テリオスさんと別れ、ルナさんがいるであろう控え室を目指して歩き始め早五分。
坩堝の大型改築によって異常なほどに広くなった所為で移動が面倒くさくてしょうがない。テレポートを気軽に使えればベストだが、俺は使えない。
「こういう小細工が効かないのがムカつくトコだな」
楽してぇ~~~~。
師匠との共同生活でイヤという程見せつけられた利便性が喉から手が出る程欲しい。
椅子作ったりお湯沸かして一人でお風呂に入ったりベッド作ったりその他いろんな罪状が(俺視点で)付いている。人が葉っぱを掻き集めてかろうじて形成した寝床の真横でぬくぬく生活されたら誰だって怒る。
『おい妖怪、おれは子供でアンタは大人。何が言いたいのかわかるだろ』
『ンン〜〜、よくわからないな。ロアの迂遠な言い回しは時として理解を拒むよ』
『くたばれ妖怪紫電気バ』
ああやって何度電撃を喰らったのだろうか。
思い出すと理不尽すぎて呆れすら湧いてくる。俺が告げているのは全て客観的な視点に基づいた正論であり否定されるはずのない根拠を持ち合わせているのに。
世界は言論ではなく暴力で支配されている、そんなことを思い知った若く苦い思い出だ。
それに葉っぱのベッドって最悪なんだよ。
虫の這いずる感覚が肌に焼き付いてしょうがない。もう途中から慣れた。
「さて、ここか」
憎き記憶に蓋をして、目的の場所までたどり着いたことを確認する。
試合が始まる前にルナさんがいた場所で間違いない。
相変わらず魔力探知なんて大層な技は扱えないので、扉を三度ノックする。
「……どなたでしょうか」
「顔が良くて性格も良い無敵の男です」
「顔も声もいいけど情けないヒモ男なら知ってます」
誰が情けないヒモ男だ。
ルナさんが中にいることは確認できたので、扉を少し開いて入っていいか尋ねる。
ラッキースケベ的な奴は求めてないんだ。そんなことしなくても別に頼めば見せてくれそうだし、そもそも肉体的な接触はそこまで要求してない。どちらかといえばそのシチュエーションに意味があるとすら思っている。
忘れられがちだが、俺は陰の者である。
元陽キャのステルラは半分陰の者になったが、それでも本質的には外に出て遊び日の光を浴びることをよしとするタイプ。俺は外に出るのが面倒くさくて本に塗れた埃をはたき気にも止めないタイプ。
何が言いたいかというと、根本的に理屈をこねこねして言い訳するのが好みな訳だ。
「入っても問題ありませんよ。残念ですね、私のグラマラスボディを見ることができなくて」
「まあ生涯見ることはないでしょうね(ルナさんの背丈を見ながら)」
「なにをー!」
相変わらずの無表情でポコスカ殴ってくる。
物理的な攻撃力は皆無に等しいルナさんではあるが、若くして
先のテリオスさんとの激戦を見ればわかる。
世界で一番強いのが魔祖だと仮定するならば、その下に十二使徒達が横並びする真下。
層で言うならば上から三番目だ。世界で三番目に強いと言っても過言ではない領域にいるのがこの二人である。
あ〜〜〜〜ヤダヤダ。
俺みたいな凡人がどうしてこんな怪物連中と切磋琢磨しなければいけないのか。
しかもつけられた二つ名で因縁つけられるし因縁つくし最悪だよもう。一撃で首都を破壊できるような化物と一緒にしないでほしい、俺は人間だ。
言い訳とないものねだりはここまでにして、改めてルナさんに視線を向ける。
覇気のない表情ではある。
いつもそうだからな、変化に乏しい──というより変化がほぼ無い事で有名だが、今もそれは変わらない。魔力はほぼ使い切ってる筈だが全回復出来る位には残してあったのだろうか。
そもそも
「…………体調は問題なさそうですね」
「本当は限界、そう言えば何かしてくれますか?」
「聞くだけなら」
そう言いながらとりあえず椅子に腰かける。
そして何故か対面に椅子があるのにも関わらず、ルナさんは俺の上に座り込んで来た。
別に拒否する理由も無いからそのままにするが…………ステルラやルーチェよりも幼い身体つきではあるが、女性らしさは兼ね揃えている。
少しだけ『触りたい』という欲求が湧いて来た。
さりげない雰囲気でお腹へと手を回す。
まるで付き合いたてのカップルがイチャイチャするときみたいだ。
生憎と俺は前世(便宜上の呼称)も今世も彼女がいたことはないゆえ、完全な想像なのだが。
「ふっふっふ、口では否定しながらロアくんも私のボディにメロメロのようですね」
「俺にも性欲はありますからね。ルナさんは魅力的な女性ですので」
「結婚しますか?」
「それは御免被る」
むきー! と言いながら暴れようとするが、物理的な力があまりにも矮小すぎて何も変わらない。
魔法・総合力で言えば惨敗するがパワーだけなら負けない。
やがて落ち着いたタイミングを見計らって、本題に入る。
「良い戦いでしたね」
「はい。負けましたが」
「勝ち負けよりも大切な事があの試合にはあった。そうじゃないですか?」
ルナさんは敗北したが、あの試合の裏側にあった本当の目的に関しては問題なく達成しただろう。
数世代に渡り首位独占を果たした怪物────テリオス・マグナスをあと一歩まで追い詰めた事実。これを以てして、魔祖十二使徒第三席
「焦らなくても大丈夫ですよ。ルナさんはこの先長いですから」
「負けたら意味ない────そう言ったら?」
…………ふーん。
顔は見せてくれないが、僅かに腕が震えてる。
ルナさんは無表情で感情が伝わりにくい人だが、言葉と仕草がとても豊富な女性だ。
表情で何でもかんでもわかるルーチェとは違うタイプの人で、素直に口に出してくれる分共に過ごしていて気楽な人でもある。
「…………ロアくんは、凄いですね」
「俺は自分が優れてると思ったことはありませんよ」
「そういう
大して重くもない身体から力を抜いてもたれかかってくる。
「“英雄”に、じゃなくてですか?」
「……覚えててくれてるのは嬉しいですが、意地悪しないでください」
「俺に渦巻く因果は全て“英雄”の名の下にある。誰にも理解されなくてもいい、俺だけが知っていればいい事実です」
英雄の記憶が無いロア・メグナカルトに価値はない。
英雄の記憶があるからこそ俺と言う存在が生まれた。
「ロアくんって、意外と隠し事ありますよね」
「ミステリアスな男はモテるからな」
「カッコいいのは否定しませんが、相変わらず残念です」
「誰が残念なイケメンだ」
弱みを曝け出すのは俺の基本ムーブ。
俺が弱い奴だと理解してくれた上で甘やかしてくれると助かる。
師匠は言わずもがな、ステルラも大分甘やかしてくれるようになってきた。ルーチェは最初から激甘、ルナさんは一緒にだらけてくれるタイプの人。
アイリスさんは修羅。
「大分外堀埋まってきた感じがあるな」
「私は三番手でも構いませんよ?」
「全員平等に扱うに決まってるでしょう」
順序は付けたくない。
俺に何かしらの感情を向けてくれている人を無下にはしたくない。
コンプレックスを抱いているが故の欲望であり、かつての英雄の二の舞にはなりたくないという精一杯の強がりでもある。
想い人を誰にも知られることなくひっそりと逝く位なら誰一人として零れ落ちないようにする。
そこだけはかつての英雄に勝っていたいのさ。
「ルナさんも大概ですね。自覚してますけど、俺はかなりカスみたいな事言ってますよ」
「客観的に見ればそうですね。堂々と浮気宣言してます」
無表情が故に伝わりにくい感情だが、しっかりと言葉に乗せてくれるから助かる。
「何というか…………放っておいても大丈夫そうなんですけど、放っておいたらよくない気がするんですよ。何も話さずどこかに行きそうですし」
「俺を何だと思ってるんだ」
「勘です。言うなれば
それを言われちゃ仕方ないな。
師匠も俺にそう思ってるのか?
ふと思い返してみたが、ずっと俺に構ってる癖に中途半端に距離を置こうとする対人距離下手くそ女の印象しか出てこなかった。
全然参考にならん。
「なら仕方ありませんね。そういう風に見えている、というのも受け取っておきましょう」
「置いていったら許しませんよ」
「……それは、許してくれませんかね」
…………馬鹿みたいな考えが脳裏を過ぎる。
ルナさんが急いでた理由、もしかして俺も含んでるのか。
俺がしっかりと生きてる間に積み重ねなくちゃいけないとか、思ってるのか。だってエミーリアさんは半分不死だし、これから少しずつ世代交代すればいいのだから焦る必要はない。
自意識過剰ならそれでいいが……
「後悔したくないんです」
「仕方ないことだ。俺は寿命がある」
「逝かないでください、なんてお願いしたら頑張って長生きしてくれますか?」
「まあ限界迎えるまでは」
ンン〜〜〜〜…………
俺に会ったからか。
エミーリアさんと二人ならば互いに寿命で死ぬことはない故に、大切な人を失うという悲しみから目を逸らせた。幼い頃のトラウマを記憶の片隅に追いやることが可能だった。
だが、俺に会ってしまった。
限られた時間の中で、俺は先に逝くことが確定している。
最近意識させるように振る舞っていたから、少し悪いことをしたな。
ルナさんはトラウマを乗り越えたわけじゃなく、見ないようにしていただけ。後悔しないために己の殻に閉じこもっていただけだ。
「歳を重ねれば割り切れるようになりますよ。きっとね」
傷口を抉るようで申し訳ないが、俺には月並みなことしか言えない。
悲しみというのは時間が解決してくれる。
いや、時間しか解決してくれない。胸が痛むような悲しい出来事も十年二十年と時が過ぎるにつれて遠い記憶になっていく。現実を受け止める心構えができるのだ。
だからこそ師匠やエミーリアさん、それに魔祖も少しずつ前を向くことができた。
「…………ロアくんは、怖くないんですか?」
「……まあ、寂しいモノではあります」
自分が培ってきた価値観や教養が全て無に帰す瞬間。
かつての英雄が死んだ記憶は鮮明に覚えている。身体が動かなくなり、視界すら動かせなくなる。耳が何も捉えなくなり、苦しみと共に暗闇に引き摺り込まれるような感覚。
不愉快の極みだ。
「それでも避けられないんだから、それまでを目一杯楽しむ。それに……」
本当に心苦しいものではある。
師匠やステルラが泣く姿は見たくない。
俺に何かしらの好意を向けてくれた人が涙するのは求めていないんだ。
でも、俺は自分勝手で自堕落な男。
「いつまでも俺を覚えてくれている人達がいるなんて、幸せですよ」
俺なんかを覚えてくれている。
俺なんかで泣いてくれる。
俺如きを、大切に想ってくれる。
「それだけで十分です」
「…………置いていかれる立場のことも、考えてください」
「すみませんね。運が悪かったと諦めてください」
「ずるいです」
「ズルくて結構。俺は
ため息と共に、身体の力を抜いて完全にもたれかかる。
「後悔はさせない。そこだけは信じてください」
「…………なんだか、ダメ男に引っかかってる気分です」
あながち間違いではない。
将来ヒモ志望の男がまともなわけがない。
倫理観がかなり欠如していると言われても何も否定できない。まあ俺の場合倫理観の更に上に欲望があるから逆らえないだけだが。
「さ、そろそろ行きましょう。アルの試合も準備できたでしょう」
立ち上がろうとして──立てない。
ていうか、ルナさんが動く気配を見せない。
「ルナさん?」
「………………もう少しだけ」
かなり小さな声だったが聞き取れた。
もう少しだけ、か。
普段一緒にふざけてくれる女性だが、心の奥底にある感情を今日ばかりは見せてくれた。弱みを俺に見せてくれた訳だ。
アルには申し訳ないが、少しばかり優先させてもらおう。
「そうだな。俺も少し、眠たくなってきたな」
「……ふふっ。ご友人の試合が始まりますよ?」
「ちょっと寝過ごしたくらいで怒る奴じゃないさ」
意図を察したルナさんが茶化してくる。
「そういう
「ありがたく受け取っておきましょう。俺は紳士だからな」
二人で話すのは久しぶりだな。
それこそデート以来かもしれない。
ステルラやルーチェとイチャイチャしてる時間を考慮すればこれくらいしてもバチは当たらないだろう。
撫でろと言わんばかりに頭をぐいぐい寄せてくるので撫でながら。
試合の準備が整うまで、二人で過ごした。