英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第三話 かつての記憶とこれから

「うんしょ、うんしょ……」

 

 準備体操で身をほぐすステルラを尻目に、俺は空を見上げていた。

 雲一つない空、澄み切った青い色。こんなにも雄大な景色をまさか連続して見ることになるとは思ってもいなかったのだ。

 

「どうしたのロア、そんな黄昏て」

「ありがた迷惑という言葉について考えていた」

 

 ありがたい話ではあるがそれは時として迷惑となる。

 お節介と似たようなものだ。

 

「こんな山奥にわざわざ小屋まで用意しやがって……」

「でもここなら邪魔は入らない。私とロア、二人っきりになれる」

 

 ギラついた視線を俺に向けるな。

 勝ちたいと願う気持ちは俺もステルラも同じだが、一週間戦いっぱなしは流石に堪えるぞ。一日はゆっくりとサボらせてもらうからな。

 

 そんな俺の考えを気にもせず、パリパリ指先から紫電を滲ませつつステルラが構える。

 

「ここで雌雄を決した所で意味はない。……が」

「負けるつもりもない、でしょ?」

 

 よくわかってるじゃないか。

 本番で勝てばいい、そういう話だが────模擬戦で負けるつもりも全くない。

 

「条件は」

「本気は出さなくていい。でも全力、試したいことを優先」

「理解した。……時間はある。ゆっくり楽しんで行こうか」

 

 

 

 

 

 # 第三話 

 

 

 俺には俺の課題があって、ステルラにはステルラの課題がある。

 それぞれ我武者羅に戦闘を繰り返すのではなく頭を使い弱点を克服、もしくは長所を伸ばす。そういう方向性で固まったのだ。

 

 まあ、都合の良いことに場所を師匠が用意してくれた。

 俺の少年期が封印された山である。

 

 場所をどうしかしたいとステルラが師匠におねだりしたら快諾してくれたとかなんとか。

 そのついでに互いのやるべき課題を渡してきた。そういうところは師匠らしい事してくれるんだよな。自分では気がつかない領域もあるからありがたい話だが。

 

「────負けた!!」

「わ、びっくりした……」

 

 普通にボコボコにされたが? 

 は~~~~~~……俺の成長を無に帰す理不尽さだった。

 涙が出るぜ。接近できなければ詰むってのは俺の課題だったが、まさかステルラが『徹底的に近づかせない戦法』取ってくるとは思わないだろ。

 

 踏み込めば炎魔法、離れれば紫電、回り込もうとすればそれ以上の速度で後ろに回ってくる。

 

 トラウマになりそうだ。

 

「はァ~~~~~……凹む」

 

 凹んだ。

 心が落ち込んでいる。本気で勝ちたいと思っていた訳では無いがもう少しいい勝負にしたかった。特訓だから勝敗は関係ないだと? その通りだ。

 

「なんだ、どうでもいいな。少しでも弱点克服したからいいじゃん」

「切り替え早いなぁ」

「現実を受け止めて後に砕けば無問題だ。俺はそうやってメンタルを維持している」

 

 そういう訳でやる気を取り戻した俺は取り敢えず今日の訓練を終える事にした。

 一応酷い出血と大きな負傷は回復してもらったが疲労感は抜け出せない。氷と炎で包むのは反則だろ。天変地異って言うんだよそう言うの、単独でするなよな。

 

「飯だ飯。……そこら辺、師匠なんか言ってたか?」

「……いや、特に何も言ってなかったけど」

 

 お前これ自分で取ってこいスタイルじゃねーか! 

 

 弟子二人を山に放り込んで放置である。

 俺がいるからいいとでも思ったのか、まったく。大体同い年の男女を同じ屋根の下に二人きりにするとか一体何考えて……あっ、俺が勝てる訳無いと思われてんのか。

 

 怒りのボルテージが上昇した。

 

「いつか理解(わか)らせてやる……あの妖怪……」

「多分そういうところじゃないかな」

 

 まあいい。

 幸か不幸か(おそらく不幸にも)、俺は野生動物を狩るのになれている。食べていいラインの植物も身体で覚えたしその中でも美味い調理法もマスターしているのだ。

 

 最近は料理ができる家庭的な男性が人気らしいからな。

 俺もそれにあやかって……ああ、そうだ。あやかって……そんなわけはない。できなきゃ死ぬからできるようになっただけである。

 

 山籠り初日、俺が食べた飯はそこらへんの雑草と生のキノコだった。

 

「あの時は大変だったな……」

「あ、見て見てロア! 美味しそうなキノコあるよ」

 

 そう言ってステルラが指差すのは明らかに毒々しい色をした青色のキノコだった。

 

「やめとけ。腹壊すぞ」

「こんなに綺麗な色なのに〜」

「綺麗だから食える訳じゃない。俺はこの手のキノコで幾度となく死にかけた、コイツらは死神だ」

「そこまで言う?」

 

 川の向こう側で手を振る二人組に定期的に呆れられていた気がする。

 

「ていうか何個も挑戦したんだね」

「毒に負けるはずがないと思って口にしたのがダメだったな」

「どうしよう。幼馴染みが狂っちゃったよ……」

 

 元々狂っとるわ、色々と。

 

 そんな話はさておき、今日の晩飯を確保せねばならない。

 主食が存在しない今栄養バランスもそこそこ考えた食事など用意できるはずもなく、俺にできるのは男飯のみ。

 

 この場合の男飯というのは動物の皮を剥き火を起こし丸焼きにした姿を指す。

 

「よしステルラ。リスだ、リスを探せ」

「リス?」

「ああ。あいつらは木の実を主食とする生き物だ。ゆえにそいつらを見つけることができれば俺たちも木の実にありつけるという訳だな」

 

 嘘だが。

 これは俺のささやかな反抗心からなる悪戯である。

 本当はリスが主食になるんだぞ。目の前で可愛い生物を見つけさせて俺がそこで捌いてやる。

 

 見せつけてやるんだよ、俺の本当の怖さってモンをな。

 

 そんな俺の邪悪な思考は全く気にせず、ステルラは気合を入れて森へと侵入していった。

 

 ……今更だが、風呂はどうするのだろうか。

 魔法で水作って魔法で火沸かしてってやるのか? 持ち込んでる服は学生服とジャージのみである。

 それはそれで楽でいい。問題は俺が一切魔法を扱えないという部分だが、そこに関してはステルラの存在で解決できる。

 

 俺とステルラ、二人いればそれなりに山暮らしも楽しそうだ。

 

 …………気持ち悪い考えしやがって、殺すぞ俺。

 

「ロアー! 動物の足跡あったー!」

「今行く、その場所で待ってろ」

 

 さてさて、今日一日ボコボコにされた仕返しをしてやるか。

 ステルラが見つけたのは小動物、木の身を主食とするリスとは違った生物だった。

 

『可愛いね!』なんて楽しそうに笑うステルラを尻目に俺は首元を掴んで捕獲した。

 この時点で嫌な予感はしていたのだろう。笑顔を凍りつかせてステルラは声を絞り出した。

 

「……ロア、なんで捕まえるの?」

「そりゃお前コイツを食うんだよ」

 

 木の実が主食になるか? 

 数を集めて調理法を工夫すればパンのように楽しむことができるが、これはサバイバルでありサバイバルではない。俺にとって食事という娯楽は堕落をするという次の次の次の次程度の優先順位だ。

 

「…………か、可愛いよね? ほら、瞳とかが特にクリクリしてて」

「ああ、そうだな。動物一匹分のカロリーは無駄にはならない」

 

 あ、目が濁った。

 諦めたみたいだな。よかったよかった。

 この世の儚さ、栄えある文明すら滅ぶこの無常さをその齢にして理解できたのだ。俺に感謝して欲しいね。

 

「安心しろ。尻尾の先まで身が詰まってるタイプだ」

「そんなこと聞いてないから!!」

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……ごめん、ごめんね……」

 

 ボロボロ涙を流しながら串刺しになった動物(晩飯)へと謝るステルラ。

 あの後無事に一家族分まとめて捕獲し、命を繋いでくれることに感謝をしながら手を血に染めた。流石の俺でも泣き始めたステルラの目の前で締めたり毛皮を剥ぐとかそういう行動はしないぞ。

 

 最初は楽しかったが徐々に心が痛くなってきた。

 

「…………まあ、水は生み出せるし良いか」

 

 あの頃期間中(山籠り)────一年目は学びを得るための日々だった。

 木々の間を駆け回り、枝や葉で出来た小さな切り傷や擦り傷から菌が身体の中に入り病気になる。言葉ではわかっていたつもりで、いざ自分がそうなると不安で仕方がなかった。

 ゆえに服の重要性というものに気がついたし、動物がなぜ毛皮なんてものを身に纏っているのかも漠然と理解できた。

 

 水も食料も自分でとってこい。

 そういうスタンスで放り込まれた上に定期的に襲撃してくる師匠に怯えながら生きる毎日。

 正直生きた心地はしなかった。目が覚めなかったらどうしよう、そんな考えが頭を過ぎった夜はもう寝れなかった。獣の唸り声が真横で聞こえた時は流石に死んだと思ったし。

 

 このままじゃ駄目だ。

 そうやって思考を切り替えてから、ようやく前に進めた。

 大体そこまでたどり着くまで一年はかかった。生き残るのに必死だったから。

 

 焚火に焼べた木が弾ける。

 独特の甲高い音だ。俺はこの音が好きだ。

 火が付いている、明かりがついている、熱を確保できる。いろんな理由はあれど、自分の身を滅ぼす危険性もある炎でも──扱い方さえ学べば利用できるから。

 

「もう焼けるぞ」

「……………………うん」

 

 食事をするとはこういう事だ。

 いくらなんでも齢一桁に押し付ける事じゃねぇよな。美談にしようと思ったけど無理だろこれ。

 

「味付けはない。これが肉を焼いただけの味だ」

 

 俺にとってはどこか懐かしい味付け。

 母親の手料理よりも食べた年月が長いと聞くと思い入れがあるように聞こえるだろう。そんなわけはない。これは俺の苦しみの体現である。

 愛情たっぷりの誰かが作ったご飯を俺も毎日食べたい……食べ……あれ、俺食べてるな。昼飯ルーチェに食わせてもらってるじゃん。なんて事だ……

 

 俺は無意識に求めていたのか。

 

「美味くはない。だが、生きる上では重要なんだ」

 

 幻滅しないで欲しい。

 これが現実だから。

 

「お前が学び舎に行っている頃、俺は師匠にひたすら扱かれていた。その中で培った知識も経験も苦痛も何もかもが今の俺を構成する大切なピースになっている」

 

 肉を喰らい、余す事なく胃袋の中に収めた後に骨を集める。

 ステルラの方を見ると、もそもそ食べ進めている。年頃の女子には少し厳しいかもしれないがこれも必要な事だろう。

 

「……悪いな。俺には才能がないから、こうやって生きていくほか無かった」

 

 もっと華麗に煌びやかに。

 華のある生き方に憧れたのも束の間、鮮烈な光に目を焼かれてしまった。

 俺には出来ない。俺には無理だ。俺じゃあ役者不足。諦観が俺の根底にはこびり付いている。

 

「…………うん。ちょっとだけショックだったけど、わかってる。見てなかっただけだって」

「世の中には見なくて良いこともある。情報は有り過ぎても困るだけだ」

「知らないままで終わりたくない。ロアと同じ景色を見たい」

 

 …………そうか。

 涙で赤くなった目元を指で拭いつつ、ステルラは真っ直ぐ視線を向けてきた。

 

並ぶ(・・)なら、知っておきたいんだ」

 

 ……は~あ。

 これだから才能ある連中は困る。

 人が飲み込むのに長い月日を費やした価値観に一瞬でたどり着く。

 

「…………生意気なやつだ。風呂覗くぞ」

「……ふふん、一緒に入る?」

「言ったな? 情け容赦なく侵入するからな覚悟しとけよ」

「ごめんなさい嘘です冗談です」

 

 ここは押した奴が勝つ。

 ルーチェとの戦闘経験(レスバトル)が身を結んだ。わかるんだよな、今しかないって攻め時が。

 アルベルト……お前の畜生さはやはり正しかった。人は煽る際に畜生にまで落ちねばならないのだ。

 

「ま、まだそこまで心の準備が……」

「やれやれ。俺は後片付けするから、風呂の準備してそのまま入ってしまえ。小屋なのに室内に風呂場あるからな」

 

 そこの微妙な気遣いはなんなんだ。

 設備もそれなりにちゃんとしてるのが腹立つ。魔法で水張って魔道具に魔力を通すだけ。ふざけおって。

 

 俺一人じゃ何もできないじゃねぇか。

 

「…………いや」

 

 一人で熟す必要はない。

 そう伝えたいのか? 

 

 わからん。

 急にそんな風にやられてもな……

 

 俺は何時だって誰かを頼っているし自分一人だけでどうにかしようと思う事は無い。

 

 自己犠牲なんて尊い物を全面に押し出すときは、きっとそれは取り返しのつかない時だけ。

 

「なんてな」

 

 痛々しいモノローグはここまでにしておこう。

 ステルラが入った後は俺が風呂に入らねばならない。細かい切り傷や擦り傷は治ってないので百パーセント痛い。

 あの地味な痛み嫌なんだよな。じんわりと石鹸が傷口に触れた瞬間とか叫びそうになる。

 

 だが汗臭い血の匂いが滲んでるとか、そういう状況じゃないのが幸いだ。

 

「……………………懐かしいな」

 

 夜の山特有の空気感。

 嫌いでしょうがなかったこの匂いに懐古を抱くようになるとは思っても居なかった。

 

 星の明かりだけが俺を照らしている。

 

 焦る必要はない。

 これまでの積み重ねた物をどうにかこうにかやり繰りするだけなのだから。

 師匠に育てられたんだ。無様な姿は見せる訳にはいかない。

 

「ワ゛ーーーーッ!! ロアーっ! 虫が一杯!?」

 

 やかましい奴だな。

 珍しく感傷に浸ってるんだから少しは時間くれよ。

 

 溜息を吐いて小屋へと足を向け、歩き出した。

 

 

 

 

 

 


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