夏と言うには少し早いが、ここは首都。
俺の暮らしていた田舎に比べて夏入りがほんのりと早いのだ。山籠りを続けていた俺に言わせて貰えば布で体を覆えるだけマシなのだが、厚手の服を着るには暑い季節が近づいてきたと言える。
「お待たせ! ごめんね遅くなって」
「気にするな。俺はさっきまで寝てた」
「台無しだなぁ……」
唯一持っている(師匠に買ってもらった)服を身に纏い、家までやってきたステルラを出迎えた。
トーナメントの開催も決まり、日程もある程度定められた。
戦う相手・順番も確定したこともあり出場選手達には公休が与えられたのだ。互いに情報を秘匿し公平に戦うため────という名目だがそんな筈もなく。勝ちに執着しているのは否定しないが、それはそれとして日常は日常として楽しませてもらう。
そんな訳で、今日は休み初日。
ステルラとのデートである。
「そういう時は『今準備が終わった』とか、『待ってない、ちょうど来たところだ』って言わなきゃ!」
「俺がそんな殊勝なことを言うと思ったか、甘いな」
「誇れることじゃないからね?」
やれやれ。
ステルラが幼馴染みなのに今日が初めてのまともな付き合いになる。どう言うことだよ。師匠と二人っきりで暮らしていた、ルーチェとはデートをした、ルナさんには強制的に連れ出された。
いやでも……グイグイいくのはなんだかこう、ちょっと違うなって気がしたんだよ。
ルーチェや師匠が相手なら気にせずいけるんだがなぁ、どうしてもステルラ相手は躊躇ってしまう。十分情けないところは見せているんだが、本気で気障なことは言い出せないのだ。
「そうだ。ステルラ、似合ってるぞ」
「今この流れで言うの!?」
「ええいうるさい。素直に受け取れ」
やかましい奴だ。
「もー……ま、いっか。行こ?」
「ああ。今日の分は俺が出そう」
「えっ…………」
今日は俺が金を持っているからな。
まあ、師匠に貰ってたお小遣いを解放しただけなんだが。普段は絶対使わないぞ、何故なら財布の紐を師匠に握られているから。
ステルラと出かけるって言ったら普通にくれたから躊躇いなく使わせてもらおう。
「何処から盗んできたの……?」
「お前良い加減にしろよ」
少しは感謝しろよ。
疑いから入るなよ。お前、幼馴染みがせっかくお金出してデートしてやろうってのになんだその態度は。
「いやだって、ロアがお金出そうなんて言うとは考えてもなかったから……」
これまでの俺を見てそんなことを言うのか。
……………………フン。俺が悪いな。素直に謝罪するか。
「今日だけだ。
「…………あ、ありがとう?」
「それで良い。師匠に感謝しておけよ」
「全部台無しだから!!」
# 第二話
朝食を抜き、ランチを食べて買い物を済ませた午後。
普段入ることのない喫茶店にて俺たちは涼んでいた。買うものは買ったからな、たまにはこういう休日も良い。
「よく食うな」
「う゛く゛っ!」
昼飯を俺と同じくらい食べて、また喫茶店で甘い物を食べているステルラについ言ってしまった。
悪意はない。ただ事実として述べただけなのだが、どうやら動揺する程度には自分でも思っていたらしい。
「むぐ、むぐぐぐ……!」
「俺の分も食え。ほら」
口元を隠しつつ顔を逸らすが全くもって意味を成していない行動だ。
「お前は変わらないな。ガキの頃もそうやって俺が食べるおかずを横取りし悪びれる事もなく野菜を押し付けてきた。今は好き嫌いが大分無くなったみたいだが、俺の犠牲は無駄にならなかったんだな……」
「そんなの子供の頃だけに決まってるでしょ! すぐそうやって子供扱いするんだから……」
「口の周り」
若干付いていたケーキを拭き取り、何事もなかったかのように振る舞い出した。
淑女と呼ぶには無理がある。淑女ってのは気品に溢れた作法品位を高く保てる女性のことを指すのであって、甘い物を口の周りにつけて喜ぶお子様は別である。
「そう言うロアは……なんで完璧なの?」
「そりゃまあ叩き込まれたから」
野生の食事でマナーを気にしなくちゃいけないのアホくさすぎるだろ。
そうは思いつつもいずれ表舞台に出ることは確定していたし、師匠の評判を下げる気もさらさら無かった。その程度できて当然だと思っていたからな。社会的地位のある人間の弟子が粗野なのは不味いのだ。
「社交界に急に出ることになっても擬態できるぞ」
「外面だけは完璧にしようとするね……」
「外面さえ良ければ損をしないのが世の中だ。お前やろうとすればすぐ出来るようになるんだから教えてやるよ」
絶対ダンスとかできないだろ。
センスあふれる創作ダンスは出来るかもしれないが、マナーで雁字搦めの社交ダンスは絶対習得してない。賭けてもいい。
「ま、最低限できれば文句は言われない。覚えるだけ覚えとけ」
「……私は気にしないけどな」
「並んで出来た方が綺麗だ」
珈琲を口に入れる。
冷たい飲み物はいい。思考を切り替えるのにも役に立つし、何より飲む時の爽快感。
読書の時なんか特にいいんだ。頭の中にぼんやりとたまった熱を吐き出せるような、そんな開放感すら与えてくれる。
「並んで、か…………」
そう呟くと、ステルラは外に視線をずらした。
………………………………うん。
イイな。何がとは言わないが、うん。
のんびりと過ごす休日も悪くはない。
そんな風にぼんやり考えていると、ステルラが話を始めた。
「私でいいのかなぁ……」
「なんだ藪から棒に」
「……ロアに並ぶの、私でいいのかなって……ちょっと思ったの」
…………そうか。
「ルーチェちゃん、とんでもないくらい頑張ってるし。ルナさんはロアにグイグイ行くし、満更でも無さそうだし。師匠は相変わらずロアのこと好きだし……私なんかがって、ちょっとね?」
「戯けが。お前以外誰がいる」
お前はさァ〜〜〜。
メンタルが普通すぎんだよ。自己肯定感の低さっていうのかな、ルーチェ相手にやらかしたのまだ引きずってるのは知っていたがそこまでか。
前に散々言ってやっただろうが。
「だ、だってロア私に対して全然ああいうことしないじゃん!」
「ああいうこと……?」
「ルーチェちゃんと距離が近いの!!」
なんだお前嫉妬してんのか。
合点がいった。要するに、他の人たちとは距離が近いのに自分だけちょっと遠い気がして最近しょげてたんだな?
「して欲しいのか、それならそうと言えば──」
普段暴力を浴びないからか忘れてしまうのだが、ステルラは師匠の名を継ぐ弟子である。
つまり同じような秘匿性のある魔法を使用できるのであって、周囲にバレないように紫電を俺に向けることなど造作もないのだ。
「ホハッハホヒ(よかったのに)」
「食らうのに慣れきってる……」
「お前は加減してくれるからな。こういう風に即治療もしてくれるからありがたい」
「マッチポンプっていうんだよね」
痙攣の治った顎あたりを摩りつつ、言葉を慎重に選ぶ。
メンタルが平凡よりちょっと弱いステルラなので、ルーチェにバシバシ行ったりアルに辛辣に行くようにしてはいけない。人それぞれに対応せねばいけないのだ。
「やれやれ。そこまで言うならこれからは徹底的に触りに行ってやろう。具体的には足とか手とか」
「そうじゃない! それじゃただの変態だから!」
「なんだ煩いやつだな……俺はお前を触る。お前は満たされる。win-winじゃないか」
「うぐっ……た、確かにそれはそれでいいけど……」
いいんだ…………
判定がよくわからんな。もっと気安くして欲しいって話か?
「もうちょっと自然体で接して欲しいな!」
「…………何をバカな。俺はいつだって」
「いーや、そうじゃない。私に話す時だけ違和感あるもん」
そんな筈はない。
俺はいつだって変わったことはない。
ステルラと話すときも師匠と話すときもルーチェと話すときも、誰と話すときも俺は俺であると自覚している。そこからブレたことはない。
「少しだけ考えてから話してるよね。私の時だけ」
あ~~~~…………
否めない。
否定できない。
それを言われちゃおしまいなんだよ。
だってお前、それはホラ……あれだよ。あんまり失礼すぎる事言わないように心掛けているからであって、ルーチェとかルナさんは結構適当に失礼なこと言っても謝れば許してくれる。ちょっと嫌われてもまあ、見捨てられないだろうと思ってるわけだ。
お前には嫌われたくない。
師匠みたいに全肯定するわけでもないから言葉を選んでるだけだ。
と、真正面から言うのも嫌なのでどうにかこうにかして
「それは思い込みだな。俺は平等に接しているつもりだ」
「そんな気はしないけどなぁ……」
くそっ、こんな所で勘の良さを発揮しなくていいんだよ。
素直に言ってもいいが……それは嫌だ。なんとなく負けた気がする。俺とステルラがぶつかりあうのは未来で確定しているがこれは言わば前哨戦、既に『そう』だと認識した瞬間戦いの鐘は鳴っているんだ。
「……私の事、嫌いになった?」
「ちょっと気恥ずかしいだけだ。深く考えるな」
クソったれが。
俺の負けだ。何でいつもこうなるのだろうか。
ニッコリと笑いながら俺の顔を覗き込んでくるステルラにデコピンして追い払う。あ~あ、恥ずかしいわホント。告白みたいなもんだろバカにしやがって。
お前の事を意識している、それ以外にどう受け取るってんだ。
「あだっ」
ズズズズと音を立てて珈琲を飲み切る。
苦い。甘みを何一つとして入れずに嗜むのが礼儀だと思っているから普段からブラックだったが、今日ばかりは甘味が欲しかった。
「……そっか。嬉しいな」
「……………………前も言ったが、俺はお前を嫌ったりすることはない。自信を持て。絶対に追いついてやる」
人の心を読み解くのが苦手なんだろう。
俺だって得意ではない。ただ自分を当てはめて客観的に冷静に考える事が出来るから少しは寄り添えるだけだ。
ステルラはそこに自信が無い。対人関係がボロボロだったんだ、魔法や身体能力を活かすのは感覚的に行えてもそこは難しい。
……しかし、そうか。
俺は嫌われたくなかったんだな。
他の人達に嫌われてもいい、そういう風に考えている訳でもない。でも、ステルラにだけはどうしても嫌われたくなかった。
言葉にすればそれだけだ。
「私もロアのことを嫌いになることはないよ」
「……ならいい」
これで嫌われてたら流石に凹むが?
嫌われてたとしても全く考慮しないが。ステルラがなんと言おうが絶対に死なせるつもりはないし先に死ぬのは俺と決めている。そのうち
寿命ならば納得できる。
無惨な死は認めない。
「しかしまあ、くじ運の無さは酷かった。特に俺とお前」
「あはは、決勝以外じゃ戦えないね」
「あれだけいる強豪を全員倒さなくちゃいけないってのが最悪な部分だ。なんで俺にそう言う役回りが来るんだよ」
最低でも三人倒さねばステルラに挑戦することすら許されない。
向こうは向こうで強い人がいるが負けることはないと思ってる。だってステルラだし。自分の価値観に於ける『最強』が負けて欲しくないと願うのは悪いことじゃないだろ?
「でも負ける気はないんでしょ」
「当然だろ。俺が一番上に立つ」
……なんだお前その目は。
なんか腹立つな。こう、微笑ましい目付きって言うか。
「ロアらしいなって思っただけ」
「やかましい。お前も倒してやるから覚悟しておけよ」
「どんとこい! ……で、でさ。一つ相談なんだけど」
先程までの視線とは百八十度回転し目を泳がせながら呟く。
「その〜、私と一緒に特訓しませんか……? ホラ、私とロアって反対ブロックでしょ、だから二人で協力し合うのがいいと思うんだ。別に他の人たちの情報をスパイしようとかそう言う意味じゃなくてもうちょっと二人きりで作業とかしてみたいなとか一緒にご飯食べて談笑したいなって思っただけで」
「わかったわかった。それ以上自爆するのをやめろ」
聞いてもいないのに本音を撒き散らしまくったアホが顔を赤くして俯いている。
さっきまでグイグイ押してきたくせにどうした急に。まあ俺はステルラと二人きりでも全く構わないが……
「そのパターンで行くと師匠が来ないか?」
「……………………たし、かに……」
俺とステルラはそもそも同じ師を持つ。
その二人が協力しているのだから師匠が間に挟まっても何も問題ないのだ。故にあの人の感じだと「放って置いていかれて寂しいから混ざりにきたよ」って感じに乱入してくる可能性がある。
「ぐ、ぐぎぎぎ……!」
「俺は二人まとめてでも構わないが」
「ロアはね!!」
何をムキになってるんだか。
ここまで可能性を勝手に語っておいてアレだが、師匠も暇じゃないのでそんな毎日参加することはないだろう。あの人立場ある人だから俺たちと違ってやんなきゃいけないことが多いんだよな。
あくまで可能性。
実際はほとんどステルラと二人になるだろう。
…………が、面白いので放っておく。
「あ〜あ、師匠が来ちゃうだろうな」
「私に一時間頂戴。完璧な作戦を考えるから」
「なんでそこまで真剣なんだよ……」
「折角のチャンスなの! ルーチェちゃんもいない、ルナさんもこない、アルくんも近寄らない! ロアと二人になるには今が絶好のチャ……ンス……」
立ち上がって力説する程度にはやる気に満ち溢れていたのに唐突に静かになって座る。
忘れてしまったかもしれないが、ここは喫茶店である。
勿論他のお客さんは居るし店員のお姉さんも居るわけだ。
そんな中大声を出せばどうなるだろうか。
「……ふーん。そんなに俺と一緒に居たかったのか」
「う゛っ」
「クラスも違うしな。飯も一緒に食べたかったのか」
「あ゛う゛っ!」
机に突っ伏した顔を隠したステルラに勝利宣言をした。
また一つ勝ちを重ねてしまったな。もちろん俺にも『あのカップル騒がしいな』的な視線は飛んできているが今更その程度気にする筈もない。甘いんだよ、最後の詰めまで計算してこその策略だ。
「あざとい野郎だ。まあ素で晒してる間抜けだから許してやろう」
「…………もうお嫁に行けない」
どこに行くってんだ。
逃すつもりはないぞ馬鹿野郎。
「準決勝まで勝ち抜く。そこから一ヶ月の猶予期間があるんだ、確実に勝てるようになるぞ」
「……うん!」