黒に染まった視界を紫の光が切り裂いていく。
振るう腕が僅かに軋む。肉体的な補助は一切つけていないため全属性複合魔法の発生させた物理的な圧力が俺を蝕んでいる。
光芒一閃に影響は無い。
握る俺の指が少しずつ、ほんの少しずつ削れていく。
じわじわと肉が消滅して行く不快感を噛み締めて、更にもう一踏ん張り畳みかける。
あ〜〜〜〜〜〜〜〜、クソが。死ぬほど痛ぇ。神経が剥き出しになってるし指先の感覚が消えてくしなのに幻痛は残り続けるし、欠損は本当に嫌いだ。
「────これで、どうだッ!!」
光芒一閃を振り切って視界がクリアになる。
残光が僅かに漂うがそれも束の間、驚愕といった表情を隠せないソフィアさんの姿を捉えた。
「…………剣一本で、切り抜けるか……!」
「俺にはこれしかないので、ねっ!」
隙は与えない。
だが、紫電迅雷はまだ使うべきではない。
あれは相手が消耗して、正真正銘渾身の一撃を叩き合う時に使うのだ。ただでさえ手数でも威力でも負けているのだから先にジョーカーを切るわけにはいかない。
一歩踏み込み、大きく加速する。
動揺は見られない。
驚きはしたが想定の範囲内だったという事か。
もっと慢心して欲しいね、俺としては。
強敵相手に一撃叩き込むには油断につけ込むのが一番手っ取り早いし、何より楽なんだよ。それなのに俺の対戦相手は誰一人として油断しないし諦めもしない。
「行け!」
高速で飛来する魔力球。
そう使うのか! 魔法を出すための単純な装置ではなく、自立、もしくは手動で動かすことの出来る飛び道具。
正面に飛んできたのを一つ避けて、避けきれない球二つを叩き斬る。
──瞬間、視界が閃光に包まれた。
まずい、と思った時には遅かった。
至近距離で爆発をまともに受けてしまった──が、この程度の損傷なら問題ない。
顔を腕で覆って爆炎の影響を回避する。
僅かな耳鳴りと歪んだ視界が生身に対する影響力を如実に表している。それに加えて庇った腕も当然無傷とはいかず、制服は焼け落ちて皮膚は赤黒く変色した。
あ〜あ、最悪だよ本当にさ。
「ノーダメージ、という訳にはいかんだろう?」
「このくらいならダメージにはなりませんよ。痛いから不愉快ですけど」
魔力球そのものに、破壊された際に爆発するように仕込んである。
厄介極まりないぜ。放置していれば魔法を独立して放ってくる可能性があるし、そもそも俺に突撃してきて周辺で爆発されたら堪ったもんじゃない。
指先が欠けてるが……まあ、この程度ならば放置して問題なし。
腕が消滅したとかそういう風になったら流石にキツいからな。そうならないように鍛錬は積んで来たし、機動力が下がれば致命的なまでに戦闘能力が低下するので気を割いている。最悪腕の一本程度くれてやるさ。
それで勝ちが拾えるのなら。
そんな俺の思考はさておき、ソフィアさんの周囲には未だ魔力球が健在である。
これは非常によろしくない。これまでの相手の攻撃は光芒一閃で破壊すれば無効化できて、なおかつ俺自身のレンジに持ち込むことが可能であったから勝利をもぎ取れた。
しかし……究極的に相性が悪い。
「近接殺しすぎるだろ」
「君に近づかれては勝ち目がなくなるからな。そうならないように徹底的にやらせてもらう」
過大評価キッツ〜〜〜〜!
近づかなきゃ勝ち目がないのにその可能性すら叩き潰されたらもう俺ボコられるだけじゃねぇか。思わずげんなりした表情を見せてしまったが、それでもソフィアさんの警戒が弱まることはない。
人気者は辛いぜ、やれやれ。
そんな風に戯ける余裕もないが……
涙がでそうだ。
魔力の保存量はまだ問題ない。
光芒一閃を十分に使えるのはおよそ五分、紫電迅雷を使用できるのは一分と言ったところか。
なかなか厳しいラインではあるが────こちらが追い詰められている側である。出し惜しみは不可能で、俺は死力を尽くすほかない。
思考をクリアして一度だけ深呼吸する。
落ち着け。
冷静に行こう。
決め手に欠けるとか、火力が足りないとか、そんなのは気にするな。
勝つ。
絶対に勝ち上がる。
俺が胸に抱く感情はそれだけでいい。
「────行きます」
紫電迅雷を起動する。
一瞬で身体中を駆け巡る紫の雷の痛みに歯を食いしばりながら、踏みしめる。
魔力球を無効化する方法は一つ。
────爆発するより早く動けばいい。
それができないから苦労しているのが前までの俺で、それが出来ても制御出来ないから苦労してるのが今の俺である。
かつての英雄は勿論自力で高速移動できる。ズルじゃん。
内臓が傷付き喉の奥から血の塊が込み上げてくる。
下手すれば呼吸困難にでも陥ってしまいそうだが、幸か不幸かこの処理にも慣れてしまった。飲み込んで胃の中が真っ赤に染まったのを想像しつつ全力で足を進めた。
僅かに、ほんの僅かにだが、視界に紫が混ざる。
これでいい。
俺自身では逆立ちしたって絞り出せない限界ギリギリのラインを攻めろ。
「紫電迅雷……!」
これは俺が定めた技名だ。
紫電靡かす且つての英雄、その一閃は龍をも切り裂く────公式に記された記録であり英雄譚に遺された伝説。魔法で造られた巨大な龍を切り裂いたあの一撃に俺はようやく手を届かせられる領域に辿り着いた。
それでも尚追いつくことのない影。
踏むことすら出来ない、永劫とも呼べる距離を走り続けるこの道。
踏み込んだ右足が悲鳴を上げる。
初速を出すための一歩目でコレだ。
身体強化の恩恵というより、この魔法は
その優しさは受け取れない。
俺の身を案じてくれているのはわかるし、俺だって自分の身体は大事だ。無理やり壊したいとは思って何かないさ。
それでも────どうしても、成し遂げなければならない事がある。
なんの証明にもならない気晴らしの決意を胸に抱いて
視界は追いつかないが、必死こいて鍛錬した成果もあって身体の動かし方が何となく把握できるようになった。焼け石に水程度だがないよりマシ、自分の成長は日々糧にしてしまおう。
いつも通りの感覚に頼って剣を振るうが────硬い感触が伝わってくる。
斬れてない。明確に知覚できたのはその事実のみ、構うことなく追撃を入れる為に浮いたまま剣戟を繰り返す。
────しかし。
「それはもう
左目から血を流しながら素手で受け止めるソフィアさん。
光芒一閃は特徴の無い、ただ純粋に魔力を裂き切れ味の鋭いだけの剣。外部に散々その情報は漏らしてきたから対策される事自体に疑問は無いが────……ぶっつけ本番で試してくるとは思わなかった。
両手に魔力を異常なほどに高めた膜を纏って、近接戦闘を仕掛けてくる。
「お前のそれは、魔法に対して絶対的な効果を持つ! 全属性複合魔法ですら呆気なく切り裂かれた事でこれは確信に変わった、ゆえに今────仮定を実証している! 純粋な魔力に対しての効果を!」
「近接もいけんのかよ……!」
ルーチェ程では無いが、十分に実践的な格闘術。
魔法が出来る人間は物理的にも戦えないと駄目というルールでも存在するのか? もう少しこう、両極端な感じにしようぜ。じゃなきゃ俺が不利だ。
無論俺は紫電迅雷を使用したままなので身体中が軋んでいる。
そろそろそこら中から血液があふれ出してもおかしくない程度には損傷が激しくなり始めた。視界が赤く染まって来てる感じ目が一番最初にやられ始めてるな。
ソフィアさんの血涙は魔力を集中させ過ぎた代償だろう。
両手に圧縮した異常なまでに高い魔力、そして紫電迅雷を正確に見抜く身体強化。それだけ並行して魔力制御を行っていれば消耗するに決まっている。俺の選択は間違っていなかったようだな、ただ一つ────俺も死ぬほど消耗しているという点を除いて。
数度の打ち合いでソフィアさんの技量は大体把握した。
教科書のようなスタイルだ。正確に、どこまでも基本に沿ったやり方。相手の隙に攻撃を入れるカウンタータイプ。
交戦経験はそこまで豊富では無いと読んで、とにかくかき乱す方向にシフトする。
先程の踏み込みと比べても遜色ない膂力で、超高速で壁に跳ね飛ぶ。
壁に歪みが発生し俺の足にも急激な負荷がかかるが、それを押してでも今を勝負の時と定めた。
相手は消耗が激しく通常ならばとてもではないが切れない魔力を湯水のように使い果たしている。両手に圧縮した魔力量は俺ですら感知できるほどなのだから
俺の紫電迅雷が切れるのは恐らくあと三十秒程度。
ならば、速攻で片を付ける!
壁を蹴り反対側の壁に着地、勢いを殺さないように身体を最大限に痛めつけながら更にもう一度跳躍する。正面から向かってくる俺に対応は出来ても、紫電の残光が残った状態ならば見分けるのは困難だろう。
俺もソフィアさんの様子は伺えないがそこは仕方ない。
上へ上へ、徐々に速度と勢いを増しながら魔力障壁を駆けあがる。
まだ足りない。まだかつての英雄には届かない。あの完成度に至るためには、もっともっと時間を要する。
「────……ここから、なら……!」
全身を蝕む激痛に呻きたくなるがそれをぐっと飲み込んで、遥か下へと目を向ける。
未完成な俺と、師匠の力で足りないのならば。
それに何かを付け加えればいい。
高高度からの突撃────防げるものならば!
「防いで、見せろッッ!!」
両手を合わせ、前へと突き出す形で俺を真っ直ぐ見抜くソフィアさん。
この遠距離からですら知覚できる程に高まった魔力が両手にかき集められている。
……上等だ。
雌雄を決しようじゃないか。
刹那、駆け出す。
走るというより最早墜ちると表現したほうが良い程の速度で真っ逆さま。
まさに紫電、いいや──稲妻とでも表現しておこうか。名付けるのならば、雷槌紫電とでも呼ぼう。
正面から叩きつけられる膨大な魔力の壁。
どうやらソフィアさんが選択したのは純粋な魔力による防御らしい。大正解だし、再度全属性複合魔法を放たれてもどうとでも出来る自信があった。超高濃度の魔力に対する効果がどれほどのものなのか俺は理解できてないが……師匠の力だ。
それを貶める訳にはいかない。
数秒拮抗した後に、魔力壁に罅が入る。
認識したのだろう、急激に絞り出された魔力が追加され更に強固になるが────イケる。
最後の一押し。右腕に独自に刻まれた祝福が輝きを増し、焼き尽くされた皮膚に紋章のように線を描いて行く。
右腕限定の
俺自身の魔力ではない。あくまで祝福に遺された僅かな量だが──俺が人生で初めて見た魔法。ステルラ・エールライトという天才が発動出来てしまった魔法だ。入学して以来一歩ずつ教本通りに進めて来た魔法が、今ようやく発動出来た。
初めての魔法発動が他人の魔力ってのも、俺らしくていいだろう。
鈍い魔力の輝きを突き破って、視線を交える。
打ち破られたというのに清々しい表情をしている。勢いを保ったまま肩口から腰あたりまで浅く斬り、致命傷にならない程度の傷で抑える。
婚約者がいる立場の人を傷物に出来る筈もない。このくらいならば傷跡一つ残らず治療できるだろう。
「…………手加減までされては、何も言えないな」
静かに肩口を抑えながら呟くソフィアさん。
魔力のほぼ全てを魔力壁につぎ込んでいたのだろう。
先程まで感じられたあり得ないくらいの魔力が無くなっている。貫けたのは確実に師匠に新たに付与して貰った祝福のお陰であり、また一つあの人に感謝しなければならない項目が増えた。
残心を解き、相対するように立ち上がる。
右腕の光は既に消え、恐らく本当にギリギリの魔力量だったのだろう。光芒一閃も姿を消して、俺は右手に虚空を掴むのみとなった。
「侮辱されていると感じたならそれは謝ります。俺は紳士なんでね、女性に手はあげない主義なんだ」
「自分の女には手を出すのに、か?」
「誰が自分の女だ。そんな思い上がりでもないですよ」
単にそういうマナーだと認識しているだけである。
いや、アクラシアさんもルーチェも斬らなきゃ止まらないから斬ってるだけなので。ソフィアさんはそこら辺熱くなっていても決着を理解してると踏んだからこれで終わりと定め、その意を汲んでくれただけ。
「それに、一つ勘違いをしていますね」
「……勘違い?」
怪訝な表情で俺を見る。
そもそもの話、だ。俺がこれまでスパスパ斬って来たから間違って認識してるのだろうが……
「俺は人を斬るのが嫌いだし、戦うのも傷つくのも傷つけるのも嫌いだ」
かつての英雄の記憶と俺の培ってきた経験。
師匠は死なないから安心して斬れるのだが、それでも不快感が俺の手を離れる事はない。相手を死に追いやるという行動の大きさは十二分に理解させられているのだ。
勝つためならば斬る。
殺すという明確な意思を持って剣を振るう事は無い。
「これは俺のくだらない拘り。否定するのもされるのも構わないし、好きに言ってくれて構わない」
だが、撤回するつもりはない。
人の技を借りてるんだ。貸してくれた人たちの意志を少しでも継ぐのは間違いにはならないだろう。
「…………“英雄”、か」
小さく呟いたその言葉。
「なぜ君がそう名付けられたのか。かつての英雄を知る由もない我々が計り知れるものではないが…………」
「納得しちゃだめですよ。俺は納得してないんだから」
最後まで言葉を紡がせる事は無く、俺の勝ちでこの試合は幕を閉じた。
戦闘時特有の興奮が過ぎ去ってしまえば残るのは怪我による激痛である。正直立ってるのも辛い位全身ボロッボロなのだが、気合で歩き出す。
あ゛~~~、痛いなぁマジで。
見た目はソフィアさんの方が重傷に見えるけど多分俺の方が重傷。
内出血とか永遠に繰り返してるし筋肉は千切れまくってる。見栄を張って通路まで歩いたが、いくら強固でプラチナ級の硬さを誇る俺のメンタルを以てしても耐えがたい苦痛となって襲い掛かって来た。
「やれやれ。そんな事だろうと思ったよ」
「師匠…………なぜここに」
「見栄っ張りの少年ならこうすると理解してるのさ」
悔しい事に言い返せない。
まあ師匠の年齢を鑑みれば俺はガキもいい所だ。百歳超えてる樹木みたいな人と一緒にされても困る。
「今、失礼な事を考えなかったか?」
「師匠は何時までも美しいと心の底から褒めていた所です」
「ロアは何時まで経っても変わらないね」
精神が安定している俺と見た目が安定している師匠。
なかなか因果な巡り合わせになったものだ。いつもの如く回復魔法で治療されている間、身体強化魔法を初めて使用した感触を確かめる。
練習で数度発動したことはあった。
だが、光芒一閃と並行しての使用が可能だとは思っていなかったのだ。だからあれは完全なる博打であり、これまでの俺の戦い方とは正反対と言える手段。
「どうだった?」
「……わかりますか、流石に」
「何年一緒に居たと思ってるんだ。わかるさ」
どうやら師匠には発動を悟られていたらしい。
祝福を授けてくれた本人だしな。当たり前と言えば当たり前か。
「まだ自分の魔力では発動できません。その点で言えばやはり才能ナシなのは変わりませんが────……」
ぐっ、ぐっと数度開閉する。
すっかり感覚が元通りになった右腕は先程までの怪我など初めから無かったかのように変化しており、魔法という存在の偉大さを改めて実感するとともに、己がどれだけのハンデを背負ってるかを叩きつけられたような気分に陥る。
「
魔法剣士としての才は無い。
幼い頃に師匠に言った通り、俺は大成する事は無いだろう。
……それでも、まあ。少しの希望に縋りつくのが俺だ。僅かな望みに賭けて、現れるかもわからない謎に立ち向かおうとしている。
「師匠。きっと俺は、貴女が居なかったら折れていた」
「……………………そんな、ことはない。ロアは強い子だからな」
二の腕を摩りながら少し顔を逸らされた。
「なんだ。照れてるのか」
「ン゛ンッ! 別に照れてないが?」
まあ、たまには正面から感謝を告げるのもいいだろう。
毎日言う気はない。こういう時だけだ。
「次はルナさんの試合だ。さっさと観客席に戻ろう」
「……まったく。忙しない子だな」
「誰に似たんですかね」
軽く頭を叩かれた。
「おめでとう、ロア」
「…………ありがとうございます」