第一話
「やあロア。元気にしてたかな」
「出たな妖怪」
出会い頭の挨拶にしては激しめのコミュニケーションを味わいつつ、俺は読んでいた本に栞を挟んだ。
「お腹空かせて無いかと思ってね。予定が空いたから馳せ参じた訳だ」
「ふっ。俺だって何時までも孤独ではない。新たに出来た友人が食事を恵んでくれました」
「……甘やかしすぎたかなぁ」
「い~いじゃないですか。俺は今の生活を気に入ってますよ、何故ならとことん楽できてるから」
流石に一週間ほど前に食料が切れた時は焦ったが、それはそれとしてルーチェとステルラに強請る事で事なきを得た。エプロン姿で料理を作ってくれる幼馴染の姿が見れただけでここまでの苦労が報われたような気がした。
ステルラの為に頑張って来たんだからステルラにも身体張って貰わなきゃな。
「全力で介護されるの最高。
もう俺元に戻れません。これも全て師匠の教育の賜物です」
「人に責任を擦り付けるな。まったく……」
溜息を吐きながら無駄に豊満な胸を強調している。
惑わされんぞ。俺は同世代の女の子の魅力に最近目覚め始めている。今更百数歳の身体につられると思うなよ。異性に甘やかされるという点で喜ぶのではなく、他人が俺に労力を使用しているという事実に喜んでいるのだ。
「……まあ、君が楽しそうでなによりだ」
少しだけ憂いを帯びた顔で呟きながら俺の足元に座った。
「ルーチェ嬢の事は知っていた。彼女の異名の由来も、その魔法特性も、入学した理由も」
「教えてくれれば良かった……とは言いません。多分、誰かに聞いていい領分では無かった。直接話し合って、クソ面倒な事にバトった結果仲が深まったんだから俺から言う事はありません」
チョロい所がネックだ。
あのままでは悪い男に騙されてしまうだろう。
「さっきも言いましたが、俺は今満足している。そこに関しては誰にだって文句を言わせるつもりはない」
「…………そうか。ありがとう」
何のことだか。
長生きしてるのに繊細すぎるんだよ。
もっと大雑把に、魔祖と同じくらいにはなって欲しくないが無礼にならない程度にあっさりして欲しい。
そんな所も師匠らしいんだけどな。
「で、だ。実はお客さんが来てるんだ」
「面倒ごとの気配を察知した。こんなところに居られるか! 俺は学園に帰らせてもらう」
「今日は休校日だ。ステルラもルーチェ嬢と遊びに行っているから君を守る存在はいない」
「師匠。俺には貴女しかいません、どうか守ってください」
「その清々しいまでの保身っぷりが君らしいよ」
ダメだ効かねぇ。
ルーチェやステルラだったらこれで俺を助ける側に回るかもしれないのに一抹の希望すらない。鬼! 悪魔! 紫電気ババア! 妖怪!
「この樹木!」
「ふんっ!」
しまった、声に漏れていた。
ベッドの上で痙攣する不気味な生命体へと成り果てた所で、師匠が一度玄関まで歩いて行った。そのまま帰宅してくれ、今家主は……あれ。家主って俺じゃなく無いか。家の金支払ってるの師匠だぞ。
なんてことだ。家主ですらないじゃないか。
そこら辺の届け出どうしてるんだろうか。血縁者じゃないけど扶養扱いか。
「待たせたね。ホラ、これがロアだよ」
「あ、ああ……世の中には色んな愛の形があるからな。アタシは否定しないぞ、うん」
なんとか首を動かしてみれば赤い髪を一つ結びで垂らす女性。
はきはきとした顔のパーツが彼女自身の明るさを示すように、俺の記憶の中にあるこの女性はとても常識人でマトモな人間だった。
「す、
「おっ、知ってるのか! そうそう、アタシは第三席の
「演技だよ。彼の電撃耐性に関しては相当なモノだ」
「少しは心配してくれてもいいじゃないですか」
「心配はしてるさ。ロアが将来背中から刺されないかと」
未来の俺は多分どうにかするからどうでもいいんだよ。
普通に考えてベッドで痙攣する人間放置するか? どうやら常識が根本から剝がれてしまったらしいな。
ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なるエイリアスを叱らねばならぬと決意した。何回激怒すればこの怒りが収まるのかは一切分からないものとする。
「どうも。ロア・メグナカルトです」
「大丈夫なのか? 一応回復魔法かけるぞ」
はい、この格の違い。
かつての大戦で英雄パ初期メンバーの感性は伊達じゃないな。見下すわ暴言は吐くわ普通に人を殺す魔祖を英雄と二人がかりで矯正した手腕は流石といったところか。
「最高です。うちの師が常識無くてすみません」
「あぁ~~……似た者同士だな。うん、らしくていいんじゃないか」
「本当にそう思ってるのか??」
ハッ。
幾ら常識人ムーブしようが無駄だ。
こんな完全体聖人みたいな人間がやってきてしまったんだからな。仮初の聖人は地に堕ちてその皮を剝がされる時が来たんだよ!
「メグナカルトくんも聞いてた通りだなぁ。何で“英雄”って付けられたのかわかる気がする」
「冗談はよしてください。俺のどこが英雄なんですか」
「なんだかんだ全部やり通す所とか……」
なんだと…………
俺の最低限のプライドが英雄と呼ばれる所以だと。
嘘だ、そんな筈はない。記憶の中の英雄はこんな情けない事一度も言ってない。
「だからそう思ってるのはエミーリアだけだ。彼の精神性はそんな弱っちいモノじゃない」
「い~~や、アタシはそうは思ってないぞ。表に出さなかっただけで辛かったに決まってるじゃないか」
満点満点アンド満点。
え、こんなに理解してくれてる人が居るのに英雄の記憶では存在感が薄い……何故だ。最初期から一緒に居るのに他のメンバーが濃すぎるのだろうか。
「メグナカルト君は吐き出しまくってるけど案外こんな感じだったかもしれないだろ? な!」
「俺もそう思います」
「ぐぬぬ……」
俺達三人の中じゃ師匠が一番英雄との付き合いが短いんだ。
俺達二人に解釈バトルで勝てると思うなよ。……ていうかあの人、ある期間を通り越してから本当にバケモンみたいな精神性に進化したからあながち間違いでもないんだよな。修行中とか俺がドン引きする位苦しくて辛いと思っていたし、何で自分がこんな風にならなきゃなんて呪詛も心の中で振りまきまくってた。
ある意味二人とも正解か。
「それで何用ですか。とりあえずお茶くらいは出しますよ」
「あ、お構いなく。そんなに長居するつもりじゃないしな」
これだよ。
図太くなく、相手の事も気遣う上で自分の用件を的確に伝える。
これが本当の年長者ってヤツじゃないだろうか。な、エイリアス。俺はそう思うぞ。
「端的に言うと、アタシの弟子に会って欲しいんだ」
「お弟子さんですか」
俺はカウンセラーじゃないんだが、一体何を期待されているのだろうか。
「構いませんけど、急に戦うとかはナシですよ。俺は痛いのも苦しいのも嫌いだし努力だって極力したくない」
「おおぅ……話に聞いていた通りだ。これでいざって時にやるんだろ?」
「まあ、そういう事だ。だからタチが悪い」
「おい妖怪」
溜息と共に呆れを示された。
解せねぇ。俺のプライドをズタズタにした主犯(ステルラ・師匠)癖に被害者ヅラしてやがる。被害者を名乗っていいのは俺だけなんだが。
「どんな人なんですか、そのお弟子さん」
「ん~~、すっごい極端な言い方をするとインドア派」
俺の仲間じゃないか。
逆になぜもっと早く紹介してくれないんだ。
陽キャより陰キャ、俺達は惹かれ合う運命にあるんだよ。
「まあ会ってみればわかるさ。ていうか呼んであるんだ」
「えっ。これでもし会いたくないって言ってたらどうしたんですか」
「そんなこと言わないだろ?」
眩しい。
陽のオーラをひしひしと感じている。
こんなにも自分の心が醜いと思わされたのは随分と久しぶりの事だった。嫉妬の炎が常に渦巻く俺の精神だが、より鮮烈な輝きに対抗する事は出来ないのである。
「いや、まあ、はい。別に構いませんよ」
いかん。
周囲の人間が回りくどい奴らばかりだったから直接的に言葉を伝えてくることに対して耐性がない。顔に出ないように訓練してて良かったぜ。
「おーい、ルナ!」
「…………お邪魔します」
俺の寝室なのだがナチュラルに侵入してきた事についてはまあ気にしない方にする。同年代の異性に見られて困るものは一つもないからな。ステルラとルーチェを招待した時に色々漁っていたみたいだが残念だったな。
俺は自分の敗北に繋がる要因を極力身の回りから削減している。
マウントを取っていいのは俺だけだ。他の誰にだって取らせねぇ……!
そんな俺の思考は置いておいて、ルナと呼ばれた人は静かな所作で扉を閉めた。
キョロキョロ部屋内を見渡してから、俺に一礼する。
人の部屋に入る時に一礼出来る時点で滅茶苦茶礼儀正しいな。この時点で好感度は連中の数倍上にランクインしたのだ。
「ルーナ・ルッサです。ルナでもルーナでも構いません」
「ロア・メグナカルトです。好きに呼んでください」
「ではロアくんで」
「じゃあルナさんで」
「ルナちゃんでもいいですよ」
ふ~~ん。
陰キャの皮被った陽キャだな? さては。
俺にはわかるぞ。こんな軽快なやり取り陰キャには出来ない。俺はかつての英雄の記憶があるから何とか受け答えできるだけで、一番最初にステルラにボコされた時とか
『あっ……あ、ああ……』
みたいな感じで呻く事しかできなかった。
「どうしました?」
「少々苦い思い出が沸いた。気にしないで欲しい」
「不思議な人ですね」
そうだろうか。
人間誰しも苦い記憶はあるだろう。
「で、何の用でしょうか。痛くて苦しいのは遠慮します」
「そんな物騒な用じゃないですよ。一つお願いがありまして」
紅蓮の髪を靡かせて、彼女は軽く告げた。
「英雄と認められるあなたに興味があります。お友達になりませんか?」
「てな事があった」
「…………刺された方がいいんじゃないかな」
何故だ。
アルにすらそんな顔をされるのは納得いかない。ていうか俺悪く無くないか。全部魔祖が付けた異名の所為で迷惑被っているんだが。
「ルーチェ。おまえはどう思う」
「……知らない」
めっちゃそっぽ向かれたんだが。
えぇ~~~~。これやっぱ俺が悪いのか。
どんだけ拒んでもグイグイ来る奴は居るんだよ。ヴォルフガングとか、十二使徒門下は常識が欠如してる事で有名だからな(当社比)。
「第三席のお弟子さん、ねぇ。
「ああ。先輩と呼ぶのが相応しいんだが」
「あと後輩を揃えればコンプリートだ!」
「ぶっ飛ばすぞ」
ルナさんは戦うのが好きじゃないと言っていた。
だが異名が存在するという事は戦った経験があり、そこで名付けられた過去がある。
ていうか当然のように全員名前継いでんのヤバくね? 俺以外全員十二使徒の一番弟子なんだけどどうなってんだろ。デスマッチとかで決めてんのかな。
「結構有名だよ。この学園じゃあ特にね」
「なんかあるのか」
「うん。一回戦ったっきり一度も順位戦やってないんだ」
……なるほど。
思っているより面倒くさい事になって来たかもしれない。
仮に戦いたくない理由が『痛い思いをしたくない』とか『傷つけたくない』とかだったらそれはもう面倒くさい事になってくる。俺に興味がある、その言葉の意味が少し変わるぞ。
「訳は知らない。本人が話そうとしないらしいからね」
「やっぱり面倒事じゃねぇか。いい加減にしろよ全く」
俺はカウンセラーじゃない。
ただのヒモ男だ。解決策を持ってくるのはステルラとか周りの人間で、俺はあくまで解決される側なんだよ。
「……ていうか、順位戦戦わなくてもペナルティ無いのか」
「今のところは一切存在してないよ。魔法を学ぶ場所ではあるけど、今の時代は平和そのもの。ほんの数人くらいはそう言う人が居てもおかしくないさ」
それもそうだ。
今のところは平和そのものである現代、戦いたくない人間を無理矢理戦わせる必要は無いのである。思い違いをしていた、というより少し思考が引っ張られていた。良くない傾向にある事だけは確かだな。
「そうだな。その通りだ」
「君みたいなトラブル体質は別だと思うよ」
「越えた。ルーチェ、手を貸せ」
「嫌。汚れるし」
「君達僕の扱いが雑過ぎない??」
自業自得だ。
「おーい三馬鹿。朝礼始めるぞ」
「誰が三馬鹿ですか」
ここで黙るのは認めるみたいで癪だが仕方がない。
ニヤニヤ笑うアルを後でボコる事を決意しつつ、件の先輩に意識を傾ける。
昨日部屋で話した時に抱いた印象は、『慎ましいがジョークを話す』タイプ。
陰キャの皮を被った陽キャである。俺はまぁ? 根本が明るいからさ、そこら辺の嗅覚は鋭いンだよね。キョドる少年ロア・メグナカルトは時代を経て陽キャに進化したんだよ。多分。
読書が趣味って言っていてああいう会話を好むなら頷ける。
『英雄』って名前に興味を持つ、か。
ヴォルフガングより面倒じゃなさそうでいいや。アイツ俺に負けたけど既に順位は二十位くらいだし、バカくそ強いんだよな。いい加減俺に絡むのやめて欲しい。
英雄、英雄ねぇ。そんな大層なモンじゃないけどな、この称号。
俺には重たすぎる。
仲間がいたとは言え戦争を止めた魔法剣士と、魔法の一つすら使えずに誰かに手を引いてもらわなきゃ何も出来ない俺。対比するのも烏滸がましい雲泥の差だ。
努力を重ねた事なんて何にもならない。誰だって努力してるのだから、そんな事なんの自慢にもなりゃしない。
かつての英雄を知る人たちは誰も否定しないが、かつての英雄の記憶を持つ俺は否定する。
俺は英雄には程遠い。
これ以上の期待なんて背負ってられねぇよォ~~~~!
本音はこれだが。俺の両肩はそんなに耐えきれないし両手からも零れ落ちていくからさ、英雄を知る人間からすればその内落胆するような事も出てくるだろう。だって俺だもん。
無理無茶通せる彼とは違うんだ。
「ハ~~~~~~……」
溜息が零れてしまうのは仕方がない事だ。
どんなに頑張っても無理なものは無理。大嫌いな努力をこれ以上重ねるのは嫌なんだ。
…………でもさぁ。
チラつくんだよな、ああいう口調でああいう事言う人。
むかしむかーし、遠い記憶の中で一人だけ居たんだよ。
因縁か宿命か運命か、神の悪戯か。
どこまで行っても過去の記憶が付き纏ってくるのは諦めた方が良いのかもしれない。
全部師匠の所為だな。
本来の自堕落な俺を残しつつ真面目にやるよう訓練させたあの人の所為だ。そういう事にしておこう。
今日の晩飯は豪勢にしよう。
肉だ肉。高級肉たらふく食いたい。
油乗った肉と赤身を交互に食べれば胃にも財布にも優しい親切仕様だ。俺は金無いから師匠の奢りなんだけどな。