試合で使用された魔法の影響がほぼ消し取られ、漸く試合の準備が整った。
俺としてはアルベルトの戦いに興味はあるが……あまり目にしたくないと思っているのも事実。確実に血みどろの地獄だと思うし。
「どうしたんですかロアくん、そんな微妙な顔をして」
「この後の光景に胸を痛めています」
嫌だなぁ。
アルベルトの魔法が俺の想像する魔法なら本当に嫌。テオドールさんがああいう魔法使った時点で嘘ではないことが確定してしまったので、魔祖本人が直々に許可を出すって確実にダメな魔法だろ。
「エミーリアさん。アルベルトの魔法を知ってますか?」
「あぁ〜、うーん…………うん。知ってるよ」
なんとも言えない表情な当たり察せる。
再生能力が鬼のように高く、物理で殴るがメインウェポン。ルーチェにとっては最悪な相性だな。
「え、なになに。そんなにヤバいの?」
「まあアイリスさんに比べればマシかもしれないです」
「ひどくない!?」
えぇ〜。
だって斬って斬られてが大好きな女性って控えめに言って狂ってるじゃん。
俺は否定しないし拒絶しないが普通の人間は恐怖心を抱いて自ずと離れていくのだ。それに比べてアルベルトは…………あれ? どっちもイカれてないか?
「すみません訂正します、多分同じくらいヤバい」
「は、ははは……感じ方は人それぞれだから、アタシはいいと思うぞ」
「なんの励ましにもなってませんよ」
シクシク崩れ落ちたアイリスさんはさておき、入場してきた女性に目を向ける。
「やっぱりなんか、こう……抽選とは言え因縁を感じるな」
「なんかあるんですか? この二人」
アルベルトは個人情報をあんまり漏らさないので俺はあいつのことを良く知らない。知っていても知らなくてもあんまり変わらないしな。
グラン公爵家の跡取りじゃないし、弱みを握ったところでもな。
「いいや、互いに確執があるとかそういうわけじゃない。シンプルに相性の話だ」
「相性……マリアさんは物理なんですか」
ぐ、ぐっと軽く身体を解している。
確かに歩き方や体幹に関しては他の追随を許さない領域ではある。ルーチェよりも基本がしっかりしているというか、教科書通りというか。
「十二使徒第十席、そして第十一席────二人の十二使徒を師に持つんだ」
第十席は確か回復、第十一席が身体強化。
「だだ被りしてませんか?」
「うん。どっちが有利かって言われればまあマリアだと思うけど……」
けど。
煮え切らないな。
常識的に考えれば十二使徒門下であり順位戦も高順位なマリアさんが勝つと予想できるのだが、魔祖十二使徒の目を持ってしてもアルベルトには
「どう転ぶかな」
見るしかないと判断したあたりで、アルベルトが軽快に入場してくる。
鼻歌が観客席に響き渡っているが全く気にしている様子はない。それどころかとてつもなく楽しそうに笑顔を保っている。いつも通りのアルベルトだな。
『初めまして、マリア・ホール』
『初めまして、アルベルト・A・グラン』
これから戦うにしては随分と軽い雰囲気のまま、二人は挨拶まで始めてしまった。
『名門グラン家の異端児──噂に違わないですね』
『ええっ。そんなに変に見えました?』
『貴方のような人物は腐るほど目にしてきたので』
ぐるり、とマリアさんの魔力が唸りを上げる。
見た目には何も変わっていないが、おそらくあの肉体には既に身体強化が施されている。それも恐ろしく高水準の、規格外の質。
金色の髪を綺麗に後頭部で纏めた気品溢れる姿────そのままを維持し、さらに高負荷を掛け続けている。
『ハハっ、凄いな。そっちこそ噂通りだ』
『で、あるならば──私との相性は理解しているでしょう。素直に諦めてはどうですか?』
『うーん、確かに勝てる見込みは少ないだろうねぇ』
その場に佇んでいるだけで圧迫感を前面に押し出してきているのに対し、アルベルトはいまだに何も構える気配はない。
それでもなお、楽しげに笑いを浮かべたままだ。
『でも。僕のことも知ってるだろう?』
『……勿論。グラン家の生み出した、いいえ────生まれてしまった狂人』
散々な言われようだな。
遠くに見えるテオドールさんに視線を向けるが、その言葉に対して特に気を悪くした様子はない。
『
『酷い話だよねぇ。僕はただ自分に正直に生きているだけなのに』
『社会性に馴染もうとしている所は認めます。ですが、貴方の性根は根底から腐っている』
肩を竦めて茶化そうとするアルベルトを強く睨みつけながら、マリアさんは言う。
『グラン家の皆様には申し訳ありませんが、いい機会です。ここで矯正します』
『やれやれ。
瞬間、マリアさんの姿が消えた。
遅れて飛んでくる音と衝撃から地面を蹴り付けて移動したと言うことは理解できる。だが、しかし──この速度は尋常ではない。
鈍い、何かが弾ける音が感覚を開けずに鳴り響く。
俺にはわかる。この音は人体が弾ける音だ。血液が爆発し、肉が弾け飛んでいる音。
『────流石、容赦ないね』
視線を向ければ血液が飛び散った中心に佇むアルベルト、その胸の中心を貫くマリアさんの姿。
『その
『私の異常性に関しては十分に理解しています。痛みは堪えればいいだけですので』
『ハハっ! 普通の人間が足が吹っ飛んでる痛みに耐えられるかよ!』
お前胸貫かれてるのにめっちゃ楽しそうだな。
このまま放っておけば死ぬと思うんだが、アルベルトのことを知る人たちの表情はげんなりしている。ああ、いつものことなんだこれ。
引き抜かれた腕に油と血肉がこびり付いていて非常に目を逸らしたい気持ちになるが、悲しいことにそこそこ見慣れているのでそのまま直視する。傷口がぐずぐず言い出しているし自己治療自体は開始してるっぽいな。
『たまに勘違いする人がいるんだ。僕みたいな奴は誰かれ構わずターゲットにする犯罪者予備軍だって』
ポケットに手を突っ込んだままアルベルトは楽しげに語る。
口から零れ落ちる血液もお構いなし、正気の沙汰ではないのだが……寧ろ恍惚とした表情。あ、あ〜〜……そう言うパターンね。最悪だよ。
『酷いよねぇ。どうせ相手にするんなら、人を傷つけたくないけど力を持ってしまった可愛い女の子に傷つけてほしい。人を傷つける感触をじっくりと味わいながら苦痛に顔を歪める表情とか良くない?』
『理解し難いですね。ただただ趣味が悪い、それに尽きる』
『価値観は人それぞれさ! ただ僕にとってはそう感じてしまうだけ、そしてそれを悪いことだと認識する理性もある』
空いた胸の穴に手を当てて、鼓動を感じるかのようにゆっくりと呼吸をする。次の瞬間には修復された胸。
制服が破け、ただそこにはアルベルトの肌が映るだけだ。
『でもまあ、たまには────異常者同士の殺し合いも悪くない!』
喜色を浮かべながら拳を振るう。
マリアさんの一撃に比べれば随分と遅い攻撃。
目で捕らえられない一撃と、目で追うことのできる一撃。雲泥の差があると言ってもいいだろう。
余裕たっぷりに回避し、そのまま鋭い蹴りを顔面に放つマリアさん。
顔に直撃を喰らいアルベルトの口が裂ける。
しかし一向に笑みを抑えることもなく、笑ったまま足を掴んだ。
『踏み込む度に壊れてる足、大丈夫なの?』
『慣れてますので』
掴まれたまま身を蹴り上げ、かかと落しを無理やり叩き込む。
近接戦闘におけるセンスが桁外れだな。戦闘経験も豊富そうだし、この人……ただの門下じゃない。これは実戦を知っている戦い方だ。
より具体的に述べるならば、かつての戦争における泥沼の格闘戦。
『師は言いました。私の身体は私の魔法に耐えられるほど丈夫ではないと』
衝撃で無理やり距離をとり、再度加速の構えをとる。
『ならば簡単な話。耐えられないならば、何度でも
『それができたら苦労しないさ。やっぱりイカれてるよ、君も』
ゆえに、
第十席の名を継いでおきながら、わずかな侮蔑が含まれた二つ名。
『僕もね、兄上の体裁がある以上それなりにまともには過ごしてるんだ。実家に迷惑をかけたいわけじゃないしね』
その価値観はあるんだな。
結構ナチュラルカスだけどそこらへんには気を配っているようだ。本当か?
『でも、ま…………こう言う時くらいはさ』
『羽目を外しても、いいだろ?』
ペロ、と手についた血を舐める。
一々気持ち悪い動作をしているが、マリアさんは顔を顰める事もなく相対している。
────しかし。
何かに違和感を抱いたのか、僅かに眉を顰めながら後ろへと跳んだ。
頬を触りながら、ゆっくりと正面を向く。
『…………なるほど。これが例の魔法ですか』
『まだ仕掛けられてないと思ったかい? 残念、最初から仕込んでるんだ!』
本当に楽しそうに言うあたり嗜虐性が出てきている。
テオドールさんの顔は……特になんとも思ってなさそうだが、口元が釣り上がってる辺り楽しんでないか? あれ。
『僕の魔法はね。かつての大戦で生み出された魔法をちょっと弄っただけのアレンジ品。けどまあ、やっぱり戦争で実際に使われてた魔法ってのは役に立つよ────こんな風にね』
突如として自身の親指を噛み千切る。
次の瞬間にはゆっくりと自己再生を繰り返しているが──相対するマリアさんの様子が少しおかしい。
アルベルトが噛み千切ったのは右手の親指、対してマリアさんも右手の親指を押さえている。
『結構悪趣味だろ? これはね、対象の魔力を体内に取り込む事で発動出来るんだ。勿論一人しか対象に選べないから使い勝手は悪いけど』
続けて人差し指、中指、薬指小指の順番で一本ずつ折っていく。
折るたびにアルベルトが楽しそうな表情で喘ぎかけるのが気持ち悪くてしょうがないんだが……ちょっと声漏れてるんだよな。とても気持ち悪い。
『対象に自身のダメージと感覚を強制的に植え付ける。あ、死は伝達しないから安心して欲しいな! そこは魔祖様に弄られてるから』
『…………悪趣味な』
『悪趣味とは酷いなぁ! しょうがないじゃないか、だって──生まれた時からそうなんだから!』
先ほどと同じく喜色を浮かべながら、狂気を孕んだ表情で大仰に語る。
『痛いのも苦しいのも大好きなんだ! 殴り殴られ蹴り蹴られ嬲り嬲られ、あの感覚が堪らない!』
『生と死の狭間が僕にとっては住処みたいなもんなんだ。生きていると実感する、死にそうだと実感するあの瞬間! あの虚無感と多幸感は他ではもう味わえないんだよ!』
血を撒き散らしながら生えてきた指を動かして、アルベルトは高らかに謳った。
『君なら満たしてくれるだろう!? 壊天、マリア・ホール!』
完全に曝け出した本性。
それに臆することも動揺することもなく、構え直して強く睨み付ける。
『……やはり、危険な人だ』
『社会性は認識してるよ。その上で僕は言っているんだ────きっと満たしてくれるって』
『過度な期待は止めて欲しいです』
『あはは、過度なんかじゃないよ。美麗で強くて繊細で、それでいて豪胆な女性。期待通りにしてくれるって信じてるのさ』
マリアさんの全身から音が鳴る。
骨が軋む音だ。普通人体からは奏でられない、通常ならば耐えることのできない身体強化を自己修復の重ねがけで無理やり維持している。
『────覚悟してください。
『そっちこそ! 僕なりに楽しませてもらうよ、女神様』