「────エイリアスの馬鹿野郎は何処だ!」
おれは激怒した。
かの邪知暴虐なる云々。
とにかく怒り心頭、灼熱の憎悪がおれの身を燻っている。
「ステルラァー!! あのバカ紫電気は何処に行った!」
「ひょへっ!? ちょ、ちょっと待ってロア!」
朝一番、普段の俺ならばまだ素振りをして時間を潰しているような時間帯。
貴重な睡眠時間すら削ってステルラの住んでる家へと突撃した。無論合鍵など持っていないので玄関で待機である。
「庇ったところでもう遅い。お前は完全に包囲されている、大人しく開錠しろ」
「ちょっと待ってってば! まだ何の準備も出来てないの!」
「お前ら俺が寝てても入ってくるだろうが!」
普通に考えておかしくないか。
俺もステルラも年頃の男女なのになぜこんなに格差が存在する。俺のプライバシーは何処へ行った。これが……男女差別なのか。許せない、憤りのボルテージがまた一段上昇した。
「山で培った俺の腕力を舐めるなよ……!」
借家だろうが知ったことではない。
この扉を破壊してでも成さねばならない事があるのだと、今この瞬間理解した。
「ぐ、ぎぎぎ……」
「うぎゃあ!? ちょ、この変態!」
「自分の胸に手を当ててよーく問い合わせてみろ」
俺が変態と罵られる理由はなんだ。
準備が終わってないという事はまあ、まだ寝間着でも着てるんだろう。
それがどうした。幼馴染の寝間着姿とかそうそう見れるモノでもない。合法的に覗き見るチャンスではないだろうか。
バキン! と音を立てて扉が浮いた。
壊れた分は師匠がどうにかしてくれるだろうし気にしなくていいな。俺が金を出す? 元手が存在しないから無理だな。
「ロア! なんか壊れてる! 壊れてるから!」
「知ったことか。俺の部屋にいつも無断で侵入してるんだからそんくらい飲み込め」
徐々に開いて行く扉。
純粋な力比べで男が負ける訳にはいかない。世の中には強かな女性もいるかもしれないが、ステルラはその類ではない。素の力で負けてたら流石の俺でも涙を禁じ得ない。
「~~~ッ……この……」
扉の向こう側でステルラが唸っている。
俺の第六感が告げている、今すぐ手を放せと。俺の命を守るにはそれしかないと叫んでいる。
だが放すわけにはいかなかった。
それは俺の敗北を意味するからだ。
この対抗心が何時か身を滅ぼすのだと理解していながら抗う事が出来ない。
自分の愚かさを心の中で笑いつつ、変わらず腕に力を籠める。
「朝から何やってるんだ……」
「あ、師匠」
気が緩んだ刹那、俺の視界は急転した。
遅れて頭に響いた衝撃と痛みが吹き飛んだ事を認識させて、受け身を取る準備すら出来ずに地面に叩きつけられる。
空を飛んだのは随分と久しぶりだ。
やはり血は争えない。師匠とステルラは全く関係のない生まれだが、それはそれとして弟子は師に似る。鈍い痛みを発する鼻から血が零れていくのを認識しながら、俺は意識を失った。
# 第五話
「まったくもう、無断で女の子の部屋に入ろうとしたら駄目だよ?」
「いや、お前いつも入って来てるだろ」
俺を扉越しに吹き飛ばした後身支度を整えたステルラによって治療され俺の命は繋がれた。
危うく川を渡るところだった。向こう側で手を振ってる二人の姿に気が付いたおかげだ。やはり死んでも英雄と言う事か。
「男性である俺の部屋に侵入するのは俺以外誰も気にしてないのに、俺が幼馴染で最も気を遣っている女性の部屋に侵入するのは許されない。これが差別でないなら何を以て差別と言うんだ。あの戦争はこういう争いの火種を無くすために終結したんじゃないか。俺は悲しいよ、散った人々が不憫でならない」
「スケベ」
……せねぇ。
俺はやられたらやり返す、いわば因果応報を行おうとしているに過ぎない。人の寝顔を見た者は自分の寝顔を見られる覚悟を持て、古い書物にもそう記されている。
なのにこの仕打ちだ。俺は謂れのない罵りを受け蔑称を付けられている。
「ここで怒らない俺の懐の広さに感謝するんだな」
「クソガキ」
「ンだとババ」
自分から誘っといてカウンターパンチはズルイと思う。
顔面の骨が陥没した気がする。
「お、おごごご…………」
「淑女に対する扱いはまだまだだね」
淑女ってのはルーチェみたいな奴を指すのであって……あれ? アイツも普通に暴力振るうよな。俺の周りの女性ってもしかして……
「やれやれ。で、朝から何を騒いでいたんだ」
「よくわからんトーナメントについてだ」
ああ……と、謎の納得を見せる。
俺は何も納得してないんだが。寧ろマジで巻き込まれた側なので説明を要求したい。
「言ったら嫌がるだろう」
「よくわかってるな。そして無理矢理やらされる時の俺がどう思うかもわかるだろう」
「なんだかんだ決まったらやるじゃないか。それに開催が決まった頃のロアは女の子に夢中で忙しそうだったからね。私が邪魔する訳にはいかなかったのさ」
よくわからん気遣いだな。
しかも遠い目をしてやがる。何を考えてんのか知らないが、今更俺と師匠の間に“遠慮”という言葉が存在するのが気に入らないな。
「嫉妬か。やれやれ、モテる男はつらいぜ」
「ルーナちゃんも引き摺り込んだのかい?」
「勝手に沼に嵌まってきた。人聞きの悪い言い方をしないで頂きたい」
俺が誑かしてるみたいに聞こえるだろ。
勝手に近寄ってくる地雷を必死に処理しているだけである。
「俺は悪くない。どちらかと言えば爆発物サイドに問題がある」
「そこは嘘でも庇ったらどうなんだ」
「嫌だ」
呆れた声を出すんじゃない。
溜息を吐きたいのは俺なんだが、どうして責められなければいけない。この謎を探求するには幾千もの時間を要することになりそうだ。
「そんな事はどうでもいい。問題は何故俺も出場するかだ」
「君が出場しなくてもステルラは出るからね、つまりはそういう事さ」
あ~~はいはい理解した。
ステルラが出るなら俺も出さないと意味が無いと、師匠が人間関係や俺との因縁を考慮してくれたんだな。なんていい心遣いなんだ、あまりにも弟子想いすぎて涙があふれ出しそうだ。
クソが。
俺もステルラも出なければ解決するだろ。
嫌だよ~~、相手が強者揃いなの確定じゃねぇか。全員ヴォルフガングクラスが相手とかマジで嫌なんだが。
「……その大会の選出条件は」
「十二使徒門下でも推薦しないと出れない。私が推薦したのはロアだよ」
………………つまり、推薦とは別枠で出場権があるのか。
ステルラはそっちで出れる。俺が出れないのならアレだな、順位だな。上位のメンバーを戦い合わせる地獄みたいな光景が繰り出される事になる。
「ステルラ」
「なに?」
「お前聞いてたか、この話」
「うん」
道理でよォ~~~~、順位戦めっちゃやってると思ったんだよな~~~。
俺の所に絡みに来るがそれとは別でバチバチやってると思ったんだよ。ステルラの事だから常に覇を往くスタイルだと思って放置してたのが良くなかった。
「開催は何時だ」
「正式な発表が一週間後、その後に予選をやる予定だね」
予選か。
俺は関係無さそうだな。
「学年関係無しで戦うことになる。何を言いたいか分かるだろう?」
つまり、現行最強の連中にぶつかる可能性が存在してる。
嫌すぎる。ステルラなら勝てるだろうが俺が勝てるか微妙なラインだろ。魔祖の息子なんて噂されてるヤツも相手しなきゃいけないのか、うわ……
「最悪だ。今すぐ帰って不貞寝する」
「まあまあ待ちたまえ。そう言うだろうと思って用意したモノがある」
モノで俺が釣られると思うなよ。
だがまあ話くらいは聞いてやろうじゃないか。別に何かに惹かれた訳じゃなく、純粋に俺の優しさから発生した気まぐれである。
「なんだステルラ、その微妙な顔は」
「相変わらずだなぁと思って」
急にニコニコするな。
燻ってるよりはマシだがそれはそれでイラッとくる。
「────じゃん! 新しい祝福だよ」
それこの空気で出すモノじゃなくね?
滅茶苦茶ウキウキでやってくれたのは有難いが、この絶妙な間で出すモノじゃないだろ確実に。
見ろよステルラの顔。
「ロアの要望通り身体強化も付与したけど、その分使用時間は短くなってる。魔力の充電限界値を上げ過ぎるとロアの身体が弾け飛ぶから無茶は出来ないからね。全力で動けるのは二分程度だと思ってくれ」
「二分もあれば十分だ。問題はステルラに手の内を晒したという点だ」
「…………あっ」
うっかりしてんじゃねぇ。
俺にとっては死活問題なんだよ、今も尚話を聞いていたステルラは頬を引き攣らせつつも目を逸らさなかった。
「えっと…………バラさないから安心してよ」
「お前が口を割るとは思ってない。お前と戦う時不利に傾くようになっただけだ」
まあイイか。
それもいずれバレるんだし、完全フリーな状態で俺達が戦えるとは限らない。
先に知られても問題はないな。
そう、問題はない。
だがこれは利用できる。
俺の秘密を握ったという事実を利用し逆に脅せばステルラに何かしらの条件を叩きつけられる可能性がある。
昼飯はルーチェ、放課後はルナさんになりつつあった最近から考慮すれば何を要求できるのか。……朝飯だな。朝飯を要求できる。ていうかここまで来たら一緒に住んでも問題なくないか。こちとら同門だぞ。
「あ~あ、ハンデ取られちゃったなー。このままだと安心して戦えなくて何処かで負けるかもなー」
「うっ……」
「絶対に悪用しないって契約でも結べれば安心できるんだけどなー」
予想通りステルラは揺らいでいる。
悪いな、俺は利用できるものはなんだって使うぜ。
「そう、契約だ。俺とステルラの間で契約を結ぼうじゃないか」
「そ、そんな事しなくても話さないもん!」
……クソが。
俺の負けだ。
涙目でプルプルするな。
「君本当弱いね」
「うるさいですね……」
しょうがないだろ。
なんかよくわからんけどステルラには弱いんだ。
子供の頃からずっとそうだ。どうしようもないくらい負けず嫌いな癖に、俺はステルラが打ちのめされる姿を見たくない。
情愛か。
少なくとも、何かしらの好意的な感情を抱いている事は否定できない。
「…………チッ」
「舌打ち!?」
はぁ。
惚れた弱み、なんて言い方をするのだろうか。
俺は好きという感情を理解できていないが故に適当にあしらう事が出来るが、これを自覚してしまった日にはどうなるのか。周りの人間には好意を抱いていると理解しているが、それが恋愛に繋がるかと言われればノーだ。
ステルラにだけある感情、という訳でもない。
「人間わからん。もっとわかりやすく作ってくれれば良かったのに」
「また突拍子もない事言ってる……」
自分の感情の整理くらい簡単に出来るようになって欲しい。
そうすれば争いも何も生まれないだろう。……いや、争いは生まれるわ。
「まあ祝福を刻むのはまた今度にしよう。そろそろ行かないとマズいんじゃないか?」
「寝たい」
「駄目だ。学校に行きなさい」
サボりてぇ。
あんなダルいイベント知らされてやる気になるのはよっぽどのバカか戦闘狂だけだ。
これから先苦しい思いを沢山しなければならないという事実だけで心が震える。主に恐怖で。
「ステルラ。馬鹿弟子を連れてってくれ」
「ロア、学校行こ?」
「嫌だ。面倒くさい。寝る」
「も~~、無理矢理連行するからね!」
「待てステルラ、お前この流れは」
身体強化により破滅的な速度を出せるようになったステルラに手を引かれ、俺は瞬く間に連行された。
風により急速に身体を冷やされ、学校へと到着した頃には俺は冬の寒さに包まれたようだった。変な汗が噴き出て高熱が出るかとも思ったが、数年間の修行により無駄に頑丈になった身体は耐えてくれた。