【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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めっちゃ速く書けたので更新です。
昨日更新しているので、そちら見てない方は気をつけてください。


七章 栄光を掲げし者たち
第一話 


 結局、休みの間にステルラと顔を合わせる事も無く。

 数日が経過した後に訪れた準決勝当日────緊張はしてないが、特に安堵もしていない。戦うのに最適な緊張感を維持しているだろう。

 

 魔力も師匠に補充して貰ったし準備万端では、あるのだが……

 

「────ん。美味いな」

「備え付けの奴ですけどね」

「淹れ方が上手いのさ」

 

 男に褒められてもうれしくない。

 言外に表情に出ていたのか、突如俺の控え室に現れたテオドールさんは楽し気な表情で笑っていた。

 

「なぜ俺の所へ? テリオスさんの場所に行けばいいでしょうに」

「なに、少し用事があってな。お前にも関係がある話だ」

 

 今更なんだろう。

 テリオスさんに関する忠告ならば喜んで聞き入れるが、そういうつもりでも無さそうだ。 

 いやらしい(性的な意味ではない)笑顔をニコリと携えて、優雅に気品に溢れる所作で茶を口に含んだ。

 

 喉を潤し喋るのに十分な水滴を喉に這わせた後に、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「俺の我儘で、先に戦わせてもらう事になった」

「…………はい?」

 

 どういうことだ。

 意図を理解できず、思わず疑問形で聞き返してしまった。

 別に戦う順番が前後するのは構わない。だが、テオドールさんの我儘という点が納得できない。

 

 俺の戸惑いを理解しているのか、これまた楽しげに喉を鳴らして話す。

 

「そっちの方が楽しめそうだからな。学生時代最後と言っていいイベント──最上級生を優先してくれても構わんだろう?」

 

 学生を終えた先は終わりなき労働の社会である。

 俺が絶対に迎えたくない地獄の日々であり、何としてでもヒモとしてぶら下がって行かなければならない最低ライン。それに正面から向き合っている強さは尊敬するが、俺とテリオスさんの前に戦う事で何か得られるものがあるのだろうか。

 

「まあな。お前の戦いを先に見てしまえば()が覚醒するやもしれん」

「そっちの方が楽しめるんじゃないんですか」

「違うな、メグナカルト」

 

 チッチッチ、なんて音と共に指を振ってわざとらしく肩を竦める。

 なんて表現豊かなんだ、惚れ惚れするぜ。

 

 うぜぇ~~~。

 

「まだ覚醒してない少女をいたぶる最後のチャンスだ」

「その言い方はまあまあ最悪ですね」

 

 それはそうとも言える。

(師匠の入れ知恵ではあるが)勝ちの目を見れるギリギリの領域であり、テオドールさんの実力ならば拮抗していると表現しても差し支えないだろう。

 

 ていうか、テオドールさんはステルラが至れると思っているのか。

 

「後は背中を押すだけ。それは近しい者でも俺でもなく、きっと彼女自身だ」

「……まあ、同意しますが」

 

 俺も少しは反省した。

 ステルラへの絶対的な感情は揺らがないが、過大評価気味だと言外に伝えられたのだから考えもする。自分が間違っている場合他人にマウントを取る時に揚げ足取りされる可能性があるので出来る限り芽を摘んでおきたい。

 

 ステルラは才能が優れているが、精神的な根幹は細く一般的な少女だと言える、と。

 

「俺がその役目を奪うのも悪くはないな」

「そんな安い女じゃないさ」

「それは承知の上だ。お前たちは間違いなく繋がっている」

 

 嬉しいのか嬉しくないのか、反応に困るコメントばかりだ。

 俺を煽ろうとしてるのかそうではないのかすらも判断付かない。もう少し迂遠な言い回しをやめて直球で意志を伝えて欲しい所存であります。

 

「そう邪険にするな。俺には許嫁が居るんだぞ」

「本命が居ても周りに手を出す前例がおりますゆえ」

「ハッハッハ、それもそうだな!」

 

 なに笑ってんだよ。

 こっちは笑い事じゃねぇんだよ。

 将来を賭けて一世一代の大勝負に出てんだ。何時だって大博打勝率惨敗劣等上等、本気で挑んでる(ヒモ人生を賭けて)。

 

「ま、そう深刻に捉えるな。逆に言えば少年少女のボーイ・ミーツ・ガールを手伝ってやろうと言う善意だ」

「有難迷惑って言うんですよね」

「無論その過程で発生する苦しみなんかは仕方のない事だから受け入れてもらう」

 

 クソが。

 今すぐコイツを叩きのめしたい気持ちが湧いて来たが、ぐっと堪えて会話を続ける。

 多分本心からステルラに対し女性的な魅力は抱いていないが、それはそれとしてその過程で発生する甘酸っぱいナニカを糧にしようとしているのだ。

 

「周りをかき乱すのは君だけの特権じゃあないって事だ。先達の忠告は聞いておいた方が良いぞ?」

「そもそも俺は何時も振り回されてるんだが……」

「台風の目は君だ。それは否定できんだろう?」

 

 それは……そうなのですが……

 

 何も言えなくなった。

 口を閉じて歯軋りするが、その無様な俺を見てテオドールさんは愉快に笑う。

 

「お前にも弱点があって安心した。どうにもお前はそういう部分を曝け出しているつもりで、肝心な部分は隠し通そうとする節がある」

 

 バレバレなんだが? 

 鋭すぎるだろこの人、そこまで親睦を深めた訳でもないのにここまで理解されてるとちょっと気持ち悪いかもしれない。

 

 そんな俺の感情が伝わったのか、くつくつと笑いを噛み殺している。

 この兄弟は本当によォ〜〜〜! 

 

「ステルラ・エールライトは間違いなく天才だ。だが、その才が際立つが故に────弱みがある」

「だからといって、易々と崩せる奴じゃない。それは俺が保証しますよ」

「期待しているよ」

 

 言いたいことを言い尽くしたのか、気分よさげに部屋を出ていくテオドールさん。

 

 自由奔放な人ではあるが、アルベルト程滅茶苦茶ではない。

 今の問答に意味はあったのか、なかったのか。テオドールさんのみぞ知ることだ。

 

 戦う前だと認識していた脳を休ませるために、(ぬる)くなった茶を一気に飲み干す。

 僅かに目が冴えたような感覚がして、目元を揉んで解した。

 

 モニターに映る幼馴染みの姿を見て、ここから見るのもなんだと思い足を動かし始めた。

 向かう先は観客席。

 

 こればっかりは目の前で見届けないと気が済まない。

 勝つにしろ、負けるにしろ────ステルラのことだけは、見逃したくない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………どうしよう。

 戦う順番が入れ替わったのは仕方ない。戦闘に対する気持ちが整っていなかった訳じゃないし寧ろ早めに戦えるのはいいけど、緊張する。

 

 数日休んで全て修行に当てたとはいえ、当然のことながら座する者(ヴァーテクス)に至る筈もなく。

 ただのステルラ・エールライトとしてこの戦いに臨むことになった。

 

 負けたらどうしよう。

 ロアは私のことを、どうするのかな。

 慰めてくれるだろうか。それとも叱責するだろうか。失望、されるよね。

 

 無関心かもしれない。

 別に私は強くない、なんて思われて見捨てられるかな。勝ってこその私なのに、負けたら意味ないし。勝たなきゃいけないのに、なんとしてでも、勝ちを願わなきゃいけないのに。

 

 自分を守る為に言い訳と後悔ばかり重ねている。

 

 ロアはそんな酷い人じゃ無い。

 そうわかっていても、私の弱い心は悪い方向ばかり考えてしまう。

 

『俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ』。

 

 そう言ってくれたロアを、大好きな男の子を、私は信じきれない。

 

 言葉の裏に意味があるのか。

 その意味を私は理解できているのか。

 他人の事を思いやるという誰でも出来る優しさを持たずに成長してしまった私は、何が正しいのかがわからない。

 

「…………だめだな、私」

 

 もうすぐ戦いが始まると言うのにこの体たらく。

 

 ロアは私のことを強くて凄い奴って言ってくれた。

 でも、本当はそんなことないんだ。コミュニケーションが下手くそで、緊張に弱くて、ネガティブ思考に偏っちゃうような女。ルーチェちゃんみたいに何度でも立ち上がれる強さはないし、ルーナさんのようにどこまでも上に走り続けられるわけでもない。

 

 たまたまロアの幼馴染みで、たまたまロアに出会えただけで…………大した人間じゃない。

 

「自己嫌悪か? エールライト」

 

 その声に引き戻されるように俯いていた顔を上げると、対戦相手であるテオドールさんが佇んでいた。

 これまでの戦いでも使用していた剣を腰に下げ、自信に満ち溢れた勝気のある表情。

 

「そんな顔をするな。折角こんないい舞台での戦いなのに、辛気臭くて敵わん」

「……すみません」

「…………重症だな」

 

 これから戦う人に咎められて、ため息まで吐かれてる。

 

「戦うのが怖いか?」

 

 全てを見通すような問いかけ。

 どうしてそんなに核心を突くような答えをさらりと出せるんだろう。

 訓練すれば、練習すればわかるようになるのかな。人の考えてることが、わかるように……なるのかな。

 

 そんな風に考え込む私に対して、口元を軽く歪めて笑みを浮かべた。

 

「戦うことに恐怖する人間には、いくつかの種類がある」

 

 戦う気配はなく、まるで教鞭を振るうようにテオドールさんが語り始める。

 動揺させるための作戦かもしれないけど、どうしてか私は耳を傾けた。自分でも追いきれない心を、紐解くヒントになるかもしれないと。

 

「一つは、傷つけ合うことに恐怖を抱いている者。命を奪い合う野蛮な行動を忌避し、血を見るのも嫌いだ、と言う人種」

 

 頷いて同意する。

 子供の頃、師匠のもとに本格的に弟子入りする切っ掛けとなった事件。

 封印されていた筈の石がひび割れて中から怪物が現れた時のことだ。私は反応なんて出来ずに、何が起きたのかの把握も遅かった。ロアに助けられて、目の前で吹き飛んでいくロアを眺めることしかできなかった。

 

 二度と、そんな風にならないためにと。

 最初はそんな想いだった筈だ。

 

「もう一つは、戦いの結果を恐れる者。勝つことで起きる影響、負けることで起きる影響を考える──要するに、リスクを考慮する者だ」

 

 今の私は、まさにそうだ。

 自分が戦える力を身につけることで、ロアを傷つかせない。私よりも弱いロアを守る、なんて傲慢な考えを持っていた頃に比べて今の私は────弱い。

 

「お前は天才だ。

 才能がある。

 魔祖十二使徒第二席という偉大な人物の下で学び、これまでに当たった壁など数えるほどもないだろう。ゆえに、超えられない壁を目前にし足を止めている」

 

 全くもってその通りだ。

 魔法や戦闘、勉強に関する才能だけはあったから困ることはなかった。

 だから駄目だったのだろうか。過程を理解するのが浅くて悩むことがなく、一度は経験するような苦しみを味合わなかったから? 

 

「あと一つ。きっとエールライトは、一つ自覚するだけでいい」

 

 …………自覚、するだけ。

 これから戦う相手、いうなれば敵の言葉だというのに──すとんと、胸の内に言葉が落ちる。

 

「…………どうして、ですか?」

 

 言葉が足りない。

 聞きたいことはたくさんある。

 なんでそこまで人のことを考えられるの、とか。

 私の何を知っているの、とか。

 自覚するって何を、とか。

 

 それら全ての意味を含ませた疑問を聞いたテオドールさんは、またも薄く笑った。

 

「そういう奴がいたのさ。勝てない奴に勝ちたいと足掻いて結局届かなかった、哀れな男がな」

 

 懐かしむ表情で呟く。

 その瞬間、なんとなくわかった。

 きっとテオドールさんもそうだったんだ。立場は違うけど、同じ壁に当たって────私より先に、諦めてしまった人。

 

「お前は、そうなりたくないだろう」

「…………はいっ!」

 

 負けない。

 負けたくない。

 ロアと約束したのだから、負けるわけにはいかないから! 

 

 敵に塩を送ったと言うのに、テオドールさんは楽しそうに笑いながら剣を手に取る。

 滲み出る紅の炎が戦闘開始の合図のように揺らぎ、その身に宿る魔力が増幅していく。

 

「その意気だ! いいか、エールライト!」

 

 バチバチと、私の身体から漏れた魔力が紫電となって宙に浮く。

 全身に満ちる魔力を紫電へと変換し、身体強化だけでは辿り着けない速度へ至るために準備をする。

 

「戦う前に負ける心配などするな! 

 戦いに臨むのは勝つつもりだからだ! 

 誰だって負けるために戦いには挑まない、挑むつもりはない!」

 

 吠える声に呼応して、魔力障壁に莫大な余波が叩きつけられる。

 魔力で身体を覆った私にすら熱を感じられるのだから、生身で直撃してはひとたまりもないだろう一撃。

 

「負けてたまるかと言う精神こそが、勝利に導くのだ!」

 

 剣を掲げ、天まで伸びる炎剣が聳える。

 テオドールさんの大技──ならば、私もそれに対抗する。

 かつて師匠が見せてくれた、雷魔法における最上級魔法を。

 

 両手に魔力を集め、可視化できるほどまでに高まった魔力を全て紫電へと変換。空高くから堕ちる雷撃ではなく、地を這い空へと駆け抜ける稲妻となれ! 

 

「────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!」

 

 燃え上がる爆炎が収縮し、熱線と表現しても問題ないほどに高まった剣が振られる。

 

 鋭く、速く、圧倒的な火力。 

 意気消沈し、へたれた私では避けることを選択しただろう奥義にも似た技に対し──真っ正面から、待ち構える。

 

「────紫閃(しせん)

 

 両手を叩きつけ混ぜ合わせるように紫電を融合。 

 閃光が弾け、不規則なうねりを伴って広がり続けたその稲妻を制御する。これまでに賭けたことのないような魔力量を消費しているため、わずかに眩暈のような感覚がするが──問題ない。

 

 できる。

 私には、できる。

 

 私は、私には────魔法の才能だけは、あるから! 

 

「────震霆(しんてい)!!」

 

 

 

 

 

 


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