エクセルがあれば……!
第一話 顔合わせ、宣戦布告
授業の終わった放課後。
俺・ルーチェ・アルベルトの三人で何処かに遊びにでも行こうかと話している最中だった。
「失礼。ロア・メグナカルト君って何処にいるか分かる?」
突然言葉を投げかけられた。
俺を探している人物か。心当たりはあまり無いが、別に無碍にするような必要も感じない。
素直に応対するとしよう。
「俺がロア・メグナカルトです。何か用ですか」
「君か! 実はこれからトーナメントの組み合わせ抽選するんだけど来れないかと思ってね」
──ということは、すでに出場メンバーが揃ったのか。
「あと、エンハンブレさんとアルベルト君もいればいいんだけど」
「……アルも?」
「うん。彼も出場権を持つから」
その話は聞いていないぞ。
アルのほうに振り向いてみればにこやかに笑みを浮かべている。
「どういうことだ」
「僕も上の順位に上がった、それだけの話さ」
詳細を話すつもりはないらしい。
あとで口を破らせてやるから覚悟しておけよ。そういう意味を込めてひと睨みしたが、軽く肩を竦めるだけだった。
「ああ、三人とも揃っていたのか。ちょうど良かったな」
「わざわざ貴方が迎えに来なくても良かったのに」
「そういう訳にもいかない。他の人達のところにはテオドールが向かってるからね、僕は一年生を回収する役目があるんだ」
教室の扉からステルラが顔を出した。
ヴォルフガングもいるのだろう、ということはこれで一年生は全員か?
「うん、そうだね。今年の一年生は強いとは思っていたけど、まさか五人も出場してくるとはなぁ……」
「俺は十二使徒門下枠です。少し立場が違う」
「君は強いよ。思わず
俺なんぞに嫉妬せずにステルラに嫉妬して欲しいな。
剣しか振るうことのできない男と魔法ならばなんでもできる女、どちらが優秀かなんて一目瞭然だ。
「っと、あまり待たせても申し訳ない。行こうか」
金色の髪を切り揃えた彼は歩き出した。
その後ろを歩きながら、それとなくアルに視線を送る。
「……誰か知ってるか?」
「勿論。ていうかなんで君は知らないの?」
山育ちだから俗世に疎いことにしてくれ。
「まあ、面白いことも聞けたし教えてあげる」
……?
今の会話に何かあっただろうか。
特になんでもない、普通の会話だったと思うのだがアルは楽しそうに笑っている。
疑問を浮かべる俺を放って、笑みを崩さないまま言葉を続けた。
「名をテリオス・マグナス。
# 第一話
「遅かったな」
俺たちが連れてこられたのは会議室。
教員達が定例会議を行う際に使う場所だろうが、今日は俺たちが使っていいことになっているようだ。
円卓のようになっている長机、すでにその半分程が埋まっていた。
「ごめんよテオドール。少し話し込んでいてね」
「気にするな。こちらも一人見つからなかった」
すでに居ない人物もいるのか。
その分はまあ、勝手に決めればいいか。このトーナメントは辞退できるのかどうか知らないが、そういう意図ではないだろう。
「俺はテオドール・A・グラン。いつも愚弟が迷惑をかけていると聞く」
初対面だが、テオドールさんの好感度が上がった。
その通りです。いつも迷惑かけられています。主にルーチェが。
「やあ兄上。久しぶりだね」
「少しは矯正されたかと思ったが……そんな筈もないか」
「嫌だなぁ、実家に迷惑かかるようなことは何もしてないよ?」
「表面上だけでも取り繕えるようになった所は褒めよう。だが女性にセクハラするのはやめておけ」
一瞬俺に鋭く飛んできたかと思ったが、相手も望んでいる節があるのでこれはセクハラではない。
やれやれ、ちょっと焦ったぜ。冷や汗を掻きそうになるくらいには焦った。
「ささ、好きに掛けてくれ。これから説明をするから」
兄弟の微笑ましいやり取りで場が和んだ(?)ところでテリオスさんが引き継いだ。
順位戦第一位、テリオス・マグナス。魔祖本人が拾い育てたという噂が囁かれていたが────……どうやら本当のようだ。あの魔祖を見て育ったにしてはとても真っ直ぐな青年という印象を受けた。
「今日集まってもらった理由だが……簡潔に言うと説明のため。あと組み合わせのくじ引きの為だね」
「説明はともかく、くじ引きでいいのかよ。一回戦でアンタに当たるのは御免だぜ」
「私は構わない。誰と当たろうがいつも通り臨むだけだ」
「とは言うがな。テオドールとテリオスと初っ端やり合うのは貧乏クジ扱いだろ」
上級生同士の話が始まった。
テオドール・A・グラン。
順位戦で言えば第二位、十二使徒との関わりは一切ない。
だが総合順位で言えば二番目である。かつての英雄のように、高水準の魔法と剣を使いこなす戦闘スタイルだそうだ。
「欲を言えば一年坊と戦いたいね。なぁベルナール?」
「……そうですね。勝率の高い方が僕としてもありがたい話になる」
先日ルーチェに敗北したベルナールも席についていた。
しかし余裕そうな態度は変わらず、やはり手を抜いていたのは確定だろうか。負けは負けだがな。
「────一年下だから、と言う理由で相手を舐めるのはやめた方がいいですよ」
小さく、しかし響く声だった。
お気楽なムードで話していた男は声を潜め、ベルナールも視線を声の主人へと向けた。
「そうやってテリオスさんに負けて行ったのが前の世代です。同じ道を辿ることになりますよ」
「…………冗談さ、冗談。緊張をほぐしてやろうって言う優しい気遣いだ」
「ほう、ライバル相手にそんな余裕か。さぞかし自信があるのだろうな」
女性二人に責め立てられた男は降参と言わんばかりに両手をあげた。
「悪かったって。進行止めてすみませんね」
「問題ないよ」
にこやかに微笑んでテリオスは話を続ける。
「抽選は後にするとして……簡単に説明していこう。
まずはルール。基本は順位戦と変わらないけど、会場が少しだけ変わる。坩堝を拡張するらしい」
「わざわざ工事するのか……」
「と言っても広げて観客席を増やすだけ。工事自体はすぐに終わるさ」
パチっ、と指を弾き音が鳴る。
次の瞬間全員の正面へと紙が出現した。
……まさか、テレポートか。
師匠以外でできる人に初めて会った気がする。勿論他の十二使徒達はできるのだろうが、俺たちの世代で会得してるとは。
「詳細はそこに書いてあるから各自目を通しつつ、大事な項目だけ伝えていく。複雑なのは日程くらいだけどね」
手にとって中身を確認する。
今から一週間後にトーナメントを開始。
総勢十四名による勝ち抜き戦で行われ、一組だけシードが存在しているそうだ。
と言っても一位以外に特になんの勝利報酬もないのであまり意味はないが……優勝候補同士でぶつかり合うなら恩恵がある。
「初日に四試合、二日目に三試合。そこからは準々決勝、準決勝、決勝──って形なんだけれど……」
「…………なんか、日付空いてませんか? 準決勝と決勝の間」
…………本当だ。
違和感がある。明らかにおかしいだろこれ、なんで一ヶ月近く空いてんだよ。
「僕も確認したんだけどね。『儂が休みたいからこれでいいのじゃ』……って言い切られたよ」
「魔祖様だな……」
「こうと決めたら意地になるからなぁ……」
全員仕方ない、と言った雰囲気。
それで諦めがつくあたり流石としか言いようがない。普段から苦労してそうだな、テリオスさん。
「だから申し訳ないけど夏休みを挟んで決勝戦、ってことになる。ある意味楽しい結果になりそうだけどね」
「一ヶ月もあれば戦略を新しく出来る。それはそれでアリかもしれないな」
俺は不利になるんだが?
一つのことしかできないのにこれ以上手札を増やせる訳ないだろ! いい加減にしろ!
「ああ、そうだ。一応自己紹介しておこうか」
「必要か? それ」
「俺たちに不要でも一年生達には必要だ。顔馴染みではないからな」
テオドールさんはこんなに人間ができてるのになんで弟のアルはダメなんだろう。
俺には甚だ疑問である。当人はニコニコ話聞いててより一層やばいやつ感が溢れてる。
「僕はテリオス・マグナス。一番戦いたいのはロア君かな」
「え?」
「俺はテオドール・A・グラン。エールライトとの戦いを望む」
あ、これそういう感じなんですね。
なんで俺なんだよ、ステルラっていう明らかに強い奴がいるじゃないか。テオドールさんはやる気満々だぞ、テリオスさんもそっちに行ってくれ。
「ソフィア・クラーク。私は、そうだな……メグナカルトだ」
「なんで俺そんなに狙われてるんですか??」
「二つ名が原因だろう」
「おのれ魔祖。やはり許さないでおくべきだったか……」
「
んもおおおおおおおっ!
また俺が損してるじゃねぇか。テオドールさんくらいだよ、ちゃんと実力見れてるの。
「フレデリック・アーサー。誰が良いとか要るか?」
「必要ないでしょう。僕はブランシュ・ド・ベルナール。どなたでも構いませんよ」
「言ってるじゃないですか……私はアイリス・アクラシアです」
待て待て待て待て、情報量が多い。
テリオスさんはわかる。テオドールさんもなんとなくわかる。アルベルトと同じ髪色だからな。
ソフィアさんは銀髪の美人で、フレデリックさんは……なんか、こう……二枚目っていうのか。なんか昼行灯な感じがする。だらけてるように見えるからか?
ベルナールはどうでも良い。
で、桃色の髪がアイリス・アクラシアさんね。
「一気に伝えても良いとは思いませんが……マリア・ホールです。マリアとお呼びください」
「ルーナ・ルッサです。ロア君とは将来を誓い合った仲です」
「そんなわけがあるか。いきなりホラを吹き込むな」
油断も隙もありゃしない。
なんでいきなりブッ込むんだよ、こういう場で身内ネタを出す人間がどんな目で見られるのか知らないのか?
「ロア君がそういう子なのは知っていたけどまさか本当だとは……」
「知っていたけどってどういうことですか? テリオスさん」
「いつも女の子と一緒にいるからね。噂知らないのかい?」
「聞きたくありません……」
ステルラの方を直視できない。
ルーチェの方も直視できない。
必然的に逃げ道がアルとルナさんだけになった。ヴォルフガングは面倒臭いからパスで。
「俺が集めているわけではなく、集まってきているだけです。いわば俺は誘蛾灯であり──勝手に寄ってきている方が悪い」
「……すごいな。いや、男として尊敬する。なろうとは思わないが」
テオドールさんから称賛を受けた。
「…………クズだな」
「一見クズなんですよ。そこのギャップがいいんですよね」
「最悪だろ…………」
おいやめろルナさん止まれ。
暴走列車ルーナ・ルッサ号は止まることを知らずに走り続けている。俺に対する評価がどんどん下がっていくのを感じた。
「ン゛ン゛ッ!! ……か、彼の名誉のためにもここまでにしておいて。くじ引きをしようじゃないか」
テリオスさんの救いの手によって俺は一命を取り留めた。
もう少しで社会的地位が底辺にまで落ちるところだったぜ。なお、すでにソフィアさんから放たれる視線が絶対零度になっていることには目を瞑る。
「交換は禁止、順番はどうする?」
「素直に順位が低い者からでいいだろう。そっちの方が公平だ」
……ってことは、俺からか。
「うん。ちょっと待ってね、確か記入用紙があった筈」
ガサゴソ机を探っている間に俺の手元へクジが配られる。
古典的だがシンプルでわかりやすい、箱の中が見えないタイプだ。この某を引き抜けばいいんだな。
十四人で、一組だけシードか。
狙うはそこだな。戦う数が減ればそれだけ俺は有利に働く。連日続けて戦うには辛いからそこだけはなんとしてでも引きたい。
「…………頼む!」
「ン、一番か。シード組とは真逆だね」
神は死んだ。
どうして試練ばかりが俺に降りかかるのだろうか。
この世界の理不尽な構造はいつの日にか取り除いてやらねばならない。俺は硬く心に誓った。
「次は私ですね。ロア君、箱ください」
「はいはい」
ルナさん躊躇いなく棒を取り出した。
書かれていた番号は六番。ちょうど真ん中とかそのくらいか。
「悪くはないですね。誰と戦うかによりますが」
その後も引き続け、無事に今いるメンバー全員が引き終わった。
結果────
「…………正反対だな」
「…………正反対だね」
俺とステルラは決勝戦以外でぶつかる事のない振り分けとなり、一回戦の相手はアイリスさんに決まった。他の聞き覚えの無い名前に関しては今居ないメンバーだろう。
これで俺とステルラが戦うには並み居る強豪を押しのけて決勝戦まで進出せねばならない事が確定した。
嫌だ~~~もうハラハラするんだが? 俺は自分が負けるのは勿論ステルラが負けるのも嫌なんだよ。これはなんていうかな、アレだ。自分を散々負かしてきた強い奴がそこら辺の奴に負けるのが納得できないんだよ。わかるだろ。
「……すごいな。くじ引きなのにこうもピンポイントで」
意味深に呟いたテリオスさんは放っておいて、日程的に作戦を考えよう。
俺がいるブロックをA、ステルラがいるブロックをBとする。
Aで特に注意するべきなのはテリオスさんとルナさんの両者。ルナさんは順位だけで言えば下だが、それあくまで数値上での話。
『魔祖に育てられ数年間に渡り首位を独占する男に対し唯一対抗できる』、等と噂される程度には強さがある。
あの人の場合過去のトラウマが要因で戦えない訳だが……それでもそうやって評価されるくらい圧倒的な一勝だったのだろう。よくある話だ。
覚醒して本気になった時の強さを誰も知らない。
テリオスさんがどこまで引き出せるか──いや。
テリオスさん相手にどこまで喰らいつけるか、という所か。
常識的に考えて世代の入れ替わりも発生する戦場において常に頂点を維持してるのは頭がおかしいと言わざるを得ない。
俺も勝ち抜けば戦うことになる。いや、どうやって戦おうかなマジで。
「一回戦は私ですか……」
「アクラシアさん、でしたか。ロア・メグナカルトです」
「アイリスで構いませんよ。で、一つだけ聞いても構いませんか?」
「なんでしょうか」
「魔法使用の有無についてです」
……それ聞くか、普通。
不利に働くから答えたくないが、今更なところはある。
「私は魔法をほぼ使いません。ある意味似た者同士ですね」
「マジすか」
一回戦がいきなりやりやすくなったと一瞬だけ考えたがすぐに訂正する。
魔法を殆ど使わないのに上位にいるのは化け物がすぎる。これ貧乏くじだよな。確実に配役間違えてるだろ。
「持ってるな、坊主」
「やめてください。俺はできるだけ楽をしたいんだ」
「気が合うじゃねぇか。俺もそうなんだよ」
このちょっと胡散臭い感じの人がフレデリック・アーサーか。
一応第七席? の弟子って聞いたことがあるが……いかんせん手に入った情報が多すぎる。小出しにして欲しいね。
「中々楽しそうな振り分けになったねぇ」
「お前はいつもマイペースだな。少しは顔を顰めたらどうだ」
「ハッハッハ、うまくいけば兄上とも戦うことになるんだ。楽しみで仕方ないさ」
結局アルベルトの戦いを見るのはトーナメントが最初になるのか。
グラン家に伝わる魔法……うーん、特に記憶にないな。グラン公国に関しては一番最初に矛を収めた国だったし、戦後の復興が最速だったことが強く印象に残っている。
わからない。
「それよりもホラ、君のお姫様
俺がせっかく目を逸らしていたのに現実を突きつけてきた。
堂々と座するシード組、そこに刻まれた名前はステルラとルーチェ。決勝とか準決勝とかじゃなくシンプルに一番最初に戦い合うあたり何かに導かれてるんじゃないだろうか。
ルーチェは難しい顔をしているしステルラも微妙な表情だ。
「……まあ、深く考えるな。
「…………そうね。寧ろ都合が良いわ」
────私が負かすんだから。
そう言わんばかりの強気な目つきへと変化した。
最初の頃のヘニョヘニョルーチェに比べて随分と心が強くなった。やっぱりこう、自分を支える何かがあると人は変わる。自信のある無しは問わず、自己を強く保つということの大切さ。
「それに比べてお前と来たら……」
「う゛っ」
ため息を吐いて視線を向ければ顔を逸らすステルラ。
「対戦相手はやる気十分。待ち受けるぐらいの気概を見せればいいじゃないか」
「わ、わかってるよ。全くもう……ロアみたいにアホメンタルしてないの!」
「誰がアホメンタルだこのコミュ障。泣くぞ? 俺が」
「君が泣くのか…………」
思わずツッコミを入れてきたテリオスさんの声で気を取りなおす。
こういうやりとりは後ですれば良い。少なくともライバルとなる人たちがいる場所でやる行動ではない。
「さて、時間をとらせてすまなかったね。予定通り進めば開催は一週間後になる、各自準備は怠らないように」
……一週間、か。
それまでにできることはあるだろうか。
付け焼き刃でも良い。情報を集めて対策を重ね、一つでも多く勝利への道筋を作る。
この場にいる全員が敵になる。
はーやれやれ。
誰も彼もが強そうでギラギラしてて嫌になるね。
楽は一切出来なさそうだし確実に勝てる見込みもない。
────だからと言って負けてやるつもりも毛頭ないが。
良いぜ、叩きつけてやるよ。
新たな時代がやってきた。次に頂点に立つのは
修正
テオドールが見つけられなかった人数
二人→×
一人→○