【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第十話 星火燎原のルーナ・ルッサ

 

「理論はともかく、実際に試すのはやはり外部に頼るのが一番だな」

 

 控え室を通り越し、プロメサ・グロリオーネは歩いていた。

 目的地はこの坩堝の観客席、敗北という形で参加権を早々に失いはしたが他者の魔法を見るチャンスは残されている。何度も正面からぶつかった連中はともかく、次に出場する人間には興味が沸いた。

 

「また考え事かい? グロリオーネ」

「おや、誰かと思えばテリオスじゃあないか。勝者の元に行ってやればいいものを」

「こうなる気はしてたからね。ていうか呼びつけたの君だから」

「……そういえばそうだったか」

 

 完全に忘れていた、と内心呟く。

 

「先程見せた通り、私は理論上月光(ムーンライト)を完成させた。習熟度が上がりその効果を世に知らしめる事ができれば歴史に名を遺すことも出来るだろう」

「…………それで?」

「完成したのはあくまで理論上の話。私ではあの魔法を正確に使い熟すことはできない」

「……話が見えないな。どうして僕を呼んだんだ?」

 

 迂遠な言い回しを普段からしている癖に、こいつはこういう部分がある。

 どうにも甘いヤツ(・・・・)だ。それ故に私としても付き合い易いのだが──これは胸の内に抑えておく。

 

「期待に胸を膨らませておいて、すっとぼけるなよ? 君に月光(ムーンライト)を託す。使ってくれ」

「……………………正気か?」

「ああ、正気だ。無から魔力研究を始め、独学でここまで登り詰めた。それが正真正銘私の最高傑作さ」

「人生そのものと言ってもいい。自棄になった訳でもないだろ」

「だからこそ、さ」

 

 この意味を理解してくれたのだろう、テリオスは黙って目を見つめてくる。

 

「君だからこそ、意味がある。私は君を選んでるんだ」

「…………そうか」

「うん。まあ、なんだ。あまり不貞腐れるなよ?」

「……参ったね、全くさ」

 

 

 

 

 

 

 

「次は……ルナさんの番か」

 

 正直心配でしょうがない。

 魔法が当たった時に焼く感覚思い出すって相当なトラウマだろ、頑張るとは宣言していたが……

 

「実力的には全く問題ないと思うけど」

「……そんなに?」

「うん。多分相性が……」

 

 アイリスさんが若干遠慮気味に視線を送った。

 既に会場入りしているのは対戦相手のフレデリック・アーサーだ。

 

「順位戦第七位、魔祖十二使徒第七席の弟子──なんだけど」

「うん、まあ……流石にルーナ君を相手にするのは無理だろうね」

 

 なんだなんだ皆揃って。

 

「相性がなぁ……決して弱い訳じゃない。近接相手に対しては無敵に近いだろうね」

「俺が当たってたらヤバかったですか、もしかして」

「……残念だけど負けてると思うよ」

 

 相性ゲーすぎるだろ……

 そんなにルナさんと相性悪いのか。くじ引き反対してた方が良かったんじゃないか? 

 

「あれ、でもアイリスさんの方が順位高いですよね」

「『怖いから戦いたくない』って拒否されたの」

「ああ……わからなくはない」

「ロア君?」

 

 そういう風に言われて即座に首締めに入るあたりがダメなんだ。

 お淑やかに品性を保つというのはとても大切なことだぞ? 

 

「ぐ、ぐぇ……ス、ステルラ」

「多分ロアが悪いんだけど……」

 

 仕方ない、という表情でステルラが救ってくれた。

 ふっ、一人敵を作っても俺にはこれだけ味方がいる。遂に護身が完成してしまったようだな。

 

「常識的に考えて斬り合いを所望してくる女性は恐ろしいのでは?」

「でもロア君は好きでしょ?」

「別に好きじゃないが……特に否定もしませんよ」

 

 人の好き嫌いなんて否定していいことないしな。

 黙って受け入れて、少し甲斐性を見せる程度でいいのだ。毎時間殺し合いとかは無理だからそれは勘弁な。

 

「……まあ、そういう部分はいいんじゃないの」

「素直に惚れたって言ってもいいん」

 

 せめて言い終わってから手を出して欲しい。

 舌噛んだらどうするんだよ、治してくれる人達いるから大丈夫だなくそったれめ。顎を下から掬い上げるようなアッパーでぶっ叩かれたので脳が揺れている。

 

「君、そうなることを望んでるのかな」

「が、ガス抜きは必要だからな……」

 

 手を差し伸べてくれたアルベルトの手を取る。

 

「ほら、入場してきたよ?」

 

 目線を場内へと向ける。

 トコトコ歩いてくるルナさん。その足取りは軽く、特に気負ったものは感じ取れなかった。

 俺たちの存在に気がついたのか、相変わらずの無表情で手を振ってくる。あの人めっちゃ感情豊かなんだが、あの無表情さだけはどうにかならないのだろうか。あれも幼い頃のトラウマの一つなのか? 

 

『よう、随分時間かかったな?』

『レディの支度には時間がかかるんですよ』

『そいつは失礼した。配慮の足りん男ですまないな』

 

 前評判については特に気にしてなさそうだ。

 外野の声を聞くより自分の力を信じた方がいい、そういう時もある。

 

『因みに開戦はいつでもいいらしいが、どうする? いっせーので合わせてもいいぜ』

『それには及びません。────もう、やる気は十分のようですし』

 

 そう告げた刹那、爆炎が場内を埋め尽くした。

 魔力障壁から本当にごく僅かな隙間を残して、それ以外全てを飲み込む(くれない)の爆炎。魔法の操作能力が、異常なまでに高い。この規模の魔法を発動しておきながらそこまで精密な操作ができるのか。

 

『話で少しでも気を逸らし、魔法使用を悟られないようにする。素晴らしい作戦だと思います』

『────……破られちゃあ世話ねぇんだが』

 

 炎が消え、そこに現れたのは無傷のフレデリック・アーサー。

 あの爆炎を凌いだのか。

 

『お前のぶっぱ癖は知ってたからな。あの戦いを見た連中なら誰だって警戒するだろうさ』

『若気の至り、という奴です。当たるぶっぱはぶっぱじゃないと偉い人も言っていました』

『そんなの唱えるの魔祖様くらいじゃねぇのか』

 

 避けられてるんだが、それは気にしない方向性らしい。

 

幻影(ファントム)────使用したタイミングはわかりませんでしたが、違和感には気が付きました。注視しても気がつかない程度の僅かな歪みでしたが』

『おいおい勘弁してくれよ。俺の必殺技だぞ?』

 

 何を話してるのか全くわからない。

 師匠に目を向ければ苦笑とともに解説を始めてくれた。

 

「フレデリック君の二つ名を冠する幻影(ファントム)だが、光魔法を利用した幻覚を見せる魔法だ。この技は『如何に相手の視点を再現できるか』という技術を求められる」

「……つまり、相手から見た自分の姿を完全に理解しないとダメなのか」

 

 かなり難易度が高くないか、それ。

 あー、それは近接戦闘不利だわ。完全に使い熟されたら抵抗する手段がなくなっちまう。俺みたいに高速で動き回れても、初撃を確実に防がれるのは厳しいぞ。

 

「近接殺しすぎるな……」

「その魔法と並列して攻撃魔法等も使えるから、彼は十二使徒門下として評価を受けているのだが…………」

 

 相手が悪すぎる。

 そうとしか言いようがない。

 

『はーあ、自信無くすぜ。メグナカルトみたいな近接型を相手にしたかったんだが』

『運も実力のうち、と言います』

『違いねぇ。────まあ、楽に勝てないだけで……勝てないとは、言ってない』

 

 フレデリックの掌に光が収束していく。

 

『もう掌の上さ』

 

 解き放った光線を、右手をかざして防ごうとして────後ろから衝撃を喰らったのか、大きく前へと吹き飛んでいく。

 

 ……なんだ? 

 

「…………そうか、凄まじいな」

「何が起きたんですか。後ろから吹っ飛んだように見えたが」

「ああ、後ろから(・・・・)攻撃を食らっている。あの光線が直撃したんだ」

 

 …………マジかよ。

 ていうことは、あれか。俺たち観客側も全部含めて幻影を見せられたってことか。

 

「実際そう見せられているのだから、認めざるを得ない。凄まじい技量だよ」

 

 場内へと視線を戻す。

 起き上がったルナさんは気怠げに埃を払い、ゆっくりと周囲を見渡す。

 フレデリックは姿を見せることはない。俺たちにすら認識出来ていないのだから、ルナさんは当然見えていないだろう。

 

『ふむ…………』

 

 再度爆発と見間違うような炎が巻き上がり、場内全てを埋め尽くす。

 全体攻撃で居場所を探るのか、正しい選択だと思う。

 

「初撃を防いだ方法がわかれば攻められるんだろうが……」

 

 難しい。

 フレデリック・アーサーは勝ちに来ている。

 確実に、絶対に勝てるように、どんなに美しくない形であっても勝とうとしているのが伝わってきた。

 

『無駄だ。お前くらいの使い手になれば、当てた感触くらい把握できるだろ?』

『ええ。五つほど(・・・・)

『実態のない影を作れない訳じゃないからな。消耗が激しいから普段はやらないが────その分、通じるぜ』

 

 上手いな……

 能ある鷹は爪隠す。

 飄々とした態度は自身の巧妙な作戦を一切感じさせない為か。

 

『炎を撒き散らすだけだってんなら、俺が終わらせてやるよ。あの野郎(・・・・)に挑むのは俺だ』

 

 並々ならぬ思いを抱いているようだ。

 ルナさんも攻撃に躊躇いを持っている訳では無さそうなので、まだ手札はあると思うが……

 

 と、俺が内心思い始めた時だった。

 

『…………仕方ありませんね』

 

 呟きと共に、揺らめきだす。

 

『切り札か。いいぜ、のらりくらりと────』

『フレデリックさん』

 

 周囲の温度がどんどん上がり、陽炎のように揺らいでいく。

 

『私から言える事は、一つだけ』

 

 ────どうか、上手に避けてください。

 

 チリ、と。

 僅かにルナさんの髪から火が舞ったように見えた。

 いや、というよりアレは──まさか…………

 

 俺の疑問を置き去りに、ルナさんの周囲に可視化できる程の魔力が集まっていく。炎じゃない。純粋な魔力が集まり続け、俺のような凡人にすら見えるほどに高まっている。

 先ほどの魔力球のように形成されている訳じゃないのだ。

 

「……ロア、私が修行中に言っていた事を覚えているかい?」

「なんですかこのいい時に」

「今だからこそだ。座する者(ヴァーテクス)について」

 

 やっぱりそうじゃねぇか!! 

 マジかよ……なんで同じブロックにいるんだ。戦う事確定じゃん、なんでルナさん俺と戦いたいとか言ってたの? いじめか? 

 

二人はいる(・・・・・)って言ってたな」

「ああ。魔祖十二使徒第三席一番弟子、紅月(スカーレット)────ルーナ・ルッサ」

 

 集まり続ける魔力が爆炎と化す、その僅かな刹那。

 俺は見えた。ルナさんの髪が僅かに炎へと変性していく様を。

 

「彼女はもう、至っている」

 

『────紅月(スカーレット)

 

 宣言と共に、無慈悲な紅が視界全てを埋め尽くす。

 自身諸共巻き込むであろうその爆撃(・・)が障壁を容易に打ち破る。それでもなお勢いを止めない炎は、更に内側へと形成された障壁が堰き止めてくれた。

 

 試合の状況は不明だが、これは疑う余地のない決着になるだろう。

 

「────…………格が、違うな……」

 

 新しく改装された坩堝だが、無惨な姿へと変貌を遂げてしまった。

 綺麗に作られた筈のステージは蒸発し底の見えない穴が開いている。天高く貫いた炎の柱は徐々に姿を消していき、やがて雲ひとつない青空が広がった。

 

『あ、フレデリックさんは確保してるので大丈夫です』

 

 ぐったりしているフレデリックを傍にルナさんが現れた。

 かわいそすぎる…………俺、ルナさんと戦う可能性があるってマジ? もう嫌になってきたんだけど。絶対拷問だよこんなの、俺は魔力強化すらできないから多分身体吹き飛ぶぞ? 

 

『……うん。勝者、ルーナ・ルッサ!』

 

 歓声が湧く。

 学生レベルとは思えない魔法を目の前で見た観客たちは皆興奮している。そういう目で見れてないのは俺くらいだ。だってこの後戦うことになるんだぜ。嫌だよ。

 

 勝ちの目が見えない。

 こんな化け物連中と戦えるほど俺は強くないが? 

 

 そんな風にしょぼくれてる俺を尻目に、ルナさんはピース小さく掲げている。

 無表情ではあるが、少しだけ嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 


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