【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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スランプでした。遅くなってごめんなさい。


第十一話

 炎が渦巻く。

 嵐の如く吹き荒ぶ熱風は障壁の内部に充満し、呼吸一つ行うのが困難に思える程だ。

 

 鼻を通して肺に満ちる不快な空気────喉が焼け付くようなひりつきを感じながら、心の底から湧き上がる歓喜の衝動を抑える事なく受け入れる。

 

 マリアさんにはあんな風に息巻いたけれど、本当は望んでなかった。

 

 兄に対して劣等感を抱いたことはない。

 見返してやろうとか、競争心を抱いたことすらない。

 なぜならば、彼は優秀だから。僕が背負うべき責務を全て背負い、その道を是として進み続ける傑物であるから。

 

 一転して僕は違う。

 

 大役を担うことを良しとせず、寧ろ木端の如き扱いを受けることを望む。

 戦場の一番真ん中に放置してくれても構わない。数多の殺意に身を晒して無惨に屍となり果てるのも悪くはない。言うなれば、僕は自分自身のためにしか生きていけないのだ。

 

 そういう風に出来ている。

 

「────相死相愛(アリシダ)

 

 魔法を起動する。

 僕が唯一信じている絶対の魔法。

 超越者を殺すとか、人間爆弾のような扱いをされていた兵士が強制的に植え付けられたこの魔法──仮にも貴族の血筋である僕が愛用することを、かつてのグラン家当主が知ればどう思うだろうか。

 

 人でなしの当主であり、かつての戦いの元凶(・・)は。

 

 考えても仕方のないことだ。

 けれどどうしても夢想してしまう。

 かつての大戦時代に僕が居れば、もしも僕がいられたなら──どれだけ幸せだったのだろうか、と。

 

「…………フン。流石に覚えていたか」

「そりゃそうさ。僕が最も初めに浴びた魔力を忘れる筈もない」

 

 この魔法の弱点は相手の魔力をしっかりと探知しなければならないこと。

 

 マリアさんと戦った時は回復魔法をかける際の魔力をしっかりと受け取ったし、そのためにわざわざ初撃を受け止めた。決して趣味で受け止めたわけじゃない、戦略的な視点から受け止めただけさ。

 気持ちよかったけど。

 あの胴体がぶち抜かれて激痛と呼吸困難が混ざり合う中で喉からこみ上げてくる血の味が癖になるんだよね。

 

 ふぅ…………話を戻そう。

 

 相手の魔力を知らなければこの魔法は発動できない。 

 

 でも、兄上の魔力は既に知っている。

 かつて僕が偶発的にこの魔法を発動した時隣にいたのは他でもない、兄上なのだから。

 

「あの時は誤魔化すのに苦労したな。お前は酷く興奮していたし、俺はお前のせいで傷を負った。あの時ほど死に近づいたと確信した日はない」

「光栄なことだね。天下の皇子(レグルス)を死に追いやったなんて素敵な実績じゃないか」

 

 自分が評価される事に意味は見出せないが、高い評価を受けた人間が顔を歪ませる瞬間はとんでもないくらい興奮する。

 それが僕の手によって引き起こされた事なら格別だ。

 

「まあ、二度とそうはならないがな」

 

 そう呟いて、更に魔力を高める。

 

「痛みなどいくらでも抑え付けられる。

 恐怖などいくらでも抑え付けられる。

 ────憎悪も、狂気も、何もかも。人の感情は理性によって抑えることが出来る」

 

 口元のみで描いた歪な笑みを浮かべ、炎が宿る剣を一片の躊躇いなく振るった。

 

 既に感覚は共有している。 

 普通であれば、僅かに躊躇が出るのだ。

 初見であっても感覚を共有されているのを理解すれば動揺するし、ある意味真っ直ぐに狂っていたマリアさんですら心の揺らぎは存在した。

 

 しかも、兄上は一度相死相愛(アリシダ)の効果を味わっている。

 どのような症状が現れるのかを明確に覚えている筈なのだ。

 

 なのに一片たりとも動揺が見られない。

 

「────それでこそだ!」

 

 正面から振るわれた炎剣を、魔力も何も宿していない両手で受け止める。

 掌が一瞬で焼け爛れ指一本残らないほどの火力。消炭と化していく両手が幻痛を訴えるのを脳が認識するよりも早く、溶け続ける両手で抑えつける。

 

 身体強化は使わない。

 今はまだ必要ない。

 

 回復魔法をかけ続け、再生と消滅を繰り返す痛みで快感を得続ける。

 

 そうだ。

 この香りだ。

 僕はこの、凄惨な戦場でしか味わえないような香りが大好きだ。

 

 熱され続け熱源そのものと表現してもいい高温に至った剣を再生途中の手で握りしめて、そのまま地面へと叩きつける。

 

 燃え盛る炎の僅かな隙間から、彼の顔が見える。 

 ギラギラ輝く瞳に牙を剥いたような口、闘争心に塗れた表情。

 

 魔法を無効化してるわけじゃない。

 どこまでもどこまでも戦いを愉しんでいる。

 苦しみも怒りも痛みも快楽も全て等しく、僕たち(・・・)にとっては生きていると実感する最高の素材なのだから! 

 

「狂人め!」

「お前が言うな!」

 

 僕らの間に因縁はない。

 特に愛憎も渦巻いていないし、どちらかと言えば良好と言える。

 

 だからこそ、なんの躊躇いもなく命のやり取りを楽しめる。

 

「これのどこが親孝行だって?」

「兄弟で愉しんでいる姿は尊いものだとソフィアが言っていたからな!」

 

 それ多分違う意味────こんな殺伐とした空気感ではなくて、珈琲でも嗜みながら穏やかに談笑する姿を指すのではないだろうか。

 

 絶対にわかった上でこういう発言をしている。

 頭を抑えるソフィアさんの姿を見れないのが残念でならない。

 

 剣から手を離してすかさず殴りかかる。

 射程は向こうが有利ではあるが近距離ならば話は別だ。

 相手が剣を振り終わるまでに拳が頬を打ち抜けば問題なく、手足が切断されても即座に回復できるから圧倒的に僕が有利。

 

 ──それが、普通の相手ならば。

 

 読み辛いように少し変則的なリズムで打撃を加えていくが、その攻撃は鉄に激突を繰り返す。

 器用貧乏ではなく万能と呼べる実力を備えた相手に対し愚策ではある。だが、このくらい激しく苛烈なやりとりの方が好ましい。兄上もこれを抜け出して一撃で葬り去る手札は保有しているだろうに、あえて僕の策に乗ってくれている。

 

「お優しいこと──だッ!」

 

 姿勢を大きく崩し飛び跳ねての蹴り上げ。

 

 格闘戦を得意とする人たちには、何らかの流派が存在する。

 ルーチェ・エンハンブレならば自己流に改造した既存の技術。

 マリア・ホールならば魔祖十二使徒直伝の異次元の技術。

 ロア・メグナカルトは……あれは、正直よくわからない。剣技にのみに注目されがちだが、基礎的な体術もそれなり以上に仕上がっている。

 

「獣じみた動きだ……!」

学園(ここ)じゃ珍しいだろ!?」

 

 由緒正しき、とまでは言わないが、ここに入学できるのは限られた人物のみである。 

 なにせ魔祖十二使徒という現役最強でかつての大戦を終わらせた英雄一行が直々に教育に携わっているのだ。それを少し魔法が出来る、少し実戦が強い程度の人間に与える訳にはいかない。

 

 だからある程度戦法は似たようなものになる。

 搦手をよしとしない正統派、癖のある剣を軸とする技巧派、対人に特化した本格派────僕はそのどれにも属さない、自分が動きたいように動く立体的な動きを主軸に置いている。

 

 言うなれば本能で動いている。

 基本に忠実な兄上からすれば、あまり相対したことのないタイプだろう。

 故に今ばかりはこちらが優位に立てる。根本的な実力差をひっくり返す程では無いが、十分脅威を与えるに相応しい。

 

「────相死相愛(アリシダ)、共有!」

 

 この瞬間に賭ける。

 マリアさんとの戦いでも使用した古傷の再現──そして、共有。

 互いに同じ損傷率に追い込んでからの死の瀬戸際で粘り合い。兄上なら、兄上ならば……死の淵まで殺し合ってくれる筈だ。

 

「可愛い可愛い弟からのリクエスト! 応えてくれるだろ!?」

「愚弟が──構わん!」

 

 ゾクゾクする。

 背筋に一本、興奮を伴う寒気が奔った。

 回復魔法をぶん回して、身体の中から魔力が突き抜けていく感覚を味わいながら突喊する。

 

 視認できない速度で振るわれた剣が、僕の両足を切断する。

 それを魔力で繋ぎ直して踏み込んで、骨がぶつかり合って激痛が全身に行き渡る。それと同時に兄上の足も切れている筈だが、すでにくっついている辺り対応策はバッチリだ。

 

 僕の魔法を攻略する最善策。

 自分の攻撃が直撃するのと同時に、その箇所に対して回復魔法をかければいい。

 

 簡単だろう? 

 痛みと混乱でそれどころではないという点を除けばだが。

 

「痛〜〜〜ったいなぁ! 最高!!」

 

 手足を両断されようが僕は対応できる。

 兄上もそれに対して対応できる。

 

 これは魔力が切れるまでの千日手。

 勝敗の定まった出来レースと言ってもいい。

 

 それでいい。

 僕にとってはこれこそが最善。

 普通の生活をしていれば決して得られない興奮、痛み、苦しみ、歓喜。これを一片に味わえる舞台に立てたのだから、文句の一つもあるはずがない。

 

「勿体ぶるなよ!」

 

 足を進める。

 左腕が切断される。身体強化をしてはもったいないので、回復も最低限に抑えながらツギハギ状態で前に往く。

 

「僕に全部くれよ!」 

 

 兄上の笑みが深くなっていく。

 もっとだ。もっともっともっともっと、気が狂うほどに滾らせてほしい。唯一の肉親と殺し合うという禁忌、それを侵している自分達。兄弟や家族という縛りにこだわりのない自分であっても、世間一般の常識に喧嘩を売っているこの状況にすら興奮できた。

 

皇子(レグルス)なんて大層な名を、味わわせてくれ!!」

 

 ただの炎で終わらせるな。

 ただの剣で終わらせるな。

 僕と離れていた数年間で編み出した集大成を、僕にもっと見せて欲しい。

 

 僕ら、家族じゃないか。

 

「────自暴自棄(アリシダ)!!」

 

 これまでの魔法とは完全に異色の赤黒いオーラが滲み出る。

 魔祖が改造を施しある程度現代に適応した相死相愛(アリシダ)ではない。グラン家に伝わる最低最悪の人間爆弾を生み出すための魔法──かつての大戦で超越者を殺すために編み出された、原典。

 

飢餓(カース)だろうが何だろうが好きに呼べ! 僕は、アルベルト!」

 

 二つ名に意義はない。

 少なくとも僕にとっては、僕を表す言葉にならない。

 

「アルベルト・アルス(・・・)・グラン! かつての英雄になど興味はなく、たった一度も夢想したことはない! ただ一つ願うのは────」

 

 なんて皮肉だろうか。

 かつての英雄に肖った名をつけられたのに、その実態は戦争を愉しむような腐った性根を抱えた人間である。

 

「興奮を! 永久に覚めない興奮だ!」

 

 赤黒いオーラ──可視化された魔力ラインが僕と兄上を繋ぐ。

 このラインが命綱であり、また、互いの命を蝕む鎖でもある。

 

 どろりと、口から血が零れ落ちる。

 僅かに詰まった血塊を吐き捨てて呼吸を確保、ツギハギ状態だった身体を兄上の魔力を利用して治し足を前に進める。

 

「僕の残った魔力と、兄上の残った魔力──これを共有して、回復など出来ない状況に陥ってから自殺する。そうしてこの魔法は完成するのさ」

「それに怯むとでも? と、言いたいところだが…………」

 

 チラリと兄上が視線を観客席に移す。

 僕もつられてみると、魔祖が凄まじい形相で何かを叫んでた。多分十二使徒にとっては思い出したくもない大戦の悪夢なんだろうなぁ。

 

「まあまあ、流石の僕も心中する気はないよ。兄上を殺したいわけじゃないし」

「死ぬ感覚は実際気になるんだろう?」

「そりゃもちろん! 痛くて苦しいのがあれだけ気持ちいいんだから、死ぬ瞬間はどれほどの虚無感に襲われるのか……想像しただけで涎が止まらないよ」

 

 呆れ顔で指摘する兄上に嬉々として答えるが、肩を竦めて笑うだけだった。

 

「人は、死という概念に対してあまりにも無力だ」

 

 生命という概念に囚われている限り、死は必ずやってくる。

 人間だけではない。魔獣も、動物も、虫も、草花ですら死を迎える。

 

「俺は超越者になれない。座する者(ヴァーテクス)という異次元の存在に至ることは出来なかった」

「そうとは限らないんじゃない? 僕がいうのはアレだけど、兄上の才覚は尋常じゃない」

 

 本心で褒めるが、兄上は首を横に振る。

 

「いいや。座する者(ヴァーテクス)に到達することが出来るのは、己の命すらも捧げてしまおうと覚悟できる者のみ。ただ才能がある人間が魔力という要素に愛されるのではなく、狂気と呼べる感情を抱えた者だけが成るんだ」

「…………納得したかも」

 

 十二使徒はともかく、この学園で人を辞めた人たちを羅列する。

 

 テリオス・マグナス。

 ルーナ・ルッサ。

 ヴォルフガング・バルトロメウス。

 

 このラインナップだ。

 テリオスさんは英雄に狂い、ルーナさんも炎に狂い、ヴォルフガングは戦いに狂う。

 

「俺は何かが足りなかった。その何かがわからないまま、それでも自分が成すべき事を探り当てた」

 

 剣の炎が、燃え盛る。

 理性の怪物が感情を表すように、激情となって炎が拡大する。

 

「まだ死ねん。死ぬ気はない。こんな俺でも、大切な人間はいるからな」

「うらやましい話だ。僕にとっての叡智は現れるかな?」

「お前が望めば、見つかる。今はそれでいいのさ」

 

 互いに顔を合わせ、笑い合う。

 微笑ましい兄弟仲だと自負しているが、これほどまでに平和的な会話を行ったのはいつ以来だろうか。

 子供の頃、僕が僕を自覚する以前────あの頃以来、か。

 

「…………何だ」

 

 僕は案外、家族を大切に想っていたらしい。

 少なくとも、このままの関係でありたいと願う程度には。

 

「捨てたもんじゃないな……!」

 

 魔力を全身に漲らせて身体強化を複雑に施す。

 二重、三重四重──肉体が悲鳴をあげても躊躇う事なく限界を超えて、ひび割れた肉体に一切の考慮をせずに貫き通す。

 

 兄上も握った剣の炎を圧縮し、大技の準備が整った。

 

「久方ぶりの戦いだったが────楽しめた」

「僕もさ。ありがとう、兄上」

 

 一度瞳を閉じてから、一拍の後に見開く。

 

「────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!」

 

 逆巻く炎を纏い、剣と呼ぶにはあまりのも異質な一振り。

 単体を殺すには十分過ぎる火力を前にして、心の奥底から湧き上がる虚無感と興奮に当てられて、僕は足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 


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