首都魔導戦学園には不思議なルールがある。
それは学生間での魔法使用を許可した模擬戦、公式に『順位戦』と呼ばれる戦いがある事だ。
敷地内に堂々と建てられた競技場を利用し行われる順位戦は、実力差を明確にするための指標として取り扱われる。学生同士が積極的に組む場合もあれば、学園側が意図をもって強制的に戦わせることもある。
……これ、明らかに
安定して戦力向上を見込める上、各生徒達の実力を測る指針にもなる。
学園側としても何が足りていなくて何が足りているのかを把握しやすく、よりコストの削減も図れるという訳か。
師匠の言っていた通り、上層部は事態を把握しているみたいだ。
「聞いたかいロア。早速順位戦を一年生がやるらしいよ」
「まだ入学して三日目だが」
「随分と気が早い生徒が居たみたいだね」
野蛮な奴だな。
俺みたいな超硬派な人間は情報をしっかり確認したうえで戦いに臨むので、そういう人種とは一生分かり合えないと考えている。俺は才能が無いから、積み重ねた敗北と積み上げた努力の結晶にアドバンテージを上乗せしなければいけない。
お陰で既に寝不足だ。
「そうそう、順位戦をやるのは例の幼馴染さんらしいよ」
「お前表出ろ、行くぞ」
アイツを負かすのは俺だけだ。
ルーチェとはその場のノリで勝負だとか言ったが、俺は自身が勝利する事を疑っていない。
「待ちなさい。──私も行くわ」
「ルーチェ卿」
「誰よそれ」
「かつて実在した貴族だ。大戦で滅びてしまったが、民を守り大地を耕した偉大な領主だったらしい」
「へぇ……アンタ意外と博識なのね」
「全部嘘だ」
「は?」
「人を疑う事を覚えた方がいいぞ? 俺の勝ちだな」
♯ 第二話 常勝不敗のエールライト
授業が終わり、放課後。
野生の中で生活していたとはいえ、それと並行して師匠&鎧の騎士VS俺の二対一をしながら片手間に勉強はしていた。お陰で師匠からも直々にオーケー貰えたし、寝る前の『ああ、俺は今日も何をしていたんだろう』タイムが苦しかったのだがそれも今となっては良き思い出……等と言うと思ったか。
何時までもメラメラ心の奥底でくべる燃料になってくれている。
「ここだここ。順位戦に用いられる会場──『
いつの間にか調べていたのか、アルの先導により俺達三人は移動していた。
勿論狙いはあの憎き天才幼馴染の順位戦を見届ける為で、俺たち以外に負けないように観客席から腕を組んでみてやるつもりだ。
じんじん痛む左の頬を摩りながら、内部へと入る。
外から見ても思ったが、かなりの大きさだ。
これを首都に作るのに大分苦労したのではないだろうか。
「師匠が入れと言う訳だ」
致命傷のダメージを喰らっても、学園に居る優秀な魔法使いの回復魔法によって治療可能。
俺が数年間貯めた経験値は膨大なモノだと自負しているが、実質二人との交戦経験しか無いため柔軟性に欠ける。課題としては対応力の強化が目下にあるところになるだろう。
「どうしたルーチェ、そんな納得してない顔して」
「アンタ思ってたよりふざけてるわね」
「失礼な。俺程紳士に生きている人間は居ないぞ」
「さっきのは怒られても仕方ないと思うよ」
数年間負け続けていた所為で誰にでもマウントを取る厄介な癖がついてしまったのだろうか。
いや、違うな。俺の中では『ステルラ>俺≧ルーチェ』の方式を無意識に立てていて、『俺≧ルーチェ』は不安定なモノだと自覚しているから積極的に勝利を掴みに行っているのだろう。
「すまない。これもステルラの所為なんだ」
「多分そこまで姑息な奴じゃないわ」
「もしかして俺の事を姑息だと言っているのか? おお、俺は悲しいぞルーチェ」
ロア・メグナカルトは激怒した。
「姑息と言うか……こう、狡い」
「言うに事欠いて狡い……だって……?」
才能無いから仕方ない。
俺にだって才能があればもっと真正面からぶつかり合うライバルキャラになれたかもしれないが、俺は才能が無いのでチマチマ足元を削って敵の意表を突くのが本命である。
「俺に才能を渡さなかった世界が悪い。よって俺は悪くない」
「とんでもない責任転嫁を見た気がするよ」
「なすりつけのレベルが違うわね……」
全く失礼だな。
俺はこの世界で最も努力を嫌うが、この世界でも有数の努力をしてきた自負はある。
「俺の事はどうでもいい。対戦相手は?」
どうせ知っているのだろう、そんな思惑を言葉の裏に乗せてアルに問いかけた。
「『
「……詳細を頼む」
「時代遅れの貴族主義者さ。大方一般出自なのに主席合格した彼女を負かす為に挑んでるんじゃないかな?」
くだらない主義だ、なんて否定をしてやりたいが、俺も似たような勝敗の価値観を持っているので何も言えない。
「くだらないわね」
「そうかい? 君の思想も似たようなモノだと思うけど」
「…………」
あ~あ、俺が言わなかったのに。
ギスギスし始めた俺達の空気を差し置いて、件のロゼリッツとやらが入場してくる。
俺より少し低い位の身長だが、逆立った金髪が特徴的な容姿をしている。
「
「正解。雷魔法は難易度が高めだから、学生としては十分すぎる位に強いと思うよ」
雷魔法。
知らないとはいえ、それでステルラに挑むのは愚かだな。
「ステルラの勝ちだな」
「……へぇ。そう思った理由は?」
アルが目を細め、少し楽しそうに口元を歪めている。
何か裏があるのは理解しているが特に警戒する理由は無い。現状まだ俺に敵対する気は無いように見える上、ステルラの情報を与えた所で『ステルラは不利にならない』からだ。
「決まってる」
イヤと言う程思い知らされた苦い経験だ。
増長した俺を叩き潰し、折れた俺を更に砕き、起き上がった俺をメタクソに打ちのめし、立ち上がった俺にトドメをさした。その類まれなるセンス、異常なほどの対応力。俺の全てを上回り越えて行ったのだ。
「アイツは天才だからだ」
俺以外ステルラに勝てる奴は居ない。
「なんだいその自信は」
「見ればわかるさ。な、ルーチェ」
先程不機嫌になったルーチェに話を振れば、一度溜息を吐いた後に俺の言葉に同調した。
「……そうね。呆れる位に天才よ」
──会場に、ステルラが入って来た。
円形の盤へと入場していく幼馴染と、一瞬視線が合った。
あの頃と変わらない色の艶やかな髪を肩あたりで揃え、インテーク? と言うのだろうか。
一度だけ聞いたことのある形で可愛く仕立てているので、やはりステルラも成長したのだろう。魔法使いとか天才とかそういう点ではなく、一人の女性として。
柔らかな瞳でありながら勝気な明るさをチラつかせつつ、歩くその僅かな隙間。
──勝てよ。
──勝つよ。
──俺が倒すまで負けるな。
──負けないから。誰にも。
微笑んで、なんとなく、そんな会話をしている気分になった。
それも仕方のない事だと思う。なぜなら、俺とステルラが顔を合わせたのは八年振りになるのだ。積もりに積もった話題はあるが、互いにまだ接触する事は無かった。
いずれ来る舞台がある。
そんな予感が胸を占めているからだ。
「ステルラ・エールライトが、こんなところで負ける訳が無い」
これは確信だ。
子供が逆立ちしても大人に勝つことが出来ないように、草食動物が肉食動物に基本逆らえないのと同じように。自然の摂理と同じくらい定められた勝利を俺は疑っていない。
『──さあ、やって参りました!
今年の新入生は血の気が多い、入学三日目にして早くも“順位戦”の時間だァーッ!!』
実況が入り、俺達以外にも観客席へと流れ込んでくる。
沸き立つという空気感ではなく、少しでも多くの情報を仕入れようとする敵情視察の意味合いの方が上だ。前評判の存在しないステルラと、前評判が存在するロゼリッツ。賭けが存在すればどれくらいのオッズ差になるだろうか。
無論俺はステルラに賭ける。
初回限定で丸儲けできるかもしれないからな。
『西側、
ふんぞり返るような態度でステルラを見下すロゼリッツ。
『東側、詳細不明の主席合格者! 実技試験に於いて過去最高点を叩き出した完全なるダークホース──ステルラ・エールライトォッ!!』
対する幼馴染は、俺の方から視線を変えて正面に向き合っている。
俺もステルラも、互いに暫く会っていない。ゆえに現時点での実力は不明瞭で、当時の記憶しか存在していない。
──それでも。
「どうやら分の悪い賭けになりそうだね」
「今日の晩飯は決まりだな」
「財布の紐は締めておきたいんだけどなぁ」
これから先はステルラの試合で賭けが起きる事は無いだろう。
この初試合、全く不明な情報状況だからこそ成立するのだ。実際に俺が賭けてる訳じゃなくて、言葉の綾だが。
『両者準備は整っていますね? ──順位戦、始めェッ!!』
僅かな魔力の渦巻きと共に、ロゼリッツが魔法を構築する。
莫大な魔力量でしか探知できない俺にとって、『普通の魔法使い』はこうも苦手な相手に変化する。また一つ課題が見つかったな。
師匠よりも数段遅い速度で放たれる雷魔法に対し──ステルラは、
「──……んッ?」
「……うそでしょ」
「……??」
は?
目の前で起きた不可解な現象に思わず困惑の声をあげてしまった。
『──…………んん? 私の目では、どうにも……素手で打ち払ったような気が……』
そんな周囲の驚愕を尻目に、ステルラは歩みを進めた。
一歩ずつ緩やかに、ここは戦場でも何でもないただの舞踏会だと示唆するような優雅さを保ちつつ、幼い頃からは感じられなかった気品を受け取った。
「──教えてあげる」
静まった会場に、声が響く。
「私は、誰にも負けないって決めたの」
バチバチと、帯電を始める。
溢れ出る魔力が瞬く間に雷へと変化し、稲妻へと変わり──やがて色を変えて、紫電へと至った。
『む、紫の、雷……』
「……そういうことか」
隣でアルが呟いた。
察しのいい人間はそれだけで気が付くだろう。
魔力から雷への変質は難易度が高く、逆に火や水の難易度は低いとされている。
一説には具体的なイメージやそれに伴う影響を理解していればやり易くなるとかなんだとか。師匠曰く「センス」らしい。
俺か?
仮に俺にセンスが備わっているのならば、宝の持ち腐れという言葉がこれほどまでに適当なコメントは無いだろう。
「──『
瞬く間に紫電が駆け巡り、ロゼリッツの身体を貫いた。
僅かに展開された防御も体を保つことすら出来ずに一撃で、体格差もあった筈のロゼリッツは膝をつき、地面に倒れ伏した。
「噂に聞く、第二席の弟子──彼女がそうだったのか。そりゃあ勝てるはずもないな」
上位互換に勝てる訳が無い。
蓋を開けてみればそれだけの理由だった。
『──しゅ、瞬殺っ!! しかも今のはまさか、紫電か!? ちょっと詳しく! 少しで良いから解説席まで来てー!』
そんな騒ぎ立てる声を無視しながらステルラは退場を始めた。
圧倒的な勝利だ。それでこそ俺の乗り越えるべき相手、俺が戦う事を誓った相手。
こんな風に完全勝利を叩きつけられちゃあ──いや、やってられないです。
え?
どういう事?
なんで魔法を素手で打ち払えるんだよ、現象がわからないんだが。
バトルセンスで片付けられる話じゃないのだが、それ以上に皆にとっては第二席の弟子という称号の方が気になるらしい。
いや……ええ?
師匠、もしかしてとんでもない怪物育てたんじゃないだろうか。俺の方をメインに育ててくれたのにコレだから、ガチの育成をされてたらもう二度と追いつくことは出来なかったかもしれない。
あんなに辛い目に遭っていたのはそのためだったんですね。
泣いた。
だってホラ、大体九年間師匠に苛め抜かれた上に八年間山の中で修行。その上幾度となく死にかけた上に魔法も好き放題撃たれたので、非常に、大変遺憾ながら魔力そのものに対する耐性もちょっとだけ染み付いた。現代を生きる人類が備え付けていい機能じゃない。
それだけやって尚勝てる気がしない。
「なんで泣いてんのよアンタ」
「現実は非情だ。世界は俺を憎んでいる」
「なんなの……」
凡人なりに必死にしがみついて、師匠の無茶振りに耐え、俺なりに強くなったと自信があった。
それなのに現実はこれである。
「……順位戦俺も組む。この学年全員ボコして覇を唱えて良いのは俺だけだと証明してやろう」
「情緒が安定しないね」
「緩急優れる人間の方が好まれるらしい」
「少なくとも私は静かな奴が好きね」
「遠回しな告白か? やれやれ、困ったな……」
俺は歩いていた筈だが、気が付けば空を見詰めて横たわっていた。
ルーチェはステルラに張り合っていただけはある気性の荒さを兼ね揃えているので、ちょっと軽口を叩いただけでコレである。もしかして俺の周囲の女性って全員躊躇いなく暴力振るうんじゃないだろうか。
「ある偉人が言ったそうだ。『右の頬を叩かれたなら、左の頬を叩き返しなさい』、と」
「もう一発やられたいならそう言いなさいよ」
「違う、やめろ落ち着け」
外で寝転がった俺に堂々と追い打ちをかけてくるルーチェ。
淑女の自覚は無いのだろうか? 流石のステルラもここまではやらないし、師匠は……いや、わからないな。やってくるかもしれない。ビンタ代わりの魔法行使に関しては断トツ一位である。
「仲良いね、敗者同士のシンパシーってやつ?」
「お前表出ろ」
もう表だが、そういう話ではない。
海よりも深く山よりも高い俺の堪忍袋だが流石に度が過ぎる。聖人の如き倫理観を兼ね揃えている俺としても看過できない一線は存在するのだ。
「一時休戦しようルーチェ。俺はコイツを殴らねば気が済まない」
「奇遇ね。さっきの事は水に流してあげるわ」
「なんだいなんだい、二対一とは卑怯じゃないか。騎士らしく正々堂々とやり合おうよ」
「悪いが俺は才能が無いからタイマンはしないんだ。諦めてくれ」
この後、アルを一方的にボコボコにしたルーチェ共々全員纏めて教師に見つかり説教を受ける事となった。
俺もアルもボコボコにされただけで手を出したのはルーチェだけなのだが、それを言っても野暮だし『ここであえて言わない事で借りを作った雰囲気』を出す。そうすれば勝手に罪悪感を味わってくれると言う俺の高等テクだ。
「あいててて……ルーチェ、君格闘技かなんかやってる? ダメージが素人のソレじゃないんだけど」
「ふん、いい気味ね。言う訳無いでしょ?」
「いつか戦う可能性だってあるのに」
どうやらルーチェからすれば俺達も敵判定なようだ。
ステルラに負けたくない、勝ちたいと上昇志向が強いのかと考えていたが……少し違うな。
敗北への劣等感か、何かしらの負の感情が強めだ。
「それもそっか。癖は見抜いたから安心してよ」
「はぁ? あんなのお遊びに決まってるじゃない」
「下着の色も把握した。僕に隙は無ぶべっ」
本日四度目、ルーチェの拳がアルの顔を貫いた。
どうせ回復魔法で治るし気にしなくていいだろう。その程度じゃ死なないし、痛くも無いだろ。
「愚かな男だ……」
「最っっっ低。死ねばいいのに」
うつ伏せで倒れたアルの手を取って、肩を持つ。
「う、あ、ありがとうロア……」
「気にするな。──で、色は?」
「黒だったよ」
直後、天丼のように襲い掛かって来た蹴りに成すすべなくやられた俺達は陽が落ち切るまで起き上がる事は無かった。