と言葉は浮かばなくなった。
「美味い」
「…………そ」
口角を緩めたのは、見られてないと思いたい。
ロア・メグナカルト
パーフェクトコミュニケーションしかしない男。自分で地雷を踏み抜いてその後処理をする天才。ルーチェがイライラを自覚して限界まで追い詰められそうになってから構う事で全て解決できると踏んだ。さいあく。
ルーチェ・エンハンブレ
ツン8割デレ2割からルン3割デレ7割に変化した女。最終決戦以降祝福を自分の魔力で補えるようになり戦闘力が向上し、順位戦トップ5に君臨し続けた。弁当を作る為に早起きしているので夜更かしが苦手。
ステルラ・エールライト
超越者になった癖に風邪を引いた女。新大陸にちょっと遊びに行ったときに引っ掛けた菌だったので普通にヤバかったが、冷静にロアと同化して全て治した。ずるい。
アイリス・アクラシア
普通の恋愛っぽい事するために弁当を作ってみたが失敗した。自分で食べてみて味は悪くなかったが見た目がアレなのでどうしようか悩んだが、ロアならまあ食べてくれるだろうという信頼の元食べさせた。エンジョイ勢特有のフットワーク。