「やあやあ馬鹿弟子。元気にしていたかな?」
「出たな妖怪。今日こそは我が刀の錆にしてくれるわ」
ニコニコ笑いながら唐突に出現した妖怪紫電気に対して毒を吐きながら昨日の残りを食う。
気合を入れて作ってくれたのはいい。その残りを俺が食べるのも別に問題はない。一つ問題があるとすれば、これはアルが作ったと言う事実だけだ。作られた料理に罪はないし俺は心優しいからな。そこら辺飲み込んで食べているのだ。
「今日は何の用ですか。勝手に組まれたトーナメントのせいで少しずつ予定が狂っているんだ」
「用事って言うほどでもない。顔を見たくてね」
……まあいい。
「こないだ付与した
「まだ使ってないですよ。切り札ってのは最後まで取っておくから切り札なんです」
「ぶっつけ本番、と言うわけにもいかないだろう? そこでわざわざやってきたと言う訳さ」
模擬戦相手か。
まあ確かにライバルにこれ以上手札を晒すつもりもない。
そう言う意味では非常に助かる。助かるのだが……
「俺の弱点知り尽くしてるでしょう」
「だから役に立つ。ねちっこく指摘してあげるから、どうかな?」
不愉快な事この上ないが、ごもっともすぎる。
実力向上を図るならこれ以上ベストな相手もいないだろう。また努力という名の拷問を続けなければいけないことに嘆息しながら、朝食を胃のなかに流し込んだ。
「……で、なんでここなんですか」
「たまには里帰りするのもいいじゃないか。私なりの気遣いというヤツさ」
苦い思い出しかないと何度言えばわかるのだろうか。
人の痕跡が一切ない山の中で唐突に出現する平野。草は剥げ、木々は倒れ、この空間だけ自然が壊滅している。
「…………ほんの少し前の事だというのに、どうにも懐かしく感じるな」
「……まあ、それには同意します。あの地獄の様な日々は今でも夢に見る」
虫特有の気持ち悪い食感とか、もう忘れたい。
ていうか俺は水で無理やり身体を清めてたりしたのに師匠だけ魔法使って綺麗にしてたんだよな。すごい差別じゃないか? それくらい俺にかけてくれてもいいじゃん、幾ら色々適当な俺でも体臭は気にするわ。
「憎しみは底を知らない。故に俺は加速する」
「どうしたんだい急に……」
「過去の積み重ねが今巻き戻りました。これより俺は復讐の羅刹へと至ります」
隣で雨に濡れた犬みたいな臭いしてる奴がいるのに一人だけフローラルでいい香りに変身してんだぞ。これを許せるか? 俺は許せない。
「────
身体中に刻まれた祝福が起動し、本来の役割を全うせんと稼働する。
目まぐるしい魔力の奔流が激しく脈動し、やがて一つの剣へと形を成した。
「……我ながら素晴らしい完成度だ。逆に言えば、それくらいしか渡してあげられなかったんだけどね」
「十分過ぎる。これ以上を望むことはありませんよ」
頼るのは全く躊躇わないが、こう……何もかも与えられ尽くすのは好きじゃない。
何を面倒くさい奴だと思われるかもしれないがしょうがないのだ。ステルラには甘えさせて欲しいがいつの日にか勝利すると誓っているし、そのうち師匠にも勝利を叩きつけるつもりである。
これは俺に残った唯一のチンケなプライドだ。
「今日は私もある程度の全力を尽くす。それくらいが丁度いいだろうね」
「…………そうかな……」
流石にボコボコにされる気しかしないが、今はとっておきがある。
師匠の全力に勝つことはできなくても、前より進めていることがわかればいい。
普段被ったままの帽子を取り、ひらひら舞うドレス調のローブが姿を変える。
スリットがスカート部分に入り機動性を重視、普段は見えない足がわずかに垣間見えて不覚にも動揺した。
そのまま両手を重ね、莫大な紫電を発生させたかと思えば収縮させる。
「──よし、始めようか」
「……お手柔らかに」
いつも通り霞構えで待つ。
これからの相手は全員身体強化と並行して魔法を使えると仮定を打つ。
そうなると、初速で追いつけない俺が先手を取るのは不可能に等しい。自分から動くことで隙を晒す可能性が非常に高くなるのだ。
故に、俺ができるのは『待ち』。
それもガン待ちである。
「まずは小手調べからだ」
バチバチ紫電を帯電させながら、師匠が一歩踏み出した。
これまでの経験をフルで動かす。相手メタでは意味がない、この状況で狙われやすい箇所を客観的に推測する。
俺が想定以上の速度で動けないのは把握済みだとして、ならばどう仕掛けるか。
一度視界の外へと移動して、そこから攻撃を放つ。
「勘がいい! 鈍ってないな、ロア!」
上空から聞こえてきた声に間違っていなかったと安堵する。
その安堵も束の間、後ろへ飛び跳ねた俺の足元へと雷が着弾した。この紫電何が厄介かって、マジで僅かにしか目で捕らえられないところだ。
身体強化をすれば別だろう。
『人体では太刀打ちできない魔法』に対抗するために磨かれてきた現代の身体強化魔法があれば見切ることすら可能になるかもしれない。だが、それが前提として存在しない人間にとっては本当に苦労する。
「
アッ────!!
コイツ昔は技使ってこなかったのになんの躊躇いもなく撃ってきやがった!
初見ではない。
記憶の中で幾度か見たことのある、大戦時から使っていた技だ。
左右に分かれた蛇を模した紫電により相手を追い詰める──決め技にはならない、相手に行動させないための技。
「こなくそッ!」
ほぼ同時に体当たりを仕掛けてこようとしているのを肌で感じ取った。
前に宙返りしつつ光芒一閃を振るい、おそらくこの辺りだろうと当たりをつけて前進する。
が、足を止めて顔を守る体勢に入る。
「おいっ! ずるいぞ!」
「ある程度全力と言っただろう?」
上から降ってきたのはかつての天才野郎の模擬体。散々痛めつけられたこの魔力人形には憎しみしかないが、今この状況ではジョーカーすぎる。
二対一。
冷静に行こう。
優先すべきは人形ではなく師匠の撃破である。
人形はいくらでも生み出せるから構うだけ無駄だ。
だが、まだだ。まだ手は残っている。
この模造品、実は倒した際に僅かなタイムラグが発生するのだ。
再生するための情報を読み込んでいるのか、それとも純粋に未完成だからか──理由は不明だが、とにかくそういう仕様がある。
それを狙う。
師匠の位置を把握したまま鎧を断ち切り破壊して、その僅かな一瞬の隙間を狙うしかない。
……どうしても、俺は戦いを長引かせることができない。
戦闘スタイル的にもそうだし、自分が枯れるか相手が枯れるかを期待できる才能は持ち合わせていないんだ。
俺にできるのは────とにかく自分の全てを出し切って相手を倒すことのみ。
剣を弾き近接魔法を避け、すでに技量では俺が上回っている事実を飲み込んで鎧を叩き切る。
それを想定していただろう師匠は次の魔法へと準備しているが、その一瞬を上回る速度を今捻り出す。
全身の祝福が僅かに光る。
俺が何をしようとしているのか察したのだろう。紫電を両手に発生させ、光線のように放とうとしている。
これが初使用だ。
作ってくれた本人に試すことになるとは思っていなかったが。
「行きますよ、師匠……!」
俺に残された魔力が煌びやかに輝く。
身の内側を奔る紫電が激しい痛みを引き起こす。だが、これでいい。
歯を食いしばし痛みを堪え、一歩足を踏み込んだ。
「紫電迅雷────
喉の奥から血の塊がせり上がってきた。
骨が軋み肉は焼け、俺自身へと自傷が入る。
しかし躊躇わない。
これこそが俺の望んだ切り札だ。
才能溢れる天才どもに追いつくために、少しでも隙間を埋めるためならば──どんな努力も惜しまない。
刹那、世界が変わった。
これまでの景色が移りゆく世界ではない。文字通り、認識できないような速度。
超えられない壁を突破したその先──灰色の世界を垣間見た。
のも、僅かな間だった。
「え」
早すぎて制御できず、師匠に激突した。
向こうも想定より速度が上だったのか、それとも油断していたのか、全く踏み堪えることはなく錐揉み回転を続けた。
天地が逆さまになる程度には回転した後に巨木へ激突、二人揃って目を回すこととなった。
「とてもじゃないけど制御できてないね」
「仰る通りです……」
俺は何も言えなかった。
情けないことこの上ない。折角気合入れて作ってくれた祝福、もとい魔法を上手に運用することに失敗したのだ。
これを恥じなくて何を恥じればいいのだろうか。俺は思わず膝を抱えた。
「まあまあ、課題が見つかっただけいいじゃないか。作戦も問題なかったと思うよ?」
「そういう話じゃない。これは俺の価値観の問題なんだ」
クソが。
あんだけ意気揚々と息巻いていたのにこの始末。
怒りに打ち震えるより情けなさに身震いしてしまうほどには悔しい。
才能がないのなんて知っているが、まさかこんなことにすら才能がないとは思わないだろう。
何より師匠に普通に受け止められたのが一番悔しい。
魔法の切り替え速度が半端じゃなかった。発動寸前だったのにもかかわらず、俺を受け止める方向にシフトしたのだ。状況判断とそれに伴う技量が高い。
「はー…………」
「そ、そんなに気に病まなくても大丈夫だ。ほら、私製作者だし……」
励ますな。
惨めに感じるだろうが。
「…………開催までに、どうにかする。付き合ってくれ」
「…………ン゛ンッ! 任せておきたまえ。君の師だぞ?」
このままじゃ終われない。
俺の予想図だと、本戦で実力者に追い詰められ『もう後が無い……!』って状況でステルラと師匠だけが『問題ない』ってしたり顔してるような状況を予想していたのだ。なのにこの始末である。
「それよりもロア。君、少しだけ魔力量が上がってるよ」
「マジっすか。もうその情報だけで今日一日生きていける」
先程までの陰鬱とした気分は吹き飛び、寝起きに朝日を浴びた時のような温もりが心を埋め尽くした。
「うんうん。飲み干した後の一滴残った水くらいには増えたよ」
「それは増えたって言わないんだよバカ」
持ち上げて落とす急転直下はマジでやめろ。
俺の精神がある程度成熟しているからいいが、それ無いのと変わらないからな。魔力探知すら難しい領域だろ。植物レベルだって言いたいのか。
「何を言う! これは大きな情報じゃないか」
「増えるって事がわかったのはいい。ぬか喜びしたのが気に食わんのだ」
「贅沢だなぁ……」
なにおう。
いいじゃないか少しくらい願望を抱いても。
『目が覚めたら最強の魔力保有者になっていました~俺を見下してきた天才共をぶっ飛ばす~』とか、駄目なのか。
「それで満足するかい?」
「まさか」
そんなので満足できるわけが無い。
魔力は確かに欲しい。何時だって最強に成りたいと願っている。
だが、それとこれとは話が別だ。
俺が何も積み上げてきていないただの愚か者ならばそれでもよかった。
積み上げてきてしまった。人の手を借りてここまで来てしまった。誰かの人生を巻き込んで俺は今ここに居る。
ならば、そこに報いなければならないと考えるのは必然だろう。
「君は優しいからな。私の事なんて気にしなくていいのに」
「別にそんなんじゃない。最低限義理は通すべきだと俺が思ってるだけだ」
戦い方も剣の腕も何もかも、他人に与えられて生きてきている。
記憶の中の強敵たち、彼の英雄が辿って来た軌跡。俺はそこをなぞっているに過ぎず、何一つとして独力で成し遂げてはいない。
「ただ一つ、俺だけの技を……」
これは欲張っているだろうか。
贅沢な願いになってしまうのだろうか。
才無き俺が、一つでいいから欲しいと願う。積み上げて来た全てを活かしそれを集約し解き放つ。
「ロア」
座り込んでいた俺の頭をくしゃくしゃ撫でまわしてくる。
「気にすることはない。君はまだ若く、これから人生の全盛期を迎えるんだ」
「……焦るなと」
「どうしても焦るのはわかる。でも、それを諭し導くのが我々大人の使命なのさ」
…………師匠も、誰かに言われたのだろうか。
「一つずつ自分の出来る事を増やして、着実に地に足付けて踏み出せるように────また、踏み堪えられるようにする。
「…………そうですね」
俺達は才能が無い。
師匠は強制的に施された薬や人体改造によって得た魔法力。
俺は何故か保有するかつての英雄の生きた記憶に付随する沢山の戦闘記録。
ある意味こうなる運命だったのかもしれない。
「ま、ステルラを追いかけるならばもっともっと努力しないといけないけどね!」
「喧しい。俺を憐れむなら少しでもアイツを矯正してくれれば良かったのに」
「いや、だって教えてないことまで勝手に習得するようになっちゃったし……」
もうステルラいい加減にしろよおまえ。
二人で溜息を吐く。あーあ、才能ある連中が羨ましいよ。血反吐を吐く努力を重ねて同じステージに立てるかどうかすら分からないなんて不愉快すぎる。
「……もう一回だ。今日中にモノにできなくても最低限扱える程度にしてやる」
「出力下げようかい?」
「いいや。なんか負けた気がするからそれは嫌だ。このまま使えるようにならなきゃ気が済まない」
「男の子だなぁ……」
この後半日もの間師匠にボコボコにされ続けた。
だが、以前よりもまともに立ち回れるようになった。
この経験は得難いものだ。非常に不服だが、トーナメント前に模擬戦という形でやり合えたのはとても都合が良かった。感謝している。
…………言うと弄ってきそうだから絶対に言わないが。