【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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幕間 休日

『なあ。お前、奥さんってどうするんだ?』

 

 唐突に投げかけられた言葉。

 なんだなんだと一瞬慌てたが、特有の感覚に気が付いたので胸を撫で下ろす。これは夢、それもかつての英雄の見た記憶──要するに追体験だ。

 

『どうって……何も?』

『……お前な。あれだけアプローチ来てるんだから誰も選ばない、なんて事はないだろ』

 

 呆れるようなエミーリアさんの声。

 時系列的にはアレだな。戦争が終結して各々の陣営に戻り、平穏を取り戻すための復興作業へと移行し始めている時期。

 

 だから今は故郷に帰っている最中だ。

 

 英雄の視点で事が進むから初めの頃は少し戸惑ったが今となっては慣れたもの。

 

『不誠実だとは思うさ。でも僕には勿体なくてね』

『ま、貴族だのなんだの沢山居たからなぁ…………良い機会じゃないか。あの子の事はどうするんだよ』

『エイリアス、かい?』

 

 ここで師匠の名前が出てくるとは。

 この時点であの人は魔祖の元に弟子入りしてた筈だから、完全にバレバレだったんだな? 

 

 腕を組んで頷きながらエミーリアさんは続ける。

 

『恋と憧れは違う、なんて昔は言って断ってたが────正直もう言い逃れできないだろ』

『…………否定はしない。彼女の好意は認識してるよ』

 

 英雄の事が好きだったのは知られてたのか……

 そりゃまあ引き摺るよな。いや、俺への態度の時点で完全に理解してたけど。

 

『応えてやれよ。それがどんな形であれ、さ』

『……………………そう、だね』

 

 ────ん。

 ん〜〜…………今少しモヤッとしたな。

 たまに強い感情を抱いたときに俺自身にも伝播するときがあるんだが、今は珍しく不快感が伝わってきた。訓練時代とか、親友にボコられてる時とかはめっちゃ伝わってきたんだけど……二人きりで話してるときに来るのか。

 

 どういう感情なんだ。

 

 パチパチと焚火が音を立てる。

 結婚とかそういう概念に対しての忌避感だろうか。英雄になると志して人生を棒に振って、一人の人間としての幸福は捨て去った。そう解釈してるのか? 

 

 こういう時に読み取れないからこそ、俺はかつての英雄ではないと断言できる。

 本人じゃないんだから気持ちとか完璧に理解できる訳ないじゃん。俺にできるのは英雄のことを知り、その軌跡をなぞり、偉大すぎる功績を利用することだけ。なんともちっぽけな男だ。

 

『…………好きな人、か……』

 

 心が痛い。

 俺がここまで明確に感じ取るって事は、相当重たい感情だぞ。

 えぇえぇぇえ、もしかして失恋したとか。でも別に故郷の村を焼き払われたとか暗いニュースはなかったし、そもそも幼少期を拷問に漬け込んでいた所為で異性との出会いが異常なまでに薄い。

 

 だって、旅に出て初めに出会った女性って────……ムムッ。

 

 あれ、これ、もしかして…………そういうことか? 

 

『…………実は、男が好きだったりするのか? いや、もしそうならすまん。アタシが浅慮だった』

『違うよ。全く…………』

 

 あ、あぁ〜〜〜〜〜! 

 うわ、うわわ…………そういうことか。

 これマズいな。あんまりこの場面を見ないほうがいいかもしれん。

 

 滅茶苦茶感情伝わってくる。

 

『でも、そうだな。いつかは決めないといけない』

『気になる奴でもいるのか。アタシには言えないのかよ〜』

 

 言える訳ないだろ! 

 これ、うわ〜〜〜…………知りたかったけど知りたくなかったよ、マジで。

 かつての英雄の思い人って……ウゲ……エミーリアさんはさぁ……………………

 

『…………うん、秘密。僕の気持ちの整理が終わったら、改めて言おうかな』

『…………そっか。ま、なんだ。どんな形であれアタシは応援してるぞ』

 

 応援してる、ね。

 

 …………だから、最期の最期で……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きた」

「おはようございます」

 

 ……………………最悪だ。

 

 知らなくていいことを知ってしまった。

 夢見が悪いとか言う次元じゃない。悪夢に近いだろ、こんなの。

 

 あの後エミーリアさんとも別れて故郷に戻り、実家の整理とか色々身の回りのことを片付けてたら親友が遊びにきて……あの最期に至る。

 

「…………どうしたの?」

「なんでもない。いい夢を見れなかったから落胆してるだけだ」

 

 なぜか俺の部屋に普通に居るステルラとルナさんはさておき、誰か料理してるなこれ。

 流石に匂いで断定できるほど異性の香りを嗅ぎ回る変態ではないので仕方なく確かめに行く。少し気怠い身体を起こし、もう昼頃だろう陽の光を浴びながら。

 

「賭けに勝ったルーチェさんがご飯を作っています」

「何してるんですか? 本当に」

「『ドキドキ☆ロア君の胃袋を掴む作戦』の実行権を得る賭け事です。ロア君について私が独断と偏見に塗れた知識で作ったクイズで優勝した人に与えられます」

「わざわざそんなことをしなくてもアイツの飯は食い慣れてるが」

「…………おのれルーチェさん。小癪な手を使いますね」

 

 昼飯は大体アイツの手作りだぞ。

 読んでいた本を閉じて怒りを露わにする(無表情のまま)ルナさんは台所へと駆け抜けていった。ポテポテ歩いてるので躍動感は一ミリもない。

 

 ていうか俺のクイズってなんだよ。

 どういう出題傾向だったんだ、そしてなんでステルラが負けてんだよ。コイツあんまり俺に興味ないのか? もしかして。あ、これダメな方向に思考が偏るな。やめておこう。

 

「師匠は?」

「学園長に呼び出された〜って飛んでったよ」

 

 ふーん。

 

 トーナメント一回戦が完全に終わり、二日のインターバルを挟んでから準々決勝を行う段取りになった。

 当初の予定だと続投だったが流石に疲労が溜まる上に想定より精神的に辛い戦いが行われてることもあり、教師側から生徒たちへのケアも含めて必要だと判断されたのだ。

 

 俺としては休めるから都合がいい。

 

「右手になんかちょちょいってやってたけど」

「ん…………ああ、あれか」

 

 約束の奴だな。

 右手に俺の魔力を掻き集める、ただそれだけのモノ。魔法と呼ぶのも烏滸がましいレベルだが、師匠は快く返事をしてくれた。

 

 後は俺がどれだけ弄れるか。

 

「ステルラ。お前俺の魔力感知できるか?」

「無理」

 

 バッテンを腕で形作る程度には無理なんだな。

 わかった。わかってても結構心にくるモノがある。

 で、でもそのおかげで色々伏兵として仕込めるから俺には好都合だね。ルナさん並みの魔力があったら俺が無双できるのにな〜! あーあ! 

 

 自虐はそこまでにして、試しに起動する。

 

 …………じんわりと右手に集まっていく感覚はある。

 若干のタイムラグがあるな。総量がゴミカスなのに全身に行き渡るようになってるから余計感知不可能なのか。何かを形作るのも無理なほど小さな光だが、魔力が掌に浮かび上がる。

 

月光(ムーンライト)だっけか」

 

 魔力球を混ぜ合わせ、その球から光線を出したり軌跡を刻んだり様々な応用の利く魔法。

 参考にするべきはそれかもしれない。天才が作り上げた魔法を俺如きが解析できるとは微塵も思っていないが、イメージを形作るだけなら自由だ。魔力を剣にしたりするのは諦めて、破壊の効果を付与する。

 

 それが限界だな。

 

「ザ・初心者だ。自分が情けないぜ」

「十年近く剣だけを磨いてたならしょうがない気もするけど……」

「お前は自分の身体が成長してない理由を他人に語られても許せるのか?」

 

 成長してるもん、なんて慟哭と共に飛んできた紫の稲妻が俺の身体を貫いた。

 俺の魔法自虐は俺がするから許せるのであって、他人にされるとそれはそれでムカつくのだ。同情していいのも慰めていいのも憤っていいのも俺だけなんだよ。プスプス焦げ臭い匂いが部屋中に充満してしまった。

 

「べ……別にお前の身体が成長してないなんて言ってない。女性らしい膨らみはあるし、男の俺に比べて柔らかいのは事実だ」

「…………なんか嬉しくない」

「それと同じだ。お前のことを許せるのはお前だけで、俺のことを許せるのは俺だけ。ただそれだけなんだ」

「そうかなぁ…………?」

 

 よし、うまく誤魔化せたな。

 

『ルーチェさん。よくも私のことを騙しましたね』

『なんのことかしら。皆目見当もつかないわ』

 

 それよりも何故か勃発した女同士の戦いを眺めるべきだろう。

 こういう時“下手“な奴は自分から間に入って収めようとするが、それは不正解だ。火種が火の中に飛び込んでもなんの意味もないだろう? 

 

 この場合はな────裏で静観して後でイジるのが正解なんだよ。

 

「という訳だステルラ。盗み聞きするぞ」

「いっそ清々しいね……」

 

 二人揃ってひっそりと息を潜めつつ、リビングへと移動する。

 

『企画倒れじゃあないですか。折角私が夜しか眠れなくなるくらい精神を擦り減らして問題を作り上げたと言うのに』

『健康体だし、そもそもなんでこの企画を思いついたのか知りたいわね』

『そんなのお二人がロア君をどう思ってるのか把握して後で密告するためですが』

 

 ルーチェがルナさんの顔を掴んだ。

 ルナさんがルーチェの顔を掴んだ。

 

 頬を引っ張り合う泥沼の戦いが唐突に展開された。

 これ間違いなくルナさんが悪いんだけど、ルーチェを煽るためなら正しいとか間違いとかそんなのはどうでもいいんだ。いまこの状況を利用する手段を俺のあまりにも完璧すぎる頭脳をフル稼働して導き出した。

 

「何やってんだあいつら…………」

 

 なんの躊躇いもなく互いの顔を掴んだあたりがアホすぎる。

 結論としては俺が手を加えるまでもなく醜態を晒してくれるだろうと至ったが、次の瞬間にはやり合い始めるのは予想外である。

 

「で、お前は俺のことどう思ってるんだ」

「ウ゛ェ゛!?」

「どこから声出てんだよ」

 

 ステルラがボケみたいな声を出した所為でプロレスが終わってしまった。

 残念だな、このままいけば体格差の関係でルナさんがボコボコにされる場面が見れたと言うのに。

 

「はぁ、はぁ…………きょ、今日はここまでにしておいてあげましょう」

「あら残念。私は延長戦でも構わないわよ」

 

 煽りよる。

 ルナさんは成長が止まってる感あるので、多分座する者(ヴァーテクス)になった影響だろうな。ステルラはもう少し育ってからならないか? もうなってる可能性もあるから安心できねぇや。

 

「ふっ……どいつもこいつも師匠以下。やはり駄目だな」

「ステルラ、ルナさん。休戦してコイツをボコるわよ」

「合点承知です」

 

 おい待て。

 三対一は卑怯だろうが。

 ステルラが羽交い締めしてきて無駄に感触が伝わってくる。

 

「それ以上俺に近づいてみろ。あることないこと言いまくるぜ」

「言えば言うほど死期が近づくだけよ」

「ヒェッ…………」

 

 なんて冷徹な瞳なんだ……

 あれは人をなんとも思ってない。処刑を繰り返し過ぎて精神を病んだ処刑人。

 

「ステルラ! お前しか頼れないんだ。頼む」

「う゛っ」

 

 チョロいぜ。

 

 振り返って(首が変な音を出した)耳元で囁けば俺の勝ち。

 目は死んでるし覇気はないとか散々言われる俺ではあるが、普段出さない声をうまいこと利用すればギャップを発生させられることは理解している。特にステルラに頼ることはあまりないからな、こう言う場面で役に立つ。

 

「これで二対二。諦めろルーチェ」

「どっちかと言うとダウンしてるように見えますが」

 

 ステルラは俺の横で崩れ落ちている。

 役に立たねぇなコイツ。

 

「ルナさん! 俺の方についておけば後でサービスしてあげますよ」

「申し訳ありません、ルーチェさん。こればかりは譲れないので」

 

 最初からこれが狙いだったのか、この女。

 相変わらずの無表情ではあるが少し嬉しそうである。策略がうまく行ったとか思ってそうだな。

 

「孤軍奮闘もいいが、ここは素直に従ったほうがいい。お前はもう包囲されている」

「包囲されているー」

 

 気の抜ける声だ。

 あの、拳に氷が発生してるように見えるのは俺だけですかね。

 なんか殴る気満々なのは気のせいか? 

 

「…………全員まとめて、ぶっ飛ばしてあげる。まずはアンタからよ」

「落ち着けルーチェ。お前はいま調理中だろう」

「……………………あ゛っ!?」

 

 先ほどからカタカタ鍋の蓋が音を立てているので、これは少々まずいのではないだろうか。

 

 一瞬で台所へと戻ったルーチェは一言呻いた後にその場で動かなくなってしまった。

 

「………………焦げ、た……」

 

 別に焦げた程度じゃ気にしないが……

 生きてる虫を食べてた男が今更文明の発展した料理を否定する訳ないだろ。

 

 と、以前料理失敗した師匠に言ったら『私の気持ちが納得しない!』ってめちゃくちゃ激しく抵抗されたので今回は別の手段を取るとしよう。

 

 鍋の中身を確認して、そのまま味見をする。

 熱いけど俺の(良い意味で)死んだ舌なら問題ない。ほんのり焦げ臭さは香ってくるがその程度。

 

「美味いな」

「…………………………食べなくて良い。私が全部食べるから」

「それは残念だ。折角だから俺にも分けて欲しいんだが、ルーチェは俺のことが嫌い(・・)だから食べさせたくないらしい」

「そんな訳っ…………あー、もう」

 

 半分くらい俺の責任もあるからな。

 強制的にでも全員に食わせるさ。当たり前だろ。

 

「寝起きで腹が減った」

「…………わかった、わかったわよ」

 

 ため息を吐きながら俺の手から器具を取ってそのまま火を入れ直す。

 

「でも、最低限整えさせて。じゃないと納得できないから」

「俺はお前の作る飯なら何でも良い。それくらい気に入ってる」

「…………………………バカ舌」

 

 かわいい奴だ。

 

 口元が緩んでいるのを隠せてないぞ。

 だが、ここで指摘するのは無粋の極み。俺は気配りと気遣いのできる男、ヒモとして生きていく上でなくてはならない大切な要素だ。

 

「──とか思ってますよ、この男」

「おい。余計なことを言うんじゃないよ」

「うええぇぇ〜〜」

 

 頬をぐにぐに引っ張りながら黙らせる。

 

 今日は一日中ぐうたらさせてもらうか。

 最近ずっと張り詰めてたしな。息抜きしないとコンディションの維持も難しい。

 

「ルーチェ。俺の分は肉多くしてくれ」

「野菜も食べなさいよね」

 

 お前は母親か? 

 俺も料理は出来るが、そこそこの出来でしか作れない。家庭的な料理というより野生のサバイバル食になりがちな故、誰かに作ってもらうご飯というものを強く切望しているのだ。師匠の料理も別に悪くはないのだが……こう、ね。

 

「後ステルラの肉も多めで」

「ちょっとちょっと。私のお肉がなくなるじゃあないですか」

「良いでしょもう成長しないし」

 

 俺の身体は雷には強いのだが炎に慣れてない。

 半袖を着ていたからよかったものの、右腕が半分も一気に炭化したら恐ろしいだろ? 

 

「私にも堪忍袋という概念が存在しています。ロア君はいまその袋に穴を空けました」

「まあ小さいでしょうね……(ルナさんに視線を向けながら)」

 

 追撃の炎は左手を焼き払った。

 やれやれ、これで俺は腕が使えない人間に変身してしまったな。もう神経丸ごと消えたから幻痛しか感じないからほぼ無傷みたいなもんだよ。

 

「ステルラ、頼む」

「…………抑えるとかそういう概念はないんだね」

「俺が我慢する訳ないだろ」

 

 ジュクジュク音を立てて肌の色を取り戻していく。相変わらず不快な感覚ではあるがもう慣れ切ってしまった。

 

 最悪だよ。

 

 この後、調整にわずかに時間をかけてから四人で食卓を囲んだ。

 どうやら俺を引き連れて街に買い物に行きたかったらしい。なのに俺が爆睡(英雄の記憶を閲覧)してるので起こせず、仕方なく食材だけ買って戻ってきたそうだ。俺のプライバシーはだいぶ失われてるな。

 

 服をプレゼントすると言われたので夜まで遊び歩いた。

 ルナさんが変なパジャマのペアルックを押し付けてきたことは一生根に持つことにする。何だよこの着ぐるみ。

 

 確実に俺が着ていい類の服じゃ無いだろ。

 

 

 





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